第398話 整備区画の後片付け
整備区画には、戦闘後の熱がまだ残っていた。
格納フレームに固定された機体群。
外装に残る焼け跡。
冷却管から流れる白い蒸気。
工具の音。
端末を叩く整備員達の声。
そこにあるのは、勝利の余韻ではなかった。
後片付けだった。
「ノクス・レクイエム、主駆動系停止。だが切断系統の残留反応がまだ落ち切ってねえ」
グリッドが端末を睨んだまま言う。
「ヴァルクレイド・セレス、防壁展開部に負荷。セレスティア由来の補助層にも残留反応あり」
レガロンが別の端末で報告する。
「ルナ・スケイル・リフレクトは管制端末の熱劣化が大きい。ルナ・ドール・リンクの拡張部は、全点検が必要だ」
「ヴァナルガンドとフェンリオン・リサイトは?」
「損傷はあるが、構造破断はない。戦闘継続させなかったのは正解だ」
整備区画の奥では、ロス・セレネとヴァイス・リッパー・リビルドが別フレームに固定されている。
さらに、その隣にネヴァがあった。
黒い機体は、他のどの機体とも違う沈黙をまとっている。
動いていないのに、誰も不用意に近づこうとしなかった。
「……並べて見ると、ひどいな」
グリッドがぼやいた。
リクトが端末の表示を覗き込む。
「損傷のことですか」
「それもある。だが、もっと面倒なのは履歴だ」
グリッドは、格納区画に並ぶ機体群を見渡した。
「地球側で作った機体。帝国由来の機体。帝国技術を食って改修した機体。レイヴン側で拾って直した機体。元々誰のものだったのか分からん部品まで混じってる。これを『持ち主は誰ですか』で分けろって言われたら、俺は端末を投げるぞ」
レガロンが静かに頷いた。
「投げる前に、こちらへ渡してくれ。端末が壊れる」
「そういう話じゃねえ」
整備区画の中央に、簡易会議用の投影卓が置かれていた。
そこに機体一覧が表示される。
ノクス・レクイエム。
ヴァルクレイド・セレス。
ルナ・スケイル・リフレクト。
ヴァナルガンド。
フェンリオン・リサイト。
ロス・セレネ。
ヴァイス・リッパー・リビルド。
ネヴァ。
さらに、ユイが確保していたGD群とGF群。
セレスティア由来残存パーツ。
インペリウム関連記録と残骸データ。
その一覧を見て、黒瀬はしばらく沈黙していた。
三島が横で記録端末を開く。
「分類案を作る必要があります。正式な報告前に、最低限の管理区分だけでも」
「所有権で分けるのは無理だ」
黒瀬が言った。
グリッドがすぐに頷く。
「分かってるなら話が早い」
「所有者という言葉は、ここでは危険すぎる。元の所属だけで返せば、帝国由来の機体は帝国へ戻ることになる。だが、現実には改修、鹵獲、保護、救出、証拠保全が混在している」
リクトが投影卓の一部を拡大する。
「ノクスはユイさんの機体ですが、命令層切断機能は帝国技術と接触した結果でもあります。ヴァルクレイド・セレスも、元のヴァルクレイド、セレスティア由来の残存層、ラスト・オーダー側の再構成が重なっています」
「だから面倒なんだよ」
グリッドは腕を組んだ。
「機体は書類みたいに綺麗に分かれねえ。作った場所、奪われた場所、直された場所、使われた場所が全部残る」
黒瀬は頷いた。
「なら、所有ではなく管理責任で分ける」
その言葉に、整備区画の空気が少しだけ変わった。
レガロンが投影卓に新しい欄を作る。
「管理責任区分、ですか」
「ああ。誰のものかではなく、誰が責任を持って止めるのか。誰が整備し、誰が使用を承認し、誰が記録を保護するのかで分ける」
三島がすぐに記録へ入力する。
「地球側管理、ルクス共同管理、ラスト・オーダー管理、帝国再編評議会側管理、共同封印対象……このあたりでしょうか」
「暫定でいい。正式な停戦協定前に決め切れる話ではない」
黒瀬の言葉に、グリッドはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「暫定なら、まだ飲める」
