表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
383/412

第381話 切断と空白

 ノクス・レクイエムが段階起動した。

 黒い光は、戦場全体を覆うほど大きくはない。

 だが、その刃は深い。

 インペリウムがネメシア本国圏へ伸ばした命令層再接続波。

 旧命令層残滓を通し、通常軍手動指揮系統、ルクス側支援網、保護記録、カルディア・ベイ自動防衛機構、本国防衛砲台群へ入り込もうとする線。

 それを、ユイは一つずつ見ていた。

 切るべき線。

 残すべき線。

 渡すべき線。

 リクトが解析した座標が、ノクスの視界に重なる。

 赤い線は切断対象。

 青い線は保護線。

 白い線は切断後に受け渡す領域。

 以前のユイなら、全てを自分で持とうとしたかもしれない。

 切れるから。

 自分にしかできないから。

 そう思って、一人で抱え込んでいたかもしれない。

 だが、今は違う。

 ミオが受け取る。

 レオンが受け取る。

 リゼルが手動承認へ戻す。

 ジンがルクス側の指揮範囲を限定する。

 イリスが保護記録を守る。

 カナデが声を見ている。

 カイトが前で道を作っている。

 ユイは、静かに息を吸った。

「切ります」

 ノクス・レクイエムの刃が、命令層再接続波へ届いた。


 最初に切ったのは、通常軍手動指揮系統へ入り込む命令復旧線だった。

 インペリウムは、レオン隊の通常軍回線を命令層補助認証へ戻そうとしていた。

 通常軍を、自律判断する部隊ではなく、統合防衛網の部品として扱うために。

 ユイは、その線だけを捉える。

 レオン隊の手動指揮を支える最低限の認証線には触れない。

 命令へ戻そうとする線だけを切る。

「第一切断」

 ユイの声と同時に、黒い光が走った。

 通常軍回線を包んでいた赤い命令線が裂ける。

 その瞬間、空白が生まれた。

 命令層が奪おうとしていた領域。

 そこに、インペリウムは即座に再接続波を流し込もうとする。

 だが、レオンが待っていた。


 レグナリア防衛線。

 エリシオンの防壁が揺れる。

 クラウスが叫ぶ。

『閣下、通常軍回線に空白発生! インペリウムが再接続を試みています!』

「来ると思っていた」

 レオン・グレイスナーは、全通常軍回線を開いた。

「外縁方面軍第七機動戦隊、手動指揮回線を拡張。レグナリア残存部隊、中央軍補助回線を受け入れろ。インペリウム管制は拒否しろ」

 リュカのヘルメス隊が、空白へ誘導信号を撒く。

『こっちです! 命令線じゃなくて、手動回線を追ってください! 黒い方に戻ったらまた飲まれますよ!』

 通常軍の一部が揺れる。

 命令に戻れば楽だ。

 判断しなくて済む。

 統合防衛網に従えば、迷わなくて済む。

 だが、レオンの声が重なる。

「通常軍は、こちらで持つ。命令に戻るな」

 クラウスが記録し、リュカが中継し、エリシオンが防壁で再接続波を遮る。

 中央軍司令部から、レグナート・ヴァルハイム名義の補助承認も重なる。

 通常軍の空白は、命令に戻らなかった。

 レオン達が、受け取った。


 次に、ユイはルクス側支援網へ伸びる再接続線を見た。

 インペリウムは、ミオの《ルナ・ドール・リンク》を広域管制個体の機能として再分類し、命令層補助管制へ戻そうとしていた。

 支援網を奪えば、退避路も、撃たない領域も、帰る場所も、インペリウムの管制に組み込める。

 ユイは、その線を切る。

 だが、ミオの支援網そのものは切らない。

 退避路を守る線。

 民間区画側を守る防壁。

 ルクスの味方機を戻す保護線。

 それらを避けて、命令へ戻そうとする再接続線だけを裂く。

「第二切断」

 黒い光が、支援網の端を走った。

 ルクス側支援網の一部に空白が生まれる。

 そこへ、インペリウムが再接続波を流し込む。

 だが、ミオは先に器を置いていた。


 ミオの管制席で、警告が一斉に鳴った。

「来た……!」

 《ルナ・ドール・リンク》の支援網に、命令層再接続波が押し寄せる。

 切断された瞬間に生まれた空白へ、インペリウムが自分の命令を流し込もうとしている。

