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第343話 レオンの共闘線

 エリシオンが、監察局部隊の前に立った。

 白い中枢外縁部で、青白い防壁が広がる。

 その盾の向きは、ルクス・ヴァルキュリアではない。

 監察局端末群。

 通常軍機を照合波の中継点にし、無人機を盾として扱い、兵士達へ過負荷通信を流し込もうとする部隊。

 そこへ、レオンはエリシオンを向けた。

『通常軍機への過負荷通信を停止しろ。無人機群の盾運用を解除しろ。こちらの回収線を妨害するな』

 レオンの声は、冷たく中枢外縁部へ響いた。

 監察局端末群は警告を返す。

『命令層中枢防衛を阻害する行為です』

『違う』

 レオンは即座に返した。

『これは、帝国通常軍の兵員と装備の保護だ』

 監察局の小型端末群が、エリシオンの防壁へ向かって照合波を放つ。

 白い波が盾へぶつかり、青白い防壁が重く震えた。

 だが、エリシオンは下がらない。

 その背後では、過負荷通信を受けていた通常軍機が後退を始めている。

 監察局端末の前に盾として配置されていた無人機群も、クラウスの指示で回収線へ戻されつつあった。


 旗艦『グラトン』艦橋。

 クラウスは次々に届く記録を整理していた。

「第三小隊、後退完了。操縦者二名に意識混濁あり。医療班へ搬送」

 レオンの通信が返る。

『記録を残せ』

「記録中です。監察局からの過負荷通信、照合波中継指定、無人機盾運用命令、すべて保全しています」

『改竄される前に複数系統へ複製しろ』

「了解」

 クラウスは通常軍の作戦記録を保全領域へ退避させる。

 監察局の命令ログ。

 実際に出た負荷報告。

 無人機配置データ。

 照合波中継指定座標。

 監察局端末保護を優先した指示。

 それらは、後で必要になる。

 レオンは単に戦場で監察局を止めているのではない。

 帝国通常軍として、監察局の越権を証明する記録を残している。

 クラウスは、記録の保存先をさらに分散させた。

「監察局の上書き干渉、入りました」

『弾けるか』

「こちらの通常軍記録系で弾きます。ただ、長くは持ちません」

『なら、その間に十分残せ』

「はい」


 中枢外縁部の別方向から、高速機影が走った。

 GD-NM-01 ヘルメス。

 リュカ・ヴァレン率いるヘルメス隊だった。

 彼らは本来、外縁防衛線でルクス側を撹乱していた部隊だ。

 だが今、彼らが狙っているのはルクス側ではなかった。

 監察局端末の回収線。

 中枢外縁部から後方へ伸びる、細い無人回収ルートだ。

『リュカ隊、監察局端末回収線を確認』

 リュカの軽い声が通信に乗る。

『こいつら、逃げ道だけは綺麗に残してるな』

 クラウスが指示を送る。

『レオン閣下より命令。監察局端末の回収線を妨害。ただし、端末そのものの破壊は最小限。記録装置を残せ』

『面倒な注文だな』

『できるな』

『もちろん』

 ヘルメス隊が散開する。

 高速撹乱機らしく、直接正面から叩くのではない。

 監察局の小型回収機の前に入り、進路をずらす。

 回収用ビーコンをかすめ取る。

 端末の送信角度を狂わせる。

 監察局端末が記録を逃がそうとするたび、ヘルメス隊はその外側から回り込み、回収線を乱した。

 リュカが笑う。

『いつもはルクス側を引っかき回す仕事だったんだがな。今日は監察局か』

 別機が応じる。

『どっちも面倒なのは変わらない』

『違いない』

 軽口はあった。

 だが、動きは正確だった。

 ヘルメス隊は、監察局端末を破壊しきらない。

 逃げ道だけを潰す。

 記録を持ち帰らせないために。


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋にも、その動きは届いていた。

 三島が驚きを隠せない声で報告する。

「エリシオン、監察局部隊の進路を封鎖。ヘルメス隊も監察局端末の回収線を妨害しています」

 ジンは腕を組んだまま、モニターを見据えた。

「こちらへの攻撃は」

「現時点で確認されません。ただし、こちらを援護しているわけでもありません。通常軍機の回収と監察局端末の妨害を優先しています」

 黒瀬が静かに言う。

「監察局の越権を止めている、ということですね」

「レオンらしいと言えば、レオンらしい」

 ジンは短く息を吐いた。

「敵のままだが、線は引いたか」

 その時、外部通信が入った。

 送信元は『グラトン』。

 レオンからだった。

 三島がジンを見る。

「通信、開きますか」

 ジンは頷いた。

「繋げ」

 艦橋の正面モニターに、レオンの通信画面が開く。

 向こうの背景には、エリシオンの防壁が映っている。

 その奥で、監察局端末群が白い照合波を放ち続けていた。


『ルクス・ヴァルキュリア艦長、ジン』

 レオンの声が届く。

 そこに友好的な響きはない。

 ジンもまた、気を抜かずに返す。

「外縁方面軍指揮官、レオン。そちらの動きは確認している」

