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第296話 第一防衛圏突破口

 第一防衛圏の認証網が、再び形を変えた。

 それは、ただの防衛反応ではない。

 ルクス・ヴァルキュリアがここまで進む中で見せた対応。

 ノクス・レクイエムの限定切断。

 ヴァルクレイド・セレスの防壁。

 ロス・セレネの残響索敵。

 フェンリオン・リサイトと《ホライゾン・サイト》による誘導節点狙撃。

 GF-07 リーフガードによる支援網外層防護。

 そして、黒瀬が整理した危険兵装・未知技術の使用条件。

 それらすべてを観測したうえで、監察局は次の手を重ねてきた。

「認証網、前方で再編!」

 艦橋で航法士が声を上げる。

「指定航路が消えました。代わりに、複数の通過可能領域が表示されています」

 前方画面に、細い隙間のような航路がいくつも浮かび上がる。

 どれも通れそうに見える。

 だが、その先にはそれぞれ違う反応があった。

 モルスの砲撃座標固定。

 タナトスの隔離場。

 再同期波の集束。

 監察局ビーコンの密集。

 第一防衛圏認証網の深層照合領域。

 ジンは画面を見て、短く言った。

「選ばせる気か」

 黒瀬が頷く。

「はい。どの航路を選んでも、何かを犠牲にする形です。モルスの砲撃を避ければ、タナトスの隔離場に近づく。隔離場を避ければ、再同期波が濃い。再同期波を避ければ、認証網の深層照合に触れます」

 グリッドの通信が入る。

『嫌な迷路だな』

「迷路ではありません」

 黒瀬は淡々と言った。

「判断負荷をかけるための選択肢です」

 ジンは艦長席で腕を組む。

「監察局は、こちらの手順そのものを見ている」

「はい。前回、こちらは複数干渉下でも崩れませんでした。なら、今回は突破口そのものを複数に分け、何を優先するかを見ようとしているのでしょう」

 カイルの通信が外周から入った。

『艦長、ぐずぐずしてると全部閉じるぞ。隙間はあるが、長くは持たねえ』

「分かっている」

 ジンは前方の表示を見据えた。

「黒瀬、最短で通れる航路は」

「第三航路です。ただし、モルスの砲撃誘導節点が二つ、タナトスの隔離場外縁が一つ、認証網の浅い照合線があります」

「再同期波は」

「薄いです」

「なら、そこだ」

 ジンの判断は早かった。

「アミィへの再同期を最優先で避ける。タナトスとモルスは対処できる。認証網は浅いなら触れずに抜ける」

 黒瀬が即座に条件を整理する。

「第三航路突破案。モルス誘導節点はナユ、リン、セラの連携で処理。タナトス隔離場はカイト、レイが前衛で遅延。必要時のみノクス限定切断。支援網外層はリーフガードで維持。ヴァルクレイド・セレスは保護区画防壁に専念」

