表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
301/412

第299話 分類保管記録

 レグナリア外周補給ドック。

 そこは、帝国中央軍港の中では目立たない区画だった。

 巨大艦の主ドックでもない。

 艦隊が並ぶ停泊帯でもない。

 特殊兵装が搬入される監察局専用区画でもない。

 古い補給アーム。

 交換部品用の貨物固定レール。

 通常軍の整備用端末。

 そして、その奥に埋もれるように残された保守回線。

 かつて特殊輸送記録の中継に使われていた端末。

 ルクス側の狙いは、そこだった。


 小型作業艇が、レグナリア外周の影に滑り込む。

 正面からの接近ではない。

 補給艦の残骸反応と、通常軍の外周航路の隙間を利用した短時間接触。

 ミオの支援網は極限まで絞られ、イリスが認証網の揺らぎを補正している。

 ナユの残響索敵は最小範囲。

 リンが外周のビーコンを見張り、カイトは護衛位置で待機していた。

 作業艇内では、コウタが保守端末接続用の機材を抱えている。

 その隣で、エルが端末の認証手順を確認していた。

「接続時間は最大四十秒。できれば十五秒以内」

 エルが言う。

「分かってます。昨日から三回聞きました」

 コウタは緊張した顔で答えた。

「なら四回目です。逆探知兆候が出たら即切断。欲張って中身まで見ようとしないでください」

「索引だけ、ですよね」

「はい。中身を読むのは後です」

 通信越しに、黒瀬の声が入る。

『目的を再確認します。今回取得するのは、PT関連輸送・保管記録の索引です。詳細記録の閲覧は行いません。逆探知兆候が出た場合、即時切断』

「了解」

 カイトが周囲を見ながら答えた。

『通常軍哨戒は?』

 リンが短く返す。

『距離あり。こちらに気づいてはいない』

 ナユも続ける。

『監察局ビーコンの反応は薄いです。でも、完全にないわけではありません』

 カイルの声が割り込む。

『時間をかけるな。記録をつかんだら戻れ』

 作業艇が補給ドックの外壁に接触する。

 固定具が静かに噛み合った。

 コウタが保守端末へ接続機材を差し込む。

「接続します」

 エルが認証補助を起動した。

「旧式回線、反応あり。通常補給ログを迂回。特殊輸送記録の索引層へ入ります」

 コウタの指が止まりかける。

「……本当に残ってるんですね」

「帝国は記録を消しません。分類し直すだけです」

 エルの声は低かった。

「だから、残っています」


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋。

 中央画面に、レグナリアから取得される索引データが流れ始めた。

 完全な文章ではない。

 断片。

 古い形式の識別コード。

 輸送日時。

 搬入元。

 搬出先。

 保管区画。

 系列名。

 機能評価。

 応答値。

 黒瀬が即座に不要な軍需記録を弾き、PT関連らしき項目だけを抽出する。

「PT系列関連索引、取得開始」

 艦橋に緊張が走る。

 ユイ、ミオ、レイ、セラ、イリスは、それぞれ艦橋または通信越しに記録を見ていた。

 レータとアミィは保護区画で、カナデとエルマの立ち会いのもと、表示を制限した状態で確認している。

 画面に、最初の断片が浮かんだ。

 Y系列。

 適応型。

 潜伏・現地環境同化適性、高。

 命令層干渉耐性、変動。

 高危険個体。

 搬出先、教育院系統施設。

 後日、別任務用に再登録。

 ユイは静かにそれを見つめた。

 そこに、ユイという名前はない。

 あるのは、Y系列。

 適応型。

 命令層干渉耐性。

 高危険個体。

 カイトが隣で小さく息を呑む。

「ユイ……」

「大丈夫です」

 ユイはそう答えた。

 だが、その声は少しだけ硬かった。

 続いて、別の断片が表示される。

 M系列。

 広域支援型。

 支援波安定性、高。

 集団制御補助適性、良。

 外部支援網形成時、命令層接続補助に利用可能。

 ミオの顔から、わずかに血の気が引いた。

「支援……補助……」

