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第382話 中枢砲撃

 命令層再接続波は、一時的に断たれた。

 ユイが切り、ミオが受け取り、レオンが通常軍を持ち、リゼルが防衛網を手動承認へ戻した。

 インペリウムは、ネメシア本国圏全体を再び命令で繋ぐことに失敗した。

 だが、黒金の巨体は止まらない。

 命令で繋げないなら、力で押し潰す。

 そう告げるように、インペリウムの胸部と肩部に重い光が灯った。

『中枢砲撃機構、展開』

『空間固定フィールド、再配置』

『無人艦隊、盾列形成』

『本国防衛砲台群、一点集中照準』

『中央GD部隊、強制突撃』

 次に来たのは、分類でも照合でもない。

 純粋な戦闘だった。


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋。

 警告音が一斉に鳴った。

「インペリウム胸部、砲撃反応!」

「肩部にも高出力収束。砲撃軌道、ルクス正面!」

「本国防衛砲台群、一点集中照準。リゼル実務官側の手動制限を一部突破しています!」

「無人艦隊、盾列形成。中央GD部隊、強制突撃態勢!」

 リンの報告が重なる。

 ジンは、表示された砲撃予測線を見た。

 インペリウムの中枢砲撃は、ルクス・ヴァルキュリアを狙っている。

 だが、単純な直撃狙いではない。

 空間固定フィールドで機動範囲を狭め、無人艦隊を盾にして進路を塞ぎ、防衛砲台の一点集中で回避方向を封じる。

 ルクスが主砲を撃てば、無人艦盾列ごと消し飛ばせるかもしれない。

 インペリウム本体にも、多少のダメージは入るだろう。

 だが、その射線の奥には、ネメシア中枢地下がある。

 地上側には民間区画もある。

 カルディア・ベイの建造区画も、レグナリアの退避中艦艇も、まだ完全には安全圏へ出ていない。

「主砲は使わない」

 ジンは言った。

 艦橋に一瞬、沈黙が落ちる。

 リンが振り向く。

「艦長、敵砲撃出力は――」

「分かっている」

 ジンは視線を逸らさない。

「だが、ここで主砲を撃てば、インペリウムではなくネメシア本国圏を壊す。俺達はそのために来たんじゃない」

 黒瀬が監査卓で即座に補足する。

「主砲級火力、監査不承認。中枢地下、民間区画、退避路、通常軍残存部隊への被害範囲を限定できません」

「副砲、限定砲撃のみ許可」

 ジンが命じる。

「狙うのは、盾列の管制部、固定フィールド発生端、本国防衛砲台の照準補助ノード。インペリウム本体への広域砲撃は禁止。機動部隊で道を作る」

「了解」

 艦橋の全員が動き出す。

 ルクス・ヴァルキュリアは、火力で押し返さない。

 首都を壊さず、敵の砲撃をかわし、盾を崩し、道だけを作る。

 それは、巨大艦にとって最も面倒な戦いだった。


 インペリウムの胸部が開く。

 黒金の装甲の奥に、赤黒い砲口が現れた。

 中枢砲撃。

 帝国本国中枢を守るために用意されたはずの火力が、ルクスへ向く。

 同時に、周囲の空間が歪んだ。

 空間固定フィールドが、ルクスと前衛機の進路を縫うように展開される。

 見えない壁が、回避方向を削っていく。

 そこへ無人艦隊が盾列を組む。

 撃てば破片が広がる。

 避ければ砲撃線に追い込まれる。

 止まれば固定フィールドに捕まる。

 カイトは、アルタイル・ノヴァ・ブレイスの操縦席で、それを見ていた。

「正面、来るか」

 カイトは機体を前へ出す。

 ジンの通信が入る。

『カイト、正面で砲撃を引きつけろ。ただし受けるな』

「分かっています」

『ミオが安全域を作る。カイルが無人艦盾列を崩す。その間、お前が動き続けろ』

「了解」

 アルタイルが加速する。

 インペリウムの砲口が、カイトを捉えるようにわずかに動く。

 狙いがルクス本体から前衛へずれる。

 それだけで、艦橋の砲撃予測線が変化した。

 カイトは息を吸う。

 倒すためではない。

 守るために、撃たせる。

 自分へ。

 そして、当たらない場所へ。


 ミオは管制席で、空間固定フィールドの展開を見ていた。

