第277話 防衛線突破作戦
外縁防衛線右翼。
戦場は、三つの意図が重なっていた。
レオン隊は、防衛線を維持しようとしている。
監察局直轄部隊は、アミィ、セレスティア残留反応、ノクス・レクイエム、そしてPT関連個体を回収しようとしている。
ヘルメス隊は、その二つの間で撹乱を行い、ルクス側の進路と支援網を乱そうとしている。
同じ帝国側ではある。
だが、動きは一枚岩ではなかった。
レオン隊は押し返す。
監察局隊は引き込む。
ヘルメス隊は迷わせる。
その違いが、戦場にわずかな歪みを作っていた。
ルクス・ヴァルキュリア艦橋で、ジンはその歪みを見ていた。
「正面から突破する必要はない」
ジンは戦域図を睨みながら言った。
「必要なのは、防衛線に穴を開けることではなく、こちらが通れるだけの隙間を作ることだ」
大型モニターには、敵部隊の配置が表示されている。
中央に、外縁方面軍旗艦『グラトン』。
その防衛軸に重なるように、GD-NM-03 エリシオンの反応。
右翼外縁には、監察局直轄部隊とGD-NM-02 タナトス。
外周には、高速巡航母艦『メルクリウス』を中心にしたヘルメス隊。
さらに、通常GDカスタム部隊がそれぞれの隙間を埋めている。
正面は厚い。
外周は撹乱が濃い。
右翼は薄く見えるが、監察局の誘導路になっている。
普通に進めば、どこかに捕まる。
黒瀬が静かに言った。
「レオン隊と監察局隊の目的が違うことを利用する、ということですね」
「ああ」
ジンは頷いた。
「レオンは、こちらを外縁防衛線の向こうへ通したくない。監察局は、こちらを止めて回収したい。目的が違う以上、同じ方向へは動けない」
三島が端末に敵の移動予測を表示する。
「レオン隊は、防衛線深部への侵入阻止を優先しています。一方、監察局隊はヴァルクレイド・セレスとユイ機、そしてノクス関連反応に寄ってきています」
「つまり、監察局隊を釣れば、レオン隊から引き離せる」
グリッドが唸るように言った。
「ただし、釣り餌はこっちの重要機ばかりだぞ。レータ、ユイ、場合によってはミオも狙われる」
「分かっている」
ジンの声は重かった。
「だから、釣るだけで捕まるわけにはいかない」
前線では、タナトスの黒い波がなお広がっていた。
レータのヴァルクレイド・セレスが局地防壁を張り、ミオのルナ・スケイル・リフレクトが広域支援を絞って支えている。
カイトのアルタイル・ノヴァ・ブレイスは、回収部隊の進路を塞ぐように動いていた。
その外側で、レイのヴァナルガンドが高速機の側面機動を押さえる。
さらに外縁には、カイルのレイヴン・ハウルが独自に動いていた。
『おい、誰かカイルに外周待機って言ったか?』
グリッドの声が艦橋に響く。
ジンは短く息を吐いた。
「言っても聞かん」
『まあ、そうだろうけどよ』
外周映像には、レイヴン・ハウルがヘルメス隊の撹乱機を追い立てている様子が映っていた。
命令を待って動いているわけではない。
防衛線の流れを見て、危険な場所へ先に入っている。
カイルらしい動きだった。
『外周、ヘルメス隊が薄くなったぞ』
カイルの声が通信に入る。
『あいつら、こっちを本気で潰しに来てるってより、監察局に合わせて位置を変えてやがる。気に入らねえな』
「そのまま外周を抑えろ」
ジンが指示する。
「ヘルメス隊を深追いするな。進路を乱せればいい」
『了解。ま、逃げ足の速いやつを追い回すのは嫌いじゃねえ』
通信が切れる。
黒瀬が言った。
「カイル機を外周制圧に使うのは有効です。ただし、作戦表に乗らない動きが多すぎます」
「だから外周に置く」
ジンは即答した。
「中心に入れれば邪魔になる。外に出しておけば、向こうの撹乱を撹乱できる」
グリッドが苦笑する。
「使い方が荒いな」
「本人が一番荒い」
ジンはそう言って、前線へ新たな指示を出した。
「作戦を切り替える」
ジンの声が前線通信に入った。
『了解!』
カイトが返す。
その横で、アルタイルに接近していた回収用拘束機が、セラの射撃で腕部装備を撃ち抜かれる。
『回収端末、右腕部を破壊。次、牽引装置を狙います』
セラの声は落ち着いていた。
フェンリオン・リサイトは、敵機本体を撃墜するのではなく、拘束装備だけを狙っていた。
監察局隊の目的が回収なら、その手段を潰す。
それが、セラの役割だった。
ジンは作戦図を共有する。