 だが、そこにはすでに支援網の受け皿があった。

 バリスタは砲台暴発抑制へ。

 ファランクスは退避路と民間区画側の防御壁へ。

 リーフガードは味方機の帰還線と通常軍手動回線の保護へ。

 ミオは歯を食いしばりながら、支援網を固定する。

「ここは命令に渡さない」

 彼女の指が震える。

 それでも、支援網は崩れない。

 レガロンの声が通信に入る。

『広げすぎるな。受け取る場所だけを支えろ』

「分かってる」

 ミオは息を吸い、支援網の出力を整えた。

「受け取った」

 その言葉は、ユイへ届く。

「今度も、一人にしない」

 ルクス側支援網の空白は、インペリウムに奪われなかった。

 ミオが、帰る場所として支えた。


 第三の切断は、防衛砲台群の統合照準だった。

 インペリウムは、本国防衛砲台を再び一つの照準へ束ねようとしている。

 もし成功すれば、民間区画や退避路を無視した集中砲撃が可能になる。

 だが、防衛砲台そのものを壊せば、ネメシア本国圏の防衛機能が崩れる。

 ユイは、砲台を動かしている認証線ではなく、命令復旧へ使われている統合照準線だけを切った。

「第三切断」

 照準網が裂ける。

 防衛砲台群が一瞬沈黙する。

 統合管制を失った砲台群に、空白が生まれる。

 それを受け取るのは、ルクスではない。

 リゼルだった。


 帝国本国中枢、防衛管制室。

 リゼル・オルブライトは、空白が発生した瞬間に手動承認を叩き込んだ。

「第三砲台群、有人承認へ戻せ。統合照準ではなく、射線制限付き個別防衛へ移行」

「第四砲台群、民間区画側射線を固定。退避路上の照準を禁止」

「無人艦隊の盾列命令を破棄。管制不能艦は停止軌道へ落とせ」

 技術官達が慌ただしく応じる。

「インペリウムが再接続を試みています!」

「手動承認を上書きしろ。皇帝府停止命令、通常軍手動指揮、退避路保護規定を重ねて認証する」

「防衛効率が落ちます!」

「落として構わない!」

 リゼルの声が防衛管制室に響いた。

「効率で民間区画を撃つな。防衛網は命令の速度だけで動かすものではない」

 インペリウムの再接続波が、砲台群へ戻ろうとする。

 リゼルは、そのたびに手動承認を差し込む。

 砲台群は完全停止しない。

 だが、インペリウムの統合照準にも戻らない。

 ネメシア防衛網の一部が、命令から手動承認へ移った。

 リゼルは端末から目を離さず、低く言った。

「こちらで持つ。お前には渡さない」


 第四の切断は、カルディア・ベイ自動防衛機構だった。

 補修機械群。

 装甲搬出艇。

 制御ドローン。

 自動建造ブロック。

 それらは、本来なら帝国本国圏を支えるための設備だった。

 だが、インペリウムはそれを防衛網の盾として使おうとしている。

 ユイは、強制搬出と戦闘管制へ繋がる命令復旧線を切った。

 同時に、カルディア・ベイの最低限の安全停止線は残す。

 完全停止させれば、建造区画の重機や補修装置が事故を起こす。

 切るのは、戦闘線へ押し出す命令だけ。

「第四切断」

 黒い光が走り、カルディア・ベイから伸びる再接続線が裂ける。

 自動防衛機構が一瞬空白になる。

 その空白へ、ミオの支援網とリゼルの手動停止命令が同時に入る。

 補修機械群が停止する。

 装甲搬出艇が戦闘線へ出る前に軌道を落とす。

 制御ドローンが建造区画内へ戻る。

 カルディア・ベイは、インペリウムの盾にならずに済んだ。


 第五の切断は、PT反応照合波の空白だった。

 セレス・バスティオンが押し返した照合波の残滓に、インペリウムは再接続を流し込もうとしている。

 分類された反応を、命令復旧へ使うために。

 対象Y。

 対象A。

 対象M。

 対象I。

 判断保留型戦闘個体群。

 それらの分類を、再接続波の足場にしようとしている。

 ユイは、そこに最も慎重に触れた。

 PT達の反応そのものは切らない。

 名前を持つ声は切らない。

 保護記録は切らない。

 切るのは、分類結果を命令復旧へ変換しようとする線だけ。

「第五切断」

