第381話 切断と空白
ノクス・レクイエムが段階起動した。
黒い光は、戦場全体を覆うほど大きくはない。
だが、その刃は深い。
インペリウムがネメシア本国圏へ伸ばした命令層再接続波。
旧命令層残滓を通し、通常軍手動指揮系統、ルクス側支援網、保護記録、カルディア・ベイ自動防衛機構、本国防衛砲台群へ入り込もうとする線。
それを、ユイは一つずつ見ていた。
切るべき線。
残すべき線。
渡すべき線。
リクトが解析した座標が、ノクスの視界に重なる。
赤い線は切断対象。
青い線は保護線。
白い線は切断後に受け渡す領域。
以前のユイなら、全てを自分で持とうとしたかもしれない。
切れるから。
自分にしかできないから。
そう思って、一人で抱え込んでいたかもしれない。
だが、今は違う。
ミオが受け取る。
レオンが受け取る。
リゼルが手動承認へ戻す。
ジンがルクス側の指揮範囲を限定する。
イリスが保護記録を守る。
カナデが声を見ている。
カイトが前で道を作っている。
ユイは、静かに息を吸った。
「切ります」
ノクス・レクイエムの刃が、命令層再接続波へ届いた。
最初に切ったのは、通常軍手動指揮系統へ入り込む命令復旧線だった。
インペリウムは、レオン隊の通常軍回線を命令層補助認証へ戻そうとしていた。
通常軍を、自律判断する部隊ではなく、統合防衛網の部品として扱うために。
ユイは、その線だけを捉える。
レオン隊の手動指揮を支える最低限の認証線には触れない。
命令へ戻そうとする線だけを切る。
「第一切断」
ユイの声と同時に、黒い光が走った。
通常軍回線を包んでいた赤い命令線が裂ける。
その瞬間、空白が生まれた。
命令層が奪おうとしていた領域。
そこに、インペリウムは即座に再接続波を流し込もうとする。
だが、レオンが待っていた。
レグナリア防衛線。
エリシオンの防壁が揺れる。
クラウスが叫ぶ。
『閣下、通常軍回線に空白発生! インペリウムが再接続を試みています!』
「来ると思っていた」
レオン・グレイスナーは、全通常軍回線を開いた。
「外縁方面軍第七機動戦隊、手動指揮回線を拡張。レグナリア残存部隊、中央軍補助回線を受け入れろ。インペリウム管制は拒否しろ」
リュカのヘルメス隊が、空白へ誘導信号を撒く。
『こっちです! 命令線じゃなくて、手動回線を追ってください! 黒い方に戻ったらまた飲まれますよ!』
通常軍の一部が揺れる。
命令に戻れば楽だ。
判断しなくて済む。
統合防衛網に従えば、迷わなくて済む。
だが、レオンの声が重なる。
「通常軍は、こちらで持つ。命令に戻るな」
クラウスが記録し、リュカが中継し、エリシオンが防壁で再接続波を遮る。
中央軍司令部から、レグナート・ヴァルハイム名義の補助承認も重なる。
通常軍の空白は、命令に戻らなかった。
レオン達が、受け取った。
次に、ユイはルクス側支援網へ伸びる再接続線を見た。
インペリウムは、ミオの《ルナ・ドール・リンク》を広域管制個体の機能として再分類し、命令層補助管制へ戻そうとしていた。
支援網を奪えば、退避路も、撃たない領域も、帰る場所も、インペリウムの管制に組み込める。
ユイは、その線を切る。
だが、ミオの支援網そのものは切らない。
退避路を守る線。
民間区画側を守る防壁。
ルクスの味方機を戻す保護線。
それらを避けて、命令へ戻そうとする再接続線だけを裂く。
「第二切断」
黒い光が、支援網の端を走った。
ルクス側支援網の一部に空白が生まれる。
そこへ、インペリウムが再接続波を流し込む。
だが、ミオは先に器を置いていた。
ミオの管制席で、警告が一斉に鳴った。
「来た……!」
《ルナ・ドール・リンク》の支援網に、命令層再接続波が押し寄せる。
切断された瞬間に生まれた空白へ、インペリウムが自分の命令を流し込もうとしている。
