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第394話 ルクスが背負わないもの

戦後協議という言葉は、ひどく整って聞こえる。

だが実際に始まったそれは、整ったものではなかった。

皇帝府臨時監査班。

通常軍再編準備部門。

行政監査官。

帝国再編評議会準備室。

レグナリア軍港側記録管理官。

ルクス・ヴァルキュリア側監査班。

そして、戦闘停止線を維持する通常軍代表。

通信回線の向こうには、リゼル・オルブライト、レオン・グレイスナー、皇帝府代表が並んでいる。

こちら側には、ジン、黒瀬、三島、カイト、ユイがいた。

艦橋の中央投影には、いくつもの議題が表示されている。

インペリウム停止記録。

監察局解体命令。

PT関連施設封鎖。

保護記録。

量産型PT所有物扱い停止。

帝国由来機体・部品・艦艇の扱い。

各地球圏の今後。

アンノウン航路。

そして、ルクス・ヴァルキュリアの立場。

ジンはそれを見て、短く息を吐いた。

「ずいぶん積んできたな」

黒瀬が淡々と答える。

「戦争の後始末です。軽いはずがありません」

「軽くないのは分かっている。だが、全部こちらに投げられても困る」

その言葉は、これから始まる協議の結論そのものでもあった。


最初の議題は、記録提供だった。

皇帝府代表が言う。

『ルクス・ヴァルキュリア側が保有する命令層中枢戦闘記録、インペリウム停止記録、PT本人証言、保護記録の概要について、帝国再編評議会準備室への提供を求めます』

黒瀬が確認する。

「提供範囲は、事前合意通りです。責任整理に必要な記録、保護対象確認に必要な概要、命令層被害者救出に必要な候補情報。技術再現に繋がる詳細は伏せます」

『承知しています』

リゼルが答えた。

『こちらとしても、ノクス・レクイエムの切断手順や、ルナ・ドール・リンクの支援管制、セレス・バスティオンの構造詳細を求めるつもりはありません。求めるのは、監察局と命令層中枢、インペリウムに関する責任整理に必要な範囲です』

ジンは腕を組んで言った。

「そこまでは協力する」

皇帝府代表が続ける。

『加えて、帝国再編評議会の設置過程において、ルクス・ヴァルキュリア側には一定の助言、記録証言、制度構築への協力を――』

「そこから先は断る」

ジンは即答した。

通信の向こうが一瞬、静まった。

皇帝府代表が言葉を選ぶ。

『しかし、貴艦はインペリウムを停止させた当事者です。帝国再編においても、その経験を反映させることは――』

「記録は出す。証言も必要な範囲で応じる。保護対象や救出対象候補についても協力する」

ジンは言った。

「だが、帝国再編そのものをこちらが背負うつもりはない」

その声に迷いはなかった。

「ルクスは帝国を征服しない。帝国を統治しない。監察局の後始末を全部肩代わりしない。皇帝府の代わりに各軍区をまとめる気もない。支配下惑星の不満を、こちらが受け止める義務もない」

カイトは、その言葉を黙って聞いていた。

厳しい。

だが、必要な言葉だった。

ジンは続ける。

「インペリウムを止めたのは、こちらが生き残るためであり、保護対象を戻させないためだ。帝国を預かるためではない」


皇帝府代表は、簡単には引き下がらなかった。

『では、帝国本国圏の安定化についてはどうお考えですか。監察局解体後、各施設の記録整理、量産型PTの意思確認、命令層被害者の救出、各地球圏との交渉。これらは、ルクス側の記録なしには困難です』

黒瀬が答えた。

「記録提供には協力します。ただし、主体は帝国側です」

『主体』

「はい。帝国の制度で行われたことは、帝国が責任を取るべきです。ルクス側は、保護対象を守り、必要な記録を残し、救出候補の確認に協力する。それ以上の統治責任は負いません」

三島が補足する。

「監査記録上、ルクス側はインペリウム停止後、帝国防衛網を乗っ取っていません。レグナリア、カルディア・ベイ、ネメシア防衛砲台、無人艦隊、中央GD部隊の管制権を取得せず、手動承認系統への移行を帝国側へ委ねています」

