第48話 選別 ~side Yui~
白い照明が静かに床を照らしていた。
《グラン・ネメシス》内部居住ブロック。
建造途中とは思えないほど、内部設備は完成している。
無機質な通路、均一化された壁、一定の空調音。
生活区画の形をしているのに、そこには温度がなかった。
ユイは小さく息を吐きながら通路を歩いていた。
昨夜送った情報。 届いた保証はない。
しかし、やるしかなかった。 帝国の計画は想像以上に危険だ。
特に、《ネメシス・レクイエム》。
あれだけは完成させてはいけない。 ユイは歩きながら周囲を確認する。
監視配置が増えている。 巡回頻度も変わった。
何かあったのか。 その時だった。
「Y-01」
後ろから声が響く。 ユイは反射的に振り返る。
白い軍服。 赤い瞳。 PT-A01。
アミィ。 相変わらず感情の薄い顔だった。
アミィは静かに近付いてくる。
「探しました」
「……何か用?」
「レグナート様より監視補助命令が出ています」
監視。
随分、直接的になった。 ユイは表情を変えない。
アミィはそのまま隣へ並ぶ。 足音が静かすぎる。
生き物というより機械みたいだった。
二人はしばらく無言で歩く。 やがてアミィが口を開いた。
「質問があります」
「また?」
「地球側潜伏時、あなたは現地人類と接触を繰り返していました」
「……それが?」
「何故ですか」
ユイは少しだけ視線を逸らす。 窓の外。
巨大建造ブロックの光が遠くで瞬いていた。
「任務だったから」
「虚偽です」
即答だった。 ユイは小さく眉を動かす。
アミィは続ける。
「行動記録に不要接触が多すぎます」
「食事同行」
「生活区域滞在」
「民間人保護」
「非効率です」
淡々と読み上げる。 まるで報告書だった。
ユイは小さく息を吐く。
「……あんた、本当にそういう事しか考えないのね」
「合理性は重要です」
「違う」
ユイの声が少しだけ低くなる。 アミィは無表情のままこちらを見る。
ユイはゆっくり言葉を続けた。
「人は効率だけじゃ動かない」
「理解不能です」
「でしょうね」
短い沈黙。 通路の空気が少し冷える。
アミィは僅かに首を傾げる。
「地球側人類は劣等です」
「……」
「文明水準」
「戦闘能力」
「宇宙適応性」
「全て帝国より劣っています」
無機質な声。
そこに悪意はない。
ただ、教育された事実を述べているだけだった。
だからこそ不気味だった。 ユイは静かに足を止める。
「それ、本気で言ってるの」
アミィも止まる。 赤い瞳がユイを見る。
「事実です」
「選別は必要です」
「ネメシス思想は文明進化の為に存在します」
その単語。 ネメシス思想。 ユイは小さく目を細める。
アミィは続けた。
「弱い文明はいずれ滅びます」
「適応できない生命も同様です」
「だから帝国は導く必要があります」
導く。 その言葉にユイは小さく笑った。
乾いた笑いだった。
「導く?」
「星を焼いて?」
「人を殺して?」
アミィは迷わない。
「必要な犠牲です」
即答。 そこに躊躇は一切ない。 ユイはしばらく黙ったままアミィを見る。
似ている。 自分達と。 でも決定的に違う。
この子はまだ何も知らない。 空、海、学校、笑い声。
誰かと食事する時間。
そういう“普通”を知らない。 帝国だけで作られた。
その事実が、逆に痛かった。 アミィが静かに問い返す。
「何故、そのような表情をするのですか」
「……別に」
「理解不能です」
また同じ返答。 ユイは小さく息を吐く。
その時。 遠くで低い振動音が響いた。
二人が同時に視線を向ける。 窓の向こう。
《グラン・ネメシス》中央建造区画。
赤い巨大光が脈打っていた。 未完成の《ネメシス・レクイエム》。
まるで巨大な心臓みたいに光っている。
アミィは静かに呟く。
「美しい」
ユイは何も答えなかった。 その光を見ながら、ただ静かに拳を握る。
このままじゃ駄目だ。 本能だけが、そう叫んでいた。