「承認する」

 ジンが言った。

「全艦、第三航路へ。第一防衛圏突破口を開く」

 監察局管制区画。

 オルフェン・グラードは、ルクス・ヴァルキュリアの進路選択を見ていた。

「対象艦、第三航路を選択」

 局員が報告する。

「再同期波の薄い航路です。対象A保護を最優先したものと思われます」

「妥当だ」

 オルフェンは淡々と答えた。

「対象Aを失えば、彼らの判断基準は崩れる。守る対象を中心に航路を選ぶのは当然だ」

「妨害を開始しますか」

「開始しろ。モルスは誘導節点を複数化。タナトスは隔離場外縁を第三航路へ寄せる。再同期波は薄いままでよい」

 局員が一瞬だけ顔を上げる。

「再同期波を強めないのですか」

「強めれば、彼らはノクスを使う。今は突破判断を観測する」

 オルフェンは画面を見つめる。

「彼らが何を守り、何を捨て、どの順番で力を使うか。それを記録する」

 画面上で、モルス、タナトス、監察局ビーコンが配置を変えていく。

 第一防衛圏の突破口は、開いている。

 だが、それは監察局が開けた穴でもあった。

 通れる。

 ただし、通るために何を選ぶかを見られる。

 オルフェンにとって、それもまた観測だった。


 外周索敵位置。

 ナユのロス・セレネが、第三航路前方へ残響波を広げた。

 リンのヴァイス・リッパー・リビルドがその前に出る。

 カイルはさらに外側で全体を見ていた。

『ナユ、広げすぎるな。第三航路だけ見ろ』

「はい」

 ナユは息を整える。

 頭痛は残っている。

 前回よりも強い。

 だが、今は止まれない。

 第三航路の先に、いくつもの沈み込みが浮かぶ。

 偽の残響。

 本命の座標固定。

 誘導節点。

 それらが重なっている。

「二つ……いえ、三つあります」

『本命は』

「一つは囮。強すぎます。二つ目は浅い。三つ目……これです。航路の内側ではなく、外側を撃って、艦を押し戻すつもりです」

 カイルが即座に判断する。

『ジン艦長、モルスは直撃じゃなく進路を崩しに来る。航路外縁の節点を潰す必要がある』

『了解した』

 ジンの声が返る。

『セラへ座標を送れ』

 リンが接近してくるビーコンを切り払う。

『ナユ、右側の波が乱れる』

「分かっています」

『こっちは私が処理する。見失うな』

「はい」

 ナユは残響を保つ。

 リンがその周囲を守る。

 カイルが全体の流れを読む。

 その情報がミオの支援網を通じて、セラへ送られた。


 セラのフェンリオン・リサイトは、機動甲板側で射撃姿勢に入っていた。

 《ホライゾン・サイト》は再調整済み。

 だが、連射はできない。

 撃てるのは一射。

 外せば、モルスの砲撃が航路を崩す。

『座標、来ます』

 ミオが言う。

『位相誤差、補正します。誘導節点は航路外縁。砲撃そのものではなく、衝撃波で押し戻す狙いです』

 イリスが補足する。

 セラは照準を合わせる。

「本体は狙いません。節点だけを撃ちます」

 黒瀬の声が入る。

『《ホライゾン・サイト》使用条件、成立。対象はモルス誘導節点。射撃回数一。モルス本体への転用は禁止』

「了解」

 ジンが短く言う。

『撃て』

 セラはトリガーを引いた。

 細い射撃が、認証網に紛れた誘導節点を貫く。

 直後、モルスの重砲撃が放たれた。

 砲撃は、第三航路の外縁を狙っていた。

 だが、誘導節点を撃ち抜かれたことで、衝撃の角度がずれる。

 ルクス・ヴァルキュリアの艦体が大きく揺れた。

 しかし、進路は保たれた。

「第三航路、維持!」

 航法士が叫ぶ。

「砲撃直撃なし。外縁衝撃、許容範囲!」

 ジンは頷いた。

「そのまま進め」


 だが、タナトスが動いた。

 黒灰色の処分機が、第三航路の側面へ滑り込む。

 背部の円環が開き、薄い隔離場が伸びる。

 狙いは、艦そのものではない。

 支援網外層と、ヴァルクレイド・セレスの防壁供給線。

「タナトス隔離場、展開!」

 黒瀬が報告する。

「再同期波は薄いままです。ノクス使用条件はまだ成立しません」

 カイトのアルタイル・ノヴァ・ブレイスが前へ出る。

『俺が押さえる!』

 レイのヴァナルガンドも側面に回る。

『こっちは展開軸を牽制する』

 ジンが命じる。

「カイト、レイ、隔離場を遅らせろ。ミオ、リーフガード、防護層を第三航路外縁へ寄せろ」

『了解です』

 GF-07 リーフガードが支援網外層に沿って移動する。

 葉脈のような防護フィールドが展開され、監察局ビーコンの接触を遮断する。

 ミオの支援網がその内側を支える。

 だが、タナトスはそこに再同期波を重ねなかった。

 代わりに、隔離場だけを薄く伸ばし、ノクス使用条件に届かない範囲で嫌がらせのように支援線を削る。

 ユイはノクス封印区画で、その反応を見ていた。

「条件を満たさないように、削っている……」

 黒瀬の声が入る。