黒瀬が画面へ記録を投影した。

インペリウム停止直後の記録。

ルクス側主砲封印継続。

追撃禁止。

防衛網乗っ取りなし。

中央GD部隊の強制管制なし。

通常軍指揮系統への介入なし。

皇帝府手動承認系統への移行確認。

リゼルはその記録を見て、静かに頷いた。

『認めます。ルクス・ヴァルキュリア側は、インペリウム停止後、帝国本国防衛網の管制権を奪取していません』

レオンも通信に入った。

『通常軍側からも証言する。レグナリア周辺の通常軍指揮は、ルクスではなく通常軍側が維持した。ルクスは防衛網を奪わず、こちらもルクスを英雄扱いしていない』

ジンが少しだけ目を細めた。

「当然だ」

レオンは表情を変えずに返す。

『こちらも、貴艦を帝国の後見人として扱うつもりはない。外部勢力だ。ただし、記録上、インペリウム停止後に管制権を奪わなかった外部勢力として扱う』

「それでいい」

ジンは短く答えた。

「味方でなくていい。事実を曲げるな」


次に出た議題は、帝国由来機体と部品の扱いだった。

これが、協議の空気をさらに面倒なものにした。

皇帝府側の事務官が、慎重に項目を読み上げる。

『帝国由来艦艇、帝国由来機体、戦時鹵獲機、逃亡機、改修機、混成装備の扱いについて、識別記録の整理が必要です』

ユイが、わずかに視線を逸らした。

黒瀬がそれを見逃さない。

「ユイさん。後で保有リストを提出してください」

「一通りです」

「一通り、では記録になりません」

ミオがいれば、たぶん「本当に一通りあるよ」と補足しただろう。

ジンが低く言う。

「今は黙っていろ」

ユイは小さく頷いた。

皇帝府側の事務官は、さらに続ける。

『一部中枢派からは、帝国由来の艦艇、機体、部品について、返還協議の対象とすべきとの意見も――』

「却下だ」

ジンの返答は早かった。

皇帝府代表が眉を寄せる。

『協議前に却下されるのですか』

「される」

ジンは即答した。

「どこまで返せと言うつもりだ。ノクス・レクイエムか。ヴァルクレイド・セレスか。レイヴン・ハウルか。ロス・セレネか。ヴァイス・リッパー・リビルドか。ネヴァか。セラの鹵獲改造機か。ユイが倉庫に隠している帝国製GD量産機群か」

ユイが小声で言う。

「隠してはいません。保管です」

黒瀬が即座に返す。

「後で確認します」

ジンは続けた。

「それとも、ルクス・ヴァルキュリアそのものか」

通信の向こうで、沈黙が落ちた。

その沈黙が、答えだった。

ジンは冷たく言う。

「ルクスは帝国由来艦だ。だが、今は地球側乗員、PT保護対象、ラスト・オーダー関係者を乗せた現運用艦であり、生活基盤であり、保護拠点であり、帰還手段だ」

黒瀬が記録を投影する。

ルクス・ヴァルキュリア。

帝国由来艦。

命令層切り離し済み。

現運用艦。

保護対象居住区あり。

地球側帰還手段。

監査記録保管場所。

保護記録保管場所。

「同艦の返還要求は、単なる艦艇所有権の問題ではありません」

黒瀬は言った。

「保護対象の再収容、監査記録の喪失、地球側への帰還不能を意味します。よって返還協議の対象外です」

皇帝府代表は何も言えなかった。

リゼルが代わって答える。

『皇帝府臨時監査班として、その整理を受け入れます。ルクス・ヴァルキュリアは返還対象ではなく、現運用艦として扱う』

ジンは頷いた。

「当然だ」


話は、さらに個別機体へ移った。

黒瀬が項目を整理する。

「PT本人と機体・部品は分けて扱います。PT本人は所有物ではありません。機体や部品については、戦時鹵獲、逃亡、改修、再構成、現運用実態を踏まえ、単純返還の対象外とします」

