第73話 ルクス・ヴァルキュリア ~side All~
崩壊が始まっていた。
《グラン・ネメシス》
超巨大要塞。
その内部が、今や巨大な死骸みたいに軋んでいる。
外周ブロック分離。
深層爆発。
重力制御異常。
要塞各所で火災。
帝国兵達が逃げ惑う。
通信は既に混線。
指揮系統も崩壊していた。
そして。
その中心部では、ネメシス・レクイエムが停止した場所から巨大な亀裂が深層へ走っていた。
クロウヴェイル格納庫。
警報が止まらない。
《外装損傷拡大》
《第二推進器停止》
《重力バランサー異常》
グリッドが顔をしかめる。
「……やべぇな」
「船体フレーム逝ってる」
リノヴァが即座に返す。
「今それ言う!?」
クロエがモニターを睨む。
「まだ脱出経路塞がってる!」
「このままじゃ要塞崩壊に巻き込まれる!」
その時だった。
イリスが小さく顔を上げる。
「……下です」
全員が止まる。
イリスは深層方向を見ていた。
「まだ空間があります」
「未使用区画」
レータが即座に反応する。
「構造図にない……?」
クロエが高速解析を始める。
すると。
深層部に巨大空白領域。
今まで隠されていた超大型ブロック。
全員の顔色が変わる。
グリッドが呟く。
「……何隠してやがった」
その頃。
アーク・ノアも限界だった。
外周宙域。
巨大爆発に巻き込まれ、
艦体各所が損傷している。
主砲停止。
外装破断。
推進器損傷。
それでも何とか撤退を続けていた。
艦橋では警報が鳴り続ける。
「艦首ブロック損傷!」
「第三居住区減圧!」
「推進器出力低下!」
司令官が歯噛みする。
「……まだ沈むなよ」
その時。
カイトはモニターを見る。
崩壊する巨大要塞。
そして。
クロウヴェイル。
あの船も限界だった。
グラン・ネメシス内部深層。
クロウヴェイル側は崩壊通路を進んでいた。
火災。
崩落。
蒸気。
死にかけの要塞。
イリスだけが迷わず進む。
「こちらです」
その声を頼りに全員が走る。
イリスの端末へ断続的に深層認証コードが流れ込んでいた。
通常研究区画では存在しない権限帯域。
工廠中枢側コード。
レータが僅かに目を細める。
「……内部権限?」
「誰かが誘導してる……?」
イリスは小さく首を傾げる。
「自動承認を確認」
「深層隔壁アクセス許可」
クロエの顔色が変わる。
「こんなの、通常権限じゃ開かない」
誰が開いているのか。
あるいは何がイリスを呼んでいるのか。
その時点では、誰にも分からなかった。
やがて。
巨大隔壁前へ辿り着く。
異常なサイズだった。
都市ゲートみたいな巨大扉。
レータが目を見開く。
「……このサイズ」
クロエが解析する。
「開ける」
端末接続。
認証突破。
次の瞬間。
巨大隔壁がゆっくり開き始めた。
そして。
全員が息を呑む。
そこにあったのは、巨大な宇宙だった。
超巨大格納空間。
無数の建造ブロック。
補給コンテナ。
未使用資材。
艦載GD。
そして中央。
静かに眠る超巨大艦。
白銀の装甲。
長大な艦体。
まるで神話の箱舟。
《ルクス・ヴァルキュリア》
誰も言葉が出なかった。
10km級超大型艦。
しかも。
ほぼ無傷。
建造は終わっている。
しかし、内部積載は途中で止まっている。
運用状態としては未完成。
だからこそ、この崩壊の奥で取り残されていた。
レガロンが低く呟く。
「……帝国の化け物か」
クロエは周囲を見回す。
「違う」
「これ、移民艦だ」
「いや……都市そのもの」
その時。
要塞全体が激しく揺れた。
警報。
《深層炉暴走加速》
《要塞崩壊まで残り――》
ノイズで消える。
時間がない。
その時。
イリスが小さく言った。
「……ここなら生き残れます」
全員が振り返る。
イリスはルクスを見る。
「この艦は、まだ動けます」
クロエが即座に解析。
次々表示される内部情報。
推進系。
重力制御。
居住ブロック。
工廠。
全部生きている。
グリッドが笑った。
「……拾うぞ」
リノヴァが頭を抱える。
「このサイズを!?」
「今更だろ」
レガロンが笑う。
その時。
格納庫奥。
医療搬送台。
ユイが運び込まれていた。
意識なし。
神経損傷。
レクイエム接続後遺症。
カイトがその横へ座る。
何も言えない。
ただ生きている事だけ確認する。
その時。
クロウヴェイル側警報。
《主推進器停止》
《艦体フレーム限界》
《自力航行不可》
艦橋が静まる。
クロウヴェイルも限界だった。
そして。
アーク・ノアも損傷。
もう今までのままでは戦えない。
その時。
全員の視線が、ルクス・ヴァルキュリアへ向く。
巨大な白銀艦。
帝国が作った箱舟。
そして。
生き残るための新しい拠点。
カイルは静かにその艦を見る。
その目に迷いはなかった。
「……使う」
短い言葉。
しかし、それが新しい始まりだった。
崩壊するグラン・ネメシスの奥で。
帝国が作った最後の箱舟が、
静かに目覚めようとしていた。