 レイが通信越しに低く言う。

『ミオを、命令層接続の補助に使うつもりだったってことか』

 黒瀬はすぐに答えた。

「記録上は、その可能性があります。ただし、これは初期評価です。現在のミオとは異なります」

 ミオは少しだけ俯いた。

「分かっています。でも……嫌ですね」

「当然です」

 黒瀬は淡々と言った。

「嫌だと思っていい記録です」

 ミオは一瞬だけ黒瀬を見て、それから小さく頷いた。


 次に表示されたのは、R系列とS系列だった。

 R系列。

 近接戦闘型。

 反応速度、高。

 単独戦闘適性、良。

 命令層応答値、中。

 過剰干渉時、反発傾向あり。

 レイが短く笑った。

『反発傾向あり、か。そこは当たってるな』

 だが、その笑いは明るいものではなかった。

 セラの記録も続く。

 S系列。

 射撃・照準補助型。

 精密命令伝達適性、高。

 照準補助AIとの同期良好。

 遠隔制御下での射撃安定性、良。

 セラはフェンリオン・リサイトの中で、静かに目を伏せた。

「遠隔制御下での射撃……」

 その言葉に、カナデが通信で優しく言う。

『セラちゃん。今のあなたは、自分の意思で撃っているわ』

「はい」

 セラは小さく頷く。

「分かっています。フェンリオン・リサイトも、そのために調整しました」

 それでも、記録の言葉は冷たかった。

 自分で撃つために再調整した機体。

 その前に、自分は「遠隔制御下で安定して撃つ個体」として見られていた。

 それを知ることは、想像以上に重かった。

 イリスの記録も表示される。

 I系列。

 探索・識別型。

 広域探索補助、良。

 異常反応識別能力、高。

 探索地域拡大用系列として一定数生産。

 命令層応答値、安定。

 イリスは静かに画面を見ていた。

「一定数生産……」

 黒瀬が言う。

「I系列は、他系列より運用記録が多いようです。探索用途のため、一定数が生産された可能性が高い」

 イリスはしばらく黙り、それから言った。

「私と同じような子が、他にもいたんですね」

 誰もすぐには返せなかった。


 保護区画。

 レータは、表示制限された端末を見ていた。

 カナデが隣に座り、エルマが反応値を監視している。

 アミィも近くにいるが、彼女に表示される情報はさらに制限されていた。

 黒瀬から通信が入る。

『L系列の記録が出ます。表示量を制限します』

 レータは静かに頷いた。

「見ます」

 端末に、L系列の記録断片が浮かぶ。

 L系列。

 重装・統率型。

 防衛戦指揮適性、高。

 局地統率能力、良。

 集団防衛時の命令伝達能力、高。

 ただし、突発状況下における判断逸脱あり。

 重大誤判断発生率、低頻度ながら無視不可。

 指揮型としての継続運用、要再評価。

 レータの指が止まった。

 重大誤判断。

 低頻度ながら無視不可。

 指揮型としての継続運用、要再評価。

 彼女はその文字から目を離せなかった。

「……これが、私の記録」

 カナデが静かに言う。

「初期評価の一部よ。全部ではないわ」

「でも、帝国はそう見た」

 レータの声は低かった。

「重装。統率。防衛戦指揮。便利な機能。でも、時々、大きな判断ミスをする。だから危険」

 アミィが不安そうにレータを見る。

「レータさん……」

 レータはさらに画面を見る。

 その下に、別の断片があった。

 L系列オリジナル個体、所在不明。

 系列継続、凍結。

 統率型空白への代替系列設計を検討。

 レータの表情が、はっきりと揺れた。

「……私が、いなくなったから」

 カナデがすぐに声をかける。

「レータちゃん」

「私が逃げたから、L系列が凍結されて」

 レータの視線が、アミィへ向かう。

「その代わりに……」

 黒瀬の声が通信に入った。

『まだ結論を出さないでください。A系列の記録は断片です。今ここで読み切るべきではありません』

 レータは唇を噛んだ。

 だが、画面にはすでに一部の記録が浮かんでいた。

 A系列。

 補助統率型。

 L系列欠損補完。

 指揮支援空白対応。