だが、そこにはすでに支援網の受け皿があった。
バリスタは砲台暴発抑制へ。
ファランクスは退避路と民間区画側の防御壁へ。
リーフガードは味方機の帰還線と通常軍手動回線の保護へ。
ミオは歯を食いしばりながら、支援網を固定する。
「ここは命令に渡さない」
彼女の指が震える。
それでも、支援網は崩れない。
レガロンの声が通信に入る。
『広げすぎるな。受け取る場所だけを支えろ』
「分かってる」
ミオは息を吸い、支援網の出力を整えた。
「受け取った」
その言葉は、ユイへ届く。
「今度も、一人にしない」
ルクス側支援網の空白は、インペリウムに奪われなかった。
ミオが、帰る場所として支えた。
第三の切断は、防衛砲台群の統合照準だった。
インペリウムは、本国防衛砲台を再び一つの照準へ束ねようとしている。
もし成功すれば、民間区画や退避路を無視した集中砲撃が可能になる。
だが、防衛砲台そのものを壊せば、ネメシア本国圏の防衛機能が崩れる。
ユイは、砲台を動かしている認証線ではなく、命令復旧へ使われている統合照準線だけを切った。
「第三切断」
照準網が裂ける。
防衛砲台群が一瞬沈黙する。
統合管制を失った砲台群に、空白が生まれる。
それを受け取るのは、ルクスではない。
リゼルだった。
帝国本国中枢、防衛管制室。
リゼル・オルブライトは、空白が発生した瞬間に手動承認を叩き込んだ。
「第三砲台群、有人承認へ戻せ。統合照準ではなく、射線制限付き個別防衛へ移行」
「第四砲台群、民間区画側射線を固定。退避路上の照準を禁止」
「無人艦隊の盾列命令を破棄。管制不能艦は停止軌道へ落とせ」
技術官達が慌ただしく応じる。
「インペリウムが再接続を試みています!」
「手動承認を上書きしろ。皇帝府停止命令、通常軍手動指揮、退避路保護規定を重ねて認証する」
「防衛効率が落ちます!」
「落として構わない!」
リゼルの声が防衛管制室に響いた。
「効率で民間区画を撃つな。防衛網は命令の速度だけで動かすものではない」
インペリウムの再接続波が、砲台群へ戻ろうとする。
リゼルは、そのたびに手動承認を差し込む。
砲台群は完全停止しない。
だが、インペリウムの統合照準にも戻らない。
ネメシア防衛網の一部が、命令から手動承認へ移った。
リゼルは端末から目を離さず、低く言った。
「こちらで持つ。お前には渡さない」
第四の切断は、カルディア・ベイ自動防衛機構だった。
補修機械群。
装甲搬出艇。
制御ドローン。
自動建造ブロック。
それらは、本来なら帝国本国圏を支えるための設備だった。
だが、インペリウムはそれを防衛網の盾として使おうとしている。
ユイは、強制搬出と戦闘管制へ繋がる命令復旧線を切った。
同時に、カルディア・ベイの最低限の安全停止線は残す。
完全停止させれば、建造区画の重機や補修装置が事故を起こす。
切るのは、戦闘線へ押し出す命令だけ。
「第四切断」
黒い光が走り、カルディア・ベイから伸びる再接続線が裂ける。
自動防衛機構が一瞬空白になる。
その空白へ、ミオの支援網とリゼルの手動停止命令が同時に入る。
補修機械群が停止する。
装甲搬出艇が戦闘線へ出る前に軌道を落とす。
制御ドローンが建造区画内へ戻る。
カルディア・ベイは、インペリウムの盾にならずに済んだ。
第五の切断は、PT反応照合波の空白だった。
セレス・バスティオンが押し返した照合波の残滓に、インペリウムは再接続を流し込もうとしている。
分類された反応を、命令復旧へ使うために。
対象Y。
対象A。
対象M。
対象I。
判断保留型戦闘個体群。
それらの分類を、再接続波の足場にしようとしている。
ユイは、そこに最も慎重に触れた。
PT達の反応そのものは切らない。
名前を持つ声は切らない。
保護記録は切らない。
