第50話 進軍 ~side Yui~
警報音が要塞内部へ響いていた。
グラン・ネメシス中央管制区画。
赤い警告灯が回転し、巨大モニター群には無数の艦影が映し出されている。
空気が張り詰めていた。
これまでとは違う。
建造途中の要塞内部に、初めて明確な戦争前夜の空気が流れている。
ユイは中央情報モニターを見上げる。
そこには次々と艦隊識別コードが表示されていた。
帝国中央艦隊。
外縁制圧艦隊。
補給群。
建造支援艦。
そして大量のGD輸送艦。
異常な規模だった。
グラン・ネメシス周辺宙域へ、帝国戦力が集結し始めている。
ユイは小さく目を細める。
「……始まる」
その時。
管制区画中央モニターが切り替わった。
巨大ホログラム。
赤い進行ライン。
目的地表示は、太陽系外縁宙域。
周囲の帝国士官達が静かに息を呑む。
一人が呟いた。
「大規模移動命令……」
「本隊まで動くのか……」
ざわめき。
だが誰も大声では喋らない。
恐れている。
ネメシス思想直属案件。
つまりレグナート管轄。
関われば消える。
帝国内ですらそういう扱いだった。
ユイは視線を動かす。
モニター端。
極秘コード。
《Phase-2》
その表示を見た瞬間、嫌な予感が強くなる。
段階移行。
つまり帝国側は次段階へ進もうとしている。
その時だった。
重い足音が響く。
区画全体の空気が一瞬で変わる。
レグナート。
黒衣の男が静かに入ってくる。
周囲の士官達が即座に敬礼した。
誰も声を出さない。
レグナートはそのまま中央ホログラム前で止まる。
感情のない視線が艦隊表示を見つめる。
やがて低い声が響いた。
「グラン・ネメシス建造率七十二パーセント」
「ネメシス・レクイエム起動試験、第二段階へ移行」
「外縁艦隊は予定通り集結を開始」
淡々としている。
まるでただの作業報告みたいだった。
だが内容だけは異常だった。
惑星攻略級要塞。
超大型兵器。
大規模艦隊移動。
帝国が本気で動き始めている。
ユイは無言のまま立っていた。
レグナートの視線がゆっくり動く。
一瞬だけユイを見る。
その目には何もない。
だが逆に、それが怖かった。
レグナートは静かに続ける。
「地球文明は適応試験段階を終了した」
空気が凍る。
「次段階へ移行する」
その言葉だけで十分だった。
選別が始まる。
本格的に。
ユイは小さく拳を握る。
絶対に止めなければならない。
その時。
大型モニターが再び切り替わる。
《外周観測ライン更新》
映像が映し出される。
暗い宇宙。
そこへ次々と巨大艦隊が現れる。
転移光。
無数の艦影。
まるで宇宙そのものが埋まっていくみたいだった。
そして、その中心。
建造中のグラン・ネメシス。
赤い巨大光が静かに脈打っている。
未完成。
それでも、既に怪物だった。
ユイはその光景を見上げる。もう時間がない。
あの旧識別信号が外部へ届いたかどうかも分からない。
しかし、もし届いていなければ。今度こそ終わる。
その時だった。
区画隅の小型モニターへ、一瞬だけ微弱なノイズが走る。
誰も気付かない。
だがユイだけは見た。
短い識別信号。古い周波数。
ラスト・オーダー側受信確認コード。
内容までは分からない。
だが、信号だけは拾われた。
届いた。
ユイはほんの僅かだけ目を閉じる。
まだ終わっていない。
なら、戦える。
遠く。
無数の帝国艦隊が静かに進軍を始める。
そして物語は、次の戦場へ向かって動き始めていた。




