第304話 建造ブロック接触
カルディア・ベイは、近づけば近づくほど巨大だった。
外から見れば、無数のドックとフレームが連なる建造ブロック。
だが、その内側に近づくと、そこが単なる工場ではないことが分かる。
未完成の艦艇。
固定されたGDフレーム。
巨大な作業アーム。
部材を運ぶ無人搬送機。
命令層関連装置を保管する黒い隔壁。
そして、そのすべてを見下ろすように配置された監察局の識別ビーコン。
ここは、兵器を作る場所だった。
同時に、作った兵器を別のものへ変える場所でもあった。
ルクス・ヴァルキュリアの目的は、そこを制圧することではない。
記録を取ること。
必要最小限の部材を確保すること。
そして、セレスティア、ノクス・リリス、A系列、特殊GDに関する改修記録へ接触することだった。
艦橋では、作戦の最終確認が行われていた。
中央画面には、カルディア・ベイ外縁の推定構造図が表示されている。
通常軍建造区画。
GD整備区画。
監察局管理区画。
古い技術記録端末。
そして、レグナリアの索引と一致する保管ノード。
黒瀬が説明する。
「今回の目的は、カルディア・ベイ外縁技術記録端末への接触です。施設制圧は行いません。接触時間は最大三分。逆探知、または監察局系GDの増援が確認された時点で撤退します」
ジンが確認する。
「取得対象は」
「第一に、A系列設計書の詳細索引。第二に、セレスティア改修記録。第三に、ノクス・リリス封印関連記録。第四に、タナトス、モルスの整備記録断片です」
グリッドの通信が入る。
『ついでに帝国規格部材の確認だな』
黒瀬はすぐに返す。
「副目的です。回収は、追跡タグ除去可能、命令層接続なし、技術班と監査担当の承認を得たものに限定します」
『分かってる。分かってるが、現場で見たら欲しくなるんだよ』
「欲しいかどうかではなく、安全かどうかで判断します」
コウタが小さく通信に入った。
『グリッドさん、今のは完全に黒瀬さんの勝ちですね』
『うるさい。お前は接続端末の固定具を確認してろ』
『了解です』
ジンは作戦図へ目を戻す。
「出撃編成は」
黒瀬が表示を切り替える。
「カイト、ユイ、ミオ、イリス、グリッド支援班、黒瀬同行監査。GF-03 ヴェルディアを低反応支援機として使用。GF-07 リーフガードは施設内支援線の防護用。レイ、セラは外周待機。ナユとリンはカルディア・ベイ外縁で残響索敵と護衛。レータ、アミィ、ヴァルクレイド・セレスは艦内保護を維持」
ユイは静かに頷いた。
「ノクスは出しません」
「はい」
黒瀬が答える。
「ノクス・レクイエムは封印待機。カルディア・ベイ内部の記録端末に接触する際、命令層切断反応は目立ちすぎます」
カイトが言う。
「今回は静かに入って、静かに取って、静かに戻る」
グリッドが短く笑った。
『お前らが言う静かは、だいたい途中から静かじゃなくなるけどな』
誰も完全には否定できなかった。
小型接触艇が、カルディア・ベイ外縁へ向かった。
巨大建造ブロックの影に入り込むと、周囲の光が一気に増えた。
作業灯。
誘導灯。
溶接光。
搬送機の警告灯。
それらの中に紛れ、接触艇は古い保守用フレームへ近づく。
カイトのアルタイル・ノヴァ・ブレイスは、少し離れた位置で護衛に入っている。
ユイはGF-03 ヴェルディアに搭乗し、接触艇周囲の低反応防護を担当していた。
ミオはルナ・スケイル・リフレクトの狭域支援網を伸ばし、イリスがカルディア・ベイ側の認証揺らぎを補正している。
GF-07 リーフガードは、接触艇の後方で防護層を薄く展開していた。
戦うためではない。
施設内の自動監視ビーコンや微弱な照合波を、支援網から遠ざけるための盾だった。
『リーフガード、防護層展開。施設内照合波を一部遮断』
ミオが報告する。
『ただし、強く張ると逆に目立ちます。薄く、動かしながら維持します』
「了解」
黒瀬は接触艇内で端末を開く。
「作業班、接続準備」
コウタが機材を抱えて前に出る。
「はい。固定具、起動します」
グリッドは通信越しに指示を飛ばす。
『無理に押し込むなよ。古い端末だ。壊したら終わりだ』
「分かってます。壊さず、素早く、できれば怒られずに」
『最後のは保証しねえ』
コウタは小さく息を吐き、接続端末をカルディア・ベイの保守回線に噛ませた。
エルの声が解析室から入る。
『接続確認。旧式建造管理端末です。通常軍の建造ログと監察局の改修ログが混在しています』
