第57話 残響 ~side Raven~
ベヒモス事件から数日後。
クロウヴェイルが一時帰投し、応急修理と情報整理を進めていたその日。
ユイから、暗号化された緊急通信が突然届いた。
「……通信?」
《緊急送信》
《グラン・ネメシス》
《ネメシス・レクイエム》
《至急警戒を》
艦橋の空気が変わる。
グリッドが低く呟いた。
その断片を解析するため、主要メンバーは中央区画へ集められた。
クロウヴェイル中央区画。
暗いブリーフィングルームだった。
以前は貨物室だった場所。
今は簡易作戦室になっている。
壁面モニター。
投影端末。
簡易通信卓。
全て継ぎ接ぎだ。
だが使える。
それがラスト・オーダーだった。
室内中央。
ホログラム映像がゆっくり回転している。
巨大構造物グラン・ネメシス。
ベヒモス事件から数日。
クロウヴェイルは一時帰投し、応急修理と情報整理を進めていた。
ユイから送られてきた断片通信は、クロエによって少しずつ解析されていた。
クロエ・テスア。
情報担当。
短い黒髪。
細い眼鏡。
端末からほとんど顔を上げない女。
彼女はホログラムを操作しながら淡々と言った。
「解析完了率三十七パーセント」
「正直、このデータ量をこの監視下で送ってきたユイが頭おかしい」
リノヴァが苦笑する。
「相変わらず無茶するのね」
「死ぬタイプの無茶です」
クロエは真顔だった。
ホログラムが切り替わる。
巨大要塞内部構造。
複数ブロック。
主砲区画。
内部建造施設。
その規模に、室内が少し静まる。
グリッドが低く呟く。
「……要塞ってレベルじゃねぇな」
「移動都市に近い」
レガロンも腕を組む。
クロエが続ける。
「問題はこっち」
画面切り替え。
赤い巨大砲撃機構。
《ネメシス・レクイエム》。
空気が少し重くなる。
クロエは端末を操作しながら言った。
「詳細不明」
「ただし出力規模だけなら艦隊戦略兵器級」
「下手すると惑星制圧用」
沈黙。
誰も冗談を言わない。
レータだけが静かにモニターを見ていた。
壁際では、アシュも無言のまま投影された構造図を確認している。
彼は既にレータと同時期にクロウヴェイルへ合流していた。
その表情だけ、少し硬い。
カイルが視線を向ける。
レータは小さく言った。
「……ネメシス思想直属案件ですね」
「知ってるのか?」
「名称だけ」
レータは少し考える。
「帝国でも深部情報です」
「ただ、関わった研究区画は大抵消えます」
壁際で端末を見ていたアシュが、低く続けた。
「消されるのは人だけじゃない。記録も、区画ごと消える」
「だから断片でも価値がある」
空気が冷える。
クロエが補足する。
「あと通信ログから見る限り、帝国艦隊が大規模移動を開始してる」
ホログラム切り替え。
星図。
無数の航路線。
集結する帝国艦隊。
補給ルート。
輸送艦群。
まるで宇宙そのものが動き始めているみたいだった。
リノヴァが顔をしかめる。
「……嫌な規模ね」
「これ全部要塞方面?」
「ほぼ」
クロエが即答する。
「しかも外縁部から戦力戻してる」
「帝国本気だ」
その言葉だけで十分だった。
グラン・ネメシスは、帝国にとっても切り札。
そして。
その内部にユイがいる。
ナユが静かにモニターを見る。
「……ユイ」
小さな呟き。
レータが視線を落とす。
「Y系列は基本的に無茶します。特にユイは止まるタイプじゃありません」
リノヴァがため息を吐く。
「知ってる人達の反応が全員“厄介”なのよね……」
その時。
警報音が鳴った。
クロウヴェイル艦橋。
リノヴァが即座に端末を開く。
「帝国輸送艦反応!」
クロエが画面を切り替える。
外部宙域。
複数艦影。
帝国輸送艦。
さらに護衛GD部隊。
クロウヴェイル全体へ緊張が走る。
グリッドが顔を上げる。
「こんな宙域まで来やがったのか」
「違う」
カイルが低く言う。
「移動中だ」
モニター上。
帝国艦隊は一定方向へ進んでいる。
グラン・ネメシス方面。
巨大要塞へ戦力が集まり始めている。
レガロンが低く笑った。
「いよいよ戦争って顔してきたな」
誰も否定しない。
クロエが端末を叩く。
「待って」
「輸送艦データ拾えそう」
「追う」
リノヴァが振り返る。
「正気?」
「今のクロウヴェイルで?」
クロウヴェイルは高速化された。
だが正面戦闘艦ではない。
相手は帝国輸送艦隊。
下手をすれば即死だ。
しかし、カイルは静かに言った。
「情報が要る」
短い沈黙。
レータがゆっくり立ち上がる。
「なら私も出ます」
「航路予測できます」
その顔から、天然っぽさは消えていた。
オリジナル。
戦術指揮型。
その顔だった。
リノヴァが小さく息を吐く。
「……本当に厄介な流れになってきたわね」
その頃。
遠い宇宙。
無数の帝国艦隊が静かに進軍を続けていた。
巨大要塞グラン・ネメシス。
そしてその内部。
ユイはまだ、たった一人で戦い続けていた。