『そうです。ノクスを使わせない範囲で、支援網を削っています』

「使えませんか」

『現時点では、使用条件未成立。待機してください』

 ユイは一瞬だけ悔しそうに目を伏せた。

 だが、すぐに頷く。

「了解しました。待機します」

 カイトが前線で叫ぶ。

『ユイ、こっちは持たせる!』

「お願いします」

 ユイはノクスに手を触れない。

 使える力があっても、条件を満たさないなら使わない。

 それは、今の彼女にとって戦うことの一部だった。


 タナトスの隔離場が、支援網外層を削り続ける。

 カイトがブレイスユニットで押さえ、レイが展開軸を牽制する。

 セラは《ホライゾン・サイト》の再調整中で撃てない。

 ナユは次のモルス砲撃予兆を探し続けている。

 リンはその護衛を維持している。

 それぞれが、限界ぎりぎりで役割を果たしていた。

 その時、保護区画から通信が入る。

『防壁供給線、少し薄くなっています』

 エルマの声だった。

『ただし、アミィの自己応答は安定しています』

 レータの声が続く。

『こちらで補います』

 アミィも小さく言う。

『大丈夫です。戻りません』

 その声は、以前よりもはっきりしていた。

 ジンは短く頷く。

「よし。アミィの反応が安定しているなら、ノクスは使わない。前衛で押し切る」

 黒瀬が記録する。

「判断確認。ノクス未使用。理由、再同期波薄く、対象A自己応答安定。隔離場は前衛対応可能」

 グリッドの通信が入る。

『毎回記録するんだな』

「判断を残すためです」

『分かってる。助かってるよ、今はな』


 第三航路の先に、認証網の薄い継ぎ目が見えた。

 完全な出口ではない。

 だが、第一防衛圏の外周拘束を抜け、ネメシア/レグナリア方面へ向かうための進路が開きかけている。

「突破口、確認!」

 航法士が叫ぶ。

「第一防衛圏深層照合を避ける浅層ルートです。ネメシア外縁、レグナリア方面への進路が取れます!」

 艦橋の空気が変わった。

 ジンは即座に命じる。

「全艦、第三航路を抜ける。速度を上げすぎるな。支援網を崩すな。外周組、最後まで警戒を維持」

『了解』

 カイルの声が返る。

『ナユ、最後の一つを拾え。モルスは抜け際に撃ってくる』

「はい」

 ナユは息を吸う。

 残響波が広がる。

 頭痛が強くなる。

 だが、彼女はもう、何を見るべきかを少しずつ分かり始めていた。

 強すぎる沈み込みは囮。

 浅い反応は誘導。

 本命は、弱く、深く、空間の奥で沈む。

「……来ます」

 ナユが言った。

「突破口の少し手前。艦尾側を撃って、進路を曲げさせるつもりです」

 カイルがすぐに叫ぶ。

『艦長、艦尾側! 押し戻し狙いだ!』

「了解。艦尾シールド強化。航路補正を前倒し」

 黒瀬が条件を確認する。

「《ホライゾン・サイト》再使用は」

 グリッドが即答する。

『まだ無理だ! 再調整が間に合わん!』

 セラが悔しそうに言う。

『すみません、撃てません』

「構わん」

 ジンは即座に判断した。

「今回は撃たずに避ける。ミオ、支援網を艦尾から前方へ流せ。リーフガードを後方防護へ回せ」

『了解です』

 GF-07 リーフガードが艦尾側へ移動する。

 ミオの支援網が前方へ流れ、衝撃を受け流す形へ変わる。

 モルスの砲撃が来た。

 白い光が艦尾側の空域を裂く。

 直撃ではない。

 だが、衝撃がルクス・ヴァルキュリアを押し戻そうとする。

 艦体が大きく揺れた。

「艦尾シールド、負荷上昇!」

「リーフガード防護層、持ちます!」

「航路補正、維持!」

 ジンは叫んだ。

「そのまま抜けろ!」

 ルクス・ヴァルキュリアが、認証網の薄い継ぎ目へ滑り込む。

 タナトスの隔離場が後方で閉じかける。

 モルスの砲撃座標が再固定される。

 監察局ビーコンが一斉に追尾を始める。

 だが、遅い。

 ルクス・ヴァルキュリアは、第一防衛圏の拘束線の一部を抜けた。

「突破口通過!」

 航法士の声が響く。

「第一防衛圏外周拘束を離脱。ネメシア外縁、レグナリア方面への進路を確保!」

 艦橋に、短い歓声にも似た息が漏れた。

 だが、ジンはすぐに言った。

「油断するな。完全突破ではない。追撃と再照合に備えろ」

「了解!」


 監察局管制区画。

 ルクス・ヴァルキュリアが第一防衛圏の一部を抜けたことが、画面に表示された。

「対象艦、第三航路を突破。ネメシア外縁、レグナリア方面への進路を確保」

 局員が報告する。

「タナトス、モルス、再同期波による妨害は突破されました」

 オルフェン・グラードは、画面を見つめたまま表情を変えなかった。

「データは」

「取得済みです」

 局員が答える。

「対象艦の判断優先順位。対象A保護を最優先。ノクス使用条件。未使用判断。残響索敵の限界。仮設狙撃支援ユニットの再使用間隔。GF-07の防護範囲。監査担当による承認手順。すべて記録済みです」