リゼルは画面を見ながら確認する。

『危険技術の封印、識別記録整理、命令層・再同期系統の機能除去確認を協議対象とする、という理解でよろしいですね』

「はい」

黒瀬が頷く。

「たとえば、ノクス・レクイエム」

画面にノクスの項目が表示される。

帝国由来。

Y系列専用調整。

命令層切断能力。

NB由来と推定される危険部品混在の可能性。

通常戦力運用禁止。

封印管理対象。

ユイ本人意思、黒瀬監査承認、技術班危険判定、ジン艦長許可が使用条件。

皇帝府代表が表情を強張らせた。

『帝国側で回収し、封印管理する選択は』

リクトが通信に同席していれば、即座に止めただろう。

代わりに黒瀬が答えた。

「お勧めしません」

ユイも真顔で言う。

「危険です」

ジンが短く言った。

「帝国に渡せば再研究される疑いが出る。帝国側も持って帰りたくないはずだ」

リゼルは苦い顔で頷いた。

『否定はできません。ノクス・レクイエムは返還対象ではなく、ルクス側監査下の封印管理対象とします』

次に、ヴァルクレイド・セレス。

元帝国L系列対応機の可能性。

レータ逃亡後、RVN系列として再登録・改修。

セレスティア分解・再定義要素。

アミィ支援波制御。

二人乗り対応。

命令層・拘束機能除去済み。

保護支援機能・通信保護機能追加。

元状態への復元禁止。

アミィは別室で休んでいた。

だが、その記録を見たユイは、少しだけ表情を引き締めた。

黒瀬が言う。

「ヴァルクレイド・セレスは、元帝国機としての返還対象ではありません。レータさんとアミィさんの安全、運用、保護支援と不可分です。原状回復は再拘束や再同期に繋がるため禁止します」

リゼルは頷いた。

『受け入れます』

次に、レイヴン・ハウル、ロス・セレネ、ヴァイス・リッパー・リビルド、ネヴァ。

ラスト・オーダー系の機体は、さらに混成が激しかった。

帝国由来部品。

戦場回収部材。

廃棄GD装甲。

現地加工パーツ。

レイヴン側再構成。

搭乗者専用調整。

ナユの残響索敵。

リンの護衛運用。

アシュの停止役。

そして、名前の通りリビルド済みの機体。

リゼルは記録を見て、少しだけ目を伏せた。

『これは……原型を特定する方が難しいですね』

ユイが小さく言う。

「分解できるものなら、分解して探すしかありません」

黒瀬が即座に言った。

「分解しません」

ジンも続ける。

「返還不能だ。協議対象は危険機能の封印と識別記録だけだ」

レオンが淡々と付け加える。

『通常軍側から見ても、戦時鹵獲・改修・現運用済み装備を一括返還対象にするのは現実的ではない。返還要求を拡大すれば、戦時中に帝国側が行った拿捕、追撃、再同期、鹵獲、部品転用の責任もすべて掘り返すことになる』

