第363話 撃たない突破戦
アルタイル・ノヴァ・ブレイスのブレードが、エリシオンの防壁に叩きつけられた。
光が散る。
だが、装甲は砕けない。
エリシオンの防壁は、攻撃を受け止めるためだけのものではなかった。力の流れを横へ逃がし、正面からの突破を鈍らせるように作られている。
カイトは機体を押し込みながら、舌打ちを飲み込んだ。
「硬い……!」
『当然だ。ここは帝国本国圏だ』
通信越しにレオンの声が届く。
挑発ではない。
ただの事実だった。
『簡単に通れると思うな』
「思ってない!」
カイトはアルタイルを引き、すぐに角度を変える。
正面から押し切れば、エリシオンの防壁に受け流される。ならば、防壁の端を抜く。
だが、その進路にはすでに通常軍前衛艦の牽制弾が置かれていた。
撃墜するための弾ではない。
進路を削るための弾。
アルタイルがそこへ入れば、速度を落とさざるを得ない。
「読まれてるな」
『カイト、右へ行きすぎないで』
ミオの声が入る。
『そこ、軍港の退避路に近い。流れ弾が行くとまずい』
「了解。左は?」
『左はヘルメス隊が誘導してる。たぶん、行かせたい場所』
「じゃあ、真ん中しかないってことか」
『真ん中にはエリシオンがいます』
セラの声が静かに続いた。
『正面突破は危険です』
「だよな」
カイトは短く息を吐く。
壊す戦いなら、選択肢はいくつもあった。
主砲を使う。
艦隊をまとめて押し返す。
防壁ごと叩き割る。
だが、それはできない。
民間区画へ流れ弾を出してはいけない。
軍港中枢を直接撃ってはいけない。
通常軍艦隊は撃沈ではなく、航行不能化に留める。
防衛砲台は制御部だけを止める。
監察局旧回線が混ざった機体だけを優先して排除する。
守るための制限が多すぎる。
だが、それを捨てた瞬間、ルクスは監察局と同じ場所へ落ちる。
「ミオ」
カイトは通信を開いた。
「突破口を作れるか」
『作る』
ミオは迷わず答えた。
『ただし、撃って開ける穴じゃない。撃たない場所を決めて、通れる場所だけを残す』
「任せる」
『うん。みんな、聞いて』
ミオの声が、前線の全機に届いた。
『これから《ルナ・ドール・リンク》を限定展開する。広域制圧はしない。バリスタもファランクスも、撃つ場所を絞る。リーフガードはルクスの進路と退避路保護を優先』
彼女の周囲で、管制表示が一気に増えた。
GD-06 バリスタ。
GD-11 ファランクス。
GF-07 リーフガード。
それらが、ミオの支援網に接続されていく。
だが、彼女はすぐには撃たなかった。
まず、撃たない場所を選んだ。
レグナリア軍港の中枢ブロック。
整備ドック。
閉鎖中の建造区画。
退避中の補給艦。
通常軍艦隊の救助経路。
民間連絡線。
本国防衛砲台の基幹炉。
表示上に、次々と青い保護領域が描かれていく。
その範囲が増えるほど、攻撃可能な領域は狭くなる。
ほとんど針の穴のような隙間しか残らない。
それでも、ミオは手を止めなかった。
「ここは撃たない」
彼女は呟く。
「ここは残す。ここは守る。ここは通るだけ」
ミオの目が、残された一点を捉えた。
「ここだけ、止める」
ナユはロス・セレネの中で、目を閉じていた。
戦場の音が、残響として広がっている。
通常軍艦隊の反応は整っていた。
怖いほどに規則正しい。
命令を受け、配置につき、射線を守り、退避路を残している。
監察局のような嫌な濁りは少ない。
だが、完全にないわけではなかった。
いくつかの反応が、通常軍の流れと少しだけ違っている。
防衛線の外側。
後方の無人機群。
砲台制御部の一部。
それらに、古い命令層回線の残り香が混じっていた。
「見つけました」
ナユが通信を開く。
『通常軍の反応と違うものがあります。監察局旧回線の混入機、三機。無人支援艇に偽装しています。それと、防衛砲台の制御部に旧命令層残滓が二箇所』
リンが即座に反応する。
『座標を送ってください』
『送ります』
ロス・セレネから、残響解析データが共有される。
リンはヴァイス・リッパー・リビルドの機動を変えた。
正面の敵を斬るのではなく、戦場の端へ回り込む。
そこには、通常軍の識別信号を出しながら、不自然な挙動を見せる無人支援艇がいた。
