第377話 外部防衛網切り離し
インペリウムは、単独で戦う機体ではなかった。
黒金の巨体がネメシア中枢地下から立ち上がった瞬間、周囲の防衛網がその一部になった。
本国防衛砲台群。
無人艦隊。
中央GD部隊。
レグナリア残存部隊。
カルディア・ベイ自動防衛機構。
それらは、別々の防衛設備ではなくなりつつあった。
全てが、インペリウムという一つの命令へ向けて繋ぎ直されていく。
ルクス・ヴァルキュリアがインペリウム本体へ向かおうとすれば、防衛砲台が撃つ。
砲台を避ければ、無人艦が進路を塞ぐ。
無人艦を止めようとすれば、中央GD部隊が盾になる。
さらにその背後で、カルディア・ベイの補修用機械群までが防衛線へ押し出される。
インペリウムは、自分の巨体だけで戦っているのではない。
ネメシア本国圏そのものを、盾にしていた。
ルクス・ヴァルキュリア艦橋。
戦況表示は、赤い警告で埋まり続けていた。
「本国防衛砲台、再照準完了。外部照準ノード、インペリウム側から再統合されています」
「無人艦隊、三方向から進路を封鎖。通常軍退避路と重なります」
「中央GD部隊、一部が命令再接続。強制突撃態勢」
「カルディア・ベイ自動防衛機構、再起動。補修機械、装甲搬出艇、制御ドローンが戦闘線へ出ています」
リンの報告に、ジンは短く頷いた。
主砲を撃てば、道は開くかもしれない。
だが、その道の周囲には民間区画がある。
退避艇がある。
通常軍の救助経路がある。
カルディア・ベイの建造区画がある。
そこには、帝国本国を支えてきた膨大な設備と、人がいる。
「主砲は使わない」
ジンは改めて告げた。
「副砲も限定。撃つのは、砲台本体ではなく外部照準ノード。無人艦は撃沈ではなく管制部停止。中央GD部隊は駆動系と命令再接続ノードを狙え」
黒瀬が監査卓で確認する。
「民間区画への射線、退避路、通常軍手動回線、カルディア・ベイ建造区画を巻き込む攻撃は不承認とします」
「それでいい」
ジンは正面のインペリウムを見た。
「インペリウム本体へ近づく前に、あいつに使われている外部防衛網を切り離す。首都を撃つな。防衛網を奪わせるな」
「了解」
艦橋に、短い返答が重なった。
ミオは《ルナ・ドール・リンク》の管制席で、息を整えていた。
目の前には、戦場全体の立体図が開いている。
撃つべき対象は多い。
本国防衛砲台の外部照準ノード。
無人艦の管制部。
中央GD部隊の命令再接続端末。
カルディア・ベイ自動防衛機構の強制搬出回線。
だが、それ以上に、撃ってはいけない場所が多かった。
ネメシア民間区画。
退避艇の進路。
通常軍の手動回線。
レオン隊の誘導経路。
ヘルメス隊の高速機動線。
カルディア・ベイ建造区画。
レイヴン側の進入角。
ルクス・ヴァルキュリア本体の退避余地。
どれか一つでも見落とせば、インペリウムを止める戦いが、首都を壊す戦いに変わる。
「ミオ」
レガロンの声が通信に入る。
「支援網を広げすぎるな。全部を見ようとすると、逆に優先順位が崩れる」
「でも、全部危ない」
「そうだ。だから全部を同じ重さで持たない」
レガロンの声は落ち着いていた。
「まず、民間区画と退避路。次に通常軍手動回線。次にカルディア・ベイ建造区画。その上で、インペリウムが外部防衛網として使っている接続点だけを切る」
「撃つ場所じゃなくて、守る順番」
「そうだ」
ミオは小さく頷いた。
支援網を開く。
バリスタ、ファランクス、リーフガード。
それぞれの管制線が広がる。
「バリスタ、砲台の外部照準ノードだけ。砲台本体は撃たない」
GD-06 バリスタが長距離照準を絞る。
「ファランクス、退避路と民間区画側に防御壁。破片を流さないで」
GD-11 ファランクスが防御線を展開する。
「リーフガード、通常軍手動回線とヘルメス隊の誘導線を守って。インペリウムの強制管制線を通さない」
GF-07 リーフガードが、細い緑の保護線を伸ばす。
ミオは、指先の震えを押さえながら呟いた。
「ここは撃たない。ここは通す。ここは守る。ここだけ止める」
バリスタの砲撃が走る。
防衛砲台本体ではない。
外部照準ノードだけが吹き飛び、砲台が沈黙する。
その瞬間、インペリウムとの接続線が一本、細く途切れた。
