第63話 再接触 ~side Yui~
警報音が遠くで鳴り続けていた。 《グラン・ネメシス》。
内部第七工廠区画。 巨大搬送レール。
無数の整備アーム。 建造中GD。 そして。
絶え間なく行き交う帝国兵。 以前より明らかに警備が増えていた。
監視ドローン。 巡回兵。 認証確認。
まるで要塞全体が神経質になっている。
その通路を、ユイは静かに歩いていた。
疲労が隠せない。 数日まともに寝ていない。
情報転送。 監視回避。 内部工作。
限界だった。 その時。 通信端末が微かに振動した。
ユイの目が僅かに動く。 暗号通信。
一瞬だけ。 本当に短い信号。 しかし、
ユイは理解した。 来てしまった。
グラン・ネメシス外周。 廃棄搬送ブロック。
そこは建造残骸と資材コンテナが積み上がる、 半ば放棄された区画だった。
照明も少ない。 監視密度も低い。 だからこそ。
クロウヴェイル側はここから潜入した。
静かな足音。 黒い装備。 最小人数。
カイル。 レータ。 ナユ。 そしてクロエ。
クロエが小声で言う。
「監視周期、あと二十秒」
レータが周囲構造を確認する。
「左側搬送路へ」
「その先で接続できます」
天然気味な普段はない。 今は完全に戦術モードだった。
カイル達は静かに進む。 その頃。 別ルート通路。
ユイは一人で歩いていた。 誰にも気付かれてはいけない。
しかし、 足が少し震えている。 怒っているのか。
安心しているのか。 自分でも分からなかった。
角を曲がる。 暗い搬送区画。 そして。
そこにいた。 黒いコート。 見慣れた男。
カイル。 短い沈黙。 何秒か、誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはユイだった。
「……何で来たの」
声が少し掠れている。 カイルは静かに答えた。
「迎えに来た」
ユイが顔を歪める。
「馬鹿じゃないの」
「ここがどこか分かってる?」
「分かってる」
「なら何で――」
言葉が止まる。 怒鳴りたかった。 しかし、
本当は違う。 来て欲しかった。 ずっと。
その時。 後方から静かな足音。 白い髪。
無表情。 イリスだった。 その目がカイルを見る。
次にナユを見る。 そして少しだけ止まる。
「……PT」
ナユが小さく頷く。 イリスはしばらくナユを見る。
だがそこに感情は薄い。 空っぽだった。
まるで人形みたいに。 レータが静かに前へ出る。
「イリス」
イリスの視線が動く。
「L系列オリジナル……」
「生存していたんですね」
感情がない。 事実確認みたいだった。
レータの表情が少し曇る。 ユイが静かに言う。
「……イリスはずっとここにいた」
「研究区画と観測区画を行き来してる」
カイルはイリスを見る。 異常だった。
感情が薄すぎる。 ユイは少し視線を落とす。
「この要塞、PTを壊してる」
「ゆっくり」
静かな声。 怒りより疲労が強かった。
その時。 クロエが小さく警告する。
「巡回来る」
空気が変わる。 ユイは即座に言った。
「戻って」
カイルがユイを見る。 ユイは強く言う。
「まだ動くな」
「今見つかったら全部終わる」
「でも――」
「お願いだから!」
一瞬だけ感情が漏れた。 ユイ自身、気付いて少し黙る。 短い沈黙。 遠くで警報。
搬送音。 巨大要塞駆動音。 グラン・ネメシス全体が唸っている。
まるで巨大な怪物みたいに。 イリスが静かに呟く。
「……もう長く持ちません」
全員の視線が向く。 イリスは要塞深部を見る。
その目だけが少し怖かった。
「下で何か動いています」
「ずっと」
「大きいです」
レータの顔色が変わる。 ネメシス・レクイエム。
その時。 突然、要塞全体へ重低音が響いた。
空間そのものが震える。 警報起動。
《深層区画封鎖開始》。 《第零実験ブロック接続》。
ユイの顔色が変わる。
「……始まった」
カイルが問う。
「何が」
ユイは答えない。 いや。 答えたくなかった。
しかし、もう隠しきれない。
巨大要塞は、既に動き始めてしまっていた。
ユイは短く息を吐き、声を落とす。
「……内部にも、完全にレグナート側へ従っていない人がいる」
カイルの目が僅かに動いた。
「協力者か」
「名前は言えない」
ユイは即答した。
「言えば、その人が死ぬ」
レータが静かに頷く。
「なら、記録しません」
クロエも端末から顔を上げないまま言った。
「通信ログにも残さない。今の会話はなかった事にする」
ユイは小さく頷く。
それだけで十分だった。




