第303話 カルディア・ベイ
レグナリアで得た記録は、答えではなかった。
Y系列。
A系列。
L系列。
セレスティア。
ノクス・リリス。
それらに関する索引は見つかった。
だが、詳細は別の場所へ送られていた。
帝国中央軍港『レグナリア』は、あくまで輸送と保管の結節点だった。
物資を受け取り、艦隊へ流し、必要な部材を別施設へ送る場所。
そこで見つかった記録の多くは、ひとつの名前へ繋がっていた。
巨大建造ブロック『カルディア・ベイ』。
艦艇。
GD。
特殊装備。
PT関連部材。
命令層接続補助装置。
セレスティア改修履歴。
ノクス・リリス封印関連記録。
その多くが、カルディア・ベイを経由していた。
ルクス・ヴァルキュリア艦橋。
中央画面には、レグナリアから取得した輸送索引が表示されていた。
黒瀬、クロエ、エルが整理した記録をもとに、カルディア・ベイ方面への推定航路が組まれている。
「輸送記録を再確認します」
黒瀬が端末を操作する。
「レグナリアからカルディア・ベイへ搬送された記録には、PT系列部材、機体制御核、命令層接続補助装置、セレスティア関連改修パッケージ、ノクス・リリス封印処置関連部材が含まれています」
ジンは画面を見つめた。
「つまり、レグナリアは通過点で、本命はカルディア・ベイか」
「はい」
クロエの通信が解析室から入る。
『レグナリアに残っていたのは、保管と輸送の索引です。詳細な改修履歴や設計記録は、カルディア・ベイ側の建造管理端末、あるいは研究中枢側に残っている可能性が高いです』
エルも続ける。
『特にセレスティアは、初期設計と後期改修の差が大きいです。命令層接続強化がどこで行われたのか、カルディア・ベイの記録を見れば分かるかもしれません』
ユイが静かに言う。
「ノクス・リリスの封印理由も、そこにあるかもしれないんですね」
「可能性は高いです」
黒瀬が答える。
「ノクス・リリスは、Y系列との高同期と命令層切断反応の拡大を理由に封印されたと記録されています。しかし、その処置がどこで行われ、どの部材が使われたのかは、まだ分かりません」
グリッドの通信が入った。
『建造ブロックなら、封印処置も改修もできる。機体をバラして組み直すには、軍港よりそっちの方が向いてるからな』
タツヤが続ける。
『GDや特殊機の改修も同じだ。セレスティア、タナトス、モルスの一部がそこで組まれていても不思議じゃない』
艦橋の空気が重くなる。
カルディア・ベイは、ただの工場ではない。
帝国が兵器を作り、改修し、再定義してきた場所だ。
そして、おそらくPT達に関わる機体も、そこで組み替えられている。
前方の宇宙に、カルディア・ベイの輪郭が現れた。
最初に見えたのは、光だった。
無数の作業灯。
溶接光。
輸送ゲートの誘導灯。
巨大フレームを動かす推進灯。
それらが、暗い宇宙に帯のように並んでいる。
やがて、全体像が見えた。
巨大な建造ブロック。
複数のドックが骨格のように組み合わされ、その内側で未完成の艦艇が固定されている。
別の区画では、GD用の大型フレームが列をなし、作業アームに吊られていた。
さらに奥には、通常軍の整備区画とは明らかに違う、黒い隔壁に囲われた施設群がある。
そこには、監察局の識別反応が濃く残っていた。
「……工場というより、都市ですね」
ミオが呟く。
レイが低く言う。
『あの規模で機体を作ってるのか』
イリスが端末を確認する。
「通常軍建造区画、GD整備区画、特殊機隔離区画、監察局管理区画が混在しています。区画ごとに認証形式が異なります」
黒瀬が補足する。
「カルディア・ベイは、通常軍の建造施設であり、監察局の改修・保管施設でもあるようです。レグナリア以上に権限が複雑です」
ジンは前方を見据えた。
