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第301話 A系列設計書

 L系列凍結記録の先に、A系列設計書があった。

 正確には、設計書そのものではない。

 レグナリアで取得できたのは、索引と一部の概要記録だけだった。

 詳細な設計データは、カルディア・ベイか研究中枢側に残されている可能性が高い。

 それでも、概要だけで十分に重かった。

 A系列。

 補助統率型。

 L系列欠損補完。

 指揮支援空白対応。

 自己応答形成前の役割固定、推奨。

 セレスティア接続による安定化を前提。

 その言葉は、アミィにとっても、レータにとっても、刃に近かった。


 ルクス・ヴァルキュリア解析室。

 黒瀬は、A系列関連索引を複数の項目へ分けていた。

 クロエがレグナリア側の輸送記録を照合し、エルが古い認証形式を復元している。

 カナデとエルマも同席していた。

「A系列設計関連、概要層の復元が進んでいます」

 クロエが報告する。

「ただし、本文ではありません。研究中枢側の詳細記録を参照する形式になっています」

 エルが画面を拡大する。

「概要だけでも、設計思想は見えます。A系列は単独の指揮型ではなく、L系列の空白を埋めるための補助統率型として設計されています」

 黒瀬は静かに頷いた。

「L系列凍結後の指揮・支援空白を埋めるため、ということですね」

「はい。ただし、L系列の完全な置き換えではありません」

 エルは続ける。

「L系列は重装・統率型。防衛指揮と前線維持を両立する系列でした。A系列は、それをそのまま再現するのではなく、支援と統率補助に寄せています」

 カナデが画面を見つめる。

「代わりではなく、空いた役割を機能で埋めるために作られた。でも、帝国の言葉では欠損補完になる」

「はい」

 黒瀬が言う。

「問題は次です」

 画面に、新しい文言が表示された。

 人格成長過程における自律判断の揺らぎを抑制。

 自由成長より役割固定を優先。

 初期段階から統率補助、応答維持、命令層接続適性を強化。

 セレスティア接続により、自己応答の安定化を図る。

 カナデの表情が険しくなった。

「自由な成長より、役割固定……」

 エルマが端末を確認しながら言う。

「A系列は、人格が育つ前に役割を固定する前提だった可能性があります。自己応答を育てるのではなく、必要な応答を維持するために成長を制御する」

「それは、育てるとは言いません」

 カナデの声は静かだったが、怒りが混じっていた。

 黒瀬は画面を見つめたまま言う。

「帝国にとっては、育成ではなく安定化です。望む役割から外れないようにする。望む返事を得るために、返事の範囲を先に決める」

 部屋の空気が重くなった。

 A系列。

 アミィ。

 その名の前に、帝国は役割を置いた。


 保護区画。

 アミィは、レータの隣に座っていた。

 カナデ、エルマ、黒瀬が同席している。

 表示される記録は制限されている。

 だが、今回は避けて通れない部分があった。

 記録を開く前に、カナデはアミィの反応値を確認した。

「アミィちゃん。最近は、かなり話せるようになってきたわね」

 アミィは少し戸惑ったように瞬きをした。

「そう、ですか」

「ええ。救出直後は、自分の名前を確かめるだけでも精一杯だった。第一防衛圏では、“戻りたくない”って短い言葉を守るのがやっとだった。でも今は、自分が怖いとか、嫌だとか、知りたいとか、少しずつ自分の言葉で言えている」

