第65話 揺らぎ ~side Yui~
グラン・ネメシス内部。 深層搬送ブロック。
薄暗い整備区画。 そこは現在、クロウヴェイル側が一時潜伏地点として使っていた。
放棄コンテナ。 廃棄搬送レール。 停止した整備アーム。
人目が少ない。 だからこそ、まだ見つかっていない。
その奥。 ナユは小さな整備台へ座っていた。
リンは壁にもたれたまま周囲警戒。 レータはホログラム航路を確認している。
クロエは端末解析。
端末の小さな通信窓には、クロウヴェイル医療区画の保護スペースが映っていた。
そこにいるアイナが描いた簡単な絵を、ナユが不思議そうに見ていた。
アイナ本人は要塞内にはいない。危険すぎるからだ。
それでも、短い通信だけは繋がっていた。
静かな時間だった。
戦場とは思えないくらい。 その時。
通路奥。 微かな足音。 リンが即座に顔を上げる。
警戒。 殺気。 次の瞬間。 影が現れた。
銀色の髪。 赤い瞳。 帝国軍装。 アミィだった。
空気が凍る。 リンが即座に武器へ手を掛ける。
ナユも立ち上がる。 しかし、アミィの動きだけが止まっていた。
その視線は、ナユへ固定されている。
「……PT」
小さな声。 次にリン。 レータ。 そして、端末の通信窓に映るアイナ。
その全員が、普通にそこにいた。
処分されていない。 壊されていない。
怯えていない。 意味が分からなかった。
その時。 後方からユイが現れる。
「……来ると思った」
アミィはユイを見る。 その目に僅かな混乱。
「どういう事ですか」
静かな声。 だが震えている。 ユイは答えない。
代わりにナユを見る。 ナユは少し迷ってから、端末の通信窓へ視線を戻した。
画面の向こうで、アイナが小さく笑う。
『ナユ、これ見て』
ナユが絵を見る。 少し考える。
「……上手」
通信窓の向こうで、アイナが嬉しそうに笑う。 その光景を見た瞬間。
アミィの表情が崩れた。 理解できない。
PTは兵器。 消耗品。 管理対象。
なのに。 何故そこにいる。 何故笑っている。
レータが静かに立ち上がる。
「久しぶりです」
アミィの目が向く。
「L系列……」
レータは少し考える。 そして普通に言った。
「最近ちゃんと食事してますか?」
場が静まる。 アミィが完全に止まる。
「……は?」
「栄養不足は思考効率低下を招きます」
「あと睡眠も必要です」
真顔だった。 レータ本人は本気で心配している。
リンが小さく顔を逸らす。 クロエが吹き出しそうになる。
ユイだけが頭を押さえた。
「……レータ」
「はい?」
アミィは混乱していた。 何だこれは。
オリジナル。 PT。 敵対個体。 なのに。
空気がおかしい。 その時。 リンが低く言う。
「……殺さないのか」
アミィが視線を向ける。 リンは壁にもたれたまま続ける。
「帝国ならそうする」
「見つかった時点で処分だ」
静かな声。 そこに感情は少ない。 だから重い。
アミィは答えられない。 ユイが小さく言う。
「ここは違う」
「違うから私はここへ繋いだ」
アミィがユイを見る。 その目に初めて感情が揺れる。
「裏切ったんですね」
「帝国を」
ユイは数秒黙る。 やがて静かに答えた。
「……違う」
「見捨てなかっただけ」
アミィの目が揺れる。 意味が分からない。
帝国では、 不要個体は処分。 不良個体は廃棄。
PTは兵器。 それが当たり前。 なのに。
ここでは違う。 ナユがいる。 リンがいる。
レータがいる。 しかも。 誰も命令されていない。
自由に動いている。 それが怖かった。
その時。 通信窓の向こうで、アイナが小さくアミィを見る。
少し迷ってから。 持っていた簡単な保存食を差し出した。
「……食べる?」
アミィが止まる。 完全に。 その行為の意味が理解できない。
敵。 PT。 帝国軍。 なのに。 何故。
画面越しに、アイナは首を傾げる。
「お腹すいてる顔してる」
静寂。 レータが小さく頷く。
「確かに」
「顔色悪いです」
「睡眠不足では?」
「……」
アミィは何も言えない。 その時だった。
遠くで警報音。 《深層区画封鎖》。
《ネメシス・レクイエム同期率上昇》。
空気が変わる。 ユイの顔色も変わる。
時間がない。 しかし、 アミィはまだ動けなかった。
視線だけが、ラスト・オーダー側へ向いていた。
まるで、今まで信じていた世界が、少しずつ崩れ始めているみたいに。