投影卓の前に、アルベルトが立っていた。
彼は帝国記録の形式を確認しながら、機体履歴とPT達の記録を照合している。
画面には、かつて帝国が付けた分類名が並んでいた。
Y系列。
M系列。
R系列。
S系列。
L系列。
I系列。
A系列。
アルベルトはその文字を見て、眉を寄せた。
「この形式で残された記録は、本人の記録ではない」
ユイが、少し離れた場所からその声を聞いていた。
医療区画から出る許可は、短時間だけだった。
カイトが付き添い、モルドからは「十分を超えたら連れ戻す」と釘を刺されている。
「本人の記録ではない、ですか」
ユイが尋ねると、アルベルトは頷いた。
「帝国の記録は、運用するための記録だ。何に使えるか。どこまで従うか。どの命令に適応するか。そのために書かれている」
アルベルトは端末を操作し、アミィの旧記録を表示した。
対象A。
代替指揮支援個体。
L系列欠損補完。
セレスティア支援中核。
ユイの表情がわずかに強張る。
そこに、アミィという名前はなかった。
「だが、これは彼女の全部ではない」
アルベルトは静かに続けた。
「記録を消すべきではない。何が行われたかを残すために必要だ。しかし、これを本人の名前として扱ってはいけない」
黒瀬がアルベルトを見る。
「あなたは、それを本人達へ返す役を担えますか」
アルベルトは少しだけ目を伏せた。
「私は帝国の記録形式を読める。だからこそ、逃げるべきではないのでしょう」
「義務としてですか」
「いいえ」
アルベルトは首を横に振った。
「残った者達が心配で、私は帝国に残った。ならば、彼女達が地球へ行くなら、今度は見送るだけでは済まない」
ユイはその言葉を聞き、何も言えなかった。
アルベルトは、端末の表示を閉じる。
「帝国の記録を、彼女達を縛る鎖ではなく、彼女達自身が取り戻すための資料に変える。そのためなら、私は同行します」
別の端末では、レオニスが帝国規格部品の一覧を確認していた。
GD系統の部品。
GF群の改修履歴。
無人端末の認証回線。
命令同期残留経路。
画面に並ぶ項目の多くは、整備士が見ればただの機械部品に見える。
だが、レオニスはそこに隠された経路を見ていた。
「ここは切るべきです」
レオニスが言う。
リクトが画面を覗き込む。
「物理回線ではなく、命令層側の残滓ですか」
「ええ。今は沈黙していますが、特定の認証波を受ければ再接続する可能性があります」
グリッドが顔をしかめた。
「見た目ただの補助端末じゃねえか」
「帝国規格の嫌なところです。補助端末に見えるものが、実際には命令同期の中継器になっていることがある」
レオニスは別の項目を開く。
「GF群も同じです。ユイさんが確保した機体そのものは使える。ただし、帝国規格の残留認証を全部疑う必要があります」
ユイが思わず身を乗り出す。
「あの子達も、危ないんですか」
「危険というより、未確認です」
レオニスは言い直した。
「使うなら切る。直すなら、まず疑う。それが帝国規格を扱う時の基本です」
その言い方は、どこか苦かった。
カイトが尋ねる。
「レオニスさんは、帝国に戻るつもりはないんですか」
レオニスは一瞬だけ手を止めた。
そして、端末から目を離さずに答える。
「戻る理由がありません」
短い言葉だった。
だが、その奥には長い時間があった。
家族を人質に取られ、協力させられ、逃げる機会を失い、折れてしまった時間。
それでも、完全に帝国側へ染まったわけではなかった時間。
「帝国に残してきたものはあります。ですが、戻っても償いにはならない」
レオニスは、命令同期経路に封鎖印を付ける。
「なら、私が知っている帝国規格を、こちら側で全部疑う。それが後始末です」
リクトが静かに頷いた。
「術式層の確認は私が引き受けます。命令層側に残っているものと、通常の制御系を分けましょう」
「助かります」
レオニスは短く返した。
