第02話 アーク・ノア
白い天井。消毒液の匂い。
「……っ」
霧島カイトは、ゆっくり目を開けた。
知らない部屋。白いカーテン。医務室だった。
「起きたか」
低い声。カイトはそちらに顔を向ける。
無精ひげを生やし眠そうな目をした白衣姿の男がいる。
「ここ……」
「地球統合軍機動戦艦」
男は端末を操作しながら答える。
「お前、丸一日寝てたぞ」
「は……?」
昨日の記憶が蘇る。NB。LF。崩れる校舎。
そして、自分が乗った巨大な機体。
「っ……!」
カイトは勢いよく起き上がる。
「学校は!?」
「避難完了」
「死者も出てねえ」
男は淡々と答える。
「お前が無茶したおかげでな」
カイトは言葉を失った。
「あれ……俺、何で……」
「LFを動かした」
即答だった。
「しかも旧式のバスティオンを初接続でな」
男はカイトを見る。
「普通じゃありえねえ」
沈黙が響いた。その時、医務室扉が開いた。
「失礼します」
少女の声。黒髪で、静かな紫灰の瞳をした少女。
そして、薄藍がかった銀の髪と淡い青の瞳の少女。
カイトが目を見開く。
「あ……」
昨日の黒いLFと白銀のLF。
顔を見たわけではない。だが、通信越しに聞いた声と、あの機体の印象が重なる。
おそらく、あの二機のパイロット達だった。
「羽崎竜奈です」
黒髪の少女が言う。
「ミオ=アステリアです」
銀髪の少女が軽く会釈する。
「体調、大丈夫?」
「……ああ」
だがカイトの視線は、竜奈へ向いていた。
昨日、NBの前で見せた目。
あれは普通じゃなかった。
「……お前ら、何者なんだ」
沈黙が響いた。ミオが少し困った顔をする。
「えーっと……」
「軍関係者です」
竜奈が即答した。
「いや絶対それだけじゃないだろ」
「機密です」
「便利だなその言葉!」
ミオが吹き出しかける。
「ユイ、もうちょっとこう……あるでしょ」
「必要?」
「ある!」
カイトが反応する。
「……ユイ?」
一瞬、ミオと竜奈が視線を合わせた。
「……あだ名みたいなもの」
竜奈は静かに答える。
「へぇ……」
本名なのか、呼び名なのか。
カイトには判断できなかった。
だが、二人がそれ以上説明する気がないことだけは分かった。
その時、白衣の男が立ち上がる。
「話は後だ」
「上が呼んでる」
「上?」
「艦長室だ」
嫌な予感しかしなかった。アーク・ノア内部。
通路を歩く。カイトは周囲を見回していた。
巨大だった。軍艦。整備クルー。運ばれていく弾薬。
警報が響く。まるで別世界だった。
その時、格納庫前を通る。
「……っ」
思わず足が止まる。巨大な人型兵器群。
LF。白い量産機。整備中の機体。損傷した装甲。
戦争の最前線。その中に黒いLFがあった。
鋭い装甲。近接戦闘向けの重武装。
「LF-02 ガルム」
竜奈が短く呟く。
「近接戦闘型量産機」
「昨日の……」
「私が乗っていた機体です」
カイトは少し目を見開く。量産機。だが昨日見た動きは、明らかに普通じゃなかった。
その奥。白銀のLF。細身の機体。背部ユニット。
多数の補助装置。
「LF-PT-M01 ルナ・スケイル」
ミオが少しだけ笑う。
「私の機体」
「昨日の射撃の……」
「うん」
カイトは二機を見上げる。テレビで見るLFとは違う。
ガルムは黒い近接機。
ルナ・スケイルは白銀の支援機。
そして昨日、自分が乗ったバスティオンは旧式の量産機。
どれも同じLFなのに、まるで別物に見えた。
もっと近い。もっと重い。戦争の匂いがした。
その時。
「見るな」
低い声が聞こえて振り向く。赤茶の髪で鋭い目。
整備服姿の男がそこにいた。
「そいつはまだ調整中だ」
男が格納庫奥を顎で示す。そこには一機のLF。
白いシートで半分覆われている。他のLFとは違う鋭いシルエット。
どこか異様な存在感。
「……あれは?」
「未完成の試験機だ」
男は工具を肩へ担ぐ。
「乗り手も決まってねぇ」
その時若い整備員が走ってくる。
「タツヤさん!」
「左舷ハンガーの冷却ラインまた死にました!」
「またかよ……」
「コウタ、お前昨日直したよな?」
「直しました!」
「じゃあ何で壊れてる!」
「知りませんよ!」
怒鳴り合い。だがどこか活気があった。
戦場。もっと殺伐としていると思っていた。
でもここには、人がいた。
その時艦内警報が鳴り響く。
『全戦闘員、第一戦闘配置』
『NB反応接近』
空気が変わる。整備班が一斉に動き出す。