 自己応答形成前の役割固定、推奨。

 セレスティア接続による安定化を前提。

 アミィの顔から、血の気が引いた。

「L系列……欠損、補完……?」

 その言葉は、彼女にとって意味が大きすぎた。

 レータの手が震える。

「やっぱり……」

「違います」

 アミィが小さく言った。

 だが、その声はまだ弱かった。

「わたしは……」

 言葉が続かない。

 レータはその沈黙を、自分への責めとして受け取ってしまいそうだった。

 カナデがすぐに割って入る。

「ここで止めましょう」

「でも」

「止めます」

 カナデの声は優しかったが、はっきりしていた。

「今は、記録の全文を読む状態ではありません。レータちゃんも、アミィちゃんも、反応が上がっています」

 エルマも端末を見る。

「レータさん、心拍上昇。アミィさん、命令層反応も微増しています。これ以上は危険です」

 レータは、画面を見つめたまま動かなかった。

 カナデが静かに言う。

「レータちゃん。これは帝国が作った分類記録です。あなたがアミィちゃんを作ったわけではありません」

「でも、私がいなければ……」

「それは帝国の論理です」

 カナデは、はっきりと言った。

「欠けたから補う。逃げたから作り直す。そうやって人を機能として扱う論理です。あなたがその言葉を、自分の責任として受け取る必要はありません」

 レータは目を閉じた。

 手はまだ震えている。

 アミィは、その手に自分の手を重ねた。

「レータさん」

 レータが目を開ける。

「わたし……うまく言えません。でも……」

 アミィは必死に言葉を探した。

「わたしは、レータさんのせいでいるんじゃ、ないと思います」

 レータの瞳が揺れる。

「アミィ」

「まだ、分かりません。でも、レータさんの代わりだけ、では嫌です」

 その言葉に、レータは何も返せなかった。

 カナデは端末の表示を落とす。

「今日はここまでにしましょう」

 黒瀬の通信が静かに入った。

『同意します。A系列詳細記録は、取得優先順位を下げます。今は索引の保存だけを行います』


 レグナリア外周の作業艇では、接続時間が限界に近づいていた。

「逆探知兆候!」

 エルが叫ぶ。

「監察局照合端末がこちらに気づきました。切断まで五秒!」

 コウタが端末を見ながら叫ぶ。

「索引、まだ残ってます!」

『欲張るな』

 黒瀬の声が飛ぶ。

『主要索引だけでいい。切断してください』

「了解!」

 コウタが接続を切る。

 作業艇の固定具が外れ、補給ドックから離脱する。

 その直後、保守端末に監察局の照合反応が走った。

 数秒遅ければ、逆探知されていた。

 カイトが護衛位置から言う。

『離脱する!』

 リンが周囲を確認する。

『通常軍哨戒がこちらへ向き始めた。まだ警告段階』

 カイルが指示を出す。

『追われる前に戻れ。戦うな』

 作業艇は、レグナリア外周から離れていく。

 背後では、巨大軍港が静かに光っていた。

 まるで、何も起きていないかのように。


 ルクス・ヴァルキュリア解析室。

 取得された索引は、すぐに複数の階層へ分けられた。

 黒瀬、クロエ、エルが中心となり、PT関連記録の優先順位を整理する。

「取得できたのは、詳細記録ではなく索引です」

 黒瀬が会議室で説明する。

「ただし、かなり重要なものが含まれています」

 画面に分類が表示される。

 第一群。

 オリジナル系列記録。

 Y、M、R、S、L、I。

 第二群。

 A系列設計関連。

 L系列欠損補完、指揮支援空白対応、セレスティア接続前提。

 第三群。

 未起動個体・保管記録。

 詳細閲覧は研究中枢側端末が必要。

 第四群。

 カルディア・ベイ搬送記録。

 機体制御核、命令層接続補助装置、特殊GD関連部材。

 ジンが問う。

「優先順位は」

 黒瀬は即答した。

「第一に、現在の脅威へ直結するA系列設計関連。ただし、レータとアミィの心理負荷が高いため、閲覧は段階的に制限します」

 レータは黙って聞いていた。

「第二に、オリジナル系列記録。ユイ達全員に関わるため、個別閲覧の許可を取ります。強制開示はしません」