その言葉は、帝国側にとって苦いものだった。

だが、正しかった。


ユイが保有していた帝国製GD量産機群の話になると、艦橋の空気が少しだけ別の意味で重くなった。

黒瀬は端末を見ながら言う。

「ユイさん。帝国製GD量産機群について、後日正式な一覧を提出してください」

「はい」

「一通り、ではなく型式と数で」

「……はい」

ジンが眉間を押さえる。

「まったく」

カイトが小さく苦笑した。

「でも、あれがなかったら戦えなかった場面もあります」

黒瀬は頷いた。

「そこは認めます。戦時鹵獲機として扱います。ただし、命令層・再同期・監察局系統の機能が残っていないか、危険判定は必要です」

リゼルが確認する。

『帝国側への返還は』

「しません」

黒瀬が即答した。

「識別記録の整理、危険機能除去、再利用制限が対象です。返還ではありません」

ユイは少しだけ安心したような顔をした。

黒瀬がすぐに釘を刺す。

「安心しないでください。無断回収規定は継続中です」

「まだ何も」

「“まだ”は禁止です」

カイトが小さく笑いそうになり、ジンの視線を受けて咳払いした。


協議は、各地球圏の扱いへ移った。

ここからは、より大きな話になる。

ルクスが巡ってきた複数の地球。

デッドエンド。

ヴェルデ。

フォージ。

ネオジェネシス。

カタストロフ。

ネメシス。

エデン。

そして、未確定領域アンノウン。

リゼルが項目を開く。

『帝国再編評議会準備室として、各地球圏の扱いについても整理が必要です』

ジンは言った。

「こちらが全部の代表になるつもりはない」

『承知しています。ですが、記録上、ルクス・ヴァルキュリアは複数地球圏を経由しています。最低限の現状確認は必要です』

黒瀬が整理する。

「デッドエンドとカタストロフは復興課題として残ります」

画面に二つの地球圏が表示された。

文明崩壊の痕跡が強いデッドエンド。

荒廃と危険地域を抱えるカタストロフ。

「この二つは、帝国再編後も放置すれば大きな問題になります。ですが、ルクス側が復興責任を負うものではありません。必要な記録と、確認できた被害状況を提供します」

リゼルは頷いた。

『帝国側の復興確認対象として登録します。再編評議会設置後、支援対象候補へ回します』

「安定している地球群については現状維持です」

黒瀬は続ける。

「ヴェルデ、フォージ、ネオジェネシス、エデンなどは、帝国再編協議の中で現地代表や既存政府の意思を確認する必要があります。ルクス側が代弁しません」

カイトは、その言葉を聞きながら、これまで通ってきた世界を思い出していた。

休めた星。

危険だった星。

助けられた場所。

助けきれなかった場所。

それぞれに人がいて、事情がある。

ルクスが勝手に代表になることはできない。

リゼルが問う。

『アース・ネメシスについては』

黒瀬が答える。

「帝国再編評議会への代表参加候補として扱うのが妥当です。帝国との関係が深く、再編後の制度に強く影響されます」

リゼルは記録する。

『承知しました』

最後に、アンノウン。

投影図の端に、未確定航路としてその名が表示される。

カイトは、その文字を見て少しだけ眉を寄せた。

どこか不穏で、どこか空白のまま残っている場所。

黒瀬は言う。

「アンノウンについては、解明しません」

皇帝府代表が驚いたように顔を上げる。

『未確認領域を放置するのですか』

「現段階の戦後協議では確定できる情報がありません」

黒瀬は言い直した。

「観測記録が安定していない。帝国側も接続条件を把握していない。ルクス側も、確定情報を持っていません。未確定航路として記録するに留めます」

ジンが補足する。

「今、無理に触るものではない」

ユイが少しだけ頷いた。

アンノウンには、何があるのか分からない。

だからこそ、今は触らない。

それも判断だった。


協議が長引くにつれ、カイトは自分の中にある重さを感じていた。

助けられるものは助けたい。

それは嘘ではない。

アミィを助けた。

ユイを止めた。

インペリウムを止めた。

命令層に縛られたものを、少しでも戻したいと思った。

けれど、目の前に並ぶ議題は多すぎた。

帝国全体。

通常軍。

監察局残党。

量産型PT。

各地球圏。

復興。

危険技術。

未確定航路。

その全部を、自分達だけで抱えることはできない。

カイトは小さく息を吐いた。

ユイが隣でそれに気づく。

「カイトさん」

「うん」

「全部、助けられないんですね」

その言葉は、ユイ自身にも向いていた。

帝国の責任。

PT達の記録。

量産型の個体達。