「ならば問題ない」

「追撃しますか」

「不要だ」

 オルフェンは答えた。

「彼らは進んだ。次に向かうのは、記録のある場所だ」

 画面に、帝国本国圏の奥が表示される。

 帝都ネメシア外縁。

 帝国中央軍港『レグナリア』。

 巨大建造ブロック『カルディア・ベイ』。

 そして、その奥にあるPT研究中枢関連施設群。

「第一防衛圏で得たデータは、次の処置に回せ。対象A、対象Y、対象L、ヴァルクレイド・セレス、ノクス・レクイエム。すべて研究中枢の照合網へ接続する」

「了解」

 オルフェンは静かに続けた。

「戦場で守れるものが、作られた場所でも守れるかを確認する」


 第一防衛圏外周。

 ドレッドノート級殲滅艦『グラトン』の艦橋で、レオンは監察局の記録通信を見ていた。

 ルクス・ヴァルキュリアが突破口を抜けた。

 防衛上、それは看過できない事態である。

 帝国本国圏へ向かう未登録艦が、ネメシア外縁とレグナリア方面への進路を確保したのだ。

 だが、レオンの視線は突破そのものではなく、監察局の戦闘記録に向いていた。

「モルスによる防壁座標砲撃。タナトスによる保護線分断。再同期波による対象Aへの干渉」

 クラウスが報告を読み上げる。

「さらに、対象艦の使用判断、承認手順、各機連携を記録。オルフェンは追撃よりデータ取得を優先したようです」

 レオンは無言だった。

 しばらくして、低く言う。

「防衛戦ではないな」

 クラウスは答えない。

 レオンは画面を見たまま続ける。

「敵を止めるための戦いではない。兵を守るためでもない。あれは、実験だ」

 その声には、明確な不快感があった。

「監察局はいつもそうです」

 クラウスが静かに言う。

「敵も味方も、対象として扱う」

「だから嫌いだ」

 レオンは短く言った。

 彼はルクス・ヴァルキュリアを味方とは見ていない。

 防衛線を突破した以上、止めるべき敵であることに変わりはない。

 だが、監察局のやり方を認める気にもなれなかった。

「本国は、あれを許している」

「はい」

「ならば、本国はこの先でも同じことをする」

 レオンは前方を見据えた。

 ルクス・ヴァルキュリアが向かう先。

 レグナリア。

 カルディア・ベイ。

 PT研究中枢。

 監察局の手が、さらに深く伸びる場所。

「クラウス」

「はい」

「グラトンは監察局の後詰めには回らん。通常軍の防衛線として動く」

「よろしいのですか」

「構わん。オルフェンの実験台になるために、兵を出す気はない」

 クラウスは一瞬だけ目を伏せ、それから頷いた。

「了解しました」

 レオンは画面の中のルクス・ヴァルキュリアを見た。

「次に会うなら、敵として止める」

 その声は冷静だった。

「だが、監察局の道具としては使わせん」


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋。

 第一防衛圏の外周拘束を抜けた後も、艦内に安堵は少なかった。

 支援網は乱れている。

 ナユは疲労で一時休息に入った。

 セラの《ホライゾン・サイト》も再調整が必要。

 ユイのノクス使用負荷も完全には抜けていない。

 リーフガードの防護層は一部焼け、グリッドが修理項目に頭を抱えている。

 それでも、艦は進んでいた。

「進路、確認」

 航法士が報告する。

「第一防衛圏外周拘束を離脱。ネメシア外縁方面へ進行可能。レグナリア方面への航路も取得。カルディア・ベイ関連反応を遠方に確認」

 黒瀬が端末を見ながら言う。

「ただし、認証網からの照合は続いています。第一防衛圏を完全に抜けたわけではありません。あくまで、外周拘束の一部を抜け、進路を確保した段階です」

「十分だ」

 ジンは言った。

「今は、それでいい」

 保護区画から通信が入る。