 ノクス・レクイエムの刃が、細く深く入る。

 分類から命令へ変換しようとする線が裂ける。

 その瞬間、ユイの中に強い反動が返った。

「っ……!」

 操縦席が揺れる。

 ノクスの黒い光が一瞬強くなる。

 もっと切れる。

 全部切れる。

 命令層再接続波だけでなく、インペリウムの奥まで。

 そんな感覚が、ユイの中に伸びる。

 だが、すぐにカナデの声が届いた。

『ユイさん、深く入りすぎています。戻ってください』

 黒瀬の声も重なる。

『切断範囲逸脱警告。指定線から外れないでください』

 カイトの声が、前線から入る。

『ユイ、戻れ。そこは一人で持つ場所じゃない』

 ユイは、息を吸った。

 手を止める。

 ノクスの刃を、指定線へ戻す。

「……戻ります」

 その声に、ミオが答える。

『受け取るよ』

 レータも続く。

『PT側の反動はこっちで受ける』

 アミィの声が重なる。

『私は、ここにいます』

 イリスが言う。

『記録は守っています』

 ユイは、深く入り込もうとする感覚を振り切った。

 切った後の空白は、もう一人で持たなくていい。

 それを、体で思い出す。


 インペリウムは、切断された空白へ再接続波を流し込もうとした。

 通常軍回線の空白へ。

 ルクス側支援網の空白へ。

 防衛砲台制御の空白へ。

 無人艦隊管制の空白へ。

 カルディア・ベイ自動防衛機構の空白へ。

 PT反応照合波の空白へ。

 だが、その空白には、すでに別のものがあった。

 通常軍回線には、レオンがいた。

 支援網には、ミオがいた。

 防衛砲台とカルディア・ベイには、リゼルの手動承認が入っていた。

 ルクス側の指揮範囲は、ジンが限定していた。

 保護記録は、イリスが封鎖していた。

 PT反応は、レータとアミィが防壁で守っていた。

 インペリウムの再接続波は、入り込む場所を失った。

『命令層再接続、失敗』

『通常軍指揮回線、手動維持』

『支援網、非命令系統として保持』

『防衛砲台群、手動承認へ移行』

『カルディア・ベイ自動防衛機構、安全停止』

『PT反応照合、命令復旧変換失敗』

 戦場に走っていた赤い命令線が、一斉に薄くなる。

 完全に消えたわけではない。

 インペリウムはまだ動いている。

 認証防壁も残っている。

 だが、ネメシア本国圏をまとめて命令へ戻す再接続波は、一時的に断たれた。


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋。

 リンが声を上げる。

「命令層再接続波、減衰! 主要線、切断成功!」

 黒瀬が監査記録を確認する。

「切断範囲、条件内。本人反応不明対象への使用なし。保護記録原本への影響なし。主砲級火力連動なし。外部停止役、機能確認」

 三島が息を吐く。

「通常軍回線、レオン隊が維持。防衛砲台群、リゼル実務官の手動承認へ移行。ルクス側支援網、ミオさんが保持しています」

 ジンはゆっくり頷いた。

「よし。命令へ戻す線は切った。次は、本体だ」

 ノクス・レクイエムの操縦席で、ユイは肩で息をしていた。

 消耗は大きい。

 だが、一人で抱え込んだ時の重さではなかった。

 切った後に、空白が残らなかったから。

 誰かが受け取ってくれたから。

 通信に、ミオの声が入る。

『受け取った』

 その声は疲れていた。

 けれど、確かだった。

『今度も、一人にしない』

 ユイは小さく頷いた。

「はい」

 レグナリア防衛線では、レオンが通常軍回線へ告げていた。

『通常軍は、こちらで持つ。命令に戻るな』

 リゼルは防衛管制室で、砲台群の手動承認を維持している。

 ジンはルクスの指揮範囲を限定し、帝国防衛網を奪わない。

 それぞれが、それぞれの場所で空白を受け取った。

 インペリウムの命令層再接続波は、一時的に断たれた。

 だが、黒金の巨体はまだ沈黙していない。

 命令で繋げないなら、次は力で押し潰す。

 そう告げるように、インペリウムの中枢砲撃機構が展開を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