第325話 重火器担当の静かな仕事
《ルナ・ドール・リンク》の試験準備は、整備区画の奥で進められていた。
ミオのルナ・スケイル・リフレクトを中心に、修理済みGD/GFを無人端末として限定管制する。
最初に使うのは、三機。
GD-06 バリスタ。
GD-11 ファランクス。
GF-07 リーフガード。
バリスタは中距離制圧。
ファランクスは前面防御。
リーフガードは管制線保護。
それは、ミオの支援網に手足と砲台を与える運用だった。
便利な力だ。
これまでミオ一人に集中していた支援負荷を分散できる。
監察局ビーコン、偽残響基準点、隔離場の節点を、面で押さえることができる。
だが、面で押さえるということは、面で撃つということでもある。
そして、面で撃つ力は、使い方を間違えれば味方も巻き込む。
整備区画、重火器調整ベイ。
GD-06 バリスタが固定台に乗せられていた。
外装はまだ完全ではない。
帝国製の識別部品は外され、地球側の安全装置とルクス側の支援網中継器が仮設されている。
背部の砲撃ユニットは、出力を大きく下げられた状態で点検中だった。
グリッドは端末を見ながら唸る。
「出力を絞るだけじゃ駄目だな。支援網経由だと、照準補正が思ったより滑る」
タツヤが別の端末を確認する。
「バリスタ側の元々の制圧範囲が広すぎる。狙う機体じゃなく、区域を撃つ設計だ」
コウタが緊張した顔で砲撃ユニットを見上げる。
「これ、本当に無人端末にして大丈夫なんですか」
グリッドはすぐには答えなかった。
その代わりに、整備区画の奥から低い声がした。
「大丈夫かどうかを決めるのが、今の仕事だ」
レガロンだった。
重火器担当。
普段は整備班の中でも目立つ方ではない。
グリッドやタツヤのように前面で全体を仕切ることは少ない。
コウタのように若手として騒がれることも少ない。
だが、重火器、砲撃装置、出力制御、射線安全管理になると、彼の確認は必ず通る。
レガロンはバリスタの砲撃ユニットを見上げ、端末を操作した。
「砲身の出力だけを見るな。反動制御、拡散幅、支援網遅延、停止信号の伝達時間。全部を見る」
コウタが慌てて端末を確認する。
「はい!」
グリッドが少しだけ肩をすくめる。
「今日はお前の場だな、レガロン」
「重火器を動かすならな」
レガロンは淡々と答えた。
ミオは、少し離れた場所でその作業を見ていた。
ルナ・スケイル・リフレクトの支援網を通して、バリスタを動かす。
そう聞いた時、ミオは必要な強化だと思った。
支援網だけでは、もう足りない。
タナトスは支援節点を裂き、モルスは防御座標を撃ち抜こうとした。
監察局は、彼女達の連携そのものを狙ってくる。
だから、支援網に端末が必要になる。
盾が必要になる。
砲台が必要になる。
分かっている。
だが、目の前のバリスタは大きい。
支援という言葉だけでは片づけられない砲撃装置が、そこにある。
ミオが小さく言った。
「これを、私が撃つんですね」
その声に、レガロンが振り返った。
「違う」
ミオは顔を上げる。
レガロンは端末を閉じ、彼女の前に立った。
「お前が撃つんじゃない。お前が撃つ範囲を決める」
「撃つ範囲……」
「そうだ」
レガロンはバリスタを指す。
「バリスタは点を撃つ機体じゃない。面を抑える機体だ。敵一機を狙い撃つなら、セラの方が向いている。こいつの仕事は、ここから先へ来るな、この線を越えるな、この範囲にビーコンを置くな、と戦場に線を引くことだ」
ミオは黙って聞いていた。
「だが、その線を間違えれば、味方も巻き込む」
整備区画の音が少しだけ遠くなる。
レガロンは続けた。
「面で撃つというのは、そういうことだ。撃った後に、そこへ誰がいたのかを考えても遅い。撃つ前に、誰を入れないか、誰を逃がすか、どこを空けるかを決める」
ミオは、バリスタの砲撃ユニットを見る。
「支援のために撃つなら、なおさら」
「そうだ」
レガロンは頷いた。
