第77話 残響 ~side Yui~
ルクス・ヴァルキュリア深層保管区画。
そこは現在、厳重封鎖されていた。
厚い隔壁、多重ロック。
重力固定アンカー。
そして、中央。
巨大な黒い残骸。
《ネメシス・レクイエム》
ドラゴン形態崩壊後、
辛うじて回収された機体残骸。
しかし、“死んで”はいなかった。
時折、黒い装甲内部が微かに脈動する。
まるで心臓みたいに。
その光景を、ユイは深層観測ブロックから静かに見ていた。
強化ガラス越し、その隣にはイリスがいる。
イリスは小さくユイを見る。
「……また来たんですね」
ユイは少し苦笑する。
「気になるの」
正直、自分でも分かっていた。
近付くと分かる。
レクイエムの状態が、怒っている。
苦しんでいる、静かになっている。
そういう感覚が、微かに伝わってくる。
後遺症ではない、もっと嫌なもの。
“繋がってしまった感覚”。
ユイはガラスへ手を当てる。
その瞬間、微かな振動。
黒い装甲の奥で、
何かが脈打つ、イリスが小さく目を見開く。
「……反応しました」
ユイはゆっくり手を離す。
「まだ生きてる」
その言葉に、自分でも少し寒気がした。
その頃、ルクス医療区画。
アルベルト・ルーメンは端末を見つめていた。
表示されるのは、《神経同期残響》
《NB共鳴痕》
《レクイエム接続履歴》
完全には切れていない。
レクイエムとユイの間に、微弱な接続が残っている。
アルベルトが小さく息を吐いた。
「……最悪だ」
その時、後方から声。
「何がです?」
レオニスだった、アルベルトは少し迷う。
だが隠しても意味がない。
「ユイとレクイエムの同期」
「完全には切れていない」
レオニスの表情が僅かに変わる。
「危険か?」
「分からない」
アルベルトは正直に答える。
「今は安定している」
「だがレクイエム側が再起動すれば……」
その先を言わない、レオニスも理解した。
あの怪物は終わっていない。
観測区画、ユイはまだレクイエムを見ていた。
その時、後ろから足音。
アルベルトだった。
数秒、二人とも喋らない。
やがてアルベルトが静かに立つ。
「身体はどうだ」
「動く」
「無理はするな」
ユイは少し笑う。
「それ、今更?」
アルベルトも苦笑した、短い沈黙。
その後、アルベルトがレクイエムを見る。
巨大黒色残骸、彼の表情が少し曇る。
「……あれは本来、存在してはいけなかった」
ユイは静かに聞いていた、アルベルトは続ける。
「PT技術も」
「GD神経接続も」
「最初は違った」
「人を生かすための研究だった」
その声に後悔が滲む、ユイは小さく呟く。
「でも帝国は兵器にした」
アルベルトは否定しない。
「止められなかった」
それが一番重かった、彼自身も帝国技術者。
関わってしまった側、ユイは少し目を伏せる。
怒っている、しかし、全部を責め切れない。
アルベルトが、ずっと裏からPT達を逃がしていた事も知っているから。
その時、レクイエム残骸が再び微かに脈動する。
ユイが反応する。
「……来る」
アルベルトが顔を上げる、ユイは目を閉じていた。
感覚が伝わる、遠い。
宇宙の奥。
微弱なNB反応、何か。
まだ残っている。
ユイが小さく呟く。
「……終わってない」
イリスも静かに頷く。
「聞こえます」
「まだ」
観測区画が静まる、アルベルトはレクイエムを見る。
失敗だった、間違いだった。
しかし、
完全には終わっていない、その事実だけが、
静かに重く残り続けていた。




