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第388話 監察局解体命令

皇帝府からの正式通信が届いたのは、一時戦闘停止線が設定されてから、数時間後のことだった。

ルクス・ヴァルキュリア艦橋には、まだ戦闘後の緊張が残っている。

主砲は封印されたまま。

機動部隊の大半は帰還済み。

医療区画では、ユイ、カイト、ミオ、レータ、アミィを含む各員の検査が続いている。

整備区画では、ノクス・レクイエム、アルタイル・ノヴァ・ブレイス、ヴァルクレイド・セレスの安全確認が行われていた。

だが、戦闘が止まっても、仕事は終わらない。

むしろ、本当に面倒な仕事はここからだった。

「皇帝府より正式通信。発信元、帝国中枢実務官リゼル・オルブライト。連名で、皇帝府臨時監査班、中央軍再編準備部門、通常軍記録管理部門」

通信士の報告に、艦橋の空気が変わった。

ジンは艦長席で腕を組む。

「監察局ではないな」

「はい。監察局回線は含まれていません」

黒瀬が監査席で顔を上げた。

「内容は」

「監察局単独権限停止に伴う、証言記録照合および被拘束者オルフェン・グラードの身柄移送要求です」

その名前が出た瞬間、艦橋の全員がわずかに黙った。

オルフェン・グラード。

監察局の観測者。

PT達の自己応答を、命令へ戻すための観測対象として扱った男。

ルクス側が命令層中枢で拘束し、そのまま艦内拘束区画で管理している男。

ジンは短く息を吐いた。

「来たか」

「艦長」

黒瀬が言う。

「監察局への引き渡しなら、承認できません」

「分かっている」

ジンは、皇帝府からの通信文を表示させた。

そこには、簡潔な文面が並んでいる。

監察局単独処理の禁止。

監察局主要施設の封鎖準備。

命令層中枢運用記録の押収。

PT関連記録の保護指定。

オルフェン・グラードの証言記録照合。

身柄移送先は、皇帝府臨時監査班、中央軍再編準備部門、通常軍記録管理部門の共同管理下。

監察局単独管理を禁ずる。

ジンは、その最後の一文を見た。

「少なくとも、言葉の上では分かっているらしいな」

黒瀬は頷いた。

「条件を確認します。こちらの監査記録を提出する場合、技術再現に繋がる部分は伏せます」

三島が隣で端末を開く。

「提出対象を分けます。証言記録、越権記録、命令層中枢運用実態、インペリウム起動準備への介入記録。除外対象は、ノクスの切断手順、ルナ・ドール・リンクの管制詳細、セレス・バスティオンの展開構造、保護対象の現在位置」