「支援だから安全、ということはない。支援の火器ほど、味方に近いところで使う。だから怖い」
黒瀬が整備区画へ入ってきた。
手には、当然のように運用条件の端末を持っている。
「その話であれば、確認しておくべき記録があります」
グリッドが苦い顔をする。
「また書類か」
「必要な記録です」
レガロンは黒瀬を見た。
「L系列量産試験の事故記録か」
ミオの表情が少し変わる。
黒瀬は頷き、端末を表示した。
PT-L系列量産試験記録。
重装防衛演習。
面制圧火器および防壁展開試験。
防衛線形成成功率、高。
統率支援評価、高。
ただし、低頻度重大誤判断あり。
記録の一部が開かれる。
味方後退線を敵進路と誤認。
防壁展開位置を前方へ誤設定。
随伴GD三機、退避経路を一時喪失。
面制圧火器の警告射界に味方機を含む。
実損害は訓練出力のため軽微。
実戦出力時、部隊損耗リスク極大。
評価。
指揮・統率型量産個体として危険。
ミオは息を呑んだ。
「味方を……」
黒瀬は淡々と説明する。
「L系列は、防衛線形成と重装統率において高い成果を示しました。しかし、低頻度で後退線や随伴機位置を誤認し、防壁や面制圧火器で味方を巻き込む可能性が確認されています」
タツヤが静かに言う。
「九十九回うまくいっても、一回で部隊ごと潰れる」
コウタは小さく呟いた。
「だから凍結……」
レガロンが頷く。
「重火器や防壁の誤判断は、機体一機の失敗じゃ済まない」
ミオは画面から目を離せなかった。
レータの「低頻度重大誤判断」は、日常では厨房立入制限や転倒事故として笑いと心配の中に収まった。
だが、戦場では違う。
重装防衛機が防壁を張る位置を間違える。
面制圧火器が味方の退路を塞ぐ。
指揮型が一瞬だけ線を誤る。
それは、味方を守るはずの力で味方を傷つけることになる。
「私の支援網も、同じことをするかもしれない」
ミオが小さく言った。
グリッドがすぐに言う。
「だから条件を付ける」
黒瀬も頷く。
「だから承認手順を作ります」
レガロンは静かに言った。
「だから重火器担当がいる」
レガロンは、バリスタの砲撃範囲シミュレーションを表示した。
赤い面が広がる。
それがバリスタの制圧可能範囲。
ミオの支援網が補正を入れると、その面は細かく分割される。
「見ろ」
レガロンが言う。
「一枚の面で撃つな。面を小さく割る」
赤い面が、複数の小さな区画へ分かれた。
「この区画は撃てる。この区画は味方の退避路だから撃てない。この区画は敵のビーコンが入りやすいが、ナユの残響線と重なるから一秒待つ。この区画はセラの射線を作るために抑える」
ミオは画面を見つめる。
「撃つ場所を決めるだけではなく、撃たない場所を決める」
「そうだ」
レガロンは頷いた。
「重火器担当の仕事は、敵を吹き飛ばすことじゃない。撃っていい範囲と、絶対に撃ってはいけない範囲を決めることだ」
コウタが小さく言う。
「撃つ人なのに、撃たない場所を決めるんですね」
「撃つ力が大きいほど、撃たない判断が要る」
レガロンは短く答えた。
ミオは、その言葉を受け止めた。
支援網を広げる。
味方を繋ぐ。
守る。
それだけなら、これまでと同じだった。
だが、《ルナ・ドール・リンク》は違う。
支援網の先に砲台がある。
面制圧がある。
進路を塞ぐ力がある。
ならば、彼女は支援するだけでなく、撃ってはいけない場所を決めなければならない。
試験は低出力で始まった。
バリスタは固定台の上で、仮想目標へ向けて制圧射撃を行う。
実弾ではなく、光学模擬弾。
威力はない。
だが、照準範囲、拡散幅、停止信号、支援網遅延は実戦に近い形で記録される。
ミオはルナ・スケイル・リフレクト側の支援端末に接続した。
「支援網、接続します」
黒瀬が確認する。
「運用条件、読み上げます。自律攻撃禁止。ミオ支援網から切断された場合、即時停止。対象は模擬監察局ビーコンのみ。味方識別領域への射撃禁止。退避路優先。射撃範囲分割、必須」