動きだけなら目立たない。
だが、残響は隠せない。
リンは刃を抜いた。
「通常軍の機体に紛れて、命令層の残りを流すつもりですか」
ヴァイス・リッパー・リビルドが加速する。
斬るのは機体本体ではない。
外部通信ノード。
旧回線が混ざっている小さな制御部だけだった。
一閃。
無人支援艇の通信ノードが切断され、機体はその場で停止した。
爆発はしない。
漂流するだけだ。
レイも別方向から動いていた。
ヴァナルガンドの機影が、牽制弾の間を縫う。
通常軍艦隊の防壁を避け、監察局旧回線を含む無人機だけを狙う。
「斬る場所が小さいな」
レイが呟く。
『不満ですか?』
リンが通信越しに問う。
「いや」
レイは少しだけ笑った。
「こういうのも、悪くない」
ヴァナルガンドの刃が、二機目の旧回線混入機の制御部を斬り落とした。
機体は回転しながら停止し、通常軍艦隊の射線から外れていく。
ナユの声が続く。
『三機目、ヘルメス隊の後ろです。ただ、リュカ隊とは別です』
『了解』
リンが答える。
リュカのヘルメス隊は、進路制限をしている。
だが、その背後にいる混入機は違う。
ルクスと通常軍の戦闘を利用し、旧命令層回線を防衛網へ差し戻そうとしていた。
監察局残党の置き土産か。
それとも、中枢派の独断か。
どちらにしても、放置はできない。
「リュカ隊へ警告を送ります」
リンは短く言い、通信を開いた。
「ヘルメス隊、後方に旧命令層混入機。貴隊の所属ではない反応です。進路を外してください」
一瞬、通信が途切れる。
だが、すぐにリュカの声が返ってきた。
『……確認した。隊長、聞こえていますか』
別回線で、レオンの声が入る。
『聞こえている。リュカ、下がれ。その機体は通常軍指揮系統から外れている』
『了解』
ヘルメス隊が散開する。
その瞬間、セラの照準が通った。
セラは、息を止めていた。
照準器の中に、防衛砲台の制御部が映る。
本体ではない。
砲身でもない。
基幹炉でもない。
旧命令層残滓が接続している、外部制御端末。
狙える時間は短い。
外せば、砲台本体に傷が入る。
撃ちすぎれば、制御部が爆発し、軍港側に破片が飛ぶ。
『セラ、いける?』
ミオが問う。
「いけます」
セラは静かに答えた。
帝国時代なら、砲台を沈黙させる命令は単純だった。
撃て。
破壊しろ。
排除しろ。
だが今は違う。
撃ってはいけない場所の方が多い。
撃つべき一点だけを選ぶ。
それが、今のセラの仕事だった。
「命令層残滓接続部、照準」
指が引き金に触れる。
彼女は、ほんの少しだけ待った。
ナユの残響線が重なる。
ミオの保護領域が安定する。
カイトの進路が砲台の射線から外れる。
その瞬間だけが、撃っていい時間だった。
「撃ちます」
一発。
光が走る。
弾丸は防衛砲台の外部制御端末だけを貫いた。
砲台本体は沈黙する。
爆発は起きない。
基幹炉にも傷は入らない。
セラはすぐに次の照準へ移る。
「一基停止。二基目、照準に入ります」
ミオの声が返る。
『ありがとう、セラ。そこ、撃たないで止められた』
セラはわずかに目を伏せた。
「撃ちました。でも、壊しませんでした」
その言葉に、ミオが小さく笑う。
『うん。それでいい』
レグナリア防衛線は、少しずつ形を変え始めていた。
通常軍艦隊は壊滅していない。
撃沈された艦もない。
だが、航行不能となった艦が進路上から外され、防壁発生器の一部が停止し、防衛砲台の制御端末が沈黙している。
戦力は残っている。
けれど、ルクスの進路を完全に塞ぐ形ではなくなっていた。
クラウスは戦況表示を見ながら、低く言った。
「ルクス側、こちらの艦艇中枢を狙っていません。航行制御、外部防壁、通信妨害部位のみを停止しています」
「砲台は」
「基幹部は無傷。旧命令層残滓の接続部だけを撃ち抜かれています」
レオンは、表示の中の穴を見た。
破壊の穴ではない。
通過のための穴だ。
レグナリア防衛線は、まだ戦える。
だが、ルクスはその戦える部分を避けて進んでいる。
厄介だった。
倒す戦いなら、受け止めればいい。
壊す戦いなら、壊し返せばいい。
だが、通るための戦いは違う。
相手は戦場全体を見て、残す場所を決めながら進んでくる。