 固定フィールドは、壁のように立っているわけではない。

 戦場のあちこちに、薄い拘束面として生まれては消える。

 そこに触れれば、機体の動きが一瞬止まる。

 前衛機にとっては致命的だった。

「これ、全部は避けられない……」

 ミオの声に、レガロンが答える。

『全部を消そうとするな。安全に通れる場所を作れ』

「安全域を作る」

『そうだ。カイトが動くための空間、カイルが無人艦へ入る角度、レオン隊が通常軍を逃がす進路。そこだけを優先しろ』

「分かった」

 ミオは《ルナ・ドール・リンク》を調整した。

 ファランクスを前面に広げるのではなく、固定フィールドの隙間へ防御支点を置く。

 リーフガードで、味方機の進路に警告線を重ねる。

 バリスタは、固定フィールド発生端の補助ノードだけを狙う。

「カイトさん、左前方二百、三秒後に固定フィールドが閉じます。右下へ抜けてください」

『了解』

「カイルさん、無人艦盾列の外側、今なら入れます。でも、奥まで行きすぎないで」

『注文が多いな』

「壊しすぎないでって意味です」

『分かってる』

 ミオは、息を詰めながら支援網を維持する。

 撃つためではなく、動ける場所を残すために。

 戦場に、細い安全域が生まれた。


 レイヴン・ハウルが無人艦盾列の外側へ滑り込む。

 カイルは、正面の盾列を見て笑った。

「面倒な並べ方しやがって」

 無人艦は、インペリウムの砲撃線を守るように配置されている。

 通常なら、まとめて吹き飛ばせばいい。

 だが、今それをすれば、破片が退避路へ流れる。

 通常軍の手動回線を維持している艦隊にも当たる。

 だから、狙うのは艦そのものではない。

 連結管制ノード。

 姿勢制御部。

 盾列を維持している外部リンク。

「レイヴン側、無人艦の腹は撃つな。盾列の関節を外す」

 部下が応じる。

『了解。関節を外す、ですね』

「そうだ。壊すんじゃない。崩す」

 カイルはレイヴン・ハウルを加速させた。

 無人艦の間を抜け、外部リンクだけを撃ち抜く。

 一隻が爆発せずに姿勢を崩す。

 隣の艦との連結が外れ、盾列の形が歪む。

 そこへ、別のレイヴン隊が姿勢制御部を撃つ。

 無人艦は、破片を撒き散らさず、ゆっくりと進路を外れる。

 インペリウムの砲撃線が、一瞬だけ露出した。

「ジン!」

 カイルが通信を開く。

「盾の一枚、外したぞ。撃つなら限定で撃て」

『了解した。副砲、限定照射。砲撃線の補助ノードだけを焼く』

 ルクスの副砲が細く走る。

 無人艦ではなく、インペリウムの中枢砲撃を補助する外部照準ノードを撃つ。

 砲撃線がわずかに乱れた。

 カイルは機体を反転させながら、苦笑する。

「派手に壊すのは得意なんだがな。今回は、面倒な壊し方をしてやる」


 レグナリア側では、レオンが通常軍部隊を退避させていた。

 インペリウムは中央GD部隊を強制突撃させ、通常軍艦隊の一部を盾列の後方へ押し戻そうとしている。

 命令層再接続波は断たれた。

 だが、物理的な圧力は残っていた。

 クラウスが報告する。

『閣下、第五艦隊が砲撃線上に押し出されています。インペリウム側の誘導ビーコンが残っています』

「リュカ」

『はい! もう向かってます!』

 ヘルメス隊が高速で横切る。

 誘導ビーコンを攪乱し、第五艦隊の前へ手動誘導信号を投げる。

『左へ! 左です! 砲撃線から出てください! ああもう、命令じゃなくて警告ですから聞いてください!』

 レオンはエリシオンを前へ出す。

 防壁を展開し、中央GD部隊の強制突撃を止める。

 味方を撃たせないために。

 インペリウムの砲撃線へ通常軍を押し出させないために。

「中央GD部隊、脚部駆動を狙え。撃破するな。止めろ」

 通常軍機が応じる。

 命令ではなく、判断で動く部隊が少しずつ増えている。

 レオンは戦場を見た。

 ルクス側がインペリウムを止めるために動いている。

 レイヴン側が無人艦盾列を崩している。

 ミオの支援網が、通常軍の退避路も守っている。

 それでも、レオンは彼らを味方とは呼ばない。

 今はただ、同じ敵に帝国軍を渡さないだけだ。