レイヴン・ハウルが、無人艦群の外側へ回り込んだ。
カイルは正面の無人艦隊を見て、舌打ちした。
「派手に壊すなら簡単なんだがな」
ジンからの通信が入る。
『カイル。無人艦は撃沈するな。管制部だけを潰せ』
「分かってるよ。面倒な注文だ」
『お前ならできる』
「そういう言い方をされると、断りづらいだろうが」
カイルは苦笑しながら、レイヴン・ハウルを加速させた。
無人艦隊は、インペリウムの強制管制を受けて盾のように並んでいる。
ここで艦そのものを爆散させれば、破片が通常軍退避路へ流れる。
カルディア・ベイ側へ漂えば、建造区画にも被害が出る。
だから狙うのは、艦の腹でも機関部でもない。
外部管制受信塔。
強制指揮ノード。
無人艦同士をつなぐ連結指揮アンテナ。
「レイヴン側、外周を切る。派手に壊すな。細かく止めろ」
カイルが命じる。
レイヴン隊が散開する。
機体が無人艦群の隙間を縫い、外部管制塔だけを撃ち抜いていく。
無人艦は爆発しない。
ただ、進路を失って停止していく。
カイルは一隻の無人艦の横をすり抜けながら、短く笑った。
「壊すのは得意だが、壊しすぎないのは疲れるな」
それでも、手は緩めない。
ルクスだけの戦場ではない。
ここは、帝国の首都圏だ。
壊せば早いという戦いは、もう終わっている。
レグナリア防衛線では、レオン・グレイスナーが通常軍回線を維持していた。
インペリウムからの強制指揮要求は、さらに激しくなっている。
『レグナリア残存部隊、統合防衛管制へ移行せよ』
『通常軍艦隊、無人艦盾列の後方へ再配置』
『中央GD有人管制機、インペリウム補助防壁線へ接続』
クラウスが報告する。
『閣下、第三艦隊の一部が強制管制に引かれています。ヘルメス隊の誘導だけでは追いつきません』
「リュカ」
『はいはい、見えてます!』
リュカ・ヴァレンのヘルメス隊が、光の軌跡を描いて戦場を駆ける。
強制管制線に引っ張られる通常軍機の前へ入り、手動誘導信号を撒く。
『そっちじゃない! 黒い線に乗ったらインペリウム行きです! こっちの手動回線を追ってください!』
通常軍機の一部が進路を戻す。
だが、別の艦隊がまた引かれる。
『隊長、右舷側、またです!』
『分かってる! 俺を何人いると思ってるんだ!』
リュカは叫びながら機体を反転させた。
その進路を、リーフガードの保護線が支える。
ルクス側の支援網だった。
リュカは一瞬だけ苦笑する。
『敵の支援網を頼りに味方を逃がす日が来るとはね』
レオンの声が入る。
「余計なことを考えるな。動け」
『了解』
レオンはエリシオンの防壁を広げる。
インペリウムの強制管制線が、通常軍艦隊へ届く前に防壁で遮られる。
だが、防壁にすら接続要求が走る。
『エリシオン防壁系統、インペリウム補助防壁として接続要求』
「拒否」
『要求強度上昇』
「拒否を継続」
クラウスが記録を残す。
『拒否処理、記録。通常軍指揮権委譲要求、継続中』
レオンは戦場を見た。
ルクス側は敵だ。
だが、今、インペリウムは帝国軍を防衛網の部品に戻そうとしている。
それを許せば、帝国軍は帝国を守る軍ではなくなる。
「全通常軍へ」
レオンは回線を開いた。
「インペリウム管制を正規命令として扱うな。退避路を塞ぐ配置を拒否しろ。有人艦を無人艦の盾にするな。各艦、手動指揮を維持」
レオンの声が、戦場に広がる。
「帝国軍は、機構の部品ではない」
ネメシア中央軍司令部。
そこにも、インペリウムからの強制指揮要求は届いていた。
レグナート・ヴァルハイムは、表示を黙って見ていた。
これまで、命令層中枢を巡る一連の戦闘において、彼は主導権を握っていなかった。
監察局が情報を握っていた。
外縁方面軍の現場はレオンが受け持っていた。
皇帝府と中枢派は、防衛管制を通して動いていた。
中央軍司令部に届く報告は、常に遅れ、薄められ、整えられていた。
だが、今は違う。
インペリウムは、中央軍指揮系統そのものへ接続要求を出している。
それは、もう他部署の問題ではない。
「司令官」
副官が声を潜める。
「最終防衛規定に基づき、中央軍指揮権の一部委譲要求が来ています」
「見えている」