「正面から入れば」
「即座に通常軍と監察局の双方が反応します」
「だろうな」
ジンは短く息を吐く。
「目的は記録取得と、必要最小限の部材確保だ。施設制圧はしない」
黒瀬が頷く。
「カルディア・ベイ接触時の基本方針を確認します。主目的、A系列設計書、セレスティア改修記録、ノクス・リリス封印関連記録の取得。副目的、追跡タグ除去可能な帝国規格部材の限定確保。回収判断は整備班、回収班、監査担当の共同承認」
グリッドがぼやく。
『副目的、って便利な言葉だな』
「便利に使わないでください」
黒瀬は即答した。
『分かってるよ。今回は本当に必要な分だけだ』
「その言葉も記録します」
『するな』
「します」
艦橋に、ごく短い笑いが生まれた。
だが、前方に広がるカルディア・ベイの威圧感は、その空気をすぐに押し戻した。
格納区画。
整備班は、カルディア・ベイ接触に向けた準備を進めていた。
グリッド、タツヤ、コウタ、エル。
それぞれが別の端末を開き、必要な部材のリストを確認している。
「欲しいものは山ほどある」
グリッドが言った。
「だが、持って帰っていいものは限られる。追跡タグ付き、監察局認証付き、命令層接続装置の未処理品は全部アウトだ」
コウタが端末を見て顔をしかめる。
「帝国規格部材って、ほとんど何かしらタグ付いてませんか?」
「付いてる。だから取れる物を選ぶんだよ」
タツヤが、倉庫側のリストを開いた。
「量産型GDの予備機も、動かすなら部材がいる。モルテム、セレネ、ファランクスあたりは、作業用や盾役に回せる可能性がある」
コウタが目を丸くした。
「本当に動かすんですか? ユイさんが倉庫に並べてるあれを?」
少し離れた場所で端末を見ていたユイが、静かに顔を上げた。
「並べているのではなく、保管しています」
「すみません、言い方を間違えました」
グリッドが苦笑する。
「まあ、悔しいが使い道はある。戦闘用じゃない。作業機、盾、囮、中継点設置用だ」
エルが補足する。
「ただし、電子戦型やステルス型は危険です。オブスクラやノワールのような機体は、再起動前に監査と隔離が必要です」
黒瀬の通信が即座に入った。
『その話は全て記録しています。再起動許可はまだ出ていません』
グリッドが天井を仰ぐ。
『聞いてると思ったよ』
『当然です』
ユイは少しだけ残念そうに目を伏せた。
「では、まだ展示……保管のままですね」
「今、展示って言いかけたな」
コウタが思わず突っ込む。
タツヤはため息をついた。
「ともかく、カルディア・ベイで部材が手に入れば、選択肢は増える。だが、持ち帰るものを間違えたら、艦内に追跡装置を積むのと同じだ」
グリッドは頷いた。
「だから回収班と監査担当を噛ませる。ラスト・オーダー側にも準備させろ」
ラスト・オーダー側の作業区画では、リノヴァ・セイルが回収班の人員を整理していた。
回収対象は、通常の物資ではない。
帝国規格の部材。
GD補修用フレーム。
旧式認証端末。
追跡タグの可能性があるコンテナ。
命令層関連装置の周辺部品。
拾えば役に立つ。
だが、危険でもある。
「今回は、見つけたものを片っ端から持ち帰る作戦ではありません」
リノヴァが回収班に告げる。
「黒瀬さんの承認、グリッドさんかタツヤさんの技術確認、こちらの回収安全確認。その三つが揃った物だけ持ち帰ります」
回収班の一人が小さく笑った。
「ユイさんに聞かせたら悲しみそうですね」
「だからこそ、先に言っておきます」
リノヴァは淡々と答えた。
「悲しんでも持ち帰らせません」
通信でその一部を聞いていたユイが、艦橋側で静かに俯いた。
「……必要な制限です」
カイトが横で苦笑する。
「今、すごく残念そうだった」
「必要な制限です」
「二回言った」
保護区画。
