第300話 L系列凍結
レグナリアで得た記録索引は、詳細記録そのものではなかった。
だが、そこには扉があった。
帝国中央軍港『レグナリア』を経由し、カルディア・ベイへ送られ、さらに研究中枢へ繋がる記録の場所。
PT系列が、どのように分類され、輸送され、保管されていたのか。
その入口が、ようやく見えた。
そして、その入口に最初に現れたのは、L系列の凍結記録だった。
ルクス・ヴァルキュリア解析室。
黒瀬、クロエ、エルが、レグナリアから取得した索引の復元作業を進めていた。
記録の中身そのものはまだ断片的だ。
だが、L系列に関する項目だけは、他よりも明確に残っている。
「L系列関連、索引復元率が上がっています」
クロエが報告する。
「理由は」
黒瀬が問う。
エルが端末を拡大した。
「凍結手続きに関する記録は、複数部署にまたがって保存されています。研究中枢、輸送管理、通常軍補給記録、監察局照合記録。完全な本文ではありませんが、断片を繋げば大筋は見えます」
黒瀬は少しだけ目を細めた。
「つまり、L系列は単に保管されたのではなく、正式な手続きで凍結された」
「はい」
エルは頷く。
「扱いとしては、運用停止ではなく、系列継続停止。つまり、以後の生産・調整・再登録を止める判断です」
黒瀬は端末に記録を入れた。
「レータ本人に見せる前に、内容を確認します。カナデさんとエルマさんも同席を」
「了解」
クロエが通信を繋ぐ。
しばらくして、カナデとエルマが解析室へ入ってきた。
画面には、L系列関連の断片が並んでいる。
黒瀬は静かに言った。
「内容は重いです」
カナデは頷く。
「レータちゃんに見せるなら、段階を分けましょう」
エルマも続ける。
「アミィさんにも影響します。A系列設計へ繋がる可能性が高い」
黒瀬は画面を見つめた。
L系列。
重装・統率型。
防衛戦指揮適性、高。
局地統率能力、良。
集団防衛時の命令伝達能力、高。
その下に、冷たい評価が続いていた。
突発状況下における判断逸脱あり。
低頻度ながら重大誤判断を確認。
指揮型としての継続運用、要再評価。
オリジナル個体所在不明後、系列継続リスク上昇。
L系列追加生産、凍結。
統率型空白への代替系列設計を検討。
カナデは、少しだけ息を吐いた。
「これは……レータちゃん、自分を責めるわね」
「はい」
黒瀬は否定しなかった。
「ですが、避け続けることもできません」
「見せるなら、こちらが帝国の言葉に飲まれないようにしないといけないわ」
カナデは画面を見つめた。
「この記録は、レータちゃんを説明しているようで、レータちゃん本人を見ていない」
保護区画。
レータは、カナデと黒瀬から説明を受けていた。
アミィも同席している。
ただし、表示される記録は一部だけに制限されていた。
ヴァルクレイド・セレスの防壁は弱く展開され、命令層反応が過度に入り込まないよう調整されている。
アミィの自己応答は安定している。
だが、空気は重かった。
「L系列の凍結記録が見つかりました」
黒瀬が言った。
「全文ではありません。ですが、凍結に至った理由の一部は確認できます」
レータは静かに頷く。
「見ます」
カナデが確認する。
「無理だと思ったら止めるわ。途中で止めてもいい。全部を今読む必要はない」
「はい」
レータはそう答えた。
だが、その視線はすでに画面から離れていなかった。
黒瀬が表示を開始する。
L系列。
重装・統率型。
防衛戦指揮適性、高。
局地統率能力、良。
集団防衛時の命令伝達能力、高。
そこまでは、前回見た記録と大きく変わらない。
レータは黙っていた。
次の行が表示される。
通常時の安定性は良好。
命令層接続下における統率伝達効率、高。
複数機連携時の防衛保持率、優秀。
アミィが小さく言った。
「優秀、って……」
レータは答えない。
さらに記録が続く。
ただし、突発状況下において判断逸脱を確認。
頻度は低い。
しかし、発生時の被害規模が大きい。
指揮型個体として、低頻度重大誤判断は無視不可。
レータの手が、膝の上で固まった。
「時折、とんでもないミスをする」
彼女は、前に自分で言った言葉を思い出すように呟いた。
「そういうことなんですね」
カナデがすぐに言う。
「それは帝国の評価よ。あなたの全部ではないわ」
「でも、記録として残っている」
レータの声は静かだった。
静かすぎるほどだった。
黒瀬は慎重に言葉を選ぶ。