ミオの表情から笑みが消える。竜奈――ユイの目が鋭くなる。
「来たか」
タツヤが舌打ちする。
「おい新人」
「……は?」
「説明は後だ」
タツヤが格納庫中央を指差した。そこには修理途中の白いLF。
昨日カイトが乗った機体、LF-T01 バスティオンがあった。
「もう一回乗れ」
沈黙。カイトの顔が引きつる。
「……は?」
警報が艦内へ響く。
『NB反応接近』
『第一戦闘配置』
格納庫の空気が一変していた。整備員達が走る。
弾薬搬入。怒鳴り声。火花。カイトは呆然と立ち尽くしていた。
LF-T01 バスティオン。昨日、自分が乗った機体。
「……いやいや待て」
「もう一回って何だよ」
タツヤが工具を肩へ担ぐ。
「言葉通りだ」
「今、人手が足りねぇ」
「だからって民間人乗せる!?」
「昨日もう乗っただろ」
「勢いだよ!」
別方向。黒いLF――ガルムの整備が始まる。
ユイが歩きながら言う。
「出ます」
「了解」
タツヤが頷く。その横でミオが端末を操作していた。
「敵数は中型三、小型多数」
「市街地到達まで六分」
「早いな……」
タツヤが顔をしかめる。その時、カイトがふと口を開いた。
「昨日から気になってたんだけど」
「LFって、何なんだ?」
沈黙が響いた。整備班が一瞬だけ止まる。
「……は?」
コウタが変な顔をした。
「お前マジで知らねぇの?」
「ニュースで見るくらいだよ!」
「学校じゃ詳しく習わねぇし!」
それもそうかとタツヤがため息を吐く。
「ルミナス・フレーム」
「対NB用人型機動兵器」
「今の地球統合軍の主力兵器だ」
カイトはバスティオンを見る。
「じゃあこれも……」
「旧式だがな」
タツヤが装甲を軽く叩く。
「LF-T01 バスティオン」
「LF最初期量産型」
「五年前のNB初期戦争から使われてる」
「今は市街地防衛用に回されてるが」
コウタが笑う。
「頑丈さだけなら今でも現役っすよ」
「その代わり重いし遅い」
「初心者向けではある」
カイトは複雑そうな顔をする。
「初心者向けで怪獣と戦わせるなよ……」
「昨日生き残ったからセーフだ」
「基準がおかしい!」
その時、格納庫奥、白いシートで覆われた機体が目に入った。
カイトはそちらを見る。
「あれもLFか?」
空気が少し変わる。タツヤが少しだけ黙った。
「……ああ」
「試験機だ」
「正式番号はまだ仮登録」
「LF-X04」
その番号だけで。どこか空気が違った。
「X?」
「試験機系列」
ミオが答える。
「量産型とは別系統」
「高性能機や専用機に使われる番号です」
カイトはシート越しの機体を見る。
異様だった。
眠っているだけなのに、そこに何かがいるような存在感がある。
「名前は?」
その時タツヤが少しだけ笑った。
「アルタイル」
「……なんか主人公機っぽい名前だな」
「実際特別製だ」
タツヤが言う。
「だがまだ未完成だ」
「起動テストも途中」
「乗れる奴もいねぇ」
その時だった。警報が強くなる。
『NB群、大気圏突入』
『迎撃部隊出撃準備』
格納庫シャッターが開く。カイトの顔が引きつる。
「……来た」
ユイがガルムへ乗り込む。
「ユイ、今回は左翼側お願い」
「了解」
ミオも歩き出す。
「ルナ・スケイル、起動開始」
白銀のLF各部が発光する。浮遊ユニット展開。
オペレーターがざわついた。
「演算速度上昇!」
「索敵範囲拡大!」
「やっぱ化け物だなこの機体……」
カイトは思わず呟く。
「お前ら、本当に何者なんだよ……」
その時タツヤがヘルメットを投げる。
「ほら新人」
「っ」
「バスティオン乗れ」
「いやだから何で!?」
「適性反応出てる奴が他にいねぇ!」
「知らねぇよそんなの!」
だが格納庫モニターに映る避難中の街や逃げ惑う人々を見て、カイトは歯を食いしばる。
昨日と同じだった。
逃げれば助かるかもしれない。
けれど、あの画面の向こうには逃げ遅れた誰かがいる。
「……クソ」
ヘルメットを被る。
「死んだら恨むからな!」
コウタが笑う。
「生きて帰ってきたら整備班入りっすね!」
「嫌すぎる!」
その時、格納庫全体へ声が響く。
『各機、出撃準備』
『地球統合軍アーク・ノア隊、発進します』
空気が張り詰める。ユイのガルム。ミオのルナ・スケイル。
そしてカイトのバスティオン。三機が並ぶ。
その奥で白いシートに覆われたまま、アルタイルだけが静かに眠っていた。