 ユイが顔を上げる。

「強制開示しない、ですか」

「はい」

 黒瀬は頷いた。

「これは帝国の記録です。本人が見るかどうかを決めるべきです。ただし、作戦上必要な危険情報は、私が要約して共有します」

 ミオが小さく息を吐く。

「少し、助かります」

「第三に、カルディア・ベイ搬送記録。これは次の進路決定に必要です」

 ジンが頷く。

「研究中枢へ行くには、カルディア・ベイを経由する可能性が高いな」

「はい」

 黒瀬は画面を見た。

「レグナリアの記録だけでは、詳細は見えません。ですが、道筋は見えました」


 会議後、レータは保護区画へ戻った。

 アミィは隣を歩いている。

 少しだけ不安そうだが、レータの手を離そうとはしなかった。

「アミィ」

 レータが声をかける。

「はい」

「さっきの記録……」

 言いかけて、レータは止まった。

 謝るべきなのか。

 説明するべきなのか。

 自分が悪いと言うべきなのか。

 分からなかった。

 アミィは少し考えてから言った。

「わたしも、まだ分かりません」

「うん」

「でも、L系列欠損補完って書いてあっても……それだけでは、嫌です」

 レータはアミィを見る。

「うん」

「わたしは、レータさんの代わりだけじゃ、ないです」

 言葉はたどたどしい。

 だが、確かだった。

 レータの表情が少し崩れる。

「そうだね」

 アミィは続けた。

「でも、レータさんの隣にいるのは、嫌じゃないです」

 レータは息を止めた。

 それから、ゆっくり頷いた。

「私も、アミィの隣にいる」

 ヴァルクレイド・セレスの反応が、遠くで静かに安定した。


 監察局管制区画。

 オルフェン・グラードは、レグナリア保守端末への接触記録を見ていた。

「対象艦、PT関連輸送索引の一部を取得」

 局員が報告する。

「逆探知は失敗。詳細記録までは取得されていません」

「十分だ」

 オルフェンは淡々と言った。

「索引を得れば、彼らは次を探す」

「A系列記録の一部を閲覧したようです」

「反応は」

「対象L、強い動揺。対象A、自己応答揺らぎ。ただし、カナデと思われる心理担当と監査担当により閲覧中断」

 オルフェンは、少しだけ目を細めた。

「止めたか」

「はい。詳細閲覧は行われていません」

「なら、次に見せればよい」

 画面に、カルディア・ベイと研究中枢関連施設が表示される。

「L系列欠損補完。A系列設計。セレスティア接続前提。これらは、対象Lと対象Aを揺らすには十分だ」

 局員が問う。

「記録を改竄しますか」

「不要だ」

 オルフェンは答えた。

「帝国の記録は、そのままで十分に冷たい」

 彼は、取得された索引を見つめた。

「彼らは、名前を取り戻そうとしている。ならば、こちらは分類を見せる」


 ルクス・ヴァルキュリアは、レグナリア外周から離脱した。

 正面突破はしていない。

 軍港を制圧したわけでもない。

 得られたのは、詳細記録ではなく索引だけ。

 それでも、その索引は重かった。

 Y系列。

 M系列。

 R系列。

 S系列。

 L系列。

 I系列。

 A系列。

 名前ではなく、系列。

 人格ではなく、機能。

 思い出ではなく、応答値。

 帝国は、彼女たちをそう記録していた。

 だが、その記録を読んでいる今の彼女たちは、もう記録の中の個体ではない。

 ユイはユイであり。

 ミオはミオであり。

 レイはレイであり。

 セラはセラであり。

 イリスはイリスであり。

 レータはレータであり。

 アミィはアミィだった。

 それでも、記録は続いている。

 カルディア・ベイ。

 研究中枢。

 未起動個体。

 A系列設計書。

 L系列凍結記録。

 次に向かうべき場所が、また一つ明確になった。

 レグナリアで手に入れたのは、答えではない。

 彼女たちが、なぜ分類され、なぜ運ばれ、なぜ作られたのか。

 その問いへ続く、冷たい索引だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