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第49話 観測者 ~side Yui~

静かな部屋だった。 グラン・ネメシス第四情報管理区画。

壁一面に無数のモニターが並んでいる。

戦術情報、建造進行率、外周警戒網。

膨大な情報が絶え間なく流れ続けていた。

その中央で、ユイは端末を操作している。

表向きは警備管理補助。 実際には情報収集だった。

巨大要塞内部へ入り込めた事は大きい。

問題は時間だった。 帝国側も徐々に警戒を強めている。

長くは動けない。 ユイは素早くデータを整理していく。

建造記録、兵装配置、輸送ルート。

その時だった。 一つの識別コードが視界へ映る。

ユイの指が止まった。

《IRIS》

数秒後、ユイは無言でそのデータを開く。

個体管理コード。 配属記録。 戦術支援担当。

現在所属 《グラン・ネメシス中央観測区画》

ユイの呼吸が僅かに止まる。

「……イリス」

その名前を口にした瞬間、遠い記憶が蘇る。

静かな少女だった。

元々あまり喋らず、いつも少し後ろにいた。

本を読んでいるか、端末を触っているか。

そのどちらかだった。 争いを嫌う子だった。

しかし、表示された最新データは違う。

《感情応答制限処理》《同期安定化調整》《外部思考抑制》

ユイの表情が少しだけ強張る。

嫌な予感がした。 さらに記録を開く。

監視ログ。 観測補助。 長距離索敵。

情報解析。

休眠時間は、極端に短い。

まるで、機械みたいだった。 ユイは小さく息を吐く。


「……何したの」

帝国側はオリジナル達を調整している。

それは分かっていた。 だがイリスは特に酷い。

人格そのものを削っている。 その時だった。

部屋の照明が一瞬だけ暗転する。

次の瞬間、正面大型モニターが自動起動した。

映像には暗い観測室。そして、大量のホログラム。

その中央に白い少女が座っていた。

銀色の髪。 細い体。赤い瞳。イリス。

しかし、表情がない。 視線だけが静かに情報を追っている。

モニター光が顔を白く照らしていた。


『外周観測ライン異常なし』

『第二搬送ルート正常』

『重力波反応安定』

声も静かだった。 感情が薄い。 昔から大人しい子ではあった。

でも違う。

これは、削られている。

映像の中でイリスがゆっくり視線を動かす。

その瞬間。 ユイは思わず息を止めた。

赤い瞳がこちらを見た気がした。 もちろん偶然だ。

観測映像に過ぎない。 だが妙な圧迫感があった。

イリスは数秒だけ沈黙し、再び端末へ視線を戻す。


『中央演算補助へ移行します』

静かな声。 それだけ。 映像は切り替わる。

ユイはしばらく無言だった。 胸の奥が重い。

アミィとは違う。 アミィは最初から帝国製だ。

でもイリスは違う。 元々はもっと。

ちゃんと笑う子だった。 その時。 背後で自動扉が開いた。

ユイは即座に通常画面へ戻す。 入ってきたのはアミィだった。

PT-A01。 相変わらず感情の薄い顔。

アミィはユイの隣へ来る。

「何を閲覧していたのですか」

「観測区画データ」

「……そうですか」

赤い瞳がモニターを見る。その中には既に通常警備情報しか残っていない。

数秒。やがてアミィが静かに言った。


「中央観測担当個体は高性能です」

ユイは視線を向ける。 アミィは淡々と続けた。


「思考負荷耐性」

「索敵能力」

「演算処理速度」

「全て優秀と記録されています」

記録。性能。数値。そんな言葉しか出てこない。

ユイは小さく目を閉じる。 違う。 イリスは道具じゃない。

そう言いかけて、止めた。今ここで感情的になるのは危険だ。

アミィは静かにモニターを見上げる。


「グラン・ネメシス完成後、中央観測区画は最重要設備へ移行します」

「……」

「つまり、あの個体は帝国に必要です」

必要。 その言葉だけが妙に重かった。

ユイは窓の向こうを見る。 巨大建造要塞。

赤く光る未完成兵器。

そして、その内部で静かに壊され続けている少女。

ユイは小さく拳を握る。絶対に連れ出す。

今はまだ無理だ。

それでも、必ず。

その想いだけが、静かに胸の奥で燃えていた。

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