第01話 灰色の空
警報が鳴る。
『外周警戒レベル1』
『市民の皆様は落ち着いて行動してください』
朝だった。
しかし、誰も立ち止まらない。
「またか……」
霧島カイトは、小さくため息をついた。
巨大防壁。監視ドローン。遠くを飛ぶ輸送ヘリ。
五年前、“ネメシス・ビースト”、通称NBが現れてから、この光景は日常になった。
「おーい、カイト!」
後ろから声。振り向く。クラスメイトのコウジが走ってきた。
「急げって!遅刻するぞ!」
「まだ平気だろ」
「お前それ毎回言ってる!」
二人は並んで坂道を下る。その途中、巨大モニターが目に入った。
《地球統合軍、北部防衛ライン再編》
《新型LF、実戦配備開始》
映像には、人型兵器。鋼鉄の巨人。白い装甲。背部スラスター。
ルミナス・フレーム、通称LF。
NBに対抗するため、人類が生み出した機動兵器。
「やっぱLFかっけぇよなぁ」
コウジがモニターを見上げる。
「男なら一回は乗ってみたいって思うだろ?」
「思わねえよ」
「絶対嘘だって」
興味なさそうに答える。だがカイトの視線は、ほんの少しだけ画面へ残っていた。
空を飛ぶLF、戦う兵士達、遠い世界。
自分とは関係ない。
少なくとも、この朝のカイトはそう思っていた。
学校の教室。
「昨日また南区でNB出たらしいぜ」
「避難区域広がるってマジ?」
「最近多すぎね?」
騒がしい教室。誰もがNBの話をしている。
しかし、 五年前ほどの恐怖は、もうない。
人は慣れる。
怪物にも。戦争にも。
カイトは窓の外を見る。
防壁。その向こう側には、壊れた街が残っている。
「……」
朝の授業が終わり、昼休みになった。
いつもの一日。
そうなるはずだった。
昼休みの屋上で、カイトは一人でパンを食べていた。
風が強い。遠くで工事音が響く。まだ街の修復は終わっていない。
その時だった。ゴォン――――……低い振動。
空気が揺れる。
「……?」
カイトが顔を上げる。空。黒い亀裂。
「は……?」
空間そのものが裂けていた。
『警報、警報』
『市街地上空に空間震反応』
『繰り返す――』
次の瞬間、黒い影が落ちてくる。巨大な異形。
黒い外殻。NB。
「うそだろ……!」
轟音と悲鳴が響いた。校舎が激しく揺れる。
『全生徒は直ちに避難してください!』
放送。叫び声。走り出す生徒達。爆発音が響いた。
窓ガラスが砕け散る。カイトも立ち上がる。
だが空から、さらに巨大な影が落下した。
「っ!?」
崩れる校舎外壁。落下する瓦礫。逃げ遅れた生徒達。
考えるより先に。カイトは走っていた。
「危ねぇ!」
生徒を突き飛ばす。その瞬間、視界が白く染まった。
轟音が響く。衝撃。身体が吹き飛ぶ。崩壊した廊下。
「……っ、ぐ……」
立ち上がろうとする。しかし、遠くで悲鳴が聞こえる。
振り向くと崩れた鉄骨に下敷きになりかけている女子生徒がいる。
「くそっ……!」
カイトは駆け出す。鉄骨へ手をかけるが動かない。
その時。空が光った。轟音が響く。
白い機影が空から降下する。LF。巨大な機体が校舎前へ着地した。
「地球軍……!」
しかし次の瞬間、NBが咆哮した。
黒い巨腕がLFへ叩きつけられる。
「っ!?」
LFが吹き飛び校舎へ激突。
「そんな……」
圧倒的だった。テレビで見る戦争とは違う。
本物の怪物。本物の戦場。その時。崩れたLFのコックピット付近から、火花が散る。
《適性反応……検出》
機械音声が聞こえてきた。
《高数値適合者……確認》
「……は?」
次の瞬間。カイトの目の前で、崩れたLFのコックピットがゆっくり開いた。
崩れた校舎。カイトは、目の前の光景を呆然と見ていた。
白い機体。鋼鉄の巨人。LF。
だが、朝のニュースで見た新型とは違った。
目の前にあるのは、もっと古く、もっと傷だらけの機体だった。
装甲は傷だらけ。右腕は半壊し頭部センサーも砕けている。
市街地防衛用の旧式量産型LFだった。
「……動いてる」
火花を散らしながらコックピットが開いていく。
《パイロット反応消失》
《サブ操縦権限解放》
「は……?」
カイトが目を見開く。
《適性反応確認》
《暫定操縦者登録開始》
意味が分からない。
だが次の瞬間。NBが咆哮した。黒い巨腕が崩れた校舎を薙ぎ払う。
「っ!」
女子生徒が悲鳴を上げる。逃げられない。
その瞬間。
《緊急戦闘プロトコル起動》
コックピット内部が点灯した。
「お、おい……!」
まるで“乗れ”と言われているみたいだった。
遠くで別のLF部隊が戦っている。だが押されている。
市街地被害拡大。避難未完了。NBがこちらを見る。
巨大な赤い眼。
「くそっ……!」
考えるより先に。カイトはコックピットへ飛び込んでいた。
内部は狭く、熱く、警報だらけだった。
《暫定接続開始》。
「うわっ!?」
視界が変わる。モニター起動。外の景色。
まるで自分が巨人になったみたいだった。
「な、なんだこれ……!」
操縦桿。ペダル。見たこともない計器類。
意味は分からない。
それなのに、不思議と身体だけは反応した。
《神経接続率上昇》
LFの指が動く。
「……え」
自分と一緒に動いた。
その瞬間、NBが突進してきた。
「うわぁっ!?」
反射的にレバーを引く。LFが横へ跳ぶ。
さっきまでいた場所が吹き飛ぶ。
「避けた……!?」
《高適性反応確認》
通信が割り込む。
『こちら地球軍!』
『そのLFから直ちに離脱しろ!』
「いや無理だろこれ!」
『民間人!?』
通信の向こうがざわつく。
その時。NBが再び咆哮。校舎残骸を持ち上げ、投擲する。
「っ!」
反射でLFが腕を上げる。激突し凄まじい衝撃。
「ぐっ……!」
だが止めた。
「止めた……?」
信じられなかった。
その時。遠くの空から新たな機影が高速で接近してきた。
黒。 そして白銀。
二機のLF。通常機と違う。明らかに速い。
『対象機確認』
冷静な女性の声。
『高適性反応あり』
別の声。静かだった。
『……間に合った』
次の瞬間。黒いLFが加速した。一瞬。
本当に一瞬で。NBの腕が宙を舞った。
「なっ……!?」
圧倒的だった。続けて白銀のLFが前へ出る。
無数の光。精密射撃。NBの動きが止まる。
『今です!』
通信。
「え!?」
『そのまま前へ!』
意味も分からないまま。カイトは踏み込んだ。
LFが走る。
《近接ブレード起動》
光の刃。
「うおおおおっ!」
振り下ろす。NBの外殻が裂けた。咆哮し崩れる巨体。
そして。静寂。煙の中。カイトは荒い息を吐く。
手が震えていた。
「俺……何やったんだ……」
その時通信が入る。
『そちらの民間人へ告ぐ』
女性の声は静かだった。
『これより保護を行います』
『抵抗しないでください』
カイトが顔を上げる。
モニター越しに映る白銀のLF。そしてその隣に黒いLFが、静かにこちらを見下ろしていた。