まだ見つかっていない誰か。

ユイも、全部を切って助けることはできない。

ノクスで全部を解決することはできない。

カイトは、少しだけ考えてから答えた。

「全部は無理だと思う」

ユイは目を伏せた。

カイトは続ける。

「でも、全部を放り出すわけでもない。記録を残す。帰れる人を連れて帰る。探せるようにする。帝国が逃げないように条件を残す」

ユイは、静かに聞いていた。

「それでも、全部を抱え込んだら、たぶん俺達が帰れなくなる」

その言葉に、ユイはルクスの艦体を思い浮かべた。

帰るための艦。

保護対象の場所。

みんながいる場所。

帝国に返せない艦。

手放せば帰れなくなる艦。

ユイは、ゆっくり頷いた。

「私達は、帝国の責任を背負うために生きるわけじゃない」

「うん」

「でも、見なかったことにはしない」

「うん」

カイトは少しだけ笑った。

「それでいいと思う」

ユイは、画面に並ぶ記録を見た。

自分達がやること。

やらないこと。

背負うこと。

背負わないこと。

それを分けるのは、冷たいことではない。

帰るために必要なことだった。


協議の終盤、皇帝府代表は最後の確認を行った。

『ルクス・ヴァルキュリア側の立場を、正式記録として整理します』

画面に項目が並ぶ。

ルクスは帝国を征服しない。

帝国を統治しない。

監察局の後始末を全て肩代わりしない。

帝国防衛網を乗っ取らない。

帝国再編評議会の制度構築主体にはならない。

保護対象、救出対象候補、命令層被害者に関する記録提供には協力する。

PT本人の意思確認を最優先する。

量産型PTの所有物扱い停止基準を支持する。

帝国由来機体・艦艇・部品の単純返還には応じない。

危険技術の封印、識別記録整理、命令層・再同期系統の除去確認には協力する。

各地球圏については、現地の意思確認を優先する。

アンノウンは未確定航路として残す。

リゼルが確認する。

『この内容で、皇帝府臨時監査班および帝国再編評議会準備室の記録へ反映します』

黒瀬が頷く。

「ルクス側監査記録にも保存します」

レオンが言った。

『通常軍側も、戦闘停止線維持の前提として記録する』

皇帝府代表は少しだけ迷った後、ジンへ視線を向けた。

『艦長ジン。最後に、貴艦の立場を一言で確認したい』

ジンはしばらく黙っていた。

艦橋の空気が静まる。

カイトも、ユイも、黒瀬も、三島も、その言葉を待った。

ジンは艦長席で前を見たまま、低く言った。

「帝国の後始末は、帝国がやれ」

その言葉に、皇帝府代表の表情が固まる。

だが、ジンは続けた。

「俺達は、連れて帰るべき者を連れて帰る」

短く、重い言葉だった。

協議室の向こうで、リゼルが目を伏せる。

レオンは何も言わなかった。

黒瀬はその言葉を正式記録へ保存した。

ジンはさらに言う。

「記録は出す。証言も必要な範囲で応じる。逃げている者がいれば追及する。保護対象を命令に戻そうとするなら止める。だが、帝国を背負うのは帝国だ」

皇帝府代表は、ゆっくりと頷いた。

『……承知しました』


通信が終わった後、艦橋にはしばらく沈黙が残った。

外には、ネメシア本国圏の光がある。

レグナリア。

カルディア・ベイ。

停止した防衛網。

再編へ向かう帝国。

そのすべてが、まだ不安定だった。

だが、ルクス側の立場は決まった。

帝国を征服しない。

帝国を統治しない。

帝国の全責任を肩代わりしない。

それでも、保護対象を見捨てない。

記録を消させない。

帰るべき者を連れて帰る。

カイトは、艦橋の窓の向こうを見た。

「帰るために、線を引くんですね」

ジンは短く答えた。

「ああ」

ユイは、その言葉を静かに受け止める。

線を引くことは、見捨てることではない。

全部を抱え込まないことは、逃げることではない。

自分達が帰るため。

そして、帝国が自分の責任から逃げないため。

必要な線だった。

黒瀬は監査記録の最後に、今日の協議結果を保存する。

ルクス側立場確定。

帝国再編主体ではない。

保護対象記録協力。

帝国由来機体・艦艇・部品の単純返還拒否。

帰還手段確保。

帝国責任の帝国側処理。

保存。

艦橋の投影から、協議項目が一つずつ閉じられていく。

すべてが終わったわけではない。

むしろ、帝国の後始末はここから始まる。

だが、それはルクスが背負うものではない。

ルクス・ヴァルキュリアは、帰るための艦だった。

そして、その艦が連れて帰るべき者達は、もう帝国の所有物ではなかった。

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