第66話 崩壊前夜 ~side Raven~
グラン・ネメシス内部。 外周補給ブロック。
巨大搬送レールの影を、黒い人影が静かに進んでいた。
カイル。 レガロン。 リン。 そしてクロエ。
全員最低限装備。 正面戦闘はしない。
ラスト・オーダーのやり方は、最初から変わっていなかった。
壊すなら最小限。 逃げる道は確保。
死なない事を優先する。 その時。 クロエが小声で言った。
「停止」
全員が即座に身を伏せる。 直後。 大型輸送列車が通過した。
巨大コンテナ群。 弾薬。 GDパーツ。
補給資材。 そして。 コンテナ側面に記されている。
《第零深層区画優先搬入》。 レガロンが低く呟く。
「……全部レクイエム行きか」
クロエが端末解析を続ける。
「最近輸送量が異常」
「帝国側もかなり無理してる」
モニターへ次々浮かぶデータ。 エネルギー供給。
神経同期材。 NB残骸。 大型拘束フレーム。
その量が異常だった。 クロエの顔色が少し変わる。
「これ、もう兵器じゃない」
「怪物作ってる」
その頃。 グラン・ネメシス内の別区画。 レータは撤退ルートを確認していた。
ホログラム地図。 要塞内部構造。 搬送レール。
非常通路。 崩落危険区域。 既に幾つもの区画が赤く点滅している。
レータが静かに言う。
「……崩れます」
リノヴァが振り返る。
「要塞が?」
「はい」
レータは構造図を操作する。
「建造速度を優先しすぎています」
「外周ブロック負荷限界が近い」
「さらに深層エネルギー反応が異常です」
天然気味な普段とは違う。 完全に分析モードだった。
その時。 要塞全体が低く震えた。 重低音。
壁面照明が一瞬揺れる。 警報。 《深層同期試験開始》。
《ネメシス・レクイエム出力上昇》。
空気が変わる。 レータの顔色が少しだけ悪くなる。
「……早すぎる」
「まだ完成していない筈です」
――――――。
その頃。 クロウヴェイル艦橋。 リノヴァがモニターを睨んでいた。
巨大要塞周辺。 帝国艦隊密度が更に増している。
外周封鎖。 巡回強化。 補給艦増加。
完全戦時態勢。 グリッドが低く言う。
「帰り道消えてきてるぞ」
「分かってる」
リノヴァは即答する。
「だから今レータが死ぬほど計算してる」
通信画面の向こうで、要塞内の別区画にいるレータ本人は、別端末で撤退経路を組み続けていた。
「第三搬送路は封鎖率六十三パーセント」
「第八冷却区画は崩落危険」
「中央搬送軸は戦闘発生時封鎖されます」
クロエが通信越しに呟く。
『全部地獄じゃない』
『はい』
『否定しないの!?』
だがレータは真顔だった。 むしろ本当に最適化している。
その時。 クロエ側通信が再接続される。
ノイズ。 乱れた映像。 その向こう。
深層区画データ。 巨大反応。 拘束フレーム。
神経接続ライン。 そして。 黒い巨大シルエット。
《ネメシス・レクイエム》。 艦橋が静まる。
巨大だった。 45m級。 通常GDとは比較にならない。
しかも。 反応が生体に近い。 クロエが低く言う。
『……これ、NB使ってる』
『機械だけじゃない』
『混ざってる』
リノヴァの顔色が変わる。
「冗談でしょ……」
クロエが続ける。
『しかも制御不安定』
『出力波形がずっと暴れてる』
『帝国側も抑えきれてない』
その瞬間。 グラン・ネメシス全体へ警報が響いた。
《第零区画隔壁異常》。 《神経同期負荷上昇》。
《出力制御再試行》。 要塞全体が震える。
深層管理モニターの片隅。
レオニス・ハルトは険しい表情で同期波形を見つめていた。
帝国技術局所属。レグナート直属ではない、深層区画の監視担当技術官だった。
だが、その顔には明らかな焦燥が浮かんでいる。
『出力上昇が早過ぎる……』
『まだ耐えられる段階じゃない』
周囲の研究員達は作業を続けている。
誰も止めようとしない。
レオニスは小さく歯を食いしばった。
『このままじゃ暴走する』
だが、その警告を聞く者はいなかった。
今までより明らかに大きい。 照明が落ちる。
空気が重くなる。 そして。 誰もが感じていた。
この要塞はもう危ない。 帝国ですら、制御しきれていない。 その頃。 深層観測区画。
ユイは静かにモニターを見ていた。 そこへ映る。
ネメシス・レクイエム。 拘束された巨大GD。
しかし、その胸部装甲が、まるで呼吸するみたいに脈動していた。
ユイの顔色が少し変わる。
「……まさか」
その時。 背後から静かな声。
「美しいだろう」
レグナートだった。 ユイは振り返らない。
レグナートはレクイエムを見つめる。
その目に迷いはない。
「帝国は次の段階へ進む」
「これはその象徴だ」
ユイは静かに拳を握る。 しかし、 もう遅かった。
グラン・ネメシスは既に、崩壊へ向かって動き始めていた。