 カナデは端末を一度伏せる。

「完全に安定したわけじゃない。命令層反応が強くなると、まだ言葉が詰まる。でも、回復してきているのは確かよ」

 アミィは、自分の手を見つめた。

「回復……」

 レータが隣で頷く。

「うん。前より、自分で返事を選べている」

 アミィは少しだけ考えてから、小さく頷いた。

「なら……次も、自分で言いたいです」

 黒瀬が静かに説明を始める。

「A系列設計概要の一部を確認します。詳細記録ではありません。危険と判断した場合、すぐに中断します」

 アミィは頷いた。

「見ます」

 レータが横から言う。

「無理はしなくていい」

「でも、見たいです」

 アミィはレータを見た。

「怖いです。でも、知らないままだと、もっと怖いです」

 レータは何も言えなかった。

 その言葉は、よく分かったからだ。

 黒瀬が画面を開く。

 A系列。

 補助統率型。

 L系列欠損補完。

 指揮支援空白対応。

 アミィの指が少し震える。

 カナデがそっと声をかける。

「ゆっくりでいいわ」

 アミィは頷く。

 記録は続く。

 自由成長による応答変動を抑制。

 初期段階における役割固定を推奨。

 基本応答を安定化し、指揮支援機能を優先形成。

 セレスティア接続による自己応答補助を前提とする。

 アミィは、その文字をじっと見つめていた。

「自由成長……抑制」

 小さな声で読み上げる。

「役割固定……」

 レータの手が震えた。

「そんな……」

 アミィはレータを見る。

「わたしは、最初から決められていたんですか」

 誰もすぐには答えられなかった。

 黒瀬が慎重に言う。

「記録上は、A系列には初期段階から役割を固定する設計思想があったようです。ただし、それがあなたの全てを決めたわけではありません」

「でも、帝国は決めようとした」

 アミィの声は震えている。

「わたしが、何をするか。どう返事するか。誰の代わりになるか」

 レータが顔を伏せた。

「アミィ……」

 アミィは画面を見続けた。

「L系列欠損補完」

 その言葉を、もう一度口にする。

「それは、レータさんがいなくなったから、わたしが作られたということですか」

 レータの表情が痛みに歪む。

 カナデが即座に言った。

「帝国はそう記録しています。でも、責任の話ではありません」

 アミィは首を横に振った。

「責任、じゃなくて……」

 言葉を探す。

「わたしは……レータさんの代わりとして、作られたのかもしれません」

 アミィはそこで一度、息を整えた。

「でも……それだけで終わるのは、嫌です」

 その言葉に、レータが顔を上げた。

 アミィの声はまだ弱い。

 だが、前よりも少しだけはっきりしていた。

「まだ、うまく言えません。でも、代わりだけでは嫌です」

「アミィ」

「レータさんの隣にいるのは、嫌じゃないです。でも……レータさんの代わりとしているのは、嫌です」

 レータは息を詰めた。

 その言葉は、レータを拒絶しているわけではない。

 むしろ、関係を自分で選ぼうとしている言葉だった。

 カナデは静かに頷いた。

「それは、とても大事な言葉よ」


 記録は、セレスティアに関する項目へ移った。

 黒瀬が事前に表示範囲を絞る。

「次はセレスティア関連です。アミィ、レータ、無理だと思ったらすぐ止めます」

 二人は頷いた。

 画面に文字が浮かぶ。

 GD-PT-A01 セレスティア。

 A系列補助統率機。

 自己応答補助機構搭載。

 支援波制御による応答安定化。

 指揮支援空白への接続補助。

 命令層接続安定化機構、後期改修により追加。

 レータの目が細くなる。

「後期改修……?」

 黒瀬が頷く。

「ここが重要です」

 画面に、さらに断片が表示される。

 初期設計目的。

 A系列個体の自己応答補助。

 過剰命令干渉時の反応保護。

 支援波による応答安定化。

 後期改修項目。

 命令層接続強化。

 基本応答維持。

 再同期補助。

 外部指揮下での安定運用。

 アミィは息を呑んだ。

「セレスティアは……最初から、わたしを縛るためだけのものではなかったんですか」

 黒瀬は答える。

「記録上は、そうです。初期設計には、A系列の自己応答を補助する機能が含まれています」

 レータが呟く。

「過剰命令干渉時の反応保護……」

 エルマが説明する。

「本来なら、アミィさんの反応が命令層に押し潰されないように支える機能だった可能性があります。ですが、後期改修で命令層接続を安定化する方向に使われた」

「守るためのものを、繋ぐために変えた」

 レータの声が低くなる。

「アミィを守るはずだった機能で、アミィを戻そうとした」

 カナデが静かに頷く。

「そう見ていいと思うわ」

 アミィは、しばらく黙っていた。

 セレスティア。

 自分を縛っていた機体。

 命令層へ繋ごうとした檻。

 それが、最初から檻として作られたわけではなかったかもしれない。

「じゃあ……」

 アミィが小さく言う。

「ヴァルクレイド・セレスは、間違いじゃないんですね」

 レータがアミィを見る。

「アミィ?」

「セレスティアを、壊すだけじゃなくて……守るために使うのは、間違いじゃないんですね」

 その言葉に、レータの表情が変わった。

 ヴァルクレイド・セレス。

 セレスティアを分解し、命令層接続と拘束機能を除去し、レータのヴァルクレイドと統合した機体。

 二人乗り。

 隣に座るための機体。

 アミィを縛るのではなく、守るための機体。

 それは、ただの改造ではなかった。

 セレスティアの中にあったかもしれない本来の保護機能を、もう一度取り戻す行為だった。

 レータは、ゆっくり頷いた。

「間違いじゃない」

 声が少し震えていた。

「セレスティアは、アミィを縛るためだけのものじゃなかった。なら、私達がそれを守るために使うのは……間違いじゃない」

 アミィは小さく息を吐いた。

「よかった」

 その一言に、どれだけの重さがあったのか。

 室内の全員が分かっていた。