切るのは、分類結果を命令復旧へ変換しようとする線だけ。
「第五切断」
ノクス・レクイエムの刃が、細く深く入る。
分類から命令へ変換しようとする線が裂ける。
その瞬間、ユイの中に強い反動が返った。
「っ……!」
操縦席が揺れる。
ノクスの黒い光が一瞬強くなる。
もっと切れる。
全部切れる。
命令層再接続波だけでなく、インペリウムの奥まで。
そんな感覚が、ユイの中に伸びる。
だが、すぐにカナデの声が届いた。
『ユイさん、深く入りすぎています。戻ってください』
黒瀬の声も重なる。
『切断範囲逸脱警告。指定線から外れないでください』
カイトの声が、前線から入る。
『ユイ、戻れ。そこは一人で持つ場所じゃない』
ユイは、息を吸った。
手を止める。
ノクスの刃を、指定線へ戻す。
「……戻ります」
その声に、ミオが答える。
『受け取るよ』
レータも続く。
『PT側の反動はこっちで受ける』
アミィの声が重なる。
『私は、ここにいます』
イリスが言う。
『記録は守っています』
ユイは、深く入り込もうとする感覚を振り切った。
切った後の空白は、もう一人で持たなくていい。
それを、体で思い出す。
インペリウムは、切断された空白へ再接続波を流し込もうとした。
通常軍回線の空白へ。
ルクス側支援網の空白へ。
防衛砲台制御の空白へ。
無人艦隊管制の空白へ。
カルディア・ベイ自動防衛機構の空白へ。
PT反応照合波の空白へ。
だが、その空白には、すでに別のものがあった。
通常軍回線には、レオンがいた。
支援網には、ミオがいた。
防衛砲台とカルディア・ベイには、リゼルの手動承認が入っていた。
ルクス側の指揮範囲は、ジンが限定していた。
保護記録は、イリスが封鎖していた。
PT反応は、レータとアミィが防壁で守っていた。
インペリウムの再接続波は、入り込む場所を失った。
『命令層再接続、失敗』
『通常軍指揮回線、手動維持』
『支援網、非命令系統として保持』
『防衛砲台群、手動承認へ移行』
『カルディア・ベイ自動防衛機構、安全停止』
『PT反応照合、命令復旧変換失敗』
戦場に走っていた赤い命令線が、一斉に薄くなる。
完全に消えたわけではない。
インペリウムはまだ動いている。
認証防壁も残っている。
だが、ネメシア本国圏をまとめて命令へ戻す再接続波は、一時的に断たれた。
ルクス・ヴァルキュリア艦橋。
リンが声を上げる。
「命令層再接続波、減衰! 主要線、切断成功!」
黒瀬が監査記録を確認する。
「切断範囲、条件内。本人反応不明対象への使用なし。保護記録原本への影響なし。主砲級火力連動なし。外部停止役、機能確認」
三島が息を吐く。
「通常軍回線、レオン隊が維持。防衛砲台群、リゼル実務官の手動承認へ移行。ルクス側支援網、ミオさんが保持しています」
ジンはゆっくり頷いた。
「よし。命令へ戻す線は切った。次は、本体だ」
ノクス・レクイエムの操縦席で、ユイは肩で息をしていた。
消耗は大きい。
だが、一人で抱え込んだ時の重さではなかった。
切った後に、空白が残らなかったから。
誰かが受け取ってくれたから。
通信に、ミオの声が入る。
『受け取った』
その声は疲れていた。
けれど、確かだった。
『今度も、一人にしない』
ユイは小さく頷いた。
「はい」
レグナリア防衛線では、レオンが通常軍回線へ告げていた。
『通常軍は、こちらで持つ。命令に戻るな』
リゼルは防衛管制室で、砲台群の手動承認を維持している。
ジンはルクスの指揮範囲を限定し、帝国防衛網を奪わない。
それぞれが、それぞれの場所で空白を受け取った。
インペリウムの命令層再接続波は、一時的に断たれた。
だが、黒金の巨体はまだ沈黙していない。
命令で繋げないなら、次は力で押し潰す。
そう告げるように、インペリウムの中枢砲撃機構が展開を始めた。