「破壊すれば済むものばかりではありません。救出に必要な記録まで消してはいけない。封印と保護は違いますから」
アルベルトがその言葉に頷いた。
「ええ。記録も同じです」
整備区画の奥。
ネヴァの前に、アシュが立っていた。
彼は黙って機体を見上げていた。
その表情からは、感情が読み取りにくい。
ネヴァの外装には、戦闘の損傷が残っている。
だが、それ以上に問題なのは、機体そのものが持つ危険性だった。
同期侵食。
感情希薄化。
人格汚染の可能性。
命令系統とは別種の、深く絡みつく危険。
グリッドが近づく。
「こいつをどうするつもりだ」
「ラスト・オーダーで管理する」
アシュは即答した。
黒瀬が目を細める。
「地球側に置かない理由は」
「一般管理に向かない。通常の格納規定では危険を見落とす。ネヴァの同期系は、機体停止状態でも搭乗者側に影響を残す可能性がある」
モルドが医療区画から送ってきた診断データを端末越しに確認する。
通信画面越しに、彼の声が響いた。
『その点は同意する。アシュ自身も定期検査が必要だ。本人が拒否しても実施する』
アシュは少しだけ眉を動かした。
「拒否はしない」
『そう言って隠す者が一番面倒だ』
グリッドが鼻で笑う。
「言われてるぞ」
「事実なら否定しない」
アシュは淡々と返した。
黒瀬は投影卓に新しい管理案を表示する。
「ネヴァはラスト・オーダー管理。ただし、自由運用は禁止。起動には複数承認。整備監視、医療監視、戦術承認を必須とする」
「搭乗者は俺で固定する」
「それも暫定だ」
黒瀬が即座に言う。
アシュは黒瀬を見た。
「不服はない」
「ならいい」
グリッドがネヴァの装甲を軽く叩く。
「こいつは放っておくと面倒なことになる。俺の方でも起動系に監視を噛ませる」
「必要なら、同期深度制限も追加する」
アシュが言う。
レガロンが端末を操作しながら尋ねる。
「自分で自分の首輪を付けるのか」
「首輪ではない。停止装置だ」
「似たようなものだ」
「違う」
アシュは短く答えた。
「首輪は従わせるためのものだ。停止装置は、止めるためのものだ」
その言葉に、黒瀬はわずかに目を伏せた。
この戦いで、彼らはその違いを何度も見てきた。
ヴァルクレイド・セレスの前では、レータが機体を見上げていた。
医療区画から出る許可はまだ長くなかったが、どうしても確認したいと言ってここまで来ていた。
隣にアミィはいない。
アミィはまだ休んでいる。
それでいいと、レータは思っていた。
レガロンが端末を見ながら言う。
「防壁展開部に負荷はあるが、致命的ではない。セレスティア由来の補助層も暴走反応はない」
「じゃあ、まだ動ける?」
「動かす気か」
「今すぐじゃないよ」
レータは少し笑った。
「ただ、あの子と一緒に乗れる場所が残っているか、確認したかっただけ」
レガロンは少しだけ黙った。
そして、端末の表示を変える。
「ヴァルクレイド・セレスは、単独搭乗も二人搭乗も可能な状態を維持している。ただし、今後は管理区分を明確にする必要がある」
「所有者ってこと?」
「違う」
グリッドが横から言った。
「こいつはもう、誰のものかって話じゃ済まねえ。ヴァルクレイドで、セレスティアで、ラスト・オーダーで、ルクス側で、お前とアミィが乗る機体だ」
レータは少しだけ目を丸くした。
「複雑だね」
「複雑なんだよ」
グリッドは疲れたように言う。
「だから、雑に返したり、雑に封印したりできねえ」
レータはヴァルクレイド・セレスを見上げた。
そこには、命令を守る壁ではなく、帰る場所を守った壁があった。
「じゃあ、ちゃんと管理しないとね」
「ああ」
「アミィが、乗るかどうかを選べるように」
グリッドは少しだけ表情を緩めた。
「それが一番面倒で、一番大事な条件だな」
ユイはノクス・レクイエムの前に立っていた。
カイトは隣にいる。
グリッドからは「触るな」と言われているので、ユイは一定距離から見上げているだけだった。
黒い機体は静かだった。