「この記録が示しているのは、L系列が防衛指揮型として非常に優秀だった一方で、帝国の求める完全な安定性には達しなかった、ということです」
「完全な安定性」
レータが繰り返す。
「指揮型がミスをしないこと。命令を乱さないこと。想定外でも、帝国の望む範囲から出ないこと」
彼女の声が少し低くなる。
「私は、それができなかった」
カナデが言う。
「違うわ。帝国が、それを許さなかったの」
レータは画面を見続けた。
次の記録が表示される。
L系列オリジナル個体、所在不明。
回収失敗。
逃亡可能性あり。
指揮型個体の所在不明は、系列継続上の重大リスク。
追加生産、凍結。
既存試験個体、封印または再分類。
統率型空白への代替系列設計を検討。
その場の空気が、さらに重くなった。
レータは唇を噛む。
「私が逃げたから」
アミィが顔を上げる。
「レータさん……」
「私がいなくなったから、L系列は危険だと判断された。指揮型として使えない、継続できない。だから、代わりを作る必要が出た」
レータの視線が、アミィへ向かう。
「だから、A系列が……」
「そこで止めましょう」
カナデがはっきりと言った。
レータは何かを言いかけた。
だが、カナデは首を横に振る。
「その結論は、帝国の記録に誘導されているわ。あなた自身の判断ではない」
「でも」
「でも、ではなく」
カナデの声は優しかったが、強かった。
「帝国は、欠けた機能を補うために次を作る。逃げた個体を、欠損として記録する。そういう言葉を使う。けれど、レータちゃんが逃げたことと、帝国がアミィちゃんをどう作ったかは、同じ責任ではない」
レータは目を伏せた。
その横で、アミィが小さく手を握っていた。
「わたし……」
アミィの声は震えていた。
レータが顔を向ける。
「アミィ」
「わたし、レータさんの……代わり、じゃ……」
言葉が詰まる。
言いたいことはある。
だが、言葉が足りない。
記録の言葉が強すぎて、自分の言葉が押し負けそうになる。
アミィは一度、目を伏せた。
「代わりじゃ、ないって……言いたいです」
レータの瞳が揺れる。
「でも……まだ、うまく言えません」
アミィは悔しそうに唇を噛んだ。
「L系列欠損補完って書いてあって……怖いです。わたしが、何かの穴を埋めるためだけに作られたなら……それは嫌です」
レータは、何も言えなかった。
アミィは続ける。
「でも、レータさんのせいだって言われるのも、嫌です」
その言葉は、小さかった。
だが、はっきりしていた。
レータはゆっくり息を吸った。
「……ごめん」
アミィは首を横に振る。
「謝ってほしいんじゃ、ないです」
また言葉が詰まる。
アミィは両手を握りしめた。
「わたしは……まだ、分かりません。でも、レータさんの隣にいるのは、嫌じゃないです」
レータは目を閉じた。
その言葉は、完全な答えではない。
アミィ自身も、まだ自分の存在理由を言い切れていない。
でも、少なくとも今ここにある関係は、記録の中の欠損補完だけではなかった。
カナデは二人を見守りながら、静かに言った。
「今日はここまでにしましょう」
黒瀬も端末を閉じる。
「L系列凍結記録の閲覧を一時停止します。A系列設計関連は、段階を分けて確認します」
レータは小さく頷いた。
「……はい」
解析室では、黒瀬がL系列凍結記録を整理していた。
クロエが、断片を時系列に並べる。
「L系列の凍結は、レータ逃亡だけが理由ではありません。記録上は、元々リスク評価がありました」
「突発状況下の判断逸脱ですね」
エルが言う。
「ただし、頻度は低い。帝国が問題視したのは、指揮型として『ミスした時の影響が大きい』という点です」
黒瀬は頷く。
「つまり、兵士としては許容できるが、指揮型としては許容しない。帝国の判断基準です」
クロエが苦い顔をする。
「それで系列ごと凍結ですか」
「帝国にとって、PTは人ではなく系列です。個体が問題を起こせば、系列全体の運用判断に反映される」
黒瀬は記録を見つめた。
「レータ個人の問題ではない。しかし、レータ本人は個人として受け取ってしまう」
「そこを監察局は狙ってきますね」
「はい」
黒瀬は即答した。
「A系列設計記録を見せる順序によっては、レータとアミィの関係を揺らせます」
クロエは端末を閉じる。
「記録そのものが罠ですね」
「その通りです」
黒瀬は静かに言った。
「だから、取得優先順位だけではなく、閲覧順序も管理します」
艦橋。
ジンは、黒瀬からL系列凍結記録の要約を受け取っていた。