黒瀬が即座に言う。
「目的項目だけ抽出。余計な階層には入らないでください」
『了解』
端末に、古い記録が流れ始めた。
カルディア・ベイ建造管理。
PT関連部材搬送。
GD-PT-A01改修履歴。
命令層接続補助装置。
Y系列適応機封印処置。
GD-NM系列整備区画。
ユイはヴェルディアの中で、静かに息を呑んだ。
「ありますね」
黒瀬が答える。
「はい。まだ索引ですが、レグナリアより深い記録です」
エルが続ける。
『GD-PT-A01、セレスティア関連の改修ログを確認。初期設計記録と後期改修記録が別階層に分かれています』
ミオが小さく言う。
『初期と後期……やっぱり、途中で変えられたんですね』
『その可能性が高いです』
黒瀬は記録を保存する。
「詳細は艦内で確認します。現場では索引と改修時期だけでいい」
クロエの声が重なる。
『ノクス・リリス封印関連も出ています。命令層切断補助機構、封印固定フレーム、再登録停止処置。詳細はロックされていますが、搬送履歴は取得可能です』
ユイの指が、操縦桿の上でわずかに強くなる。
カイトがすぐに通信を入れた。
『ユイ』
「大丈夫です」
『今は読むんじゃなくて、持ち帰るだけだよ』
「はい。分かっています」
ユイは目を伏せずに答えた。
「ここでは見ません。持ち帰って、みんなと確認します」
その言葉を聞いて、黒瀬は一瞬だけ頷いた。
「判断を確認しました。現場での詳細閲覧は禁止。記録取得を継続します」
だが、その時、カルディア・ベイ内部の警告灯が一部変化した。
赤ではない。
黄色でもない。
黒い縁取りのある、監察局系の照合警告だった。
イリスが声を上げる。
「監察局照合反応、増加。こちらの接続を完全に特定したわけではありませんが、周辺端末に探索波が出ています」
リンの通信が外周から入る。
『監察局ビーコン、接近。小型機だけじゃない』
索敵画面に、複数の機影が浮かぶ。
通常GDではない。
監察局仕様に改修された小型GD。
武装は軽いが、センサーと拘束装置が強化されている。
黒瀬が確認する。
「監察局系GD、防衛個体。目的は撃破ではなく、接触艇の特定と拘束です」
カイトが機体を前に出す。
『来たか』
ジンの通信が入る。
『戦闘は最小限。記録取得を優先。カイト、敵を寄せるな。ユイ、ヴェルディアで接触艇を守れ。ミオ、支援網を広げるな』
『了解!』
カイトが答える。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、監察局系GDの進路に割り込む。
敵機は突撃してくるのではなく、接触艇を包囲するように散開しようとしていた。
「させるか!」
カイトはブレイスユニットを展開し、敵の拘束波を受け止める。
ユイのヴェルディアが接触艇の側面に防護層を張る。
リーフガードが後方で支援線を守る。
ミオの支援網が、細く、短く、それでも確かに仲間を繋いでいた。
接触艇内では、コウタが端末を支えていた。
「接続揺れてます!」
『固定具を維持しろ。強く押さえすぎるな。端末が割れる』
グリッドの声が飛ぶ。
「押さえなかったら外れます!」
『だから加減しろって言ってる!』
黒瀬は端末を見ながら言った。
「取得率は」
エルが答える。
『A系列設計索引、取得完了。セレスティア改修履歴、七割。ノクス・リリス封印関連、五割。GD-NM系列整備記録、一部取得中』
「GD-NM?」
黒瀬が反応する。
『タナトスとモルスの整備記録断片です。カルディア・ベイ内の特殊GD整備区画と一致しています』
グリッドの声が変わる。
『取れるなら取れ。あいつらの整備ログは対策に使える』
黒瀬は即座に条件を整理する。
「取得優先順位を変更。A系列とセレスティア記録を最優先。ノクス封印関連を次点。GD-NM整備記録は取得可能範囲のみ。深追いは禁止」
『了解』
コウタが端末を見て叫ぶ。
「監察局の逆探知、来ます!」
黒瀬は冷静に返す。
「まだ切断しません。残り二十秒」
「二十秒って長いです!」
「必要な二十秒です」
「こういう時だけ容赦ない!」
外部では、監察局系GDが数を増やしていた。
軽量型の拘束装備。
センサー強化型。
小型ビーコン散布機。
どれも正面戦闘よりも、相手を捕まえ、記録し、タグ付けするための機体だった。
カイトが前方で敵を抑え、ユイが接触艇を守る。
だが、敵はカイトを倒そうとはしない。