「セラはそのまま回収端末を狙え。敵を落とす必要はない。ワイヤー、固定フレーム、牽引装置を優先だ」
『了解しました』
「カイトは突破路形成。正面の敵を撃破するな。押し退けて、進路を作れ」
『了解。倒すより、どかすんですね』
「そうだ。監察局隊をこちらに引き寄せながら、レオン隊の防衛軸とはぶつからない位置へ誘導する」
カイトは、前方の敵配置を確認した。
タナトスは右翼外縁側にいる。
回収部隊もそちらへ寄っている。
逆に、レオン隊の主防衛軸は中央寄りだ。
エリシオンはまだ動いていない。
つまり、監察局隊がこちらを回収しようと前へ出れば出るほど、レオン隊の防衛軸から離れる。
「利用するんですね」
『そうだ』
ジンの声が答えた。
『向こうは一枚岩じゃない。レオンは防衛線を守りたい。監察局はお前達を捕まえたい。ヘルメス隊は撹乱したい。そのズレを広げる』
ミオは、支援網を細く保ったまま戦場全体を見ていた。
以前のように広く包み込めば、味方全体を支えられる。
だが、今はそれが危険だった。
ヘルメス隊の撹乱が支援網の端を揺らす。
タナトスの停止波が深部へ触れようとする。
監察局隊は、支援網の流れそのものを観測している。
広げすぎれば、掴まれる。
「広域支援、縮小維持」
ミオは自分に言い聞かせるように呟いた。
「全員を包むんじゃない。必要な線だけ繋ぐ」
ルナ・スケイル・リフレクトの支援網が、細く、しかし確実に味方機を結ぶ。
カイト。
レイ。
セラ。
レータ。
ユイ。
外周のカイル。
全員を強く縛るのではなく、位置と状態を見失わないための薄い線。
その上から、ヴァルクレイド・セレスの局地通信保護が重なる。
『ミオ、右前方、干渉が濃い』
レータの声が入る。
「確認しています。そこはレータさんに渡します」
『受ける』
ヴァルクレイド・セレスの白い防壁が、アルタイルとヴァナルガンドの周辺に展開される。
ミオの広域支援が、危険な場所を見つける。
レータの局地防壁が、その場所だけを厚く守る。
役割は明確だった。
ミオは全体を見る。
レータは崩れそうな場所を守る。
それが、監察局の干渉に対抗するための新しい形だった。
ユイは、GF-03 ヴェルディアで前線後方へ入っていた。
ノクス・レクイエムではない。
高火力もない。
命令層を切る力もない。
機体の反応は柔らかく、軽い。
操縦感覚はノクスとも、レヴァンとも違う。
植物性繊維装甲が、微細な損傷をゆっくりと修復しながら動いているのが分かる。
ユイは、その感覚に少し戸惑いながらも、前方を見た。
「ノクスは待機。私は観測と救助に回ります」
リクトが通信で応じる。
『了解です。ユイさん、タナトスの停止波に近づきすぎないでください。ヴェルディアは帝国式命令層とは無関係ですが、反応停止波を完全に無効化できるわけではありません』
「分かっています」
ユイはワイヤーアンカーを展開した。
前方では、回収用拘束機がヴァルクレイド・セレスへ接近しようとしている。
セラが装備を撃ち抜いているが、別の機体がすぐに回り込む。
「レータさん、左後方に回収機」
『見えてる。でも、手が足りない』
「引きます」
ヴェルディアのワイヤーアンカーが伸びた。
敵機へ直接撃ち込むのではない。
近くの破片と防衛ブイを利用し、回収機の進路に障害物を引き込む。
牽制。
足止め。
進路変更。
強くはない。
だが、動きをずらすには十分だった。
回収機がわずかに姿勢を崩す。
そこへフェンリオンの射撃が入り、拘束アームを撃ち抜いた。
『助かりました、ユイさん』
セラが言う。
「こちらこそ。私は、止める隙間を作ります」
ユイは前線を見た。
切らない。
撃ち抜かない。
それでも、できることはある。
ノクスを使わないまま戦場に立つ。
それは、思っていたよりも難しかった。
けれど、今のユイには必要なことだった。
外周では、レイとカイルがそれぞれ別の動きをしていた。
レイのヴァナルガンドは、カイトの突破進路を塞ごうとする敵機を側面から押さえている。
機体の動きは鋭い。
アルタイルが道を作るなら、その横を潰させない。
『カイト、左は任せて。そっちは前だけ見て』
「助かる!」
『助けないとすぐ突っ込むからね』
「そこまで信用ない?」
『ある意味ではある』
レイはそう返しながら、ヴェス・シュトルムの高速機動を受け止めた。
衝突寸前で軌道をずらし、敵機の進路を外側へ流す。
撃破はしない。
