第45話 従順 ~side Yui~
低い駆動音が通路の奥から響いていた。
巨大建造ブロック《カルディア・ベイ》。
グラン・ネメシス外周建造区域。 ユイは白い作業通路を静かに歩いていた。
視界の先では無数の作業艦が動き回っている。
巨大フレーム、増設装甲、エネルギーライン。
まるで惑星そのものを組み立てているような光景だった。
異常な規模。 帝国でもここまでの建造計画は珍しい。
ユイは歩きながら周囲を観察する。 警備配置、監視カメラ、巡回周期、搬入ルート。
全て頭へ叩き込む。 今の自分は監視されている。
一つでも不自然な行動をすれば終わる。
通路を曲がった瞬間だった。 前方の空気が変わる。
ユイは自然に足を止めた。 白い少女が立っていた。
年齢は十代半ばほど。 銀色に近い長髪。
白い軍用コート。 細い体。 その姿だけなら普通だった。
しかし、
「……」
ユイは僅かに目を細める。 似ている。
自分達に似ている。
空気が、存在感が、帝国兵とは違う。
少女はこちらを見ていた。 感情の薄い赤い瞳。
まるで人形みたいだった。 通路の照明が白く反射する。
少女が静かに口を開く。
「識別確認」
声に温度がない。
「個体コード……Y-01」
ユイは無表情を維持する。
「……誰」
数秒の沈黙。 やがて少女が答えた。
「PT-A01」
番号。 その瞬間、ユイの背中を嫌な感覚が走る。
PT。 その単語だけで十分だった。
少女――アミィはゆっくり近付いてくる。
足音が異様に静かだった。
「帰還記録を確認済みです」
「……そう」
「地球側潜伏任務、長期間継続」
アミィの赤い瞳が真っ直ぐユイを見る。
瞬きが少ない。 人間らしい揺れがない。
「質問があります」
「何」
「何故、あなたは生還したのですか」
空気が少し冷える。 ユイは表情を変えない。
だが内心では警戒を強めていた。 この子は危険だ。
直感がそう告げている。 アミィは続ける。
「過去記録ではYシリーズ生存率は低いと記録されています」
「……」
「ですがあなたは長期間行動を継続している」
無機質な声。 まるで報告書を読んでいるみたいだった。
ユイは短く答える。
「運が良かっただけ」
「理解不能」
即答だった。 アミィの視線が僅かに揺れる。
「“運”とは不確定要素です」
「そういうものよ」
「非合理的です」
会話が噛み合わない。
いや、正確には違う。
この子には最初から、“感情”がない。
ユイはそう理解した。 オリジナルに近い。
だが違う。 決定的に違う。 調整されている。
削られている。 人間らしい揺らぎが。
アミィが再び口を開く。
「レグナート様はあなたを観察対象に指定しています」
「……そう」
「あなたは不安定です」
その言葉だけ、少しだけ強かった。 赤い瞳がユイを見つめる。
「ですが修正可能と判断されています」
修正。 その単語にユイは小さく眉を動かした。
アミィは気付かない。 そのまま静かに続ける。
「必要であれば私が補助します」
「補助?」
「矯正です」
通路の空気が妙に冷たく感じた。 遠くで巨大建造音が響く。
金属が軋む。 警告灯が回転する。 だがその全てより。
目の前の少女の方が不気味だった。 アミィは僅かに首を傾げる。
「何故、そのような表情をするのですか」
「……別に」
「理解不能」
また同じ返答。 その瞬間。 ユイははっきり理解した。
この子はまだ何も知らない。 笑う事も、怒る事も、迷う事も。
帝国は必要なものだけを与え、それ以外を与えなかった。
完成された量産型。 アミィは静かに敬礼する。
「PT-A01。これより同任務区域へ配属されます」
「よろしくお願いします、Y-01」
そう言って通り過ぎていく。 白い背中。
無音の足音。 その姿を見送りながら、ユイは小さく息を吐いた。
嫌な汗が流れていた。 あれは自分達とは違う。
違うはずなのに。 あまりにも近い。
通路の先。 巨大要塞建造光が赤く瞬いている。
その下で、ユイは静かに拳を握った。
「……こんなの」