アルタイルの横をすり抜け、接触艇と支援網の接続部へ向かおうとする。
レイの通信が入った。
『こっちも出る?』
ジンが返す。
『待機。まだ外周警戒を崩すな』
セラも続ける。
『狙撃支援は可能です』
黒瀬が判断する。
「今回は狙撃支援不要。目立ちすぎます。施設側に射線が残ります」
セラは悔しそうに、しかし素直に答える。
『了解しました』
その代わり、リーフガードが前へ出た。
GF-07の防護層が、施設内支援線に沿って広がる。
監察局ビーコンが接触しようとした瞬間、防護層が葉脈のように広がり、ビーコンを弾く。
ミオが声を上げる。
『リーフガード、防護層でビーコンを遮断。支援線、維持できます』
イリスが補正を入れる。
『ただし、右側の認証波が強いです。ユイさん、ヴェルディアの防護層を少し下げてください。強すぎると照合されます』
「了解しました」
ユイは防護層を薄くする。
守るために強くするのではない。
見つからないために、必要な薄さへ落とす。
カイトは敵機を押さえながら言った。
『戦ってるのに、隠れながら守るって難しいな』
ユイが答える。
「潜伏任務では、よくあります」
『そういう経験、今は頼もしいけど複雑だね』
「私もです」
接触艇の端末に、新たな記録が流れ込んだ。
GD-NM-02 タナトス。
隔離場発生器、カルディア・ベイ第七特殊整備区画にて調整。
対象分離処理、監察局仕様へ再設定。
回収対象の損傷抑制を優先。
GD-NM-04 モルス。
重砲撃座標固定系、カルディア・ベイ長距離砲撃試験区画にて改修。
認証網経由の座標固定補助を追加。
施設破壊および防衛地点消去用途。
黒瀬の目が鋭くなる。
「タナトスとモルスは、ここで監察局仕様へ調整されている」
グリッドが低く言う。
『やっぱりな。あいつら、元からあの使い方だったわけじゃねえかもしれない』
エルが続ける。
『詳細はロックされています。ただ、タナトスの隔離場発生器と、モルスの座標固定系の整備周期は取れました』
「十分です」
黒瀬は記録を保存する。
「これで次の対策が立てられます」
その直後、端末に赤い警告が走った。
逆探知開始。
監察局照合端末、接続元特定中。
黒瀬が即座に命じる。
「切断」
コウタが叫ぶ。
「切ります!」
接続機材が外れる。
固定具が解除され、接触艇が保守端末から離れた。
次の瞬間、端末が黒い照合波に包まれた。
「危なっ……!」
コウタが息を吐く。
黒瀬は端末を閉じる。
「取得完了。撤退します」
撤退は簡単ではなかった。
監察局系GDが接触艇の離脱経路へ回り込む。
数は多くない。
だが、拘束装置とビーコンが厄介だった。
カイトが前に出る。
『道を開ける!』
アルタイル・ノヴァ・ブレイスがブレイスユニットを広げ、敵の拘束波を押し返す。
ユイのヴェルディアが接触艇の側面を守る。
ミオが支援網を細く維持し、イリスが認証波の隙間を指示する。
『左下、照合波が薄いです』
「そこを抜けます」
ユイが防護層を調整する。
リーフガードが後方でビーコンを遮断し、接触艇の支援線を守る。
GF系列は前線で派手に戦う機体ではない。
だが、こうした施設内接触では、その防護と支援が大きく役立っていた。
黒瀬が通信で言う。
「リーフガードの運用記録、良好。施設内支援線防護に有効」
グリッドが返す。
『記録するのはいいが、後で整備のことも忘れるなよ』
「忘れません」
接触艇がカルディア・ベイ外縁を離れる。
監察局系GDは深追いしなかった。
施設防衛個体として、一定範囲を越えない設定なのだろう。
カイトは追撃がないことを確認してから、息を吐いた。
『帰れるな』
ユイが静かに答える。
「記録も持ち帰れました」
『じゃあ、成功だ』
「はい」
ただし、その成功が楽なものではなかったことは、全員が分かっていた。
ルクス・ヴァルキュリア解析室。
取得した記録は、すぐに隔離端末へ移された。
黒瀬、クロエ、エル、グリッド、タツヤが確認に入る。
危険な命令層接続データが混じっていないか、まずはそこからだった。
「A系列設計索引、保存完了」
クロエが報告する。
「セレスティア改修履歴、七割取得。初期設計と後期改修の分離は確認できました」
エルが続ける。
「ノクス・リリス封印関連は、搬送履歴と封印固定フレームの記録だけです。詳細な封印理由はまだロックされています」
グリッドが端末を見ながら言う。