「L系列は優秀だった。だが、指揮型としての低頻度重大誤判断が問題視され、レータ逃亡後に凍結。A系列は、その後の統率型空白を埋めるために設計された可能性が高い」
「はい」
黒瀬は頷いた。
「ただし、まだA系列設計書そのものは取得していません。レグナリアの索引から見えるのは入口だけです。詳細はカルディア・ベイ、または研究中枢側にあります」
ジンは腕を組む。
「次は、そこへ向かうことになるな」
「はい」
黒瀬は続けた。
「ただし、記録閲覧には心理面の制限が必要です。特にレータ、アミィ、ユイは強く揺さぶられる可能性があります」
「カナデと連携しろ」
「すでに進めています」
ジンは前方画面を見た。
レグナリアの巨大な影。
その奥に続くカルディア・ベイ方面の輸送航路。
そこには、L系列凍結の続きを示す記録がある。
「帝国は、よくもまあ、ここまで人を記録に押し込めるものだな」
ジンが低く言った。
黒瀬は静かに答える。
「人として見ていないからでしょう」
艦橋に沈黙が落ちた。
保護区画。
レータは、アミィの隣に座っていた。
二人の間に、大きな会話はない。
だが、アミィの手は、レータの手を離していなかった。
「レータさん」
「うん」
「さっきの続き、いつか言います」
レータはアミィを見る。
「続き?」
「代わりじゃないって、ちゃんと言いたいです」
アミィは少しだけ目を伏せた。
「でも、今はまだ、言葉が弱いです」
レータはゆっくり頷いた。
「急がなくていい」
「はい」
「私も……すぐに自分を責めないようにします」
アミィは顔を上げた。
「本当ですか」
「努力する」
「努力、ですか」
「うん。すぐには無理かもしれない」
アミィは少しだけ考えてから、頷いた。
「じゃあ、わたしも努力します」
「何を?」
「代わりじゃないって、言えるように」
レータは息を呑み、それから静かに微笑んだ。
「うん」
ヴァルクレイド・セレスの防壁反応が、穏やかに揺れた。
帝国の記録は、二人を「欠損」と「補完」と呼んだ。
だが、今ここにいる二人は、まだ不完全な言葉で、それでも別の関係を作ろうとしていた。
監察局管制区画。
オルフェン・グラードは、L系列凍結記録の閲覧反応を見ていた。
「対象L、強い動揺」
局員が報告する。
「対象Aも反応上昇。ただし、心理担当および監査担当により閲覧中断。対象Aの自己応答は保持されています」
「予想範囲内だ」
オルフェンは淡々と言った。
「対象Lは、A系列設計理由を自責として受け取る傾向がある」
「A系列設計書を次に提示しますか」
「まだ早い」
オルフェンは画面を切り替える。
カルディア・ベイ。
PT関連部材搬送記録。
セレスティア接続前提。
命令層補助装置。
統率型空白対応。
「まずは、L系列凍結が事実であることを認識させる。次に、A系列が何を補うために設計されたかを見せる」
局員が無表情に頷く。
「対象Lと対象Aの接続を揺らしますか」
「揺らすのではない」
オルフェンは言った。
「本来の分類に戻す」
その言葉には、迷いがなかった。
レータはL系列。
アミィはA系列。
欠損と補完。
帝国の記録では、それだけで十分だった。
だが、ルクス側はそれを拒む。
だからこそ、オルフェンは記録を使う。
砲撃でも隔離場でもなく、言葉で分けるために。
ルクス・ヴァルキュリアは、レグナリア外周を離れ、カルディア・ベイ方面へ向かう航路を探り始めていた。
L系列凍結記録は、まだ全文ではない。
A系列設計書も、まだ入口しか見えていない。
だが、ひとつだけ分かったことがある。
帝国は、レータを優秀な指揮型として見ていた。
同時に、低頻度の重大誤判断を許さなかった。
そして、レータがいなくなった後、その空白を埋めるために別の系列を設計した。
その先に、アミィがいる。
レータは、自分のせいだと思った。
アミィは、代わりではないと言おうとした。
だが、まだ言葉は弱かった。
それでも、弱い言葉は消えなかった。
帝国の記録は、冷たく残っている。
L系列凍結。
A系列設計。
欠損補完。
けれど、その記録の外側で、レータとアミィは手を離さなかった。
次に向かうカルディア・ベイには、その続きを示す記録がある。
L系列が凍結され、A系列が作られた理由。
セレスティアが、なぜアミィと繋がれたのか。
そして、帝国が「代わり」と呼んだものを、二人がどう否定するのか。
その答えは、まだ遠い。
だが、二人はもう、記録の言葉だけで自分達を決めるつもりはなかった。




