第07話 艦内生活
アーク・ノアの朝は早い。
『起床時間です』
『候補生は十分以内に点呼ブロックへ集合してください』
艦内放送と同時に部屋の照明が強制点灯。
「うわぁっ!?」
カイトが飛び起きる。
「何だこれ……」
時計を見る。午前六時。
「早すぎるだろ……」
その時。
『遅刻したら教官来るよ』
端末通信。ミオだった。カイトの顔色が変わる。
「うわ待っ――」
数分後。点呼ブロックに候補生達が並ぶ。
カイトはギリギリ滑り込んだ。
「セーフ……」
「アウトだ」
後ろから低い声。教官がいた。カイトが固まる。
「え?」
「三秒遅い」
「理不尽!」
周囲の候補生が笑いを堪えている。午前は基礎訓練。
午後は座学。夕方はシミュレーター。そして夜。
カイトは完全に死んでいた。
「無理……」
食堂テーブルへ突っ伏す。
「候補生ってこんなキツいのか……」
「まだ軽い方」
ミオが普通に言う。
「嘘だろ」
ユイは黙々と食べていた。相変わらず早い。
「……お前さ」
カイトが聞く。
「何でそんな平然としてんの」
「慣れてるから」
即答。だがその返答に、ほんの少しだけ違和感が残る。“慣れてる”。
普通はそんな言い方をしない。その時。
タツヤ達整備班が入ってくる。
「コウタ!」
「はい!」
「お前また工具忘れたろ!」
「いや持ってますって!」
ガチャ。工具箱落下。中身散乱。タツヤが頭を抱える。
「……何でそうなる」
カイトが思わず吹き出す。
「整備班も大変だな」
「他人事じゃねぇぞ新人」
タツヤが座る。
「お前のバスティオン修理、毎回地獄なんだよ」
「俺のせい!?」
「無茶操縦のせいだ」
コウタが笑う。
「昨日なんかフレーム歪んでましたからね」
「そんな簡単に歪むなよ!」
「普通歪まないんすよ」
ミオが少し話題を変えるように言った。
「そういえば」
「カイト、艦内まだ全部見てないよね」
「全部?」
「アーク・ノア結構広いよ」
「400メートル級だから」
カイトが固まる。
「え?」
「そんなデカいのかこれ」
「移動要塞みたいなものだし」
ミオが当然みたいに言う。
「格納庫だけで三層ある」
「嘘だろ……」
「あと候補生区画の上に士官区画」
「医療ブロックに工廠、避難民居住区、農業プラント」
「農業!?」
「長期航行艦だから」
カイトは呆然としていた。
自分が乗っているのは、ただの艦ではない。
戦い、暮らし、逃げ延びるための小さな街だった。
戦うためだけの艦だと思っていた。だが、ここには食べる場所も、眠る場所も、逃げてきた人達が暮らす場所もある。
それはもう街だった。
その時、ユイが小さく立ち上がる。
「?」
「どこ行くんだ?」
「格納庫」
短い返答。
「また?」
「ガルム見てくる」
そう言って歩き出す。しかし、ポケットから何か落ちた。
コロン。小さな金属片。カイトが拾う。
古いLFエンブレム。かなり傷ついている。
「これ……」
ユイが振り返る。一瞬、ほんの一瞬だけ表情が揺れた。
「大事な物?」
カイトが聞く。そして、ユイは静かに答える。
「……昔の」
「知り合いの物」
それだけだった。でもその声は、少しだけ寂しそうだったのだ。
結局、やることもなく、カイトはユイとミオについて格納庫へ来た。
「……やっぱ広いなここ」
カイトが周囲を見回す。並ぶLF。整備アーム。
完全に別世界だった。
その時。
「おい新人!」
タツヤが声をかける。
「はい?」
「そういやちゃんと挨拶してなかったな」
工具を肩へ担ぎながら近づいてくる。
「俺はタツヤ・グレン」
「この格納庫の主任整備士だ」
「お前のバスティオン毎回泣きながら直してる」
「俺悪くないですよね!?」
「大体お前のせいだ」
即答だった。その横から。
「俺はコウタっす!」
明るい声の若い整備員が手を上げる。
「主に補修とか弾薬管理とか雑用担当!」
「あと爆発担当」
タツヤが真顔で付け足す。
「違いますって!」
その瞬間。奥で小爆発音が響いた。ドンッ! 沈黙が響いた。
コウタがゆっくり目を逸らす。
「……今回は俺じゃない可能性も」
「後で来い」
「はい」
最後に格納庫端で端末を操作していた少女。
「エル」
短い声。カイトが少し戸惑う。
「えっと……」
「電子・解析担当」
ミオが補足する。
「この艦のLFデータ、大体エルが管理してる」
「へぇ……」
エルは無表情のまま端末を見続ける。
だがモニターには、LF各機の状態、出力、神経同期値、損傷予測。
大量の情報が同時表示されていた。
「……全部見えてるのか?」
「仕事だから」
短い返答。だがかなり凄いことを言っている。
その時。タツヤがバスティオン装甲を叩く。
「まあ覚えとけ新人」
「LFはパイロットだけじゃ動かねぇ」
「整備班込みで一機だ」
格納庫を見る。整備員達。搬入班。解析班。
武装班。大量の人間が動いていた。カイトは少しだけ実感する。
LFは本当に、パイロット一人で動くものではないのだと。
ふと格納庫奥に白いシートに覆われたアルタイルにカイトの視線が止まる。
タツヤの顔が少し険しくなる。
「……あれだけは別だ」
「え?」
数秒沈黙が響いた。そしてタツヤが静かに言う。
「Xシリーズは機械じゃねぇ」
「半分化け物だ」
格納庫の空気がほんの少しだけ静かになった。




