第59話 航路 ~side Raven~
静かな時間だった。
クロウヴェイル医療区画。
薄暗い照明。
簡易ベッド。
薬品の匂い。
そこへ、以前より少しだけ人の気配が増えている。
難民達。
負傷者。
子供達。
そして。
小さな少女――アイナが、静かに窓の外を見ていた。
外には宇宙。
暗く広い空間。
だが彼女はもう怯えてはいない。
ナユが隣へ座る。
しばらく無言。
やがてアイナが小さく聞いた。
「……ここ、どこ?」
ナユは少し考える。
以前なら答えられなかった。
でも今は違う。
「……クロウヴェイル」
「帰る船」
アイナはその言葉を小さく繰り返す。
「帰る……」
その頃。
クロウヴェイル艦橋では、重い空気が流れていた。
中央モニター。
巨大星図。
複数航路。
帝国艦隊移動ルート。
グラン・ネメシス推定位置。
クロエが端末を操作しながら言う。
「帝国艦隊移動継続中」
「輸送量も増えてる」
「完全に戦争準備段階」
ホログラム上。
無数の帝国艦隊が一方向へ集結している。
巨大要塞宙域。
その規模は異常だった。
レガロンが低く呟く。
「……帝国も本気か」
「多分、今までで一番」
クロエが答える。
リノヴァが腕を組む。
「問題はこっちよ」
モニター切り替え。
クロウヴェイル戦力一覧。
艦本体。
追加武装。
搭載GD。
人員。
正直、まともな軍隊じゃない。
寄せ集め。
継ぎ接ぎ。
しかし、それでもここまで生き延びてきた。
グリッドが鼻を鳴らす。
「今更だろ」
「元からまともじゃねぇ」
「そこ威張る所じゃないのよ」
リノヴァが即座に返す。
その時。
レータが静かにモニターを見る。
「……このままだと間に合いません」
全員の視線が向く。
レータはホログラムを操作する。
巨大要塞推定航路。
帝国艦隊合流タイミング。
戦力移動速度。
一瞬で整理されていく。
天然気味な普段とは別人だった。
「グラン・ネメシス完成前に接触する必要があります」
「完成後だと艦隊規模が大きすぎる」
「正面接触は不可能です」
クロエが小さく頷く。
「同意」
「あとユイの通信頻度が減ってる」
その一言で空気が変わった。
カイルが視線を向ける。
クロエは静かに続ける。
「監視強化されてる可能性高い」
「つまり時間切れが近い」
短い沈黙。
艦橋が静まり返る。
遠くでエンジン駆動音だけが響いていた。
その時。
ナユが静かに艦橋へ入ってくる。
その後ろにはアイナ。
まだ少し怯えている。
だが以前より顔色は良かった。
アイナは艦橋中央を見上げる。
大きな宇宙図。
帝国艦隊。
巨大要塞。
理解はしていない。
しかし、何か大きな事が起きようとしているのだけは分かった。
ナユが小さく呟く。
「……ユイ、まだいる」
レータが目を閉じる。
「はい」
「逃げない人ですから」
その言葉だけで十分だった。
カイルは静かに立ち上がる。
全員を見る。
クロウヴェイル。
ラスト・オーダー。
最初はただの生き残りだった。
だが今は違う。
拾った。
救った。
繋がった。
そして今。
帝国の巨大要塞へ向かおうとしている。
カイルは静かに言った。
「航路を変更する」
リノヴァが顔を上げる。
カイルはモニターを見る。
巨大要塞宙域。
そして。
太陽系方面。
「地球へ向かう」
「今のクロウヴェイル単独では、グラン・ネメシスへ正面から近付けない」
「地球側と情報を合わせる。アーク・ノアとカイト達にも知らせる」
静かな沈黙。
誰も反対しなかった。
怖くない訳じゃない。
勝てる保証もない。
相手は帝国だ。
巨大要塞だ。
それでも、
もう見捨てる側には戻れなかった。
レガロンが低く笑う。
「……随分面倒な船になったな」
グリッドが肩をすくめる。
「最初はただのボロ船だったのによ」
リノヴァはため息を吐く。
「今でも十分ボロいけどね」
クロウヴェイル艦橋。
その窓の向こう。
暗い宇宙が広がっている。
そして遠く。
巨大要塞を中心に、 宇宙そのものが戦争へ向かって動き始めていた。
三つの物語が、ようやく一つへ繋がろうとしていた。