『アミィの自己応答、安定しています』

 カナデの声だった。

『ただし、帝国中枢側からの命令層反応が強くなっています。第一防衛圏より、さらに深い場所からです』

 艦橋の空気が重くなる。

 アミィの声も、少し遅れて入った。

『……聞こえます』

 レータがすぐに言う。

『アミィ』

『大丈夫です。返事はしません』

 その声は小さい。

 だが、前よりも確かだった。

『でも……奥から、呼ばれている感じがします』

 ユイは艦橋後方で、その言葉を聞いて目を伏せた。

 第一防衛圏を抜けた。

 だが、命令層の圧力は薄くなっていない。

 むしろ、奥へ進むほど強くなっている。

 ジンは前方画面を見据えた。

 そこには、帝国本国圏の奥が映っている。

 巨大な軍港反応。

 建造ブロック群。

 そして、PT関連施設と思われる複数の反応。

「次の目的地を整理する」

 ジンが言った。

「レグナリア。カルディア・ベイ。そして、PT研究中枢関連施設。第一防衛圏を抜けた以上、次はそこに向かう」

 黒瀬が頷く。

「監察局はそこで、今回得たデータを使うはずです」

「分かっている」

 ジンは静かに答えた。

「だが、こちらも得たものがある。ナユの残響索敵。リンの護衛。セラの節点狙撃。リーフガードの防護。ノクスの限定使用条件。黒瀬の承認手順」

 彼は一度、艦橋を見渡した。

「第一防衛圏で得たものを、次で使う」

 全員が頷く。


 医療区画。

 ナユは簡易ベッドで休んでいた。

 頭痛はまだ残っている。

 リンはその近くで、壁に背を預けている。

「すみません。途中で休むことになって」

 ナユが言う。

 リンは短く返した。

「休むのも仕事」

「そうですか」

「そう。次に拾うために休め」

 ナユは少しだけ笑った。

「リンさんは、厳しいのか優しいのか分かりにくいです」

「どちらでもいい」

 リンは目を閉じる。

「あなたが拾うなら、私は守る。それだけ」

 ナユは静かに頷いた。

「はい」

 自分の機能で艦を守れた。

 その実感は、まだ小さく、頼りない。

 けれど、確かに胸の中に残っている。


 保護区画。

 アミィは、レータの隣で座っていた。

「奥から、呼ばれます」

 アミィが言う。

「でも、前より少し分かります」

「何が?」

「呼ばれていることと、返事をすることは、同じじゃないです」

 レータはその言葉を聞いて、静かに頷いた。

「うん」

「怖いです。でも、返事は……自分で決めたいです」

 レータはアミィの手を握る。

「なら、隣にいる」

「はい」

 ヴァルクレイド・セレスの防壁は、まだ淡く展開されている。

 第一防衛圏を抜けても、その必要は消えていない。

 むしろ、これから向かう先では、もっと必要になる。


 ルクス・ヴァルキュリアは、第一防衛圏の外周拘束を抜け、帝国本国圏の奥へ進んでいく。

 背後では、タナトスとモルスの反応が遠ざかっていた。

 だが、消えたわけではない。

 オルフェンも撤退しただけだ。

 彼は敗北したのではない。

 十分な記録を手に入れ、次の場所へ渡したのだ。

 前方には、帝都ネメシアの影が広がる。

 その外縁に、帝国中央軍港『レグナリア』。

 さらに、巨大建造ブロック『カルディア・ベイ』。

 そして、その奥にあるPT研究中枢。

 第一防衛圏は越えた。

 だが、そこから先にあるのは、ただの戦場ではない。

 ユイ達が作られた理由。

 レータが逃げた理由。

 アミィが作られた理由。

 命令層が、彼女たちをどう扱ってきたのか。

 その記録が眠る場所だった。

 第一防衛圏は越えた。

 だが、そこから先にあるのは、戦場ではなく、彼女たちを作った場所だった。

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