第44話 空白 ~side Kaito~
重い駆動音が格納庫へ響く。
火花、蒸気、警告音。
複数の整備アームが巨大な機体へ取り付き、忙しく動き回っていた。
霧島カイトは作業デッキの上から、その光景を黙って見下ろしている。
《LF-X04 アルタイル・カスタム》。
白と青だった装甲は一部が新素材へ置き換わり、煤と補修材でところどころ黒ずんでいる。肩部には追加スラスター。
背部ユニットもベヒモス戦以前とは形状が変わっていた。
急造改修。 それが一目で分かる。
「右脚側フレーム固定急げ!」
「冷却ラインまだ安定してません!」
「出力上げるな、まだ早い!」
怒鳴り声が飛び交う。 格納庫全体が慌ただしい。
ベヒモス戦からまだ数日しか経っていない。
それでも、アーク・ノアは既に次の戦闘を前提に動き始めていた。
隣でレイが端末を操作する。 ホログラム上にアルタイルの内部構造図が展開された。
赤く点滅している箇所が多い。
「予想以上に傷んでたな」
「……」
「特に神経同期系が酷い」
カイトは小さく眉を寄せる。 レイが肩をすくめた。
「ベヒモス戦で無茶しすぎたんだよ」
「そっちが動かせって言ったんだろ」
「言ったな」
悪びれもしない。 しかし、その直後にレイの表情が少しだけ曇る。
「……それだけじゃない」
カイトは視線を向ける。 レイはホログラムを切り替えた。
同期率グラフ。 戦闘ログ。 複数の異常値。
「ユイが抜けてから制御誤差が増えてる」
「……」
「特に近接戦闘時の反応補正が落ちた」
格納庫中央。 固定されたアルタイルの片腕がゆっくり動作確認を始める。
だが途中で小さく軋み、警告表示が走った。
整備員が慌てて停止をかける。
「また姿勢制御ズレてる!」
「補正追いついてません!」
レイが小さく舌打ちする。
「やっぱ簡単じゃねぇか」
カイトは黙ったまま機体を見る。 分かっていた。
今までどれだけ助けられていたのか。
戦場では気付かなかった。 だがユイがいなくなった今なら分かる。
反応速度、位置補足、戦闘判断。
知らないうちに、ユイの補助と自分の操縦は噛み合っていた。 レイが静かに言う。
「アルタイルは元々、対GD戦を想定してた機体だ」
ホログラム上で新しいパーツ群が表示される。
追加高機動スラスター。 近接補助制御。
高出力推進ユニット。
「今回の改修でさらに対PT寄りへ調整してる」
「PT……」
その単語だけが少し重く響く。 最近、よく聞くようになった。
だが、カイトはまだその言葉の本当の意味を知らされていない。 レイは少しだけ視線を逸らした。
「正直、俺達も全部分かってるわけじゃない」
「……」
「だが帝国側に“何か”いるのは確実だ」
その時だった。 格納庫全体へ警告音が響く。
アルタイル背部ユニット。 追加推進器が突然過剰噴射を始める。
「出力暴走!」
「止めろ!」
蒸気が吹き上がる。 固定ワイヤーが軋み、巨体が僅かに動いた。
カイトは反射的に前へ出る。 だが整備班が先に制御を切った。
重い停止音。 格納庫に静寂が戻る。
誰かが深く息を吐いた。 レイが苦笑する。
「……まだ未完成だな」
カイトはアルタイルを見上げる。 強くなろうとしている。
無理矢理前へ進もうとしている。 まるで今の自分達みたいだった。
レイが端末を閉じる。
「ベヒモス戦のデータは全部反映する」
「次はもっと厄介なのが来るぞ」
「……分かってる」
短い返事。 しかし、その声に迷いは前より少なかった。
格納庫の奥。 整備中のアルタイルが静かに立っている。
その機体はまだ不完全だった。 だが確実に、次の戦場へ向けて変わり始めていた。