黒瀬は確認する。

「加えて、PT達本人の心理反応詳細も伏せます。必要なのは帝国の責任を問う証拠であって、彼女達を再分類する材料ではありません」

ジンは頷いた。

「いい。オルフェンを連れて帰るつもりはない。だが、消させるつもりもない」


拘束区画は静かだった。

通常の営倉とは違う。

監察局式の拘束術式も、命令層拘束装置も使われていない。

ルクス側の拘束は、身体拘束、通信遮断、記録端末の遮断、そして監査官の許可なしに外部接触できない封鎖処理で構成されている。

オルフェン・グラードは、その中で椅子に座っていた。

表情は崩れていない。

だが、以前のように、観測室からすべてを見下ろす空気はなかった。

黒瀬が三島を伴って入室する。

ジンは通信越しに監視を行っていた。

オルフェンは、黒瀬を見て薄く笑った。

「ようやく、私の処遇が決まりましたか」

「処遇を決めるのは、私達ではありません」

黒瀬は端末を持ったまま答えた。

「あなたは帝国監察局の関係者です。帝国側に引き渡されます」

「監察局へ?」

「いいえ」

その返答に、オルフェンの目がわずかに動いた。

黒瀬は続ける。

「皇帝府臨時監査班、中央軍再編準備部門、通常軍記録管理部門の共同管理下です。監察局単独管理は禁止されました」

「……なるほど」

オルフェンは、少しだけ目を細めた。

「皇帝府は、監察局を切り離す選択をしましたか」

「監察局が切り離される理由を作ったのは、あなた達です」

三島が、証言記録装置を起動する。

黒瀬は画面を確認し、淡々と告げた。

「オルフェン・グラード。引き渡し前に、証言記録を照合します」

「証言」

オルフェンは、その言葉を繰り返した。

「私の観測記録ではなく?」

「これは観測記録ではありません。証言です」

黒瀬の声は静かだった。

「あなたが何を観測し、何を記録できなかったのか。監察局が何を隠し、何を命令層へ接続したのか。それを、あなた自身の証言として残します」

オルフェンはしばらく黙っていた。

その沈黙は、反省ではない。

おそらく、計算だった。

だが、以前とは違う。

彼の前にあるのは観測端末ではない。

黒瀬が許可した証言記録装置だった。

オルフェンは、低く笑った。

「観測者が、証言者になる。随分と皮肉な処理ですね」

「皮肉ではありません。責任処理です」

黒瀬は一切表情を変えなかった。

証言照合は、艦橋と拘束区画、そして皇帝府側の臨時監査回線を結んで行われた。

リゼル・オルブライトの声が、通信越しに入る。

『皇帝府臨時監査班、接続確認。リゼル・オルブライトです。ルクス・ヴァルキュリア側の監査官、応答をお願いします』

「黒瀬です。監査記録、提出準備完了。提出範囲は事前合意分に限定します」

『承知しています。技術再現に繋がる詳細情報は求めません。こちらが求めるのは、監察局の越権と、命令層中枢運用の実態照合です』

ジンは腕を組んで通信を聞いていた。

「そちらに監察局回線は混じっていないな」

『混じっていません。監察局残存部門には、この照合への直接参加権を与えていません』

「なら続けろ」

皇帝府側から、別の低い声が入った。

『中央軍再編準備部門、レグナート・ヴァルハイム』

艦橋の何人かが顔を上げる。

レグナートの声は、通信越しでも重かった。

『通常軍記録管理部門と共同で、証言記録を受け取る。監察局単独管理は認めない』

ジンはわずかに目を細めた。

「そちらが保証人か」

『保証では足りん。責任を取る立場だ』

その答えに、ジンは小さく頷いた。

「なら、条件を確認する」

黒瀬が前に出る。

「条件は七つです」

画面に項目が表示される。

「第一。オルフェン・グラードの身柄を監察局単独管理に置かないこと」

「第二。証言記録の複製を、ルクス側、皇帝府臨時監査班、中央軍再編準備部門、通常軍記録管理部門で分散保全すること」

「第三。オルフェン・グラードの秘密処分を禁じること」

「第四。監察局残党との接触を禁じること」

「第五。PT関連証言を再同期、再分類、人格機能評価の攻撃材料に転用しないこと」

「第六。保護対象およびルクス側保護下にあるPT達の現在位置、状態、詳細反応を開示対象にしないこと」

「第七。追加証言が必要な場合、第三者監査またはルクス側監査記録との照合を通すこと」

黒瀬は、皇帝府側の反応を待った。

数秒の沈黙があった。

リゼルが答える。

『皇帝府臨時監査班として、条件を受領します。受諾可能です』

続いて、レグナートが答えた。

『中央軍再編準備部門も受ける。秘密処分はさせない。監察局にも戻さない』

ジンは、通信の向こうにいる相手を見据えるように前を向いた。

「一つ追加だ」

『何でしょうか』

「オルフェンを英雄にも殉教者にもするな。だが、都合のいい罪人一人に全部を押しつけるな」

