第378話 認証防壁を探せ
インペリウムへ続く、最初の道は開いた。
ミオの《ルナ・ドール・リンク》が外部防衛網の接続点を削り、レイヴン側が無人艦群の外周を押さえ、レオン隊と中央軍が通常軍指揮系統を守った。
本国防衛砲台の一部は沈黙した。
無人艦隊の盾列も乱れた。
カルディア・ベイの自動防衛機構も、完全ではないが一部切り離された。
だが、それはインペリウム本体へ近づくための入口にすぎなかった。
黒金の巨体を包む認証防壁は、まだ健在だった。
その防壁は、単なる装甲ではない。
帝国本国認証網。
中枢防衛規定。
旧命令層残滓。
それらを重ね合わせた、命令で閉じられた壁だった。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、インペリウム正面へ出た。
カイトはブレードを構えたまま、黒金の巨体を見据える。
外郭防衛網は一部削られている。
だが、インペリウム本体は揺らいでいない。
むしろ、近づくほど圧力が増していく。
「カイト、正面防壁反応、上がっています」
リンの声が通信に入る。
「単純な装甲防壁ではありません。認証防壁と空間固定フィールドが重なっています。正面から突っ込むと、機体ごと固定されます」
「了解。無理には突っ込まない」
カイトは答えながら、機体を左右へ振った。
その直後、インペリウムの腕部がわずかに動く。
黒い光の帯が空間を走り、アルタイルの進路を固定しようとした。
「っ!」
カイトは即座にブレイス出力を上げ、機体を斜めへ逃がす。
遅れて、さっきまでいた空間が硬質化したように歪んだ。
もし踏み込んでいれば、機体ごと足を止められていた。
「近づくだけでも罠か」
カイトは息を吐く。
インペリウムに攻撃を当てるには、防壁を抜く必要がある。
だが、防壁へ近づけば空間固定フィールドが足を止める。
そして、止まったところへ防衛砲台と無人艦の集中攻撃が来る。
正面突破だけでは届かない。
「ナユ、聞こえるか」
『聞こえています』
ナユの声が返る。
「本命を探せるか」
『やってみます。でも……』
ナユは一度だけ言葉を切った。
『反響が多すぎます。命令層の残響と、防壁の偽反応が混ざっています』
「時間は稼ぐ」
カイトは正面を見た。
「だから、見つけてくれ」
『はい』
ロス・セレネの内部で、ナユは目を閉じた。
《セレネ・リップル》が静かに広がる。
残響索敵。
目に見える敵ではなく、動いた後に残る痕跡、命令が通った跡、反応が跳ね返る方向を読む。
だが、インペリウムはそれを妨害してきた。
残響が返る。
防壁発生器らしき反応。
もう一つ。
さらに別の方向。
その奥にも。
数が多すぎる。
「偽物が多い……」
ナユは低く呟いた。
インペリウムは、残響そのものを乱している。
認証防壁の反射。
命令層残滓の過去記録。
防衛砲台の照準履歴。
無人艦隊の管制痕。
中央GD部隊の命令再接続。
それらが重なり、いくつもの「本命らしき反応」を作っている。
ナユの画面に、帝国時代の古い記録のようなものが混ざる。
『索敵個体、反応抽出』
『残響検出値、命令照合へ提出』
『索敵結果、上位管制へ統合』
声ではない。
記録だ。
だが、それはナユの奥を揺らした。
自分の見つけたものが、自分の判断ではなく、命令へ提出される感覚。
索敵することが、命令のために使われる感覚。
ナユは一瞬、呼吸を乱した。
『ナユ』
リンの声が入る。
『大丈夫ですか』
「……大丈夫です」
ナユは目を開けた。
隣の通信窓に、リンの機体反応がある。
少し離れて、レイの反応もある。
二人とも前へ出すぎていない。
待っている。
ナユが本命を見つけるまで。
それだけで、ナユの呼吸は少し戻った。
「私は、命令に渡すために探しているんじゃありません」
ナユは小さく言った。
「みんなが、間違った場所を撃たないために探しているんです」
《セレネ・リップル》の波形が変わる。
偽の残響ではなく、偽反応が作られる前の小さな揺らぎを追う。
命令の反響ではないもの。