グリッドが言う。
「よし。バリスタ、低出力で起動」
バリスタの砲撃ユニットが動く。
ミオの支援網が伸び、仮想戦場に赤い制圧面が表示される。
最初の模擬目標が現れた。
監察局ビーコンを模した小型反応。
その周囲には、味方機を示す青い反応が二つ。
さらに後方には退避路がある。
ミオは一瞬迷った。
撃てばビーコンを抑えられる。
だが、制圧面が広すぎる。
味方の退避路を一部塞ぐ。
「撃ちません」
ミオは言った。
レガロンが頷く。
「正解だ」
次の目標。
ビーコン群が三つ。
味方反応は離れている。
だが、ナユの残響線を示す薄い補助ラインが近い。
ミオは制圧面を二つに割った。
「左側だけ抑えます。右はナユさんの索敵線と重なるので待ちます」
バリスタが低出力で撃つ。
赤い面の一部だけが光り、ビーコン二つを制圧。
右側のビーコンは残る。
コウタが画面を見る。
「全部撃てそうだったのに」
レガロンは言う。
「全部撃たないのが大事だ」
ミオは、少しだけ息を吐いた。
「怖いですね」
「怖くていい」
レガロンは答えた。
「怖がらないやつに、面制圧は任せられない」
試験が進むにつれ、ミオは少しずつ操作を覚えていった。
バリスタで敵を倒すのではない。
敵の動く面を制限する。
味方が通る線を残す。
セラが撃つ一点を作る。
ナユが拾う時間を作る。
レイやリンが近づく道を開ける。
カイトが前に出るための隙間を作る。
面を撃つ。
だが、全部を塗り潰さない。
支援のための面制圧。
それが、《ルナ・ドール・リンク》の初期運用だった。
グリッドがログを見ながら言う。
「初回にしては悪くない」
タツヤも頷く。
「支援網の遅延は想定内。バリスタ側の停止信号も通ってる」
黒瀬が記録する。
「低出力試験、第一段階完了。ミオ本人の判断により、退避路を優先して射撃保留した事例あり。良好」
ミオは少し驚いた。
「撃たなかったことも良好なんですか」
レガロンが答える。
「重火器では、撃たない判断も成果だ」
ミオは、その言葉を静かに受け取った。
休憩中、レガロンはバリスタの砲撃ユニットを点検していた。
ミオは、少し離れた位置から彼を見ていた。
派手なことはしない。
大きな声も出さない。
だが、砲撃範囲の確認、停止信号の二重化、味方退避路の表示、出力制限。
ひとつひとつが丁寧だった。
ミオは近づいて尋ねた。
「レガロンさんは、重火器が怖いんですか」
レガロンは作業の手を止めないまま答える。
「怖い」
即答だった。
「だから扱う」
「怖いから、扱うんですか」
「怖くないやつに任せる方が怖い」
ミオは少しだけ目を伏せた。
レガロンは続ける。
「重火器は、撃てば結果が出る。壁を壊す。敵を止める。面を押さえる。分かりやすい力だ」
工具を置き、彼はバリスタを見上げた。
「だが、分かりやすい力ほど、間違えた時の言い訳がきかない。撃った後に、支援のつもりだったと言っても、巻き込まれた味方は戻らない」
ミオは静かに聞いていた。
「だから、撃つ前に決める。ここは撃つ。ここは撃たない。ここは一秒待つ。ここはセラに任せる。ここはレイやリンの道として残す。そうやって、撃つ範囲を決める」
「それが、重火器担当の仕事」
「そうだ」
レガロンは頷いた。
「派手に撃つことじゃない。撃った後に味方が戻ってこられるように撃つことだ」
ミオは、ゆっくり頷いた。
「私も、そうします」
試験後、ミオは黒瀬の運用条件を改めて確認した。
自律攻撃禁止。
切断時即時停止。
同時管制三機まで。
攻撃対象限定。
退避路優先。
味方識別領域への射撃禁止。
面制圧範囲分割必須。
重火器担当による事前射界確認。
ナユ残響線、セラ射線、レイ・リン近接進路との干渉確認。
黒瀬承認記録。
ジン最終判断。
多い。
面倒だ。
戦闘中にすべてを意識するのは難しい。
だが、必要だった。
ミオは端末を閉じる。
