第55話 アース・ヴェルデ ~side Raven~
さらに時が過ぎ、補給と修理のためにクロウヴェイルは別の“地球”へ向かった。
緑の惑星だった。
《アース・ヴェルデ》。
宇宙には無数の“地球”が存在する。
その中でも、この星はまだ比較的生き残っている側だった。
巨大樹木に覆われた都市群、多層構造の空中街区。
緑化された高速道路。
遠くには巨大な軌道エレベータ残骸まで見える。
文明は傷付いている。
だが死んではいない。
クロウヴェイルはその星の外縁港へゆっくり降下していた。
「……うわ」
リノヴァがモニターを見ながら呟く。
「相変わらず混沌としてるわねここ」
港は異様な熱気だった。
密輸船。
改造艦。
ジャンク商。
傭兵。
難民。
無数の船が入り乱れている。
帝国支配圏外。
だからこそ、色々なものが流れ着く。
クロウヴェイルが接岸した瞬間、港作業員達が微妙な顔をした。
「……何だあの船」
「まだ飛んでたのかよ」
「逆にすげぇな」
失礼だった。
だが否定できない。
クロウヴェイルは今や完全に継ぎ接ぎ艦だった。
右舷装甲。
左側推進器。
追加武装。
全部色が違う。
統一感がない。
それでも飛んでいるのが奇跡だった。
グリッドが鼻を鳴らす。
「見る目ねぇな」
「いや普通にボロいわよ」
リノヴァが即答する。
ナユは静かに周囲を見ていた。
アース・デッドエンドとは違う。
人がいる。
笑い声がある。
市場が動いている。
その光景を、ナユは少し不思議そうに見ていた。
クロウヴェイルはそのまま違法ドック区画へ入る。
巨大な地下修理施設。
火花。
蒸気。
怒鳴り声。
そこでは様々な船が解体され、改造され、生き延びていた。
その奥。
大柄な男が腕を組んで待っていた。
重装コート。
片目に機械式照準器。
全身に無数の傷。
レガロンだった。
彼はクロウヴェイルを見るなり低く笑う。
「……相変わらず死にかけだな」
「まだ飛ぶ」
カイルが答える。
レガロンは呆れたように肩をすくめた。
「飛んでるってだけだろ」
その後ろから別の男が出てくる。
細身。
白衣。
眠そうな目。
携帯端末を片手で操作している。
モルドだった。
彼はクロウヴェイルを見るなり真顔で言う。
「これ、ちゃんと中で寝たら死なない?」
「縁起でもねぇ事言うな!」
グリッドが怒鳴る。
モルドは気にしない。
そのままナユを見る。
視線が止まる。
「……PTか」
ナユが僅かに警戒する。
だがモルドは淡々としていた。
「神経負荷痕が酷い」
「あと記憶処理も不安定」
「よく壊れてないね」
ナユは答えない。
モルドは小さく息を吐く。
「診るよ」
その言葉だけだった。
カイルは少しだけ視線を向ける。
モルドはPTを兵器扱いしない。
だから呼んだ。
その頃。
ドック上層区画。
一人の少女が静かに歩いていた。
フードの奥から、暗赤の髪がわずかに覗いた。
細い体。
周囲を何度も確認しながら進む。
レータ。
オリジナルナンバーの一人。
現在、帝国追跡対象。
この星へ潜伏していた。
レータは小さく息を吐く。
市場の喧騒。
難民街。
密輸商。
傭兵達。
様々な人間がいる。
だが誰も他人に深入りしない。
それがこの星だった。
端末が短く震えた。
画面には、差出人のない一行だけが表示されている。
《下層通路を使うな》
レータは数秒だけ画面を見る。
送り主の名前はない。
だが、暗号の癖には覚えがあった。
旧研究区画で、何度も警告だけを残して消えた男。
アシュ。
彼もまた、この星のどこかに潜っている。
その時。
大型モニターへ帝国警戒情報が流れる。
《特殊個体追跡継続》。
《オリジナル系列反応注意》。
レータの足が止まる。
まだ追われている。
当然だった。
帝国はオリジナルを逃がさない。
レータは静かにフードを深く被る。
その瞬間。
遠くでクロウヴェイルがドックへ搬入されるのが見えた。
継ぎ接ぎだらけの黒い船。
しかし、
レータの視線が止まる。
その船から降りてきた白髪の少女。
ナユ。
一瞬だけ、目が合った。
レータの表情が僅かに変わる。
「……PT?」
違う。
普通の量産型とは空気が違う。
そして。
その隣にいる男。
カイル。
レータは小さく目を細める。
嫌な感じがしなかった。
それが逆に不思議だった。
一方その頃。
クロウヴェイルは本格修理へ入っていた。
旧式推進器撤去。
新型高速巡航ユニット搬入。
追加ECM装置接続。
外装補修。
隠密塗装追加。
グリッドが叫ぶ。
「右側スラスター固定!」
「その配線切るな!」
「誰だミサイル勝手に増やした奴!」
レガロンが真顔で答える。
「俺」
「お前かよ!」
リノヴァが頭を抱える。
「だから重量バランスが崩れるって言ってるでしょうが……!」
騒がしい。
だが不思議と悪くなかった。
クロウヴェイルは少しずつ変わっていく。
ただの壊れた輸送艦から。
どこにも居場所がない者達を乗せる船へ。




