プロローグ2 観測
暗い艦橋だった。
照明は最低限。青白い光だけが金属壁を照らしている。
静かな空気の中、機械音だけが一定のリズムで響いていた。
巨大観測艦ヴァル・ゼリア。 ネメシス帝国外縁観測艦隊所属。
長距離航行任務は既に三年目へ入っている。
窓の外には星々。無数の光。しかし、それを眺める者はいない。
艦橋にいる全員が端末へ視線を向けていた。
「第三観測ライン、重力反応固定」
「大気成分解析開始」
「酸素濃度、窒素比率、共に基準値内」
淡々と報告が続く。珍しい事ではない。
居住可能惑星そのものは宇宙にいくらでも存在する。
問題は、その先だった。
「……海洋比率、七十一パーセント」
一人の観測士官が僅かに眉を動かす。
別の端末が起動する。自動照合。文明痕跡解析。
言語推定。軌道上構造物確認。
そして。
「……文明反応あり」
艦橋の空気が少しだけ変わった。 士官達の視線が前方モニターへ集まる。
若い観測士官がデータを読み上げる。
「対象惑星、恒星系第三軌道上に存在。
文明段階、中位宇宙進出前後と推定。現地言語データ照合開始」
機械音。 沈黙。 やがて、端末が短い電子音を鳴らした。
『照合完了』
観測士官が息を止める。
「……惑星名称を確認」
艦長席に座っていた男が静かに目を開く。
「読め」
短い命令。 観測士官は一瞬だけ迷い、そして口を開いた。
「――“地球”」
その瞬間。 艦橋から音が消えた。 誰も喋らない。
空気だけが重く沈む。 やがて艦長が立ち上がる。
年老いた男だった。片目には古い機械義眼。
制服の肩には複数の戦役章が刻まれている。
男はモニターを見つめたまま呟いた。
「……またか」
若い士官が困惑した顔を向ける。
「艦長……?」
返事はない。 代わりに艦長は静かに命令を下した。
「本件を最優先機密へ指定」
「観測記録、外部回線封鎖」
「帝都中央へ直通送信」
艦橋全体が慌ただしく動き始める。 通信士が確認を取った。
「送信コードはどうしますか」
艦長は少しだけ目を閉じる。 その顔には疲労にも似た感情が浮かんでいた。
「……“アース案件”として送れ」
通信士の顔色が変わる。 その単語の意味を知っていた。
艦橋の空気がさらに冷える。 遠く、巨大な惑星が静かに回転していた。
青い海。
白い雲。
そして、人類が“地球”と呼ぶ星が。