リゼルの返答は、少し遅れた。

『……承知しました』

ジンは短く言う。

「なら、引き渡しを認める」


証言記録の照合が始まった。

オルフェンの前に、複数の記録が表示される。

命令層中枢。

再同期基盤。

観測室。

PT反応照合。

対象A自己応答保持。

対象Y命令層切断。

対象I非命令記録。

対象M支援網空白受領。

対象Lおよび対象A共同防壁。

その記録の中で、いくつかの場面は欠落している。

アミィが自分で名乗った瞬間。

ユイが一人で切らなかった瞬間。

イリスが「命令ではない記録」を残した瞬間。

ミオが空白を受け取った瞬間。

レータとアミィが隣で守った瞬間。

監察局の観測ログには、それらが完全には残っていなかった。

黒瀬は問う。

「この欠落について、説明を」

オルフェンは画面を見つめた。

「観測線は存在していました。記録回路も稼働していた。再同期基盤も、反応値を取得しようとしていた」

「では、なぜ残らなかったのですか」

「ルクス側が観測線を遮断したためです」

黒瀬は首を横に振る。

「一部はそうです。ですが、それだけではありません」

オルフェンの視線が黒瀬へ向く。

黒瀬は続けた。

「あなたは、PT達の返事を観測対象として扱った。再同期できるか、命令へ戻せるか、どの条件で自己応答が崩れるか。それだけを記録しようとした」

「当然です。監察局の任務は――」

「だから残らなかった」

黒瀬は遮った。

オルフェンが黙る。

「あなたの記録系統は、命令へ戻すための反応値を拾うように組まれていました。けれど、彼女達の返事は、あなたに残すためのものではなかった」

イリスの声が、一瞬だけ再生される。

――あなたに残すための返事ではありません。

オルフェンの表情がわずかに動いた。

黒瀬は問う。

「認めますか。監察局の観測方式では、自己応答保持の全体を記録できなかったと」

沈黙。

長い沈黙だった。

反省ではない。

悔しさでもない。

だが、逃げ道を探す沈黙だった。

やがて、オルフェンは答えた。

「……監察局の観測形式では、取得できなかった応答が存在します」

三島が記録する。

黒瀬はさらに問う。

「それは監察局の敗北条件でしたか」

オルフェンは薄く笑った。

「敗北、ですか」

「あなたは観測できれば勝ちだった。なら、観測できなかったことは敗北です」

オルフェンは、画面に残る欠落記録を見た。

「そうですね」

彼は静かに言った。

「少なくとも、あの応答は、私の記録には残りませんでした」


皇帝府側では、監察局関連記録の照合が進んでいた。

リゼルは臨時監査室で、次々に流れてくる記録を確認している。

PT達の再同期実験。

通常軍の実験材料化。

観測ログ改竄および欠損。

命令層中枢の隠蔽。

インペリウム起動準備への介入。

PT再分類案の攻撃転用。

量産型PTの記録隠蔽。

どれも、単独であれば言い逃れができたかもしれない。

緊急防衛。

観測任務。

機密保全。

技術的必要性。

監察局は、これまでそうやって自分達の権限を広げてきた。

だが、今は違う。

記録が繋がっている。

ルクス側の監査記録。

通常軍の越権記録。

レオン隊の戦闘ログ。

命令層中枢の残存記録。

オルフェンの証言。

エルマの再分類案がインペリウムのPT反応照合攻撃へ転用された記録。

そして、量産型PTに関する隠蔽記録。

リゼルは、そこで手を止めた。

「I系列配置記録……」

臨時監査官が頷く。

「帝国艦艇、大型軍港、防衛拠点ごとに記録保持個体が配置されていた形跡があります。戦艦一隻につき一体、または主要施設一つにつき一体。運用記録の一部が、監察局側で別管理されています」

「L系列は」

「レータ逃亡後の凍結記録が主です。実働個体は少数、または停止・廃棄扱い。ただし、廃棄確認が取れない記録もあります」

リゼルは眉を寄せた。

「隠していたのか」

「監察局は、量産型PTの現存数を皇帝府へ正確に上げていなかった可能性があります」

リゼルは深く息を吐いた。

アミィやユイ達だけではない。

帝国の各所に、まだ同じ構造の中で扱われている個体がいる。

しかも、I系列は記録を持っている。

命令のために記録していた個体達が、監察局の隠蔽の証拠を抱えている可能性がある。

「量産型PT記録を押収対象に追加する」

リゼルは言った。

「ただし、回収ではない。保護指定だ。所有物として移送するな」

臨時監査官が記録する。

リゼルは続ける。

「I系列記録保持個体は、証拠保全対象。A系列関連個体は最優先保護対象。L系列凍結記録は再調査。Y系列派生記録は封鎖。M、R、S系列は命令層接続状況を確認し、本人反応確認まで再分類禁止」

