第58話 残された者達 ~side Raven~
暗い輸送宙域だった。
帝国補給ライン外縁。
クロウヴェイルはデブリ帯へ船体を隠しながら静かに航行している。
ECM作動。
光学反射抑制。
エンジン出力最低。
新型推進器へ換装された事で、以前より遥かに隠密行動が可能になっていた。
艦橋。
全員の視線がモニターへ集まっている。
帝国輸送艦。
大型。
護衛付き。
クロエが端末を操作しながら言った。
「補給艦じゃない」
「人員輸送」
「識別コードは労働管理局系」
レータの顔が少し曇る。
「……徴用船」
カイルが視線を向ける。
レータは静かに続けた。
「帝国占領圏から人を集める時に使います」
「建造区画」
「採掘施設」
「危険区域」
「戻ってこない人も多いです」
室内が静まる。
リノヴァが小さく息を吐く。
「嫌な仕事ばっかりね」
クロエが画面を拡大する。
輸送艦側面。
識別コンテナ。
そこには《グラン・ネメシス建造補助要員》の文字。
空気が変わった。
レガロンが低く呟く。
「……要塞建造に人まで突っ込んでるのか」
「多分足りてない」
クロエが即答する。
「規模が大きすぎる」
「帝国も無理してる」
カイルは短く言った。
「追うぞ」
数時間後。
クロウヴェイルは輸送艦後部へ接近していた。
デブリ帯内部。
護衛艦からは死角。
リノヴァが冷や汗を流す。
「距離近すぎる……」
「これ見つかったら即死なんだけど」
「見つからなければ問題ない」
「その理論嫌い」
レータが横から静かに言う。
「今、護衛巡回周期がずれています」
「二十秒空きます」
リノヴァが目を見開く。
「……本当に読めるの?」
「はい」
天然気味な普段とは別人だった。
戦術だけは異常に鋭い。
クロウヴェイルが静かに輸送艦へ接続される。
衝撃最小。
音も少ない。
グリッドが低く言った。
「侵入成功」
カイル達は輸送艦内部へ入る。
暗い通路。
重い空気。
そして。
奥から聞こえる声。
子供の泣き声だった。
カイルの足が止まる。
その先。
巨大貨物区画。
そこには大量の人間が押し込まれていた。
老人。
負傷者。
子供。
痩せ細った人々。
全員疲弊している。
そして首輪型管理端末。
番号管理。
完全に労働資源扱いだった。
ナユが小さく目を見開く。
リンの表情も僅かに変わる。
PTだけじゃない。帝国は普通の人間も、同じように使い潰している。
その時だった。
怒鳴り声。
帝国兵が一人の男を蹴り飛ばす。
「動け!」
「使えねぇなら捨てるぞ!」
床へ倒れた男。痩せている。片腕負傷。
帝国技術服を着た若い徴用技術者だった。
だが目だけが死んでいない。
同行していたアシュの表情が、わずかに動く。
「……同じ研究区画にいた男だ」
兵士が再び蹴ろうとした瞬間。
その首へナイフが突き刺さる。
崩れ落ちる帝国兵。
カイルだった。
一瞬で空気が変わる。
「……ラスト・オーダーだ」
レガロンが低く言う。
次の瞬間。
輸送区画で戦闘が始まった。
短い。
だが激しい。
帝国兵が次々倒れる。
クロウヴェイル側は正面戦争をしない。
速く。
静かに。
必要な場所だけ壊す。
それがやり方だった。
その間。
ナユは小さな少女の前で止まっていた。
黒髪。
細い体。
震えている。
少女はナユを見る。
「……だれ」
小さな声。
ナユは少し考える。
まだ言葉は上手くない。
しかし、以前より少しだけ変わった。
ナユは静かに手を差し出す。
「……帰る?」
少女は呆然とその手を見る。
やがて、恐る恐る握った。
「……アイナ」
かすれた声で、少女が言った。
それが、彼女の名前だった。
ナユは少しだけ首を傾げる。
「アイナ」
「……うん」
「帰る?」
少女は、今度は小さく頷いた。
その頃。若い徴用技術者は壁にもたれながら荒い息を吐いていた。
負傷。衰弱。だがまだ立とうとしている。
カイルが近付く。男は警戒する。
「……誰だ」
「運び屋だ」
「嘘つけ」
即答だった。カイルは少しだけ笑う。
「まあ似たようなもんだ」
アシュが横から短く言った。
「歩けるなら歩け。無理なら担ぐ」
「……相変わらず命令が雑だな」
「生きているなら十分だ」
遠くで爆発音。
輸送艦内部警報。
脱出時間が近い。
クロエの通信が入る。
『護衛艦動いた!』
『もう長くない!』
リノヴァも怒鳴る。
『早く戻って!』
カイルは周囲を見る。
難民。
子供。
負傷者。
全員は無理だ。
そんな事は分かっている。
それでも、以前なら見捨てていた。
それでも、今は違った。
カイルは低く言う。
「乗れるだけ乗せる」
リノヴァが沈黙する。
数秒後。
小さくため息を吐いた。
『……本当に変わったわね』
その頃。クロウヴェイル格納庫では、避難民受け入れ準備が始まっていた。
壊れた船。継ぎ接ぎの艦。
だがそこはもう、ただの傭兵船ではなくなり始めていた。




