第05話 戻れない場所
訓練は、地獄だった。
「違う!」
「遅い!」
「今ので三回死んでる!」
教官の怒声が響く。シミュレーター内部。
カイトは汗だくだった。
「無理だろこんなの!」
『NB接近』
『右方向』
『回避推奨』
モニターが光る。だが間に合わない。
衝撃。《SYSTEM DOWN》。
「はい死亡」
教官の声。カイトが項垂れる。
「理不尽すぎる……」
「NB戦に理屈求めるな」
即答だった。周囲の候補生達が苦笑する。
その時別ブースではミオのシミュレーター映像が映し出されていた。
異常だった。
浮遊ユニット制御。複数同時演算。敵予測。
ほとんど未来予知みたいな動きに、候補生達がざわつく。
「なんだあれ……」
「反応速度おかしいだろ」
カイトも呆然と見ていた。
「……人間?」
「失礼」
ミオが少しだけ頬を膨らませる。その直後に別画面に映し出されたのはユイのシミュレーター。
空気が変わった。
ガルム。黒い機体が戦場を駆ける。
近い。速い。迷いが無い。
敵を見つける。斬る。終わり。
ただそれだけだった。
「うわ……」
候補生達が息を呑む。
「戦い方怖ぇ……」
「教本無視してるぞあれ」
実際、完全に自己流だった。しかし、異常に強い。
結果だけ見れば、模擬戦歴代最高スコア。
教官ですら少し黙る。そしてシミュレーター終了。
ユイが静かに出てくる。汗一つかいていない。
「……」
カイトは何となく声をかけた。
「お前さ」
「何」
「昔からLF乗ってたのか?」
一瞬、ユイの動きが止まる。ほんの僅かに。
「……まあ」
短い返答。それ以上は言わない。その時、艦内放送で呼び出される。
『霧島カイト候補生』
『至急ブリーフィングルームへ』
カイトが首を傾げる。
「俺?」
ブリーフィングルーム。艦長。そして知らない軍人達。
空気が少し重い。
「霧島カイト」
「はい」
艦長が静かに言う。
「君の家族への説明が終わった」
カイトの表情が変わる。
「……家」
「現在、NB災害指定区域へ認定」
「安全確保のため、一時帰宅は禁止だ」
分かっていた。
それでも、実際に言われると違った。
「学校は?」
「一時閉鎖」
「候補生扱いとして学籍処理を行う」
つまりもう普通には戻れない。艦長が少しだけ声を落とす。
「友人には最低限説明済みだ」
モニターが開く。録画通信。
『おいカイト!』
同級生だった。
『ニュース見たぞ!』
『生きてんのかお前!』
『軍艦乗ってるってマジ!?』
『今度戻ったら絶対話聞かせろよ!』
明るい声。
いつもの日常。
でも、そこに自分はいない。
そこで通信は終了し、部屋が静かになる。
カイトは俯いた。
「……戻れるのかな」
小さな声。誰にも向けていない。いつからか後方にユイが立っていた。
いつからいたのか分からない。彼女は少しだけモニターを見る。
そして静かに言った。
「戻れないよ」
カイトが振り向く。ユイの目は、どこか遠くを見ていた。
「一回戦場を知ったら」
「前と同じにはならない」
その声はまるで経験者みたいだった。
ただの忠告ではない。
カイトには、そう聞こえた。
カイトは何も言えなかった。その時警報が鳴り響く。
『未確認高エネルギー反応』
『アーク・ノア周辺空域に出現』
空気が変わる。オペレーター達が慌ただしく動く。
「この反応……」
「今までと違うぞ!」
モニターへ映る。空間が歪む。そして裂けた。
黒い穴、そこから白い機体が現れる。細く鋭い。
異様な存在感。候補生達がざわつく。
「新型LF?」
「違う……!」
ミオの顔色が変わる。
「……GD」
沈黙が響いた。誰もその名前を知らない。
だがユイだけは凍りついたようにモニターを見ていた。
「……なんで」
小さな声。その機体は真っ直ぐアーク・ノアを見ていた。