その言葉は、彼自身にも重かった。

帝国中枢実務官として、彼はこれまで記録と分類で帝国を支えてきた。

だが今、分類だけでは足りないことを理解し始めている。


監察局残存部門は、当然ながら抵抗した。

複数の施設で、記録消去命令が走る。

旧命令層回線を使った自動封鎖。

遠隔記録焼却。

監察局専用退避路の起動。

証拠端末の分離。

リゼルの管制室に警告が走る。

「監察局第三記録庫、消去シーケンス起動」

「第八観測棟、外部接続遮断。内部で記録移送の兆候」

「PT関連補助施設、所有権移管を拒否しています」

リゼルは即座に命令を出す。

「皇帝府臨時監査班を送れ。通常軍立ち会いを要請。監察局単独回線を遮断」

「通常軍側、応答あり。レグナート部門が部隊を出します」

「レオン隊の記録も照合に使う。現場で抵抗があれば、越権記録として保存しろ」

リゼルの声は鋭くなっていた。

かつてなら、監察局の内部処理に皇帝府実務官がここまで踏み込むことは難しかった。

だが今は違う。

皇帝権限の一部制限。

監察局単独権限停止。

帝国再編評議会設置方針。

その正式告知が出た以上、監察局は以前のように「機密」の一言で黙らせることができない。

「監察局第二観測棟より抗議。『機密保持規定に反する』とのことです」

「返信しろ」

リゼルは端末から目を離さずに言った。

「その機密保持規定が、命令層中枢の隠蔽とインペリウム起動介入に使われた。以後、皇帝府臨時監査の承認なく適用を認めない」

管制室が一瞬だけ静まった。

それは、監察局に対する明確な否定だった。


ルクス・ヴァルキュリア拘束区画では、引き渡しの準備が進んでいた。

オルフェンの拘束具はそのまま。

ただし、移送用の管理権限が変更される。

ルクス側拘束管理から、皇帝府臨時監査班および中央軍再編準備部門の共同管理へ。

その移行は、黒瀬の監査記録に残される。

ジンも拘束区画に来ていた。

オルフェンは二人を見て、静かに言った。

「私を帝国へ戻すのですね」

ジンは答える。

「お前を連れて帰る理由がない」

「それは残念です」

「勘違いするな。逃がすわけでも、監察局に返すわけでもない」

ジンは、オルフェンを正面から見た。

「帝国が責任を取るために、お前を帝国へ戻す」

オルフェンは微笑んだ。

「私一人を差し出せば、監察局の問題は片付くと?」

「片付かない」

ジンは即答した。

「だから記録を残した。お前一人に全部を押しつける気もない。だが、お前が証言する必要はある」

黒瀬が続ける。

「あなたは観測者ではなくなりました。これからは、証言者として扱われます」

「証言者」

オルフェンはまた、その言葉を味わうように繰り返した。

「ずいぶんと不自由な立場です」

「自由に観測してきた結果です」

黒瀬は静かに返した。

その時、通信が入る。

『皇帝府臨時監査班、移送艇到着。中央軍再編準備部門、通常軍記録管理部門、共同立会いを確認』

三島が端末を確認する。

「監察局所属者の同乗なし。移送艇は通常軍管理です」

ジンは頷く。

「通せ」


移送区画に、帝国側の小型艇が接舷した。

武装は最低限。

機体識別は皇帝府臨時監査班。

護衛は通常軍。

監察局の紋章はない。

接舷通路の前に、黒瀬、ジン、三島が立つ。

向こう側から現れたのは、皇帝府臨時監査班の代表と、中央軍再編準備部門の士官だった。

その背後には、通常軍記録管理部門の担当官がいる。

彼らは緊張していた。

当然だった。

ここはまだルクス・ヴァルキュリアの内部。

敵艦と言っていい場所だ。

ジンは短く言う。

「条件は確認済みだな」

皇帝府臨時監査官が頷いた。

「はい。監察局単独管理の禁止。証言記録の分散保全。秘密処分禁止。監察局残党との接触禁止。PT関連証言の攻撃転用禁止。保護対象情報の非開示。追加証言時の第三者監査。すべて受領しています」

