第68話 ネメシス・レクイエム ~side Yui~
暗かった。 グラン・ネメシス最深部。
第零実験区画。 巨大円形空間。 何層もの整備ブロック。
無数の拘束ケーブル。 神経接続ライン。
エネルギー供給塔。 そこはもはや格納庫ではない。
儀式場だった。 中央。 巨大な黒い影が静かに立っている。
《ネメシス・レクイエム》。 45m級超大型GD。
黒い装甲。 異形のシルエット。 通常GDと似ているのに、何もかも違う。
装甲の隙間が、まるで生物みたいに脈動していた。
低い駆動音。 呼吸音みたいだった。
その前へ、ユイは拘束された状態で連れて来られていた。
両腕拘束。 護衛兵。 完全監視。 逃げ場はない。
周囲では研究員達が慌ただしく動いている。
「神経接続準備!」
「同期率測定開始!」
「深層反応安定!」
興奮していた。 狂気みたいに。
ヴァイス・クロムウェルは、高所観測ブロックからその光景を見下ろしている。
その目は歓喜していた。
「……美しい」
レグナートは隣で静かに立つ。 対照的だった。
感情を抑えている。 だがその視線は冷たい。
ヴァイスが笑う。
「ようやくだ」
「ようやく帝国は次へ進める」
ユイはレクイエムを見る。 嫌な感覚だった。
違う。 これはGDじゃない。 もっと別の何かだ。
その時。 レクイエム胸部装甲がゆっくり開く。
内部。 黒い神経接続コア。 無数のケーブル。
脈動。 まるで巨大な心臓だった。 研究員が叫ぶ。
「同期接続開始!」
ユイの拘束が強引に解除される。 兵士達が銃を向けたまま、ユイを前へ押し出す。 ユイは動かない。
レグナートが静かに言った。
「乗れ」
短い言葉。 拒否権はない。 ヴァイスが笑う。
「安心したまえ」
「君は適合者だ」
「この兵器は君を選んでいる」
ユイは睨む。
「……狂ってる」
ヴァイスは否定しない。 むしろ嬉しそうだった。
「進化とはそういうものだ」
ユイは小さく拳を握る。 逃げられない。
ここで拒否しても、別の誰かが壊される。
イリス。 PT達。 ラスト・オーダー。
全部危険になる。 ユイは静かにレクイエムを見る。
そして。 ゆっくり内部へ入った。
――――――。
その瞬間だった。 《神経接続確認》。
《適合率上昇》。 《同期開始》。 要塞全体が震える。
研究員達がざわつく。 数値が異常だった。
「同期率四十……!」
「いや、五十を超えてる!」
「安定している!?」
ヴァイスの笑みが深くなる。 レグナートですら僅かに目を細めた。
通常なら暴走する。 神経焼損。 拒絶反応。
精神崩壊。 しかし、 ユイだけは違った。
レクイエムが静かに反応している。 まるで。
受け入れているみたいに。 その時。
レクイエムの目が点灯した。 赤い光。
巨大な黒い機体が、ゆっくり動き始める。
重低音。 拘束フレームが軋む。 空間全体が震える。
研究員達が歓声を上げた。
「成功だ!」
「制御できている!」
「神経波形安定!」
ヴァイスが低く笑う。
「素晴らしい……!」
「これがネメシスだ!」
その頃。 クロウヴェイル側潜伏区画。
警報が鳴り響いていた。 《第零実験区画起動》。
《超大型GD反応確認》。 クロエが顔を上げる。
「……始まった」
レータの顔色が変わる。 イリスは静かに震えていた。
「……起きています」
「苦しいです」
カイルは要塞深部を見る。 嫌な予感しかしない。
その時。 グラン・ネメシス全体が再び震える。
以前より遥かに大きく。
まるで巨大な怪物が、眠りから目覚めたみたいに。
レクイエム内部。 ユイは神経接続空間で荒い息を吐いていた。
重い。 圧迫感。 大量の感情。 怒り。
憎悪。 破壊衝動。 機体側から流れ込んでくる。
NB。 GD。 帝国技術。 全部混ざっている。
普通なら壊れる。 しかし、 ユイだけは耐えていた。
その時。 レクイエムがゆっくり立ち上がる。
巨大な黒い影。 実験区画全体へ響く重低音。
研究員達は歓喜していた。 帝国兵達も。
しかし、 ユイだけが理解していた。
これは兵器じゃない。 怪物だ。 そして。
帝国は今、その怪物を起こしてしまった。




