表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
365/412

第363話 撃たない突破戦

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスのブレードが、エリシオンの防壁に叩きつけられた。

 光が散る。

 だが、装甲は砕けない。

 エリシオンの防壁は、攻撃を受け止めるためだけのものではなかった。力の流れを横へ逃がし、正面からの突破を鈍らせるように作られている。

 カイトは機体を押し込みながら、舌打ちを飲み込んだ。

「硬い……!」

『当然だ。ここは帝国本国圏だ』

 通信越しにレオンの声が届く。

 挑発ではない。

 ただの事実だった。

『簡単に通れると思うな』

「思ってない!」

 カイトはアルタイルを引き、すぐに角度を変える。

 正面から押し切れば、エリシオンの防壁に受け流される。ならば、防壁の端を抜く。

 だが、その進路にはすでに通常軍前衛艦の牽制弾が置かれていた。

 撃墜するための弾ではない。

 進路を削るための弾。

 アルタイルがそこへ入れば、速度を落とさざるを得ない。

「読まれてるな」

『カイト、右へ行きすぎないで』

 ミオの声が入る。

『そこ、軍港の退避路に近い。流れ弾が行くとまずい』

「了解。左は?」

『左はヘルメス隊が誘導してる。たぶん、行かせたい場所』

「じゃあ、真ん中しかないってことか」

『真ん中にはエリシオンがいます』

 セラの声が静かに続いた。

『正面突破は危険です』

「だよな」

 カイトは短く息を吐く。

 壊す戦いなら、選択肢はいくつもあった。

 主砲を使う。

 艦隊をまとめて押し返す。

 防壁ごと叩き割る。

 だが、それはできない。

 民間区画へ流れ弾を出してはいけない。

 軍港中枢を直接撃ってはいけない。

 通常軍艦隊は撃沈ではなく、航行不能化に留める。

 防衛砲台は制御部だけを止める。

 監察局旧回線が混ざった機体だけを優先して排除する。

 守るための制限が多すぎる。

 だが、それを捨てた瞬間、ルクスは監察局と同じ場所へ落ちる。

「ミオ」

 カイトは通信を開いた。

「突破口を作れるか」

『作る』

 ミオは迷わず答えた。

『ただし、撃って開ける穴じゃない。撃たない場所を決めて、通れる場所だけを残す』

「任せる」

『うん。みんな、聞いて』

 ミオの声が、前線の全機に届いた。

『これから《ルナ・ドール・リンク》を限定展開する。広域制圧はしない。バリスタもファランクスも、撃つ場所を絞る。リーフガードはルクスの進路と退避路保護を優先』

 彼女の周囲で、管制表示が一気に増えた。

 GD-06 バリスタ。

 GD-11 ファランクス。

 GF-07 リーフガード。

 それらが、ミオの支援網に接続されていく。

 だが、彼女はすぐには撃たなかった。

 まず、撃たない場所を選んだ。

 レグナリア軍港の中枢ブロック。

 整備ドック。

 閉鎖中の建造区画。

 退避中の補給艦。

 通常軍艦隊の救助経路。

 民間連絡線。

 本国防衛砲台の基幹炉。

 表示上に、次々と青い保護領域が描かれていく。

 その範囲が増えるほど、攻撃可能な領域は狭くなる。

 ほとんど針の穴のような隙間しか残らない。

 それでも、ミオは手を止めなかった。

「ここは撃たない」

 彼女は呟く。

「ここは残す。ここは守る。ここは通るだけ」

 ミオの目が、残された一点を捉えた。

「ここだけ、止める」


 ナユはロス・セレネの中で、目を閉じていた。

 戦場の音が、残響として広がっている。

 通常軍艦隊の反応は整っていた。

 怖いほどに規則正しい。

 命令を受け、配置につき、射線を守り、退避路を残している。

 監察局のような嫌な濁りは少ない。

 だが、完全にないわけではなかった。

 いくつかの反応が、通常軍の流れと少しだけ違っている。

 防衛線の外側。

 後方の無人機群。

 砲台制御部の一部。

 それらに、古い命令層回線の残り香が混じっていた。

「見つけました」

 ナユが通信を開く。

『通常軍の反応と違うものがあります。監察局旧回線の混入機、三機。無人支援艇に偽装しています。それと、防衛砲台の制御部に旧命令層残滓が二箇所』

 リンが即座に反応する。

『座標を送ってください』

『送ります』

 ロス・セレネから、残響解析データが共有される。

 リンはヴァイス・リッパー・リビルドの機動を変えた。