「条件が多い理由が、少し分かりました」
黒瀬が頷く。
「条件は、ミオを縛るためだけのものではありません」
「はい。私一人に、撃つ責任を全部背負わせないためのものですね」
黒瀬は少しだけ目を動かした。
「その通りです」
グリッドが横から言う。
「珍しく理解が早いな」
ミオは苦笑する。
「黒瀬さんの書類にも意味がありますから」
黒瀬は淡々と言った。
「常に意味があります」
コウタが小声で言う。
「常に……」
タツヤが肩を叩く。
「そこは黙っておけ」
整備区画の端で、コウタはバリスタを見上げていた。
「面制圧って、便利だけど怖いんですね」
レガロンは隣に立つ。
「便利なものは大体怖い」
「身も蓋もないですね」
「だから整備する。だから出力を落とす。だから停止信号を二重にする」
コウタは端末を見た。
「撃つ範囲を決めるって、地味ですけど大事なんですね」
「地味だから大事だ」
レガロンは短く答えた。
「戦場で目立つのは撃った瞬間だ。だが、その前に撃っていい範囲を決める仕事がある。誰も見ていないところでな」
コウタは、少しだけ表情を引き締めた。
「僕も覚えます」
「覚えろ。ミオが安心して使えるようにするのは、こっちの仕事でもある」
「はい」
その日の試験記録は、艦橋へ送られた。
ジンはそれを確認し、短く頷いた。
『ミオ、どうだった』
通信越しに問われ、ミオは少しだけ考えた。
「怖かったです」
『そうか』
「でも、必要です。敵を倒すためではなく、味方が動ける場所を作るために」
ジンは黙って聞いていた。
「面で撃つことは、面で守ることにもなる。でも、間違えれば味方を巻き込む。だから、撃たない場所も決めます」
レガロンが少しだけミオを見た。
ミオは続ける。
「《ルナ・ドール・リンク》は、私が火力を得るためのものではありません。支援網に、押し返す力を持たせるためのものです」
ジンが頷いた。
『いい認識だ。黒瀬、条件は』
黒瀬が答える。
「初期試験運用条件を維持。実戦投入時はジン艦長承認、重火器担当確認、ミオ本人同意を必須とします」
『分かった』
ジンは少しだけ間を置き、言った。
『レガロン』
「はい」
『重火器担当として、引き続き見ろ』
「了解しました」
それだけのやり取りだった。
だが、レガロンにとっては十分だった。
試験終了後、バリスタは一度停止された。
砲撃ユニットは冷却され、支援網中継器も安全状態へ戻される。
ファランクスとリーフガードの連動試験は、次に回された。
ミオは、ルナ・スケイル・リフレクトの支援端末から手を離した。
その手は少し震えていた。
カナデが近くへ来る。
「大丈夫?」
ミオは正直に答えた。
「大丈夫ですが、少し怖いです」
「怖いままでいいと思うわ」
「レガロンさんにも言われました」
カナデは微笑む。
「重い力を扱う時に怖いと思えるのは、大事なことよ」
ミオは頷いた。
「私は、支援のために面制圧を使います」
「ええ」
「撃つ場所だけではなく、撃たない場所も守ります」
カナデは静かに頷いた。
「それが、ミオちゃんらしい使い方ね」
ルクス・ヴァルキュリアでは、また一つ準備が整った。
ミオの支援網に、押し返すための手が加わる。
ただし、その手は自由に振り回されるものではない。
撃つ範囲を決め、撃たない場所を残し、味方が戻る道を塞がないように使う。
レガロンは、バリスタの停止ログを確認していた。
派手な仕事ではない。
誰かのように前へ出るわけでもない。
物語の中心で名前を呼ばれることも少ない。
だが、重火器担当の仕事はそこにある。
撃つ力を整える。
撃つ範囲を決める。
撃たない場所を守る。
そして、撃った後に味方が帰ってこられるようにする。
命令層中枢へ進む前に、ルクス・ヴァルキュリアはまた一つ、危険な力の扱い方を覚えた。
面で撃つ怖さを知った上で。
支援のために、その面を使う。
それが、《ルナ・ドール・リンク》の最初の一歩だった。