「皇帝府からの停止命令は完全には通っていません。防衛管制室も遮断に失敗しています。ここで委譲を拒めば、中央軍司令部が防衛遅延の責任を問われる可能性があります」
レグナートは、静かに副官を見た。
「委譲すれば、責任は消えるのか」
副官は答えられなかった。
レグナートは端末へ目を戻す。
レグナリア残存部隊。
中央軍艦隊。
本国防衛砲台の有人承認班。
それらが、インペリウムの強制管制へ吸い上げられようとしている。
彼はルクスを擁護するつもりはない。
PT計画を否定してきたわけでもない。
帝国のために必要なら、非情な制度も使う。
そういう現実を見てきた軍人だった。
だが、制御不能な防衛機構へ全軍指揮を預けることは、現実的ではない。
それは防衛ではなく、軍の喪失だ。
「インペリウムへの全軍指揮委譲を拒否する」
レグナートは命じた。
司令部内が静まる。
「レグナリア残存部隊、中央軍艦隊、本国防衛砲台の有人承認班を手動指揮へ戻せ。外縁方面軍第七機動戦隊の手動回線を暫定的に承認。レオン・グレイスナーの指揮系統を補助する」
副官が息を呑む。
「レオン隊を、ですか」
「現場で持っているのは彼だ」
「しかし、ルクス側と交戦中です」
「だからこそだ。交戦中でなお、通常軍を部品にしない判断をしている」
レグナートは、インペリウムの表示を睨む。
「監察局の越権なら、まだ他局の失態で済んだ。だが、中央軍指揮系統を機構へ委譲するというなら話は別だ」
副官が姿勢を正す。
「了解。中央軍司令部、インペリウムへの全軍指揮委譲を拒否。手動指揮系統を維持します」
レグナートは低く言った。
「帝国軍は、封鎖区画の機械に預ける備品ではない」
その命令が、中央軍回線へ流れる。
レオン隊が守っていた手動指揮系統に、上層部側から細い支えが入った。
ルクス・ヴァルキュリア艦橋。
リンが報告する。
「中央軍司令部から、インペリウムへの指揮委譲拒否信号。レグナート・ヴァルハイム司令官名義です」
ジンが眉を動かす。
「今になって出てきたか」
黒瀬が記録を確認する。
「中央軍側が、レオン隊の手動指揮系統を暫定補助しています。ルクスへの協力ではありません。あくまで、インペリウムに通常軍指揮権を渡さないための措置です」
「それでいい」
ジンは短く言った。
「敵で構わない。今は、あいつに全部を渡さない者が必要だ」
ミオの支援網に、中央軍手動回線の安定化表示が重なる。
レオン隊の誘導線が少しだけ広がる。
ヘルメス隊の機動経路が安定する。
レイヴン側が外周の無人艦管制をさらに削る。
ルクス側と帝国通常軍は、味方になったわけではない。
だが、インペリウムが外部防衛網を全て使い切る前に、それぞれの場所から接続を切り離していた。
ミオの額に汗が浮かんでいた。
《ルナ・ドール・リンク》の表示は限界に近い。
それでも、支援網は崩れていない。
バリスタが防衛砲台の照準ノードを撃ち抜く。
ファランクスが破片を民間区画側へ流さない。
リーフガードが退避路と通常軍手動回線を守る。
レガロンが通信越しに言う。
「ミオ、無人艦群の外周はカイルに渡せ。通常軍誘導はレオン隊とヘルメス隊に任せる。君は、インペリウムが再接続しようとする接続点に集中しろ」
「……うん」
ミオは深く息を吸った。
全部を抱えようとすれば、支援網は崩れる。
だから、渡す。
カイルへ。
レオンへ。
リュカへ。
ジンへ。
レガロンへ。
仲間と、敵のまま判断している者達へ。
「バリスタ、第三砲台群の外部照準ノード。ファランクス、破片防御。リーフガード、カルディア・ベイ側の強制搬出ラインを止める」
指示が流れる。
光が走る。
砲台の照準が落ちる。
無人艦の盾列が乱れる。
中央GD部隊の命令再接続が一部途切れる。
カルディア・ベイの補修機械群が、戦闘線へ出る前に停止する。
インペリウムの外部防衛網が、完全ではないが、確かに一部切り離された。
ミオは、震える息を吐いた。
「全部は止められない」
それは敗北の言葉ではなかった。
今の彼女が、戦場全体を正しく見ている証だった。
「でも、あれに全部を使わせない」
その言葉と同時に、ルクス・ヴァルキュリアの前方に、わずかな進路が開く。
インペリウム本体へ近づくための、最初の道だった。




