第62話 外縁航路 ~side Raven~
宇宙が埋まっていた。 艦隊で。 クロウヴェイル艦橋。
正面モニターへ映るのは、無数の帝国艦。
戦艦。 巡洋艦。 輸送艦。 GD母艦。
補給ライン。 それら全てが、巨大要塞周囲へ集まり始めている。
まるで宇宙全体が要塞へ吸い寄せられているみたいだった。
リノヴァが顔をしかめる。
「……何よこれ」
「数がおかしい」
クロエが端末を操作しながら答える。
「帝国外縁戦力ほぼ全部動いてる」
「完全戦時体制」
グリッドが低く口笛を吹く。
「正面から行ったら十回は死ねるな」
「十回じゃ済まない」
レガロンが即答した。 クロウヴェイルは現在、
巨大デブリ帯外縁を低出力航行していた。
ECM最大展開。 熱源抑制。 反射制御。
通常艦ならとっくに見つかっている距離。
だがクロウヴェイルは違う。 高速輸送艦。
改修艦。 そして今は、潜入艦だった。
救出した徴用技術者から得た旧搬送航路と、アシュが補足した外縁補給線情報。
その二つをつなぎ合わせ、クロウヴェイルはグラン・ネメシスの死角へ潜り込んでいた。
船体各部へ追加されたECMユニットが淡く発光している。
推進器も以前より静かだった。 リノヴァがモニターを確認する。
「……隠密状態維持」
「ギリギリね」
「この距離で帝国艦隊避けてる時点で十分おかしいけど」
クロウヴェイルが静かにデブリ帯を抜ける。
その横を帝国艦隊が通過していく。 巨大戦艦。
無数の護衛GD。 圧倒的戦力。 その光景に、アイナが小さく息を呑んだ。
医療区画入口。 ナユがその横に立っている。
アイナは小さく聞いた。
「……あれ、全部敵?」
ナユは少しだけ考える。 そして小さく頷いた。
「……多分」
アイナは黙る。 数が多すぎた。 まるで終わりがない。
その頃。 艦橋中央では、レータが星図を展開していた。
ホログラム航路。 帝国補給線。 艦隊巡回周期。
膨大な情報。 だがレータの目は迷わない。
「……ここです」
複数航路が一点へ収束する。 グラン・ネメシス外周。
巨大補給ブロック。 レータは静かに説明する。
「帝国艦隊は正面警戒を重視しています」
「ですが建造区画側搬入口は監視密度が低い」
クロエが眉を上げる。
「……本当に入れる?」
「可能です」
即答だった。 天然気味な普段とは別人。
オリジナルL系列。 戦術解析特化。
その能力だけは本物だった。 リノヴァがため息を吐く。
「頼もしいんだか怖いんだか分からないわね……」
レータは真顔で答える。
「大丈夫です」
「三十二パーセントの確率で成功します」
艦橋が静まる。 グリッドが顔を引きつらせた。
「低くねぇ!?」
「高い方です」
「嫌な基準だな!?」
レガロンが笑う。 その時だった。 警報。
クロエが即座にモニターを切り替える。
「待って」
「救難信号」
艦橋空気が変わる。 外部映像。 小型輸送艇。
半壊。 漂流中。 周囲には帝国残骸。
恐らく逃亡船。 カイルは短く言った。
「回収する」
リノヴァが即座に振り返る。
「今!?」
「この宙域で!?」
「帝国艦隊ど真ん中なのよ!?」
だがカイルは既に立ち上がっていた。
グリッドが頭を抱える。
「またかよ……」
レガロンは肩をすくめる。
「今更だろ」
数分後。 クロウヴェイル格納庫。 漂流艇から数人の難民が搬入される。
疲弊。 負傷。 衰弱。 その中には子供もいた。
モルドがすぐに処置へ入る。
「酸素不足」
「栄養失調」
「あと疲労限界」
彼は淡々としている。 だが手だけは優しい。
アイナがその光景を見ていた。 少し前まで、
自分もあちら側だった。 ナユが静かに隣へ立つ。
何も言わない。 でも離れない。 その頃。
クロウヴェイルはさらに深部宙域へ近付いていた。
デブリ帯を抜けた先。 そこに。 《グラン・ネメシス》。
巨大だった。 圧倒的。 まるで人工惑星。
その周囲を無数の帝国艦隊が取り囲んでいる。
誰も少し言葉を失う。 レガロンが低く呟いた。
「……狂ってやがる」
クロエがモニターを拡大する。 外周工廠。
建造ブロック。 接続艦隊。 そして。
要塞深部から時折観測される、異常な巨大反応。
クロエが小さく言った。
「……多分これが」
レータが静かに続ける。
「ネメシス・レクイエム」
艦橋が静まる。 その名前だけで空気が重くなる。
カイルは巨大要塞を見る。 その内部にユイがいる。
そして。 ここから先は、もう後戻りできない。
クロウヴェイルは静かに進む。 巨大要塞へ。
戦争の中心へ。 そして。 三つの物語が、
少しずつ同じ場所へ近付き始めていた。