防壁が本当に支えられている場所。
本命の核。
ナユは、再び残響の奥へ潜った。
セラの照準画面に、明確な標的が映った。
インペリウム右肩部付近。
防壁発生器らしき外部装置。
形状も出力もそれらしい。
撃てば、認証防壁の一部が崩れる可能性がある。
セラは照準を合わせた。
指が引き金にかかる。
だが、撃つ直前、ミオの支援網が警告を出した。
『セラ、待って!』
セラは引き金を止める。
「何」
『その発生器、撃ったら防壁片が民間区画側へ流れる。ファランクスの防御線じゃ受けきれない』
セラは画面を拡大する。
確かに、装置の裏側には認証防壁の反射面がある。
そこを撃ち抜けば、防壁の一部は崩れる。
しかし、その破片状のエネルギーがネメシア外郭の民間区画側へ飛ぶ。
撃てば早い。
撃てば、道が開くかもしれない。
だが、それは撃ってはいけない一発だった。
画面の片隅に、古い帝国記録の文字が流れる。
『S系列、射撃命令受諾』
『目標破壊優先』
セラは、その表示を見た。
以前なら、撃つことが正解だった。
命令された目標を撃つ。
撃てるなら撃つ。
当てられるなら当てる。
それが射撃手の価値だった。
だが、今は違う。
セラは、ゆっくりと照準を外した。
「撃たない」
通信が一瞬静まる。
セラは続けた。
「これは、撃てるけど撃たない場所」
ミオが息を吐く気配がした。
『ありがとう』
「本命を待つ」
セラは銃口を下ろさず、しかし撃たずに待った。
撃たなかったから、撃てる時が来る。
その経験を、彼女はもう知っている。
レイとリンは、インペリウム左側面へ回り込んでいた。
そこに、薄い隙間が見える。
防壁の重なりが弱い。
斬れば入れる。
少なくとも、そう見える場所だった。
レイが刃を構える。
「リン、ここを斬れば――」
「待ってください」
リンが止めた。
彼女の機体も、すでに刃を構えかけている。
だが、ナユの残響索敵から届く波形が、わずかに歪んでいた。
『そこ、変です』
ナユの声が入る。
『反響が薄すぎます。弱いんじゃなくて、消されている感じです』
レイは目を細める。
「罠か」
『たぶん。斬ると、空間固定フィールドが閉じます』
リンが周囲を確認する。
もしここで斬り込めば、防壁の隙間へ入れる。
だが、その瞬間、空間固定フィールドが閉じれば、レイとリンは内部に拘束される。
そのままインペリウムの照合波に晒される。
斬れば早い。
だが、早い道が正しいとは限らない。
リンは、刃を少し下げた。
「守るために、斬らない時もある」
以前、自分で言った言葉だった。
レイも、刃を下ろす。
「なら、待つ」
帝国の戦闘記録なら、突入が正解だったかもしれない。
近接機は前へ出る。
護衛は敵を斬る。
そう記録されていたかもしれない。
だが、今は違う。
待つことで、ナユが見つける。
セラが本命を撃つ。
カイトが時間を稼ぐ。
ミオが退避路を守る。
それから斬ればいい。
レイとリンは、刃を下ろしたまま機体を止めた。
逃げたのではない。
斬るべき時を待つために、止まった。
正面では、カイトがインペリウムの注意を引き続けていた。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、黒い固定フィールドの間を縫う。
インペリウムの腕部が動くたび、空間が重く歪む。
防衛砲台の照準がカイトへ集まる。
無人艦が進路を塞ごうとする。
中央GD部隊が強制管制のまま前へ出る。
カイトは正面から受けない。
だが、逃げすぎもしない。
インペリウムの注意がナユ達へ向かない距離を保ち続ける。
「こっちだ」
カイトはブレードで中央GDの外部管制ノードだけを斬った。
機体を壊さず、進路だけを止める。
その背後から固定フィールドが迫る。
アルタイルは機体をひねり、ぎりぎりで回避する。
固定された空間の端が、肩装甲をかすめた。
警告が鳴る。
「まだいける」
カイトは歯を食いしばる。
通信にユイの声が入る。
『カイト、無理しすぎないでください』