命令層を切った時の刃も、今は眠っている。
けれど、眠っているから安全というわけではない。
ユイはそれを知っていた。
「封印するんですか」
ユイが尋ねる。
黒瀬は少し考えてから答えた。
「封印、という言葉では足りない」
「足りない?」
「二度と使わないと決めるには、ノクスは多くを救いすぎた。だが、自由に使わせるには危険すぎる」
黒瀬は投影卓にノクスの管理案を出す。
「だから、共同管理にする。起動条件、承認者、用途、停止方法、負荷確認。それらを全て規定する」
ユイは画面を見つめた。
そこには、自分一人の名前だけではなく、複数の役割が並んでいた。
ジン。
黒瀬。
三島。
カナデ。
モルド。
リクト。
アルベルト。
レオニス。
カイト。
そして、ユイ。
「私だけじゃ、ないんですね」
「そうだ」
黒瀬は静かに言った。
「危険な力を持つ者に必要なのは、孤立ではない。管理と、止める仕組みだ」
カイトが隣で頷く。
「ユイが使う時は、俺も確認する」
「カイトも?」
「ああ。現場で、ちゃんと見る」
ユイは少しだけ目を伏せた。
ノクスは、怖い機体だ。
それでも、怖いから捨てるだけでは、救えないものがある。
怖いからこそ、一人で持ってはいけない。
そのことを、ようやく言葉にできそうだった。
「分かりました」
ユイはノクスを見上げた。
「これは、私一人の機体ではないんですね」
グリッドが横からぼやく。
「だからといって、全員で触るなよ。整備班が死ぬ」
その言葉に、カイトが少し笑った。
ユイも、ほんの少しだけ笑った。
投影卓の前で、整理作業は続いていた。
ロス・セレネは、ナユとリンの今後を含めてラスト・オーダー側の管理候補。
ヴァイス・リッパー・リビルドも同様。
ネヴァは高危険機体としてラスト・オーダー管理。
GF群は地球側保護下で、レオニスとグリッドによる残留認証確認後に扱いを決める。
セレスティア由来残存パーツは、ヴァルクレイド・セレス関連を除き、共同封印対象。
インペリウム関連記録と残骸データは、帝国再編評議会、地球側、ルクス側の共同監視対象。
三島が記録をまとめる。
「暫定管理区分、第一案として保存します」
黒瀬は頷いた。
「正式な停戦協定の前に、これを地球側へ提出する。帝国側への返還対象は、後日協議だ」
グリッドが腕を組んだ。
「返せって言われても、簡単には返せねえぞ」
「返還ではなく、管理責任の移管として扱う」
「言い方が硬いな」
「硬くしなければ、危険なものほど雑に扱われる」
黒瀬の言葉に、グリッドは何も返さなかった。
その通りだったからだ。
兵器は、便利な言葉で動かされる。
所有。
返還。
鹵獲。
証拠品。
戦利品。
だが、その言葉だけでは、ここに並ぶ機体達を説明できなかった。
それぞれが、誰かを縛った。
誰かを救った。
誰かの帰る場所になった。
その履歴を無視して、ひとつの所有者へ押し戻すことはできなかった。
作業が一段落した頃、ユイはもう一度、格納区画を見渡した。
ノクス。
ヴァルクレイド・セレス。
ルナ・スケイル・リフレクト。
ヴァナルガンド。
フェンリオン・リサイト。
ロス・セレネ。
ヴァイス・リッパー・リビルド。
ネヴァ。
どれも、ただの機械ではなかった。
けれど、人間でもない。
だからこそ、置き場所を間違えてはいけないのだと、ユイは思った。
「人間より機体の方が面倒だな」
グリッドが端末を閉じながら言った。
「持ち主が一人とは限らん」
ユイはその言葉を受けて、少し考えた。
「つまり、私達は帰れるけど、機体はまだ帰れないんですね」
黒瀬が視線を向ける。
それから、静かに首を横に振った。
「正確には、帰す先を間違えられない、だ」
ユイはノクスを見上げた。
帰る場所。
それは人だけの問題ではなかった。
けれど、少なくとも今は。
誰かを命令に戻すためではなく、誰かが自分で帰るために。
その機体達は、ここで静かに管理されることになった。