 格納区画。

 ヴァルクレイド・セレスは、静かに整備ベイに立っていた。

 レータとアミィは、カナデの許可を得て、その機体の前へ来ていた。

 グリッドとタツヤが、少し離れた場所で整備ログを確認している。

「セレスティア由来の支援波制御、安定しています」

 タツヤが端末を見る。

「命令層接続系は、分離済み。再接続の兆候なし」

 グリッドが頷く。

「こいつはもう、向こうのセレスティアじゃない。ヴァルクレイド・セレスだ」

 レータは機体を見上げる。

「本来は、アミィを補助するための機能があった」

「あくまで記録上は、だ」

 グリッドが言う。

「でも、それを使える形にしたのはお前達だ。帝国じゃない」

 アミィは機体を見つめていた。

「ここに、隣に座れるんですよね」

 レータは頷く。

「うん」

「代わりじゃなくて?」

「代わりじゃなくて」

 レータは、はっきり言った。

「隣に座る」

 アミィはその言葉を、ゆっくり受け取った。

「隣に……」

 まだ完全な答えではない。

 アミィは、自分が何のために作られたのかを知り始めたばかりだ。

 レータも、自分の逃亡とA系列設計を簡単に切り離せるほど強くはない。

 だが、ヴァルクレイド・セレスの前で、二人はひとつの言葉を共有した。

 代わりではなく、隣。

 それは、帝国の分類記録には存在しない関係だった。


 解析室では、黒瀬がA系列設計概要を整理していた。

 クロエが言う。

「A系列設計書の詳細は、やはりカルディア・ベイか研究中枢側ですね。レグナリアの記録は、輸送と保管の索引までです」

 エルが補足する。

「セレスティアの初期設計記録も、カルディア・ベイ側に搬送された可能性があります。GD-PT-A01としての改修履歴は、建造ブロック側に残っているはずです」

 黒瀬は頷いた。

「次の目的が明確になりました」

 ジンが通信で問う。

『カルディア・ベイか』

「はい。A系列設計書、セレスティア改修記録、命令層接続補助装置の搬送記録。いずれもカルディア・ベイ方面に繋がっています」

 グリッドの声も入る。

『ついでに帝国規格部材もありそうだな』

 黒瀬は少しだけ沈黙した。

「ついで、という表現は避けてください」

『じゃあ、危険物確保で』

「その表現も、あなた方が使うと不安です」

 通信の向こうで、コウタが小さく笑ったような気配がした。

 ジンは短く言う。

『記録が優先だ。回収は必要最小限。黒瀬、条件を作っておけ』

「了解しました」

 黒瀬は端末に新しい項目を追加する。

 カルディア・ベイ接触時。

 主目的、A系列設計書およびセレスティア改修記録の取得。

 副目的、追跡タグ除去可能な帝国規格部材の限定確保。

 回収判断は、整備班、回収班、監査担当の共同承認。

 これもまた、戦いの準備だった。


 監察局管制区画。

 オルフェン・グラードは、A系列設計概要の閲覧反応を確認していた。

「対象A、強い動揺を確認。ただし、自己応答は保持」

 局員が報告する。

「対象Lも反応上昇。A系列をL系列欠損補完として認識したものの、心理担当の介入により自責反応は一部抑制されています」

「セレスティア初期設計記録への反応は」

「対象A、対象Lともに安定方向へ変化。ヴァルクレイド・セレスを保護再定義として認識した可能性があります」

 オルフェンは少しだけ目を細めた。

「そう受け取ったか」

「問題ですか」

「問題ではない。記録だ」

 彼は画面を切り替えた。

 A系列設計書。

 セレスティア改修履歴。

 命令層接続強化記録。

 再同期補助装置。

 すべて、カルディア・ベイ側の詳細記録に繋がっている。

「次は、初期設計と後期改修の差を見せる」

 オルフェンは淡々と言った。

「守るための機能が、どの段階で命令に変えられたのか。それを知れば、彼らはさらに先を見たがる」

「カルディア・ベイへ誘導しますか」

「誘導ではない」

 オルフェンは答えた。

「彼ら自身が選ぶ」

 その声に、感情はなかった。

 だが、画面にはすでに次の記録群が並んでいる。

 カルディア・ベイ。

 PT関連部材搬送。

 セレスティア改修。

 A系列安定化。

 命令層接続装置。

 記録は、次の場所で待っている。


 保護区画。

 アミィは、レータの隣で座っていた。

「レータさん」

「うん」

「わたし、まだ全部は分かりません」

「うん」

「L系列欠損補完って言葉は、嫌です」

「うん」

「でも、セレスティアが……最初は、わたしを守るための機能も持っていたなら」

 アミィは、自分の手を見つめた。

「わたしは、それを取り戻したいです」

 レータは静かに頷く。

「取り戻そう」

「はい」

「ヴァルクレイド・セレスは、そのための機体にする」

 アミィは少しだけ目を伏せた。

「レータさんと、隣に座る機体」

「うん」

「代わりじゃなくて」

「隣に」

 アミィは小さく頷いた。

 その言葉は、まだ弱い。

 けれど、帝国の記録よりも確かなものだった。

 A系列設計書は、アミィを役割で固定しようとした。

 セレスティアの後期改修は、彼女を命令層へ繋ごうとした。

 だが今、セレスティアの残った機能は、ヴァルクレイド・セレスとして再定義されている。

 縛るためではなく、守るために。

 戻すためではなく、隣にいるために。

 レータとアミィは、まだその意味を完全には言葉にできない。

 それでも、二人は同じ場所を見ていた。

 次に向かうカルディア・ベイに、セレスティアが変えられた記録がある。

 そこへ行けば、もっと痛いものを見ることになるかもしれない。

 それでも、二人は見に行く。

 自分達を欠損と補完で終わらせないために。

 ヴァルクレイド・セレスは、格納区画で静かに待っていた。

 その機体はもう、アミィを命令に繋ぐ檻ではない。

 レータとアミィが、隣に座るための場所だった。

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