「閣下」
クラウスが言った。
「ルクス側は、我々を壊滅させるつもりはありません」
「分かっている」
「しかし、通すつもりもありません」
「それも分かっている」
レオンはエリシオンの防壁を再展開した。
アルタイルが正面にいる。
その背後で、ミオの支援網が細く、しかし確実に道を作っている。
レオンはカイトの機体を見た。
「お前達が壊さないつもりなら、こちらも壊される理由はない」
通信を開く。
「前衛艦隊、陣形再編。航行不能艦は後退させろ。救助経路を開けたまま第二防衛線へ移る」
『閣下、それではルクスの進路が――』
「狭めろ。塞ぐな。塞げば、あちらは壊してでも進むしかなくなる」
通信先が沈黙する。
レオンは続けた。
「こちらの目的は本国を守ることだ。軍港を燃やすことではない」
『了解』
クラウスが静かに言った。
「記録します。第二防衛線、被害抑制型へ移行」
「残せ」
レオンはエリシオンを前へ出す。
「だが、私がいる限り、簡単には通さん」
ミオの視界には、戦場全体が重なっていた。
赤い敵性反応。
青い保護領域。
黄色い警戒線。
白い進路候補。
そして、黒く塗られた禁止領域。
撃ってはいけない場所。
巻き込んではいけない場所。
残さなければならない場所。
それらが多すぎて、普通なら戦いにならない。
だが、ミオはその中に道を見つけていた。
「バリスタ、第三砲台の外部制御だけを狙って」
遠距離支援機が照準を合わせる。
「ファランクス、右舷側の退避路を守って。撃たないで、盾だけ」
防御機が前に出る。
「リーフガード、ルクスの進路に沿って展開。通常軍艦の救助信号には干渉しない」
小型支援機群が、細い光の道を作る。
ミオは指先を震わせながら、それでも管制を続けた。
ルナ・ドール・リンクは、戦場を支配するための力ではない。
今は、それを強く感じていた。
支配ではなく、整理する。
全部を撃つのではなく、撃たない場所を決める。
全部を倒すのではなく、通るために必要な場所だけを止める。
それが、今のミオの戦いだった。
「カイト、正面はまだ無理。エリシオンがいる」
「分かってる。じゃあ、道は?」
「作る。細いけど、作れる」
ミオは息を吸った。
表示上の保護領域を、もう一段階広げる。
それによって攻撃可能範囲はさらに狭くなった。
だが、代わりに一つだけ、誰も沈めず、軍港を傷つけず、ルクスが進める隙間が生まれた。
ミオはその一点を指す。
「ここは撃たない。ここは残す。ここだけ、止める」
バリスタが撃つ。
弾は通常軍艦の装甲を外れ、その横に浮かぶ旧命令層中継ノードだけを撃ち抜いた。
ファランクスが盾を出す。
牽制弾を受け止め、破片を民間連絡線へ飛ばさない。
リーフガードが進路を照らす。
カイトがアルタイルを加速させる。
レイとリンが、その進路の両側で余計な防衛ユニットだけを切り落とす。
セラが二基目の砲台制御部を撃ち抜く。
ナユが混入回線の反応を抑え続ける。
そして、ルクス・ヴァルキュリアの巨体が、ゆっくりとその穴へ進んだ。
レグナリア防衛線に開いたのは、破壊の裂け目ではなかった。
撃たない場所を積み重ねて作った、通過のための穴だった。
カイトはその光の道を見た。
「行ける」
だが、正面にはまだエリシオンがいる。
レオンは防壁を下げていない。
通過の穴は開いた。
それでも、最後の線は通常軍の指揮官自身が塞いでいる。
通信が入った。
『見事だ、ルクス』
レオンの声だった。
『通常軍を壊滅させず、防衛線に穴を開けた。だが、私はまだ退いていない』
カイトは操縦桿を握る。
「分かっています」
アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、エリシオンの前へ出る。
「俺達も、ここで壊すために戦っているわけじゃない」
『ならば、通る力を見せろ』
エリシオンの防壁が再び展開する。
ミオが、支援網をさらに細く絞った。
セラが照準を止める。
レイとリンが刃を下ろし、必要な瞬間を待つ。
ナユが残響を追う。
カイトは前を見た。
壊さずに進む。
倒さずに通る。
そのための戦いが、今、形になり始めていた。




