表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
339/412

第337話 オルフェンの観測室

 命令層中枢の最深部に近い区画。

 そこは、戦闘管制室というには静かすぎた。

 砲撃命令を出す声もない。

 兵士達が走り回る足音もない。

 あるのは、無数の観測窓だけだった。

 白い空間の奥に浮かぶ複数の画面。

 そこには、ルクス側の機体配置、支援網の変化、防壁の強度、通信遅延、承認判断の流れ、PT達の反応値が、淡々と表示されている。

 オルフェンは、その中心に立っていた。

 表情は穏やかだった。

 怒りはない。

 焦りもない。

 命令層中枢へ侵入されたというのに、彼は不快そうですらなかった。

 むしろ、興味深い実験結果を前にした研究者のように、静かに画面を見ていた。

「対象Y、命令層切断能力を保持。ただし、切断後の空白を警戒し、実行を保留」

 彼の指が、次の観測窓へ移る。

「対象M、支援個体としての役割を超過。無人端末限定管制により、戦場形成を実行」

 次の窓。

「対象L、単独判断を抑制。対象Aとの相互確認により、突発判断誤差を補正」

 次。

「対象A、代替指揮支援個体としての再同期誘導に抵抗。対象Lの隣接反応により、自己応答を一時保持」

 次。

「対象I、命令外生活記録を提示。帝国式人格形成記録の再同期効果を一部低減」

 オルフェンは、ゆっくりと息を吐いた。

「興味深い」

 そこには称賛に似た響きがあった。

 だが、人を見ている声ではなかった。

 珍しい構造を観測している声だった。


 観測窓には、戦闘中のルクス側が映っている。

 カイトが前衛位置を維持している。

 ユイはノクス・レクイエムの起動準備を進めつつ、まだ本格起動していない。

 ミオは支援網を組み替え、無人端末を使って戦場を整えている。

 レータとアミィはセレス・バスティオンを展開し、防壁線を相互確認している。

 ナユは残響を拾い、セラは撃つべき時まで撃たない。

 レイとリンは、斬るために待つことを覚え始めている。

 黒瀬は承認判断を分担し、すべてを一人で抱える形を手放した。

 それらの動きは、帝国式の命令系統とは違っていた。

 命令が一方向に流れ、対象が従う。

 そういう構造ではない。

 確認し合い、受け取り、止め、待ち、選ぶ。

 非効率だ。

 遅い。

 数値化しにくい。

 だが、崩れない。

 オルフェンは、観測記録に新しい分類を作成した。

 ――自己応答保持構造。

 彼はその文字を見つめる。

「再同期できるか」

 画面が切り替わる。

 アミィへの再同期誘導記録。

 失敗。

「自己応答はどこまで保つか」

 ユイ、アミィ、レータ、ミオ、イリスの反応値が並ぶ。

 大きく揺れながらも、命令へ完全には戻っていない。

「支援構造はどこで壊れるか」

 ミオの支援網。

 セレス・バスティオン。

 イリスの記録。

 カナデの心理支援。

 黒瀬の監査分担。

 カイトとユイの通信線。

 それらが、互いに補助し合っている。

「PTはどの条件で命令へ戻るか」

 オルフェンは、淡々と仮説を並べる。

 孤立。

 空白。

 記録の上書き。

 支援網の切断。

 心理反応の過負荷。

 承認判断の遅延。

 防壁の反転。

 照合波の集中。

 そして、帰還場所の喪失。

 彼は最後の項目を見て、わずかに首を傾げた。

「帰る場所」

 それは、帝国式の管理語彙には存在しない言葉だった。

 だが、ルクス側の構造を説明するうえで、その言葉を使わざるを得なかった。

 食堂。

 医療区画。

 整備区画。

 観測席。

 艦橋。

 格納庫。

 そこへ戻るという認識が、PT達の自己応答を安定させている。

 非効率。

 非軍事的。

 非命令的。

 だが、効果がある。

 オルフェンは記録を続けた。

「ルクス側の帰還認識は、命令層再同期への抵抗要因として機能している」

 彼は画面を閉じる。

「ならば、その耐久性を確認する必要があります」


 帝国外縁側。

 レオンの部隊にも、命令層中枢からの通信が届いていた。

 エリシオンの艦内で、クラウスが受信内容を確認する。

「監察局より中枢防衛協力要請。優先度、極めて高」

 レオンは司令席で目を細めた。

「内容は」

 クラウスは一瞬だけ表示を読み、表情を曇らせた。

「……命令層照合波の防衛転用。通常軍機を中継点として使用。監察局端末の保護を最優先。ルクス側支援網の切断を補助せよ、とのことです」

「通常軍機を中継点?」

 レオンの声が低くなる。

「はい。詳細を見る限り、こちらの機体を照合波の反射板として使う想定です」

「搭乗者への負荷は」

 クラウスは答える前に、もう一度内容を確認した。

「記載がありません」

 レオンの視線が鋭くなる。

「記載がない?」

「はい。被害想定の項目は空欄です。代わりに、監察局端末の保全率と照合波反射効率が記載されています」

 艦内が静かになった。

 それは、通常軍への作戦要請ではなかった。

 監察局の装置を守るために、通常軍を部品として使う要請だった。

 クラウスはさらに読み進める。

「追加項目があります。命令層中枢内部の観測実験を継続するため、外縁部の通常軍は退避路を封鎖。必要に応じて、ルクス側だけでなく、監察局回収ルートを妨害する全対象を排除せよ、と」

