第51話 クロウヴェイル ~side Raven~
暗い宇宙だった。
恒星光すら届きにくい外縁宙域。
無数の残骸帯が静かに漂っている。
砕けた艦首。
焼け焦げた装甲。
崩壊したコロニー外壁。
その全てが、かつてここに文明が存在していた事だけを物語っていた。
その宙域を、一隻の船がゆっくり航行している。
《クロウヴェイル》。
中型高速輸送艦。
……だった船。
今は見る影もない。
外装は継ぎ接ぎだらけ。
右舷装甲は色が違う。
左側スラスターは一基死んでいる。
艦首部分には巨大な溶接跡。
もはや正規軍なら即廃棄判定を出すレベルだった。
それでも、クロウヴェイルは飛んでいる。
艦内。
薄暗い通路をカイルは歩いていた。
照明は半分死んでいる。
空調も少し怪しい。
時々どこかで金属音が響く。
「また冷却止まってるぞ!」
奥から怒鳴り声。
整備区画。
グリッドが工具を投げ捨てながら叫んでいた。
油まみれ。
無精髭。
片目には古いゴーグル。
見るからに胡散臭い。
「誰だよ補助配線勝手に弄った奴!」
「第三区画の電力落ちたから迂回したのよ!」
艦橋側から声が返る。
クロウヴェイル艦橋。
そこもまたボロかった。
シートは破れ。
モニターは一部ノイズ混じり。警告表示は常時どこか点灯している。
リノヴァは椅子へ深く座ったまま端末を操作していた。
短くまとめた髪。
疲れ気味の目。
だが指の動きだけは速い。
「この船、そもそもの配線設計が酷すぎるのよ」
「文句言うな。飛んでるだけマシだ」
カイルは小さく言う。
そのまま艦橋中央へ立つ。
正面モニター。
暗い宇宙。
ブラック・ピット外縁宙域。
帝国が半ば放棄した墓場領域。カイル達は今、この辺りを拠点代わりにしていた。
理由は単純。
帝国正規艦隊が近寄りたがらないからだ。
リノヴァがモニターを叩く。
「次の補給どうする?」
「アース・ヴェルデまで飛ぶ燃料が怪しいわよ」
「またジャンク拾うか?」
「その前に船が死ぬ」
グリッドが即答した。
奥から蒸気が噴き出す。
誰も驚かない。
日常だった。
その時。
小さな足音が響く。
「……カイル」
カイルが振り返る。
白髪の少女。
ナユ。
少し大きめの作業ジャケットを羽織っている。
手には工具箱。
ナユは静かにカイルを見る。
「第三冷却ライン、応急固定終わった」
「助かる」
「でも多分また外れる」
「知ってる」
ナユは小さく頷く。
そのまま艦橋端へ座った。
まだ無口だ。
だが最初よりは少し表情が増えた。
リノヴァが苦笑する。
「“また壊れる前提”で話すのやめてくれる?」
「実際壊れるだろ」
「否定できないのが嫌なのよ……」
クロウヴェイル全体が小さく揺れる。
どこかで警告音。
グリッドがまた怒鳴った。
「今度は何だ!」
『第五推進ブロック出力低下』
機械音声。
リノヴァが顔をしかめる。
「ちょっと待って、それ昨日直した場所なんだけど!?」
「直した“つもり”だろ」
「グリッド後で殴る」
カイルは小さく息を吐く。
正直、限界は近い。
クロウヴェイルは何度も継ぎ接ぎされてきた。
帝国残骸。
廃棄艦。
ジャンク市場。
その全てを繋ぎ合わせて無理矢理動かしている。
それでも捨てなかった。
捨てられなかった。
この船はもう、ただの輸送艦じゃない。
居場所だった。
その時だった。
艦橋モニターへ微弱なノイズが走る。
全員の動きが止まる。
リノヴァが即座に端末を開いた。
「……通信?」
「この宙域で?」
グリッドが警戒する。
ブラック・ピット近辺で通信を飛ばす奴は少ない。
まして帝国監視網を避ける特殊周波数となれば尚更だ。
ノイズ。
短い信号。
断続的。
しかし、
カイルの表情が僅かに変わる。
「……このコード」
ナユも顔を上げる。
モニター上。
乱れた識別信号が一瞬だけ形を取った。
《緊急送信》
《ベヒモス》
《至急警戒を》
送信者名はない。
ただ、帝国監視網を避けるように削られた信号だった。
誰が送ったにせよ、ただの脅しではない。
艦橋の空気が変わる。
グリッドが低く呟いた。
「……帝国か」
リノヴァが眉を寄せる。
「待って。“ベヒモス”って何?」
カイルは黙ったままモニターを見る。
その視線だけが少し鋭くなる。
ナユが静かに言った。
「嫌な予感しかしないんだけど」
「いつもの事だ」
グリッドが吐き捨てる。
だがカイルだけはモニターから視線を外さない。
暗い宇宙。
壊れかけの船。
寄せ集めの仲間達。
それでも、まだ飛べる。
カイルは静かに口を開いた。
「……地球へ向かう」
艦橋が静まる。
リノヴァがゆっくり振り返る。
「本気?」
「この状態で?」
グリッドも呆れた顔をする。
カイルは短く答えた。
「だから直す」
その瞬間。
クロウヴェイルが再び大きく揺れた。
『警告』
『推進器温度上昇』
『補助炉不安定』
艦内に警告音が響く。
リノヴァが頭を抱える。
「……まず船を爆発させない方向でお願いしたいんだけど」