アミィとレータは、カルディア・ベイの映像を見ていた。
巨大な建造ブロック。
未完成の艦。
並ぶGDフレーム。
奥に見える黒い監察局管理区画。
「ここで、セレスティアが変えられたかもしれないんですね」
アミィが言った。
レータは頷く。
「記録では、その可能性が高い」
「守るための機能が、命令に繋ぐために変えられた場所」
アミィの声は小さい。
だが、以前よりも言葉がはっきりしている。
「怖いです」
「うん」
「でも、見たいです」
「一緒に見る」
レータはそう言った。
アミィは少しだけレータを見て、それから頷いた。
「はい」
ヴァルクレイド・セレスの防壁反応が、静かに安定していた。
カルディア・ベイは、セレスティアが変えられた場所かもしれない。
ならば、そこにはヴァルクレイド・セレスをさらに守るための手がかりもある。
縛るために改修された記録を、守るために読み直す。
それが、二人にとっての目的だった。
別の区画で、ユイはノクス・レクイエムの前に立っていた。
カイトも隣にいる。
カルディア・ベイには、ノクス・リリスの封印関連記録があるかもしれない。
命令層切断補助機構。
Y系列との過剰同期。
単独運用禁止。
封印保管。
それらの言葉が、まだユイの中に残っていた。
「ノクス・リリスが封印された理由を、知ることになるかもしれません」
ユイが言った。
カイトは頷く。
「うん」
「怖くない、と言えば嘘になります」
「うん」
「でも、知らないまま使う方が怖いです」
カイトはユイを見る。
「なら、一緒に確認しよう」
「はい」
ユイは小さく頷いた。
「切る力をどう使うかを決めるためにも、なぜ封印されたのかを知っておきたいです」
ノクス・レクイエムは、黙っていた。
だが、その黒い装甲の奥にあるノクス・リリスの中核は、確かに過去の記録へ繋がっている。
帝国通常軍艦『グラトン』。
レオンは、カルディア・ベイ方面へ向かうルクス・ヴァルキュリアの進路を見ていた。
「対象艦、カルディア・ベイ方面へ進行中」
クラウスが報告する。
「監察局より、通常軍への支援要請。カルディア・ベイ周辺の防衛線を再配置し、対象艦を監察局管理区画へ誘導せよ、とのことです」
レオンは眉を動かさなかった。
「またか」
「はい」
クラウスは端末を見ながら続ける。
「加えて、本国からはカルディア・ベイの防衛強化命令が出ています。表向きは建造施設防衛ですが、監察局の指定座標が含まれています」
レオンは前方画面を見る。
カルディア・ベイ。
帝国の艦艇と兵器を作る巨大建造ブロック。
通常軍にとっても重要な施設である。
守ること自体に異論はない。
だが、監察局の指定座標は防衛線として不自然だった。
敵を止める配置ではない。
特定の区画へ誘導する配置だ。
「本国は、監察局の意図を承知しているのか」
クラウスは一瞬だけ黙った。
「承知している可能性が高いかと」
レオンの表情がわずかに険しくなる。
「通常軍の防衛線を、実験場の柵にする気か」
「命令文上は、防衛協力です」
「言葉は便利だな」
レオンは低く言った。
彼はルクス・ヴァルキュリアを見逃すつもりはない。
カルディア・ベイへ接近するなら、通常軍として止める必要がある。
だが、監察局が望む形で追い込むつもりもなかった。
「クラウス」
「はい」
「グラトンは、通常軍防衛線を独自に再配置する。監察局指定座標は採用しない」
「本国から再命令が来る可能性があります」
「来るだろうな」
レオンは短く答えた。
「その時は、防衛上の合理性を理由に却下する」
「了解しました」
クラウスは頷いた。
レオンは画面に映るカルディア・ベイを見た。
「何を隠している」
それは、ルクス・ヴァルキュリアに向けた言葉ではなかった。
帝国本国と監察局に向けた問いだった。