 レオンは黙っていた。

 クラウスは続ける。

「この全対象には、通常軍機も含まれる可能性があります」

 レオンは低く言った。

「監察局は、我々を何だと思っている」

 クラウスは答えなかった。

 答える必要がなかった。


 レオンは、正面モニターに映る中枢外縁部を見た。

 ルクス側は敵だ。

 それは変わらない。

 彼らは帝国防衛線を突破し、命令層中枢へ侵入している。

 通常軍として、それを見過ごす理由はない。

 だが、監察局の命令もまた、見過ごせるものではなかった。

 帝国軍は、皇帝と帝国領を守るための軍だ。

 監察局の観測実験を成立させるための消耗品ではない。

 クラウスが慎重に言う。

「閣下、命令違反と取られる可能性があります」

「監察局の要請をそのまま受ければ、こちらの通常兵が照合波の中継点にされる」

「はい」

「負荷記載もない」

「はい」

「なら、それは作戦命令ではない」

 レオンは静かに断じた。

「実験手順だ」

 クラウスは目を伏せる。

 レオンは、しばらく中枢方向を見ていた。

 ルクス側への感情は複雑だった。

 彼らは敵だ。

 だが、今、命令層中枢の内部で何かを止めようとしている。

 一方で監察局は、通常軍すら観測材料にしようとしている。

 レオンの指が、肘掛けを軽く叩いた。

「クラウス」

「はっ」

「監察局からの要請は保留。部隊には防御態勢維持を命じろ。ただし、照合波中継には参加しない」

「よろしいのですか」

「責任は私が取る」

 レオンは冷たく言った。

「通常軍を、監察局の反射板にはしない」


 その通信拒否に近い保留判断は、すぐにオルフェンの観測室へ届いた。

 オルフェンは、レオン側の応答を確認する。

 通常軍協力要請、保留。

 照合波中継、未実施。

 エリシオン部隊、防御態勢維持。

 オルフェンは特に驚かなかった。

「レオン。通常軍指揮官としての自己判断を優先」

 彼は淡々と記録する。

「監察局命令への従属率、低下。通常軍倫理判断、上昇」

 まるで、レオンの反発すら観測項目の一つに過ぎないようだった。

 だが、その判断によって、外縁部の照合波反射計画は不完全になった。

 オルフェンは少しだけ別画面を見る。

 不完全。

 だが、実行不能ではない。

「通常軍中継が使えないなら、中枢内部の基盤を直接起動します」

 彼は記録装置を確認した。

 ルクス側の抵抗構造。

 PT達の自己応答保持。

 支援網の再構築。

 防壁の共同制御。

 命令外記録。

 承認判断の分担。

 近接判断の保留。

 射撃判断の保留。

 全てが記録されている。

 オルフェンにとって、勝敗は最初から第一目標ではなかった。

 倒すことではない。

 壊すことでもない。

 どこまで耐えるか。

 何を失えば戻るか。

 どの条件で、自己応答が命令へ変わるのか。

 それを観測すること。

 そのために、次の段階へ進む。

 彼は、記録装置の状態を確認した。

 記録回路、稼働。

 再同期補助波、待機。

 中枢基盤、接続準備完了。

 対象A、対象Y、対象L、対象M、対象I、反応保持。

 対象群、自己応答維持。

 オルフェンは静かに頷いた。

「よろしい」

 そして、白い操作盤に指を置いた。

「では、再同期基盤を起動する」


 その言葉は、中枢外縁の通信にも断片的に漏れた。

 レオンの艦橋にも、監察局通信の一部として届く。

 クラウスが顔を上げる。

「閣下。中枢内部で、再同期基盤起動準備を確認」

 レオンの表情が、わずかに険しくなった。

「再同期基盤だと」

「はい。対象は……ルクス側PT群だけではありません。波及範囲が広すぎます」

 レオンはモニターを見据えた。

 中枢の奥で、白い光が強くなっていく。

 監察局は、まだ止まる気がない。

 通常軍への影響も、省みる気がない。

 レオンは低く呟いた。

「監察局め」

 その声に、怒りはあった。

 だが、まだ動かない。

 彼はまだ、帝国通常軍の指揮官だった。

 だが、その目には、先ほどまでとは違う警戒が宿っていた。

 オルフェンが再同期基盤を起動する。

 その言葉に、レオンの表情がわずかに険しくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