第47話 レクイエム ~side Yui~
低い振動が床を揺らしていた。
巨大建造ブロック《カルディア・ベイ》中央監視区画。
ユイは暗い通路を静かに進んでいる。
周囲に人影は少ない。
深夜巡回の時間帯だった。
作業班も最低限しか動いていない。 その代わり、監視網だけは異常なほど厳重だった。
自動機銃。 認証ゲート。 巡回ドローン。
通常の要塞建造とは思えない。 ユイは視線だけで監視周期を確認する。
三秒。
今。
ユイは足音を殺して補助通路へ滑り込んだ。
薄暗い保守用区画。 配線剥き出しの狭い空間を進む。
奥では巨大エネルギーラインが低く唸っていた。
熱い。 空気が重い。 まるで巨大な生き物の内側みたいだった。
ユイは端末を起動する。
盗用認証コードへ接続。
外部回線の封鎖を確認。
侵入開始。 モニターへ大量のデータが流れ込む。
建造図、資材搬入記録、兵装コード。
そして、ユイの視線が止まった。
「……これ」
表示されたのは全体構造図。 巨大機動要塞。
コードネーム 《グラン・ネメシス》。
ユイは思わず息を止める。 規模が異常だった。
通常艦隊ではない。
移動要塞。いや、小規模な惑星基地に近い。
外周装甲帯、超大型推進ブロック、艦隊級火器群、内部都市区画。
それら全てを内包した超巨大構造物だった。
さらにユイは内部データへアクセスする。
階層ロック。 極秘指定。 ネメシス思想直属管理。
その文字だけで嫌な予感が走る。 ロックを突破。
次の瞬間、新しいデータが展開された。
《内部兵装計画》
《Nemesis Requiem》
ユイの表情が僅かに変わる。 表示されたのは超大型砲撃兵器。
主砲ユニット。 惑星制圧用エネルギー収束システム。
異常な出力値。 明らかに通常兵器ではない。
さらに別ウィンドウ。 《特殊艦建造記録》。
《Lux Valkyria》。 ユイは小さく目を細める。
秘匿艦。 存在自体が隠されている。
詳細データは大半が封鎖済み。 だが分かる。
これは切り札だ。 グラン・ネメシス内部で同時建造されている。
つまり帝国は、巨大機動要塞、超大型兵器、秘匿艦を並行開発している。
理解した瞬間、空気が冷えたような気がした。
ユイは急いでデータを保存する。
その時、通路の奥から足音が聞こえた。
ユイは即座に端末を閉じる。
巡回。
違う。もっと静かだ。
感情のない足音。
ユイは息を止める。白い影が通路を横切った。
PT-A01アミィ。 彼女は数秒だけ足を止める。
赤い瞳が暗い補助通路へ向いた。 ユイは動かない。
空気が凍る。 アミィはじっと暗闇を見る。
やがて。
「……異常なし」
無機質な声。そのまま歩き去っていく。
足音が遠ざかる。ユイはようやく小さく息を吐いた。
冷や汗が流れている。危なかった。
あと数秒遅れていたら見つかっていた。
ユイは再び端末を開く。問題はここからだった。
情報をどう送るか。帝国中央通信網は監視されている。
その時だった。
背後から低い声が響く。
『……見なかった事にするのも仕事だ』
ユイは反射的に振り返る。
通路の影に立っていたのは、アルベルト・ルーメンだった。
PT開発主任の一人。
幼い頃、名前で呼んでくれた数少ない研究者。
『アルベルト……』
『声を落とせ』
アルベルトは疲れ切った顔で周囲を警戒する。
『ここはもうヴァイス側の監視下だ』
『長く留まるな』
かつてより老け込んだ姿だった。
だが、その目だけは昔と変わっていなかった。
通常回線は論外。 暗号通信も追跡される。
アルベルトは低く告げる。
『旧識別を使え。正規回線ではなく、廃棄搬送ルートに紛れ込ませる』
ユイは一瞬だけ目を細めた。
それなら、帝国の監視網を抜けられる可能性がある。
しかし、ユイは小さく視線を上げる。
巨大建造ブロック外周。 無数の輸送艦が出入りしている。
資材輸送、廃棄物搬出、補給ルート。
そして、その中には帝国正規登録されていない船も混ざっている。
裏市場経由。 非合法搬送。 つまり。
ラスト・オーダーが動ける。 ユイは端末内で一つの古いコードを開く。
かつて使われていた緊急識別。 短距離埋め込み型。
発信すれば帝国には雑音にしか見えない。
だが特定周波数だけが拾える。 ユイは一瞬だけ迷う。
もし捕捉されれば終わる。 二重スパイどころじゃない。
即処分。 それでも、ユイは送信キーへ指を伸ばした。
《RAVEN系旧識別へ緊急送信》
《グラン・ネメシス建造確認》
《ネメシス・レクイエム存在確認》
《ルクス・ヴァルキュリア建造記録確認》
《至急警戒を》
送信。 短いノイズ。
それだけだった。
正常送信されたかどうかも分からない。
それでも、やるしかなかった。 端末を閉じる。
その時だった。 建造ブロック全体が低く振動する。
遠く、グラン・ネメシス中央区画で巨大な光が点灯した。
未完成の主砲区画。 そこから漏れる赤い輝き。
まるで怪物の心臓だった。 ユイはその光を見上げる。
嫌な予感しかしない。
あれが完成すれば、地球は終わる。
その確信だけが、静かに胸の奥へ沈んでいった。