「大丈夫。ナユ達が見つけるまで持たせる」
『はい。でも、戻る場所を残してください』
カイトは短く笑った。
「分かってる」
インペリウムの認証防壁が、黒金の光を強める。
カイトは正面に立ち続けた。
倒すためではない。
仲間が本命を見つける時間を作るために。
ナユの残響索敵は、さらに深く潜っていた。
偽の反応を一つずつ捨てる。
撃てば民間区画へ破片が流れる発生器。
斬れば空間固定フィールドが閉じる隙間。
命令層記録を混ぜた反射点。
過去の防衛砲台照準履歴。
無人艦管制の残響。
違う。
違う。
違う。
その奥に、小さな反応があった。
派手ではない。
むしろ、偽反応の影に隠されている。
だが、そこだけ残響の返り方が違った。
命令の反響ではない。
防壁を実際に支えている、硬い核。
インペリウムの認証防壁が、そこを中心に張り直されている。
「見つけた……」
ナユは目を開く。
画面に本命の位置を表示する。
インペリウム右下部、外殻と防壁層の間。
民間区画側ではない。
固定フィールドの罠でもない。
だが、角度は狭い。
セラの一点射撃と、レイ、リンの同時突入が必要になる。
「セラさん、本命を送ります」
『受け取った』
セラの声が返る。
「レイさん、リンさん。撃った後、左右から切ってください。防壁が戻る前に」
『了解』
『待っていた甲斐がありました』
ナユは最後に、カイトへ通信を送る。
「カイトさん、あと十秒、正面をお願いします」
『任せろ』
カイトの声は即答だった。
セラは新しい標的を照準に入れた。
先ほどの偽発生器よりも小さい。
見えにくい。
だが、ナユの残響が示した本命だった。
撃てば、民間区画へ破片は流れない。
防壁の支点だけが、一瞬崩れる。
セラは息を止める。
照準が重なる。
帝国記録の声は、もう聞こえない。
命令されたから撃つのではない。
撃つべき場所を、仲間が見つけた。
自分が、そこだけを撃つ。
「撃ちます」
セラの一発が走った。
光は細く、迷いなく、インペリウムの右下部へ突き刺さる。
防壁の一点が弾けた。
認証防壁が乱れる。
「今!」
レイとリンが同時に動いた。
左右から、二つの刃が走る。
さっき斬らなかった進路ではない。
ナユが示し、セラが開いた本当の隙間。
レイの刃が外殻防壁の固定具を断つ。
リンの刃が再認証用の補助線を切る。
防壁が戻ろうとする。
だが、その前に二人は離脱する。
空間固定フィールドは発動しない。
罠ではない場所を斬ったからだ。
認証防壁の一層が、大きく揺らいだ。
黒金の巨体を包む光の殻に、初めて明確な穴が開く。
カイトはその瞬間を見逃さなかった。
アルタイルが前へ出る。
だが、深追いはしない。
開いたのは一層だけだ。
まだ中核には届かない。
それでも、確かに有効な進路だった。
ルクス・ヴァルキュリア艦橋で、リンが声を上げる。
「インペリウム認証防壁、一層崩壊! 本体への有効進路、短時間ですが確認!」
ジンが頷く。
「進路を記録。次の突破に使う」
黒瀬が監査卓でデータを保存する。
「ナユさんの残響索敵、セラさんの一点射撃、レイさんとリンさんの同時切断を戦術記録として保全します。偽発生器への攻撃を回避した判断も記録します」
ミオが通信越しに小さく息を吐いた。
『よかった……撃たなかった場所、守れた』
セラは銃口を下ろす。
『撃たなかったから、撃てた』
レイが刃を構え直す。
『待ったから、斬れた』
リンも静かに続ける。
『守るために、斬らない時間が必要でした』
ナユはロス・セレネの中で、ゆっくり息を吐いた。
索敵画面には、まだいくつもの偽反応が残っている。
インペリウムの防壁は一層崩れただけで、まだ厚い。
だが、本命を見つけることはできた。
命令のためではなく、仲間が間違えないために。
ナユは、少しだけ目を細めて言った。
「見つけました」
その声には、確かな手応えがあった。
「命令の反響じゃない、本当の核です」
インペリウムの認証防壁に開いた小さな穴。
それは、黒金の巨体へ届くための最初の突破口だった。