黒瀬が端末を差し出す。

「証言記録の複製です。技術再現に繋がる部分は含まれていません。改竄防止符号を付けています」

「確認します」

通常軍記録管理官が受け取る。

中央軍士官がジンへ向き直った。

「レグナート・ヴァルハイム閣下より伝言です。『身柄は受け取る。監察局へは戻さない。中央軍も責任を逃れない』と」

ジンは短く息を吐いた。

「そう伝えておけ。逃げたら、記録を全部出す」

中央軍士官は一瞬だけ表情を固くし、それから頷いた。

「承知しました」


オルフェンが接舷通路へ連れてこられる。

拘束されたまま、それでも歩き方は乱れない。

彼は最後に、黒瀬の前で立ち止まった。

「一つ、聞いても?」

黒瀬は答えない。

だが、止めもしなかった。

オルフェンは言う。

「あなた方は、私の記録を否定した。ですが、証言としては使う。矛盾していませんか」

黒瀬はしばらく彼を見た。

そして答える。

「記録は、使い方を間違えれば命令になります」

オルフェンの目が細くなる。

「では、証言は?」

「責任を逃がさないためのものです」

黒瀬は端末を閉じた。

「あなたの観測記録は、PT達を命令へ戻すためのものでした。ですが、あなたの証言は、帝国が同じことを繰り返さないために使われます」

オルフェンは小さく笑った。

「私の言葉が、監察局を壊す材料になるわけですか」

「監察局を壊すのは、あなたの言葉だけではありません。あなた達が残した行為です」

黒瀬は、一歩も引かなかった。

「これは観測記録ではありません。証言です」

その言葉に、オルフェンは初めて黙った。

彼はもう、観測室にはいない。

記録装置の前に座って、他者の反応を測る側ではない。

記録される側。

証言を求められる側。

責任の中に戻される側だった。

オルフェン・グラードは、帝国側の移送班に引き渡された。


その直後、皇帝府から正式命令が発令された。

監察局単独作戦権の停止。

監察局主要施設の封鎖。

命令層関連記録の押収。

PT関連施設の皇帝府臨時監査下への移行。

量産型PT記録の保護指定。

監察局観測部門、再同期部門、PT分類部門の活動停止。

関連部門の一部を通常軍・行政監査下へ移管。

監察局の完全消滅ではない。

だが、かつてのように帝国の影で命令層を扱い、PT達を観測し、通常軍を材料にする権限は失われた。

リゼルは皇帝府管制室で、その命令が帝国本国圏へ送信されていくのを見ていた。

監察局施設のいくつかは沈黙した。

いくつかは抵抗した。

いくつかは記録を閉ざそうとした。

だが、今回は監察局だけの内部処理では終わらない。

皇帝府臨時監査班が動く。

通常軍が立ち会う。

中央軍再編準備部門が記録を押収する。

そして、ルクス側にも証言記録の複製が残っている。

リゼルは、画面に表示された命令文を見つめた。

――監察局解体命令、発令。

それは帝国の秩序を壊す命令ではなかった。

命令で隠されてきたものを、これ以上隠させないための命令だった。


ルクス・ヴァルキュリア艦橋では、オルフェン移送完了の報告が上がった。

「移送艇、離脱。皇帝府臨時監査班回線、接続維持。通常軍護衛付きです」

ジンは頷いた。

「監視は続けろ。撃つな。だが、記録を途切れさせるな」

「了解」

黒瀬は、監査記録に最後の項目を入力した。

オルフェン・グラード身柄移送。

移送先、皇帝府臨時監査班、中央軍再編準備部門、通常軍記録管理部門共同管理。

監察局単独管理禁止。

証言記録複製保全済み。

秘密処分禁止条件付き。

黒瀬は入力を終えると、少しだけ目を閉じた。

観測者は、証言者になった。

監察局は、解体へ向かう。

だが、これで終わりではない。

量産型PTの記録。

各地の施設。

隠された命令層接続。

再分類を望む者達。

旧監察局系の残党。

まだ、処理すべきものは残っている。

それでも、一つの線は引かれた。

「監査記録、保存」

黒瀬は静かに告げた。

艦橋の前方投影には、ネメシア本国圏が映っている。

その上に、皇帝府から発令された新たな表示が重なった。

――監察局解体命令、発令。

命令で他者の返事を奪ってきた組織が、今度は命令によって、その権限を奪われていく。

それは終戦ではない。

だが、帝国が責任を取り始めた最初の形だった。

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