第06話 UNKNOWN-D
警報が鳴り響く。
『未確認高エネルギー反応接近』
『識別コード無し』
『アーク・ノア直上へ侵入』
艦内の空気が一変した。候補生達がざわつく。
「またNBか!?」
「違う!」
オペレーターが叫ぶ。
「反応パターン不明!」
「機動速度が異常です!」
ブリーフィングルーム。モニターへ映る。
白い機体。細いシルエット。長いライフル。
そして、人型。
「……」
ユイだけが硬直していた。ミオが小さく気づく。
「ユイ?」
だがユイは答えない。その目はモニターへ固定されていた。
『迎撃部隊発進!』
『ガルム、ルナ・スケイル出撃準備!』
その瞬間、ユイが動く。
「出ます」
短い声。だがいつもより明らかに速かった。
アーク・ノア格納庫。整備班が慌ただしく動く。
「急げ!」
「ガルム、カタパルト接続!」
「ルナ・スケイルリンク開始!」
カイトは格納庫モニターを見上げていた。
白い機体。明らかにLFとは違う。なのにどこか似ている。
「……なんなんだ、あれ」
タツヤが険しい顔をする。
「知らねぇ」
「だが嫌な感じしかしねぇな」
その時、ガルムが起動した。黒いLFがゆっくり立ち上がる。
ユイはすでにコックピットにいた。だが様子がおかしい。
「……」
静かすぎた。ミオが通信を開く。
『ユイ』
『落ち着いて』
『……分かってる』
返答。だが声が少し硬い。その時白い機体が動いた。
アーク・ノア周辺空域。高速旋回によりレーダーが撹乱される。
オペレーター達が混乱する。
「速い!」
「捕捉できません!」
「NBじゃないぞこいつ!」
その瞬間、白い機体がライフルを構える。
発射。閃光。アーク・ノア左舷外装が爆発する。
「被弾!」
「損傷軽微!」
艦橋の空気が凍る。狙って撃っている。
明確に、戦術的に。
「人が乗ってる……?」
カイトが呟く。その時、ガルム発進。
黒い機体が空へ飛び出す。続いてルナ・スケイル。
ミオの浮遊ユニットが展開される。
『対象へ警告』
『所属不明機』
『直ちに武装解除しなさい』
当然、返答は無い。その瞬間、白い機体が急加速。
「っ!?」
ミオが反応する。速い。異常な機動。
一瞬でガルム側面へ回り込む。ユイが即座に反転。
高周波ブレード展開。だが白い機体はさらに加速。
逆にガルム背後を取る。
「な……!」
格納庫の整備班が息を呑む。
「ガルムの後ろ取った!?」
「ありえねぇ!」
ユイが強引に回避。だが白い機体は追わない。
一定距離で停止。まるで“試している”みたいだった。
その時、白い機体のセンサーが一瞬だけアーク・ノア格納庫方向を向く。
カイトは妙な感覚を覚えた。見られた。
そんな感覚。次の瞬間、白い機体が急上昇。
離脱。
「逃げる!?」
ミオが追尾しようとする。だがユイが止めた。
『追わないで』
「ユイ?」
『……罠かもしれない』
数秒後、白い機体はそのまま空の彼方へ消えた。
静寂が響いた。誰もすぐには喋れなかった。
カイトが小さく呟く。
「……何なんだよ、あれ」
誰も答えない。だがユイだけは消えた空をずっと見ていた。
その目に浮かんでいたのは驚き。そして僅かな動揺だった。
戦闘の緊張が完全に消えた訳ではなかった。
それでも、艦内の日常はすぐに次の情報整理へ戻される。
講義室でカイトは首を傾げていた。前方モニターに白い機体の停止映像。
先日のUNKNOWN-D。教官が腕を組む。
「現時点で統合軍は正式情報を持っていない」
「だが」
「羽崎候補生から新たな情報提供があった」
視線が集まる。ユイは静かにモニターを見る。
「グレイブ・ドール」
「通称GD」
「ネメシス帝国の主力機動兵器」
教室がざわつく。
「主力……?」
「LFじゃなくて?」
ユイは首を振る。
「GDの方が古い」
「元々は対ネメシス・ビースト戦を含めた汎用兵器」
モニターへ映る複数のシルエット。白、黒、重装甲型、高機動型。
様々なGD。
「宇宙戦、対艦戦、対人戦、対NB戦。
全部想定されてる」
候補生達が息を呑む。つまりLFより完成されている。
そんな兵器。教官が補足する。
「ルミナス・フレームはGD技術を参考に地球側が独自再構築した兵器群だ」
モニター切り替え。
