第67話 疑念 ~side Yui~
グラン・ネメシス深層。 中央監視区画。
薄暗い部屋だった。 巨大モニター群。
戦術表示。神経波形。艦隊配置。
その中央に、黒い巨大反応が映っている。
《ネメシス・レクイエム》。 拘束状態。
しかし、 脈動が以前より強い。 まるで眠りながら怒っているみたいだった。
ユイは無言でモニターを見る。 疲労が限界に近い。
監視。 潜入。 嘘。 そして。 レクイエム。
全部が重すぎた。 その時。 背後の自動扉が開く。
重い空気が流れ込む。 レグナートだった。
長い黒コート。 冷たい視線。 彼は静かにユイの隣へ立つ。
「最近、随分忙しそうだな」
ユイは振り返らない。
「……任務ですので」
レグナートは小さく笑う。 その笑みが逆に怖い。
「そうか」
「なら問題ない」
短い沈黙。 モニターには帝国艦隊。
増え続ける戦力。 巨大要塞。 全部が戦争へ向かっている。
レグナートは静かに続ける。
「君は優秀だ」
「だから残念だよ」
ユイの指先が僅かに止まる。 だが表情は変えない。
レグナートは既に気付いている。 確信だった。
その時。 監視区画奥の扉が再び開いた。
重い足音。 複数の護衛兵。 そして。
中央に立つ男。 白銀の軍服。 異様に整った姿勢。
冷たい笑み。 ヴァイス・クロムウェル。
空気が変わる。 この男だけ、種類が違う。
狂気の質が違った。 ヴァイスはモニターを見る。
レクイエム。 巨大反応。 その目が僅かに愉悦を帯びる。
「……素晴らしい」
「進化だ」
小さな声。 だが寒気がした。 ヴァイスはゆっくりユイを見る。
その視線だけで嫌悪感が走る。
「君がユイか」
「オリジナルY系列」
「興味深い」
ユイは答えない。 ヴァイスは気にしなかった。
むしろ楽しそうだった。 彼はレクイエムへ近付く。
巨大モニターへ手を伸ばす。
「帝国は停滞していた」
「管理しすぎた」
「制御しすぎた」
「だがネメシス思想は違う」
その目が笑う。
「進化とは暴走だ」
空気が冷えた。 ユイは静かにヴァイスを見る。
この男は危険だ。 レグナートとは別方向で。
レグナートは“管理”する。 だがヴァイスは違う。
壊れる事すら進化だと思っている。 ヴァイスはレクイエムを見る。
その声は、まるで神を見ているみたいだった。
「兵器が苦しみを超えた時」
「初めて次へ至る」
「制御された存在に価値はない」
ユイは小さく拳を握る。 その時。 モニター警告。
《神経同期率異常上昇》。 《制御負荷増大》。
レクイエムが脈動する。 拘束フレームが軋む。
監視員達がざわつく。 ヴァイスだけが笑っていた。
「素晴らしい」
「生きている」
その瞬間。 ユイの中で確信する。 こいつらは止まらない。
もう。 その時。 レグナートが静かに言った。
「ユイ」
ユイが振り返る。 レグナートの目は冷たい。
全部分かっている目だった。
「次の実験に参加してもらう」
短い沈黙。 ユイは答えない。 しかし、
周囲の護衛兵が既に配置についている。
逃がさない。 まだ処分しない。 利用価値があるから。
それだけだった。 ヴァイスが笑う。
「安心したまえ」
「君は選ばれた」
「適性を持っている」
ユイはその言葉に寒気を覚える。 適性。
つまり。 最初から決まっていた。 その時。
遠くで再び重低音が響く。 グラン・ネメシス全体が震える。
まるで、巨大要塞そのものが狂気へ沈み始めているみたいだった。
そしてユイは理解する。 もう戻れない。
次は、自分が使われる番だと。
その時、レグナートがふと端末へ視線を落とした。
監視ログの一部が欠けている。
工廠区画の記録。搬送路の認証。数秒分だけ、不自然に空白がある。
「……内部に、余計な手を入れている者がいるな」
ユイは表情を変えなかった。
レグナートは笑わない。
「工廠内部か。あるいは、研究区画か」
その声は静かだった。だが疑念はもう生まれていた。
ユイは、何も知らないふりをした。