『なら、誤解するな』

 レオンはすぐに言った。

『共闘ではない。監察局の越権を止めるだけだ』

 艦橋に短い沈黙が落ちる。

 ジンは、わずかに口元を緩めた。

「分かっている。こちらも、君達が味方になったとは思っていない」

『なら話が早い』

「だが、監察局部隊を抑えてくれるなら、こちらは中枢内部に集中できる」

『好きにしろ。ただし、こちらの通常軍機へ干渉するな』

「こちらから通常軍機を撃つつもりはない。監察局端末が中枢内部へ干渉するなら止めるがな」

『それでいい』

 レオンの表情は硬い。

 敵同士としての距離は変わらない。

 だが、今この瞬間に限って、互いの線は重なっていた。

 監察局を止める。

 その一点だけで。

 ジンは言った。

「こちらは命令層中枢の内部攻略を続行する。監察局の観測ログと再同期基盤を止める」

『こちらは外縁部の監察局部隊を抑える。通常軍を実験材料にはさせない』

「了解した」

 レオンは少しだけ目を細めた。

『勘違いするな、ジン艦長。私は帝国軍人だ』

「分かっている」

『帝国防衛線を突破しようとするなら、次は止める』

 ジンは静かに答えた。

「その時は、その時だ」


 前線でその通信の一部を聞いていたカイトは、アルタイル・ノヴァ・ブレイスの操縦席でモニターを見た。

 外縁部に映るエリシオン。

 以前、ルクス側の進路を塞いだ盾の機体。

 今は監察局部隊の前に立っている。

 敵であることは変わらない。

 ルクス側を通すつもりもない。

 だが、通常軍を監察局の実験材料にしないために動いている。

 カイトは、少しだけ息を吐いた。

「敵なのに、分かりやすいな」

 ユイの声が通信に入る。

『分かりやすい?』

「ああ。味方じゃない。でも、自分の線は守ってる」

『それは……厄介だけど、信用できる部分もあるってこと?』

「たぶん」

 カイトは前方の中枢空間を見る。

「少なくとも、今は監察局よりずっと分かる」

 その時、レオンから別回線が入った。

 短い通信だった。

 三島が艦橋経由で繋ぐ。

『前衛機。霧島カイト、聞こえるか』

 カイトは少し驚いたが、すぐに応答する。

「聞こえています」

『そちらの内部攻略が遅れれば、監察局の強制作戦は外縁部へさらに広がる』

「分かっています」

『なら、止まるな』

 レオンの声は冷たかった。

 激励ではない。

 命令でもない。

 状況判断だった。

『中で止めるべきものは、そちらが止めろ。外の越権はこちらが止める』

 カイトは一瞬、言葉を探した。

 相手は敵だ。

 だが、今は同じものを止めようとしている。

「レオン指揮官」

『何だ』

「あなたは、味方ではないんですよね」

『当然だ』

 即答だった。

 カイトは小さく笑った。

「でも、通常軍としての線は守る」

『帝国軍人として当然のことだ』

「分かりました」

 カイトは前方を見た。

「なら、俺達は中を進みます」

『そうしろ』


 中枢内部では、外縁部の監察局干渉が弱まり始めていた。

 エリシオンの防壁が照合波の一部を遮り、ヘルメス隊が端末回収線を乱している。

 そのため、オルフェンが外側へ逃がそうとしていた一部の観測ログが遅延する。

 ミオがすぐに反応した。

『外側の干渉が少し薄くなりました。支援網を内部側へ戻せます』

 レータが防壁を確認する。

『こっちも圧力が少し落ちた。アミィ、大丈夫?』

『はい。防壁線、安定しています』

 ユイはノクス・レクイエムの中で、命令層の接続線を見た。

 外側からの補助線が一部途切れている。

 完全ではない。

 だが、内部攻略に集中できる余地が生まれた。

『カイト』

「聞こえてる」

『今なら、次の線が見える』

「じゃあ進む」

 カイトはアルタイルを前へ出す。

 セラ、ナユ、レイ、リンも進路を整える。

 ミオの支援網が先行し、セレス・バスティオンが後方を守る。

 ルクス側は、中枢内部のさらに奥へ進む準備を整えた。


 外縁部では、エリシオンが監察局部隊の前に立ち続けていた。

 ヘルメス隊は、監察局端末の回収線を妨害し続ける。

 クラウスは通常軍の作戦記録を保全し、監察局の命令ログを複数系統へ保存していた。

 レオンは、その全てを確認したうえで、ルクス側へ最後に通信を送った。

『中へ行け』

 その声は、静かだった。

 だが、緊張を解くものではない。

『だが勘違いするな。次に帝国防衛線へ来るなら、私は止める』

 カイトは前方を見据えたまま答えた。

「今は、それで十分です」

 通信が切れる。

 外では、帝国通常軍の盾が監察局の前に立つ。

 内では、ルクス側が命令層中枢の奥へ進む。

 それは共闘ではない。

 味方になったわけでもない。

 ただ、この瞬間だけ、止めるべきものが同じだった。

 その線の上で、レオンとルクスは一時的に並び立った。

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