LF-T01 バスティオン。
LF-01 ヴァンガード。
LF-02 ガルム。
LF-PT-M01 ルナ・スケイル。
そしてシートに覆われたアルタイル。
「LFは対NB戦へ特化している」
「出力偏重、高適性依存。その代わり瞬間性能は高い」
カイトが小さく呟く。
「……じゃあ」
「GDの方が強いのか?」
教官は数秒考えた。そして。
「一概には言えん」
「GDは完成されている」
「だが」
「LFはまだ進化途中だ」
その言葉にユイだけが少し目を伏せた。
講義終了後。アーク・ノア通路。
「頭痛ぇ……」
カイトが壁へ寄りかかる。
「情報量多すぎるだろ」
「まだ基礎」
ミオが普通に言う。
「嘘だろ」
その時ユイが小さな箱を抱えて歩いてくる。
「?」
カイトが首を傾げる。
「何それ」
「荷物」
「見れば分かる」
そのまま通り過ぎようとする。だが箱が傾く。
ガサッ。中身が落ちた。
「……ん?」
カイトが拾い上げる。小さな金属パーツ。
GDの肩部装甲片。さらにミニチュアモデル。
しかも量産型GD。
「……お前」
カイトがゆっくりユイを見る。
「何これ」
ユイが固まっている。珍しかった。完全に動揺していた。
ミオが吹き出す。
「ユイまた増えたんだ」
「増えてない」
「絶対増えてる」
「違う」
カイトは箱の中を見る。GDパーツ。
LFエンブレム。旧型機部品。しかも。
綺麗に整理されている。
「……収集癖?」
ユイが目を逸らす。
「違う」
「いや絶対違わないだろ」
その時。コロン。さらに奥からぬいぐるみが転がる。
沈黙が響いた。カイトが止まる。ミオが肩を震わせている。
ユイの耳が少し赤い。
「……返して」
かなり小さい声だった。
「えっ」
「返して」
カイトは慌ててぬいぐるみを返す。
「いや、うん」
「そういう趣味あったんだな……」
「違う」
「違うのか?」
「……」
数秒沈黙が響いた。そしてユイが小さく呟く。
「捨てられてたから」
「?」
「そのままなの嫌だった」
静かな声だった。でもどこかユイらしい理由だった。
その時通路奥からタツヤの怒鳴り声が聞こえた。
「コウタァァ!」
「何でまた配線逆なんだ!」
「いや今回俺じゃないですって!」
爆発音が響いた。ドンッ! カイトがビクッとする。
ミオが慣れた顔で言う。
「いつもの」
「いつもで済ませていいのか!?」
ユイは静かにぬいぐるみを箱へ戻す。
そしてほんの少しだけ口元が緩んでいた。
戦闘の緊張が完全に消えたわけではなかった。
それでも、艦内の日常は少しずつ戻ってくる。
その日の夜。候補生区画。
カイトは端末を眺めていた。《羽崎 竜奈》候補生データ。
「……」
カイトが眉をひそめる。おかしい。ミオは普通に“ユイ”と呼ぶ。
でも正式登録は羽崎竜奈。しかもユイ本人は訂正しない。
「何なんだあいつ……」
その時後ろから声が聞こえた。
「気になる?」
ミオだった。
「いや」
「普通に疑問だろ」
「羽崎なのかユイなのか」
ミオは少しだけ笑う。
「どっちも本当」
「は?」
カイトが顔をしかめる。ミオは壁へ寄りかかる。
少しだけ遠くを見るみたいな目。
「ユイが元の名前」
「竜奈と羽崎は、地球側の登録名」
沈黙が響いた。
「……情報量多いな」
「全部本名?」
「少なくとも、嘘ではないよ」
ミオは静かに頷く。
「ただ、もう一つ。昔の名前もある」
カイトが首を傾げる。
「昔?」
ミオは少し困った顔をした。
「今はまだ」
「ユイから直接聞いた方がいい」
「……言えない系か」
「うん」
静かな返答だった。その時通路奥にユイ本人が立っていた。
「……」
完全に聞かれていた。カイトが固まる。
「えっと」
「違うこれは」
ユイは無表情だった。だがほんの少しだけ呆れたみたいに息を吐く。
「別に、隠してない」
「じゃあ何で羽崎竜奈なんだ?」
ユイが小さく言う。
「日本で、ユイだけだと目立つ」
「それは確かに」
即座に納得した。ミオが吹き出す。ユイは少しだけ視線を逸らす。
「あと」
「竜奈って名前、嫌いじゃない」
その言葉は少しだけ、本当に少しだけ柔らかかった。
カイトはその顔を見て初めて思った。こいつにも、ちゃんと普通に生きようとしていた時期があったんだな、と。