監察局管制区画。
オルフェン・グラードは、カルディア・ベイの防衛配置を確認していた。
「対象艦、カルディア・ベイ方面へ進行」
局員が報告する。
「レグナリアで取得した索引に従い、A系列設計書、セレスティア改修記録、ノクス・リリス封印関連記録を探すものと思われます」
「予定通りだ」
オルフェンは淡々と言った。
「カルディア・ベイ側の記録群を、閲覧可能範囲へ再配置しますか」
「一部だけだ」
画面に、複数の記録が表示される。
セレスティア初期設計。
命令層接続後期改修。
A系列安定化試験。
ノクス・リリス封印処置。
GD-NM特殊機改修ログ。
タナトス隔離場調整。
モルス砲撃座標固定系。
「すべては見せない。だが、必要な断片は見えるようにしておく」
「目的は」
「彼ら自身に選ばせるためだ」
オルフェンは答えた。
「セレスティアの本来機能を知れば、対象Aと対象Lはさらに記録を欲しがる。ノクス・リリスの封印理由を知れば、対象Yは次を見ようとする。特殊GDの改修ログを見れば、彼らは対策を欲しがる」
「誘導ですね」
「いいや」
オルフェンは表情を変えない。
「選択肢の提示だ」
局員は何も言わなかった。
監察局にとって、記録は兵器だった。
見せる記録。
隠す記録。
断片だけ開く記録。
その配置によって、人の心の進路すら変えることができる。
「施設防衛は」
「強化しろ。通常軍には通常軍の動きをさせる。監察局は管理区画を守る」
「タナトス、モルスの再投入は」
「待機。カルディア・ベイ内部では、別の手も使える」
オルフェンは、建造ブロックの黒い監察局管理区画を見つめた。
「ここは戦場である前に、作る場所だ。作ったものを、もう一度見せるにはふさわしい」
ルクス・ヴァルキュリア艦橋。
カルディア・ベイが、さらに近づいていた。
巨大な建造ブロックの外周には、通常軍艦艇が配置されつつある。
その内側には、監察局の識別反応。
さらに奥には、レグナリアで見つかった記録と一致する古い保管区画があった。
「接近すれば、確実に防衛線に触れます」
黒瀬が言う。
「正面突破は避けるべきです。ただし、記録取得には施設内の端末へ接触する必要があります」
ジンは頷いた。
「次は、施設接触だな」
「はい」
黒瀬は端末を閉じる。
「カルディア・ベイには、記録だけでなく、帝国規格部材もあります。ですが、回収は必要最小限。主目的は、A系列設計書、セレスティア改修記録、ノクス・リリス封印記録の取得です」
ユイ、レータ、アミィがそれぞれ静かに頷いた。
カルディア・ベイ。
そこは、帝国が艦を作り、GDを組み、特殊機を改修した場所。
セレスティアを変え、ノクス・リリスを封じ、PT関連部材を別の形へ組み込んだかもしれない場所。
そこに行けば、また痛い記録を見ることになる。
だが、見なければ、帝国の記録は帝国の言葉のまま残る。
ジンは前方を見据えた。
「全艦、カルディア・ベイ接触準備。戦闘は避ける。記録を取る。必要なものだけを回収する」
グリッドの通信が入る。
『了解。必要なものだけ、だな』
黒瀬が即座に返す。
「その判断はこちらで行います」
『分かってるよ』
ユイが小さく言った。
「必要なものだけ……」
カイトが横を見る。
「ユイ?」
「分かっています。今回は我慢します」
ジンは前を向いたまま、少しだけ口元を緩めた。
それでも、誰も油断はしなかった。
カルディア・ベイは近い。
そこには、彼女たちの機体が変えられた記録がある。
そして、帝国がまだ使おうとしている部品と技術が眠っている。
ルクス・ヴァルキュリアは、巨大建造ブロックへ向けて進む。
戦場ではなく、作る場所へ。
だが、その場所こそが、彼女たちを兵器として作り替えてきた場所だった。




