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第56話 ヴァルクレイド ~side Raven~

アース・ヴェルデの夜は騒がしかった。

レータが追われていることを、カイル達はまだ完全には知らない。

ただ、帝国崩れの回収屋がこの港に増えていることだけは、誰もが感じ取っていた。

違法ドック区画。

無数の作業灯。

蒸気。

火花。

怒鳴り声。

その中央で、クロウヴェイルは大規模改修を受けていた。

右舷推進器交換。

新型巡航ブロック接続。

ECM追加。

外装再調整。

継ぎ接ぎだらけだった黒い船は、少しずつ“走れる船”へ変わり始めている。

グリッドが整備用足場の上で叫んだ。

「そこ固定甘ぇ!」

「そのまま吹かしたら推進器飛ぶぞ!」

「いやもう一回飛びかけたじゃない!」

下からリノヴァが怒鳴り返す。

レガロンは平然と追加武装を運んでいた。

「ミサイルもう少し積めるな」

「積めません!」

「積める」

「だから重量が!」

いつも通りだった。

だが以前より少しだけ空気が違う。

クロウヴェイルはもう、ただ漂流するだけの船ではなくなっている。

その頃。

アース・ヴェルデ下層区画。

難民街外れ。

レータは静かに歩いていた。

フード付きコート。

暗赤の髪を隠している。

視線は周囲を警戒したまま。

帝国はまだ追っている。

オリジナルは貴重だ。

特にL系列は戦術指揮能力が高い。

逃がす理由がない。

レータは小さく息を吐く。

長い。

ずっと逃げ続けている。

帝国施設。

研究区画。

追跡。

処分命令。

その記憶だけが頭に残っていた。

その時だった。

前方通路へ数人の男達が現れる。

武装。

帝国崩れ。

裏市場の回収屋だ。

男の一人が笑う。

「見つけたぜ」

レータの表情が僅かに固まる。

識別されている。

帝国賞金情報が回っているのだろう。

「オリジナルって高く売れるらしいなぁ?」

レータは静かに後退する。

逃走経路確認。

人数。

武装。

距離。

一瞬で計算。

しかし、その直後。

レータは別方向へ歩き始めた。

男達が止まる。

「……は?」

レータは真顔だった。

「追跡されると危険なので別ルートへ移行します」

「いや俺らがお前追ってんだけど!?」

「はい」

「はいじゃねぇ!」

完全にズレていた。

男達が一斉に武器を構える。

その瞬間。

上空から黒い影が落ちる。

衝撃。

男達が吹き飛ぶ。

カイルだった。

同時に、男達の通信端末が一斉に焼き切れる。

追跡信号も、賞金登録の照合ログも、まとめて沈黙した。

路地の奥で、痩せた男が端末を閉じる。

黒い外套。

感情の薄い目。

アシュだった。

「遅い」

「助けたんだが」

「三十秒早ければ合理的だった」

カイルは少しだけ笑った。

短い戦闘。

数秒。

最後の一人が気絶した頃には静寂が戻っていた。

レータは呆然とカイルとアシュを見る。

片方は正面から介入し、もう片方は追跡網だけを正確に潰していた。

連携しているようで、どこか噛み合っていない。

「……何故介入を?」

「見過ごせなかった」

「合理性が低いです」

「よく言われる」

レータは数秒黙る。

そして小さく言った。

「貴方、変な人ですね」

カイルは否定しなかった。

アシュは倒れた男達を一瞥し、短く言った。

「移動した方がいい。帝国の回収屋は、一組で終わらない」

「お前も来るか」

「ヴァルクレイドとネヴァの残存制御を解除できる人間が必要ならな」

それは、同行の申し出というより条件提示だった。

アシュにとって、クロウヴェイルは居場所ではない。

利用価値のある逃走手段であり、帝国にネヴァやヴァルクレイドを再利用させないための手段だった。

だがカイルは頷いた。

「なら来い」

「判断が早すぎる」

「よく言われる」

その頃。

クロウヴェイルでは。

「……で?」

リノヴァが腕を組む。

「その“変な人”がまた拾ってくるのね?」

「今回は二人だ」

「増えてるじゃない!」

格納庫。

レータは少し緊張した様子で立っていた。

その少し後ろでは、アシュが端末を片手に周囲を観察している。

馴染む気配はない。

だが逃げる様子もなかった。

ナユが静かに近付く。

赤い瞳が合う。

レータは少し驚いた。

「……PT」

「うん」

ナユは小さく頷く。

レータは数秒黙る。

その後。

本当に自然にナユの頭を撫でた。

「生きてて良かった」

ナユが少し目を丸くする。

その空気に、リンだけが僅かに警戒を残していた。

モルドが端末を見ながら言う。

「神経負荷かなり酷いね」

「睡眠不足もある」

「あと栄養失調」

レータは真顔で答える。

「潜伏中だったので食事を忘れていました」

艦内が静まる。

リノヴァがゆっくり振り返る。

「……忘れるものなの?」

「三日ほど経過していました」

「死ぬわよ!?」

レータは本気で首を傾げた。

天然だった。

グリッドが小声で呟く。

「なんか思ってたオリジナルと違ぇな……」

その時。

格納庫奥。

黒い機体がゆっくり搬入される。

RVN-PT-L01《ヴァルクレイド》。

レータ専用の戦術管制型機体。だがこちらも傷だらけだった。

レガロンが低く口笛を吹く。

「随分無茶した機体だな」

「逃走継続を優先した結果です」

「お前らオリジナルって全員そうなのか?」

レータは少しだけ考える。

そして静かに答えた。

「……ユイはもっと無茶します」

その名前で空気が少し変わる。

カイルが視線を向ける。

レータはヴァルクレイドを見る。

「Y系列オリジナル」

「近接戦闘能力が高いです」

「あと、放っておくと危険な方向へ単独行動します」

リノヴァが呆れ顔になる。

「それ絶対厄介なタイプじゃない」

「はい」

即答だった。

だがその目だけは少し柔らかい。

仲間だったのだろう。

その頃。

クロウヴェイル中央ブロック。

新型推進器が起動する。

低い駆動音。

船体が震える。

《高速巡航モード接続》。

《ECM正常作動》。

《隠密航行システム起動》。

リノヴァがモニターを見る。

そして小さく笑った。

「……やっと“逃げる船”になったわね」

クロウヴェイルは静かに光を灯す。

壊れた者達を乗せながら。

それでもまだ、前へ進もうとしていた。


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