だが、突破路の横へ入れさせない。
一方、さらに外側ではカイルのレイヴン・ハウルがヘルメス隊を追い散らしていた。
『おら、邪魔だ。撹乱するならもう少し上手くやれ』
レイヴン・ハウルが黒紫の残像を引きながら、ヘルメス隊の一機へ接近する。
相手はすぐに離脱軌道へ入る。
だが、カイルは深追いしない。
追い払う。
位置をずらす。
撹乱の密度を下げる。
それで十分だった。
『ジン、外周のノイズは少し薄くなった。だが、奥にまだ隠してるぞ』
「何が見える」
『監察局の回収機とは別の反応だ。タナトスほど前に出てない。モルスかどうかは知らねえが、嫌な感じがする』
艦橋で、リクトがその情報を拾う。
「外周奥に未識別反応。監察局系ですが、タナトスとは波形が違います」
ジンは目を細めた。
「今は触るな。突破路形成を優先する」
『了解。嫌なものは後で暴く』
「勝手に突っ込むな」
『努力する』
「努力では足りん」
通信の向こうで、カイルが笑った気配がした。
グラトン艦橋。
レオン・グレイスナーは、ルクス側の動きが変わったことに気づいていた。
「監察局隊が引き出されているな」
クラウスが報告する。
「はい。ルクス側は正面突破を避け、右翼外縁で監察局直轄部隊を引きつけています。こちらの主防衛軸とは距離を取る動きです」
「ジン艦長か」
レオンは静かに言った。
「こちらと監察局の目的差を読んだな」
「どうしますか。防衛線を詰めれば、ルクス側の進路を塞げます」
「詰めれば、監察局の回収作戦に巻き込まれる」
クラウスは黙った。
その通りだった。
ここでレオン隊が右翼へ押し込めば、ルクス側を挟み込める。
だが同時に、タナトスの反応停止波、回収用拘束装備、監察局の再同期干渉が味方防衛線にも重なる。
兵を実験場に置くことになる。
レオンは、それを許すつもりはなかった。
「中央防衛線は維持。右翼へは必要以上に寄せるな」
「本国命令では、外縁防衛線を越えさせるなと」
「越えさせるつもりはない」
レオンの声は冷たい。
「だが、監察局の網の中へこちらの兵を投げ込む命令は受けていない」
「了解しました」
クラウスは短く答えた。
レオンは戦場を見た。
ルクスは敵だ。
止めなければならない。
だが、今この戦場で最も危険な動きをしているのは、敵だけではなかった。
艦橋で、ジンは敵配置の変化を確認した。
「レオン隊が右翼へ寄ってこない」
黒瀬が言う。
「こちらの意図を読んだ上で、監察局隊との過度な重なりを避けていますね」
「助かるが、甘く見るな」
ジンは即座に返した。
「レオンは防衛線を捨てていない。突破路が見えれば、エリシオンを動かす」
三島が頷く。
「現時点での突破候補は右翼外縁のさらに外側。ヘルメス隊の撹乱密度が下がり、監察局隊が前へ出たことで、一時的に薄くなっています」
「そこを使う」
ジンは決断した。
「カイト、突破路を開け。レイ、左側面を抑えろ。カイル、外周のヘルメス隊をさらに押し下げる。セラ、回収端末の装備を潰せ。ミオ、支援網を一時的に広げる準備。レータ、広げた瞬間に来る干渉を受けろ。ユイ、後方から回収機の進路を乱せ」
全機から返答が入る。
『了解!』
『任せて』
『へいへい』
『了解です』
『支援網、拡張準備』
『受ける』
『ヴェルディア、援護に入ります』
ジンは前方を見据えた。
「ノクス・レクイエムは待機維持。アミィは保護区画から動かすな。突破に使うな」
黒瀬が記録する。
「了解。ノクス待機、アミィ非戦闘。作戦目的は外縁防衛線突破」
ジンは頷いた。
この戦いは、敵を殲滅するためのものではない。
アミィを奪わせないため。
ノクスを安易に使わないため。
そして、帝国本国へ進む道を開くための戦いだ。
監察局隊を引き離した。
ヘルメス隊の撹乱は薄くなり始めている。
レオン隊は中央防衛線を維持している。
今しかない。
「全機、作戦開始」
ジンの声が、戦場へ響いた。
「外縁防衛線を抜ける。突破路を作れ!」
その命令と同時に、ルクス側の各機が一斉に動き出した。
アルタイルが前へ出る。
ヴァナルガンドが側面を抑える。
フェンリオンが回収端末を撃ち抜く。
ルナ・スケイルの支援網が一瞬だけ広がり、ヴァルクレイド・セレスの白い盾がその中心を守る。
レイヴン・ハウルが外周の撹乱を切り裂き、ヴェルディアが後方から拘束機の進路を乱す。
外縁防衛線突破作戦が、ついに始まった。




