第74話 箱舟 ~side Raven~
崩壊した《グラン・ネメシス》宙域から離れ、《ルクス・ヴァルキュリア》はゆっくり航行を続けていた。
静かだった。
だが、その巨大艦の内部はあまりにも広い。
まるで都市。いや、最初から“街”を積むために作られた艦だった。
ルクス・ヴァルキュリア中央居住ブロック。
高い天井、長い通路。
人工重力。
白銀の壁面、ところどころ帝国文字。
そして、誰もいない。
巨大すぎる空間だけが続いていた。
アイナが小さく呟く。
「……広い」
その声が少し反響する。
ナユが周囲を見回した。
居住区だけで、普通の宇宙港並みに広かった。
食堂、医療区画。
学習区画、休憩ラウンジ。
未使用居住ブロック、全部残っている。
しかも、ほぼ無傷。
リノヴァが頭を抱えていた。
「何よこれ……」
「帝国頭おかしいんじゃないの……」
クロエは端末を見ながら苦笑する。
「設計思想が最初から“長距離移民艦”」
「しかも戦艦兼用」
「正気じゃない」
レオニスが静かに補足する。
「本来は軍艦というより、移民都市艦に近い」
「だが帝国は、それを軍事目的へ転用しようとしていた」
レガロンが低く笑う。
「帝国が正気だった事なんてあるか?」
その時、遠くで搬送音が響く。
難民移送だった。
クロウヴェイル側で保護していた生存者達が、順次ルクス内部へ移され始めている。
医療区画、仮居住区。
食料搬送。
静かだった。
しかし、その空気は以前と違う。
ここはただの逃げ場ではない。
“住める場所”だった。
一方、ルクス工廠区画。
ここはさらに異常だった。
超大型整備アーム、艦艇建造レール。
GD整備ドック、補修ブロック。
無数の資材コンテナ。
そして、まだ封も開けられていない大型物資。
グリッドが呆然としていた。
「……おいおい」
「これ全部残ってんのか」
レオニス・ハルトが端末を確認する。
「建造自体はほぼ完了していた」
「だが補給搬入が終わっていなかった」
「だから深層で停止保管されていたんだろう」
グリッドが周囲を見る、帝国規格大型推進器。
未使用装甲材、高出力炉補助ユニット。
どれも現行地球技術を超えていた。
「……化け物だな」
レオニスは小さく呟く。
「帝国は、本来こういう技術を持っていた」
「ネメシス思想が始まる前は」
その言葉に少し空気が静まる。
別区画、クロウヴェイル格納ブロック。
そこには、傷だらけのクロウヴェイルが静かに固定されていた。
船体各所破損、主推進器停止。
外装亀裂。
完全に限界だった。
リノヴァがため息を吐く。
「……よく生きてたわね、この船」
グリッドが船体を軽く叩く。
「まだ死んでねぇよ」
しかし、全員分かっていた、今のままでは、もう長距離航行は無理だった。
その時。
別ドック側隔壁がゆっくり開く、そこへ現れた巨大艦影。
《アーク・ノア》
こちらも傷だらけだった。
外装破断、主砲損傷。
艦体火災跡。
それでもなお、巨大戦艦としての威圧感は残っている。
クロウヴェイル。
アーク・ノア、両方とも限界。
グリッドが小さく笑う。
「……仲良くボロ船だな」
その時、後ろから声。
「その二隻、繋げられないか?」
カイトだった、整備班数名と共に工廠区画へ来ていた。
グリッドが振り返る。
「簡単に言うな坊主」
「でもまあ……」
彼の目が、ルクス内部資材群を見る。
巨大推進器、帝国炉。
建造ブロック。
未使用資材、そして。
傷だらけの二隻。
グリッドは小さく笑った。
「面白くはある」
レオニスも静かに艦を見る。
「理論上は可能だ」
「ただし普通の艦ではなくなる」
リノヴァが呆れる。
「今更普通の艦なんて残ってる?」
誰も否定しなかった。
その頃、ルクス中央医療区画。
ユイはまだ眠っていた。
白いベッド、静かな部屋。
その隣にイリスが座っている。
何も言わない、ただ静かに見守っていた。
窓の向こう、巨大なルクス内部都市ブロック。
そしてその奥では、難民達が少しずつ生活を始めている。
逃げ延びた者達。
PT。
地球軍。
ラスト・オーダー。
全部が混ざり始めていた。
《ルクス・ヴァルキュリア》
それは帝国が作った箱舟。
だが今は、地球でも帝国でもない。
新しい居場所になろうとしていた。