「通常軍は退避路を維持しろ」

 レオンは告げる。

「インペリウムの砲撃線に味方を置くな。帝国軍は盾ではない」


 防衛管制室では、リゼルが本国防衛砲台の手動停止を進めていた。

 インペリウムは、命令層再接続波を切られても、防衛砲台の残存認証を使って一点集中照準を組み直そうとしている。

「第一砲台群、照準補助ノードを手動遮断」

「第三砲台群、民間区画側射線固定」

「第六砲台群、統合照準から外せ」

 技術官が叫ぶ。

「第六砲台群、インペリウム側の補助認証が残っています! 手動停止が遅れています!」

「なら砲台本体ではなく、照準補助だけを落とせ。ルクス側に情報を送れ」

「敵に、ですか」

「砲台が民間区画を巻き込むよりはいい」

 リゼルは即答した。

 端末から、限定的な照準ノード情報がルクス側へ送られる。

 それは協力ではない。

 防衛網暴走を止めるための、必要な情報提供だった。

 ジンの側から短い応答が返る。

『受信した。砲台本体は撃たない』

 リゼルはわずかに目を伏せる。

「それでいい」

 彼は防衛管制室を見渡した。

「インペリウムに防衛網を預けるな。砲台は都市を守るためのものだ。都市を撃つためのものではない」


 インペリウムの中枢砲撃が放たれた。

 赤黒い光が、ネメシア外郭の空間を貫く。

 ルクス・ヴァルキュリアを狙った砲撃は、カイトの機動とミオの安全域、カイルの盾列崩し、リゼルの照準補助停止によって、わずかに軌道を逸らされた。

 それでも、余波だけで戦場が揺れる。

 ファランクスの防御壁が軋む。

 リーフガードの保護線が一部切れる。

 ルクスの外装に警告が走る。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、砲撃の端をかすめながら前へ出た。

「っ……!」

 カイトは衝撃に歯を食いしばる。

 だが、止まらない。

 中枢砲撃の直後、インペリウムの胸部防壁にわずかな硬直が生まれる。

 砲撃機構の再充填。

 空間固定フィールドの再配置。

 その一瞬だけ、外殻へ近づける。

 ミオの声が飛ぶ。

『カイトさん、今! 右前方、固定フィールドが開いてる!』

「見えた!」

 カイトはアルタイルを加速させた。

 背後では、カイルが無人艦盾列の一部をさらに崩す。

『道を作ったぞ、坊主! 行け!』

 レオンの防壁が、強制突撃してくる中央GD部隊を押し留める。

『前は任せる。通常軍は、こちらで止める』

 リゼルの砲台停止情報が、ルクスの戦術表示に反映される。

 本国防衛砲台の一点集中が、一拍遅れる。

 その一拍で十分だった。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、インペリウムの外殻へ到達する。

 黒金の装甲が、目前に迫る。

 カイトはブレードを振り上げる。

 だが、斬るのは装甲そのものではない。

 砲撃機構の外部固定具。

 中枢砲撃と認証防壁を繋ぐ補助ノード。

「ここだ!」

 ブレードが走る。

 火花が散り、外殻の一部が裂けた。

 インペリウムの中枢砲撃機構が、一瞬だけ沈黙する。

 完全停止ではない。

 だが、次の砲撃までの時間が伸びた。

 ルクス艦橋でリンが叫ぶ。

「インペリウム外殻へ到達! 中枢砲撃補助ノード、一部損傷!」

 ジンが頷く。

「よし。主砲なしで届いた」

 黒瀬が監査記録を残す。

「限定砲撃および機動部隊による外殻到達、記録。民間区画への直接被害なし」

 カイトは、インペリウムの外殻を見つめた。

 黒金の巨体は、まだ倒れていない。

 だが、初めてその表面に刃が届いた。

 通信に、カイルの声が入る。

『派手に壊すのは得意なんだがな』

 その声には、いつもの軽さが戻っていた。

『今回は、面倒な壊し方をしてやる』

 カイトは息を整え、ブレードを構え直す。

 インペリウムの物理火力はまだ残っている。

 だが、道は開き始めていた。

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