 正面の敵を斬るのではなく、戦場の端へ回り込む。

 そこには、通常軍の識別信号を出しながら、不自然な挙動を見せる無人支援艇がいた。

 動きだけなら目立たない。

 だが、残響は隠せない。

 リンは刃を抜いた。

「通常軍の機体に紛れて、命令層の残りを流すつもりですか」

 ヴァイス・リッパー・リビルドが加速する。

 斬るのは機体本体ではない。

 外部通信ノード。

 旧回線が混ざっている小さな制御部だけだった。

 一閃。

 無人支援艇の通信ノードが切断され、機体はその場で停止した。

 爆発はしない。

 漂流するだけだ。

 レイも別方向から動いていた。

 ヴァナルガンドの機影が、牽制弾の間を縫う。

 通常軍艦隊の防壁を避け、監察局旧回線を含む無人機だけを狙う。

「斬る場所が小さいな」

 レイが呟く。

『不満ですか?』

 リンが通信越しに問う。

「いや」

 レイは少しだけ笑った。

「こういうのも、悪くない」

 ヴァナルガンドの刃が、二機目の旧回線混入機の制御部を斬り落とした。

 機体は回転しながら停止し、通常軍艦隊の射線から外れていく。

 ナユの声が続く。

『三機目、ヘルメス隊の後ろです。ただ、リュカ隊とは別です』

『了解』

 リンが答える。

 リュカのヘルメス隊は、進路制限をしている。

 だが、その背後にいる混入機は違う。

 ルクスと通常軍の戦闘を利用し、旧命令層回線を防衛網へ差し戻そうとしていた。

 監察局残党の置き土産か。

 それとも、中枢派の独断か。

 どちらにしても、放置はできない。

「リュカ隊へ警告を送ります」

 リンは短く言い、通信を開いた。

「ヘルメス隊、後方に旧命令層混入機。貴隊の所属ではない反応です。進路を外してください」

 一瞬、通信が途切れる。

 だが、すぐにリュカの声が返ってきた。

『……確認した。隊長、聞こえていますか』

 別回線で、レオンの声が入る。

『聞こえている。リュカ、下がれ。その機体は通常軍指揮系統から外れている』

『了解』

 ヘルメス隊が散開する。

 その瞬間、セラの照準が通った。


 セラは、息を止めていた。

 照準器の中に、防衛砲台の制御部が映る。

 本体ではない。

 砲身でもない。

 基幹炉でもない。

 旧命令層残滓が接続している、外部制御端末。

 狙える時間は短い。

 外せば、砲台本体に傷が入る。

 撃ちすぎれば、制御部が爆発し、軍港側に破片が飛ぶ。

『セラ、いける?』

 ミオが問う。

「いけます」

 セラは静かに答えた。

 帝国時代なら、砲台を沈黙させる命令は単純だった。

 撃て。

 破壊しろ。

 排除しろ。

 だが今は違う。

 撃ってはいけない場所の方が多い。

 撃つべき一点だけを選ぶ。

 それが、今のセラの仕事だった。

「命令層残滓接続部、照準」

 指が引き金に触れる。

 彼女は、ほんの少しだけ待った。

 ナユの残響線が重なる。

 ミオの保護領域が安定する。

 カイトの進路が砲台の射線から外れる。

 その瞬間だけが、撃っていい時間だった。

「撃ちます」

 一発。

 光が走る。

 弾丸は防衛砲台の外部制御端末だけを貫いた。

 砲台本体は沈黙する。

 爆発は起きない。

 基幹炉にも傷は入らない。

 セラはすぐに次の照準へ移る。

「一基停止。二基目、照準に入ります」

 ミオの声が返る。

『ありがとう、セラ。そこ、撃たないで止められた』

 セラはわずかに目を伏せた。

「撃ちました。でも、壊しませんでした」

 その言葉に、ミオが小さく笑う。

『うん。それでいい』


 レグナリア防衛線は、少しずつ形を変え始めていた。

 通常軍艦隊は壊滅していない。

 撃沈された艦もない。

 だが、航行不能となった艦が進路上から外され、防壁発生器の一部が停止し、防衛砲台の制御端末が沈黙している。

 戦力は残っている。

 けれど、ルクスの進路を完全に塞ぐ形ではなくなっていた。

 クラウスは戦況表示を見ながら、低く言った。

「ルクス側、こちらの艦艇中枢を狙っていません。航行制御、外部防壁、通信妨害部位のみを停止しています」

「砲台は」

「基幹部は無傷。旧命令層残滓の接続部だけを撃ち抜かれています」

 レオンは、表示の中の穴を見た。

 破壊の穴ではない。

 通過のための穴だ。

 レグナリア防衛線は、まだ戦える。

 だが、ルクスはその戦える部分を避けて進んでいる。

 厄介だった。

 倒す戦いなら、受け止めればいい。

 壊す戦いなら、壊し返せばいい。

 だが、通るための戦いは違う。