「タナトスとモルスの整備周期は使えるぞ。隔離場発生器と座標固定系に、再調整のタイミングがある。そこを突けば、次に出てきた時の対策になる」
黒瀬は頷いた。
「ただし、監察局も今回の接触を記録しています。次に同じ端末へは入れません」
タツヤが言う。
「一回きりか」
「はい」
黒瀬は取得記録を分類する。
「ですが、必要な入口は得ました。次は詳細記録です」
ユイが静かに問う。
「ノクス・リリスの詳細は、まだですか」
「まだです」
黒瀬は答える。
「しかし、封印処置がカルディア・ベイで実行された可能性は高まりました」
レータが通信で言う。
『セレスティアの後期改修も、ここで?』
「はい。少なくとも改修パッケージの一部は、カルディア・ベイで組まれています」
アミィの声が小さく入る。
『守るための機能が……ここで、変えられたんですね』
黒瀬は少し間を置いて答える。
「可能性は高いです」
その言葉に、アミィは沈黙した。
だが、通信は切らなかった。
監察局管制区画。
オルフェン・グラードは、カルディア・ベイ外縁端末への接触記録を見ていた。
「対象艦、外縁技術記録端末へ接触」
局員が報告する。
「A系列設計索引、セレスティア改修履歴、ノクス・リリス封印関連、GD-NM整備記録の一部を取得されました」
「想定範囲内だ」
オルフェンは淡々と言った。
「監察局系GDは」
「接触艇の拘束には失敗。対象K、対象Y、対象M、対象I、GF-07の連携により撤退されました」
「GF-07」
オルフェンは記録を開く。
「施設内支援線防護に有効。監察局ビーコン接触を遮断。記録に追加しろ」
「了解」
局員が入力する。
オルフェンは、取得された記録の一覧を見た。
「彼らはまだ詳細を見ていない」
「はい。持ち帰って段階的に確認するものと思われます」
「それでいい」
オルフェンは画面を閉じる。
「詳細記録は、次の階層にある。彼らはさらに奥へ来る」
「施設防衛を強化しますか」
「強化しろ。ただし、記録への道は完全には閉じるな」
局員は何も言わずに頷いた。
オルフェンは続ける。
「見たいものがある限り、彼らは進む。ならば、見せる順序をこちらで決めればいい」
格納区画。
接触艇が戻り、整備班と回収班が機材を下ろしていた。
コウタは端末を抱えたまま、深く息を吐いた。
「二十秒って、本当に長いんですね」
グリッドが言う。
「戦場の二十秒はな」
タツヤが接続機材を受け取り、損傷を確認する。
「固定具が少し歪んでる。次は交換だな」
「次もあるんですか」
「あるだろうな」
コウタは少しだけ遠い目をした。
リノヴァが回収班の記録を確認しながら近づく。
「今回の回収物は、端末ログと小型部材サンプルのみ。大型部材の持ち帰りはなしです」
ユイが少し残念そうに言う。
「大型部材は、良いものがありました」
黒瀬がすぐに答える。
「今回は記録取得が目的です」
「分かっています」
「本当に?」
「分かっています」
カイトが小さく笑う。
「ユイ、二回言った」
「必要な自制です」
グリッドは苦笑した。
「まあ、次に部材が必要になる場面は来る。だが、今じゃない」
ユイは少しだけ頷いた。
「はい。今は、記録が先です」
ルクス・ヴァルキュリアは、カルディア・ベイ外縁から距離を取った。
施設制圧はしていない。
監察局系GDを撃破したわけでもない。
持ち帰った部材も、ごく少量のサンプルだけだった。
だが、記録は手に入れた。
A系列設計索引。
セレスティア改修履歴。
ノクス・リリス封印処置関連。
タナトスとモルスの整備記録断片。
それらは、次の答えへ繋がっている。
アミィを縛った機体が、どのように変えられたのか。
ユイの過去機が、なぜ封印されたのか。
監察局の特殊GDが、どのように対象を分け、守る場所を撃ち抜くよう調整されたのか。
カルディア・ベイは、ただ兵器を作る場所ではなかった。
目的に合わせて、兵器を作り替える場所だった。
守る機能を命令へ変える。
切る力を封印へ変える。
処分機を隔離へ、砲撃機を防衛地点消去へ調整する。
帝国は、そこで何度も意味を変えてきた。
だからこそ、ルクス側はその記録を持ち帰った。
壊すためではない。
奪うためでもない。
帝国が変えた意味を、もう一度自分達の手で読み直すために。
カルディア・ベイの奥には、まだ詳細記録が残っている。
次に向かう時、そこにはさらに深い記録と、さらに強い防衛が待っているはずだった。