 相手は戦場全体を見て、残す場所を決めながら進んでくる。

「閣下」

 クラウスが言った。

「ルクス側は、我々を壊滅させるつもりはありません」

「分かっている」

「しかし、通すつもりもありません」

「それも分かっている」

 レオンはエリシオンの防壁を再展開した。

 アルタイルが正面にいる。

 その背後で、ミオの支援網が細く、しかし確実に道を作っている。

 レオンはカイトの機体を見た。

「お前達が壊さないつもりなら、こちらも壊される理由はない」

 通信を開く。

「前衛艦隊、陣形再編。航行不能艦は後退させろ。救助経路を開けたまま第二防衛線へ移る」

『閣下、それではルクスの進路が――』

「狭めろ。塞ぐな。塞げば、あちらは壊してでも進むしかなくなる」

 通信先が沈黙する。

 レオンは続けた。

「こちらの目的は本国を守ることだ。軍港を燃やすことではない」

『了解』

 クラウスが静かに言った。

「記録します。第二防衛線、被害抑制型へ移行」

「残せ」

 レオンはエリシオンを前へ出す。

「だが、私がいる限り、簡単には通さん」


 ミオの視界には、戦場全体が重なっていた。

 赤い敵性反応。

 青い保護領域。

 黄色い警戒線。

 白い進路候補。

 そして、黒く塗られた禁止領域。

 撃ってはいけない場所。

 巻き込んではいけない場所。

 残さなければならない場所。

 それらが多すぎて、普通なら戦いにならない。

 だが、ミオはその中に道を見つけていた。

「バリスタ、第三砲台の外部制御だけを狙って」

 遠距離支援機が照準を合わせる。

「ファランクス、右舷側の退避路を守って。撃たないで、盾だけ」

 防御機が前に出る。

「リーフガード、ルクスの進路に沿って展開。通常軍艦の救助信号には干渉しない」

 小型支援機群が、細い光の道を作る。

 ミオは指先を震わせながら、それでも管制を続けた。

 ルナ・ドール・リンクは、戦場を支配するための力ではない。

 今は、それを強く感じていた。

 支配ではなく、整理する。

 全部を撃つのではなく、撃たない場所を決める。

 全部を倒すのではなく、通るために必要な場所だけを止める。

 それが、今のミオの戦いだった。

「カイト、正面はまだ無理。エリシオンがいる」

「分かってる。じゃあ、道は?」

「作る。細いけど、作れる」

 ミオは息を吸った。

 表示上の保護領域を、もう一段階広げる。

 それによって攻撃可能範囲はさらに狭くなった。

 だが、代わりに一つだけ、誰も沈めず、軍港を傷つけず、ルクスが進める隙間が生まれた。

 ミオはその一点を指す。

「ここは撃たない。ここは残す。ここだけ、止める」

 バリスタが撃つ。

 弾は通常軍艦の装甲を外れ、その横に浮かぶ旧命令層中継ノードだけを撃ち抜いた。

 ファランクスが盾を出す。

 牽制弾を受け止め、破片を民間連絡線へ飛ばさない。

 リーフガードが進路を照らす。

 カイトがアルタイルを加速させる。

 レイとリンが、その進路の両側で余計な防衛ユニットだけを切り落とす。

 セラが二基目の砲台制御部を撃ち抜く。

 ナユが混入回線の反応を抑え続ける。

 そして、ルクス・ヴァルキュリアの巨体が、ゆっくりとその穴へ進んだ。

 レグナリア防衛線に開いたのは、破壊の裂け目ではなかった。

 撃たない場所を積み重ねて作った、通過のための穴だった。

 カイトはその光の道を見た。

「行ける」

 だが、正面にはまだエリシオンがいる。

 レオンは防壁を下げていない。

 通過の穴は開いた。

 それでも、最後の線は通常軍の指揮官自身が塞いでいる。

 通信が入った。

『見事だ、ルクス』

 レオンの声だった。

『通常軍を壊滅させず、防衛線に穴を開けた。だが、私はまだ退いていない』

 カイトは操縦桿を握る。

「分かっています」

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、エリシオンの前へ出る。

「俺達も、ここで壊すために戦っているわけじゃない」

『ならば、通る力を見せろ』

 エリシオンの防壁が再び展開する。

 ミオが、支援網をさらに細く絞った。

 セラが照準を止める。

 レイとリンが刃を下ろし、必要な瞬間を待つ。

 ナユが残響を追う。

 カイトは前を見た。

 壊さずに進む。

 倒さずに通る。

 そのための戦いが、今、形になり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