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第275話 盾のセレス

 外縁防衛線右翼側。

 ルクス・ヴァルキュリアの前衛部隊は、防衛線の薄い箇所を探るように進んでいた。

 先頭を行くのは、カイトのアルタイル・ノヴァ・ブレイス。

 その後方から、セラのフェンリオン・リサイトが射線を維持する。

 さらに後方には、ミオのルナ・スケイル・リフレクトが縮小した広域支援網を展開していた。

 そして、前線のやや後ろ。

 レータのヴァルクレイド・セレスが、初めて実戦空域に立っていた。

 暗赤と黒鉄の重装甲。

 その内部に組み込まれた白い支援核フレームが、まだ低出力で待機している。

 ミオの支援網は、以前よりも薄い。

 広く包み込むのではなく、味方機同士の位置と反応を繋ぐ最低限の網。

 ヘルメス隊や監察局に掴まれないよう、あえて広げすぎていない。

 その隙間を補うのが、ヴァルクレイド・セレスの役割だった。

『カイトさん、前方右、グラディウス・ブレイク二機。左側面にヴェス・シュトルム反応』

 ミオの声が通信に入る。

「了解。正面には突っ込まない。セラ、右の一機を牽制できる?」

『できます。ただし撃墜狙いではなく、足止めにします』

「それでいい!」

 アルタイルが軌道を変える。

 フェンリオン・リサイトが中距離から射撃を放ち、グラディウス・ブレイクの進路を抑えた。

 帝国側のカスタムGDはすぐに防御姿勢を取り、正面を固める。

 それは以前よりも明らかに反応が速かった。

 帝国側も、ルクスの戦い方を学んでいる。

 正面で受け止め、側面から撹乱し、支援網を削る。

 防衛線は、ただ厚くなっただけではない。

 こちらの癖を読んでいる。

 その時だった。

 ミオの支援網に、薄い黒い波が触れた。

『……来ます』

 ミオの声がわずかに硬くなる。

『通信妨害ではありません。命令系に似た干渉波です。広がり方が監察局系です』

 リクトが艦橋から即座に解析を始める。

『外部からの命令干渉波を確認。対象は機体制御ではなく、判断反応の遅延です。操縦者の認識と機体応答の間に、薄く割り込むタイプです』

「判断遅延……!」

 カイトが操縦桿を握り直す。

 直後、アルタイルの反応がわずかに鈍った。

 敵の攻撃が見えている。

 避けるべき方向も分かっている。

 だが、判断と機体の反応の間に、薄い膜が挟まったような感覚があった。

「くっ……!」

『カイトさん、右です!』

 ミオの声が飛ぶ。

 フェンリオンが援護射撃を入れ、カイトへの接近を防いだ。

 だが、セラの声にもわずかな遅れが混じっている。

『こちらも、照準補助に引っかかりがあります』

 監察局系の命令干渉波。

 それは、直接機体を乗っ取るものではない。

 だが、判断を一拍遅らせる。

 戦場では、それだけで十分に危険だった。


『レータさん』

 ミオが呼んだ。

『局地防壁、お願いします。広域支援だけでは抑えきれません』

「分かった」

 レータはヴァルクレイド・セレスの操縦席で、静かに息を整えた。

 前へ押し込むのではない。

 敵を倒すために支援するのでもない。

 守る。

 カイトの判断を守る。

 セラの照準を守る。

 ミオの支援網が切られないよう、危ない場所だけを厚くする。

 レータは操縦桿を握り、支援核フレームへ意識を向けた。

「局地通信保護、展開」

 ヴァルクレイド・セレスの胸部奥で、白い光が灯った。

 暗赤色の重装甲の内側から、透明な防壁のような光が広がる。

 それは前方へ押し出される力ではなかった。

 むしろ、味方機の周囲に静かに張り付く。

 通信、判断反応、機体応答。

 それらの間に入り込もうとする黒い波を、白い盾が受け止めた。

 リクトが報告する。

『ヴァルクレイド・セレス、局地通信保護を確認。カイト機、セラ機周辺の判断遅延が低下しています』

 ミオが続ける。

『私の広域支援網と接続します。レータさん、こちらで全体を繋ぎます。そちらは干渉の濃い場所だけ守ってください』

「受ける」

 ルナ・スケイル・リフレクトの薄い支援網が、戦場全体に広がる。

 ただし、広げすぎない。

 敵に掴ませない。

 味方の位置と反応を緩く繋ぎ、危険な干渉が集まった場所へ、ヴァルクレイド・セレスの局地防壁を受け渡す。

 広く見るミオ。

 狭く守るレータ。

 二つの支援が、初めて実戦の中で噛み合った。

「動ける!」

 カイトが機体を立て直す。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスが、遅れかけた機動を取り戻した。

 完全に干渉が消えたわけではない。

 だが、判断と動きの間に挟まっていた膜が薄くなる。

 セラも射線を戻した。

『照準補助、回復しました。牽制を続けます』

 フェンリオン・リサイトの射撃が、敵カスタムGDの前進を抑える。

 ヴァルクレイド・セレスは、敵を撃破していない。

 前線を押し上げてもいない。

 だが、味方が動ける状態を守っていた。

 レータは、白い防壁の反応を見つめる。

「押さない。守る」

 その言葉は、自分への確認でもあった。

「押し込む支援じゃない。守る支援」

 支援核フレームが、静かに応答する。

 命令ではない。

 拘束でもない。

 ただ、守るための盾として。


 ルクス・ヴァルキュリア艦内。

 アミィは保護区画で、戦場の映像を見ていた。

 カナデが隣にいる。

 映像は制限されており、激しい戦闘部分は一部処理されている。

 それでも、ヴァルクレイド・セレスの反応だけは確認できるようになっていた。

 白い光が見える。

 かつて、アミィを縛っていたセレスティアの色に似ている。

 白く、静かで、逃げ場をなくすような色。

 アミィの指が震えた。

「……白い」

 カナデが静かに声をかける。

「大丈夫ですか?」

 アミィはすぐには答えなかった。

 画面の中で、白い光が広がる。

 けれど、それは誰かを包み込んで閉じ込める光ではなかった。

 カイトの機体を守る。

 セラの照準を支える。

 ミオの支援網を補強する。

 レータが、その中心にいる。

 アミィは胸元に手を当てた。

 命令の残滓が、少しだけ揺れる。

 セレスティアという名前に近い反応が、まだ心の奥に残っている。

 でも、今の光は違う。

「……盾」

 アミィは呟いた。

 カナデは、そっと頷く。

「はい。今は、盾として使われています」

「白い。でも、盾」

「そうですね」

 アミィは画面を見つめ続けた。

 怖さは消えない。

 けれど、見られる。

 言葉にできる。

「レータの盾」

 その声は小さかったが、確かだった。

 カナデは、その反応を静かに記録した。

 アミィは、セレスの光を檻ではなく盾として見始めている。

 それは、彼女にとっても大きな変化だった。


 外縁防衛線中央。

 旗艦『グラトン』の艦橋で、レオン・グレイスナーは戦況を見ていた。

 ルクス側の前衛部隊は、正面突破を避けている。

 こちらの厚い防衛線には踏み込まず、薄い場所を探りながら動いている。

 以前より慎重だった。

 そして、戦い方が変わっている。

「ヴァルクレイドに新反応」

 クラウスが報告する。

「セレスティア由来と思われる支援波です。ただし、以前のような命令層拘束反応は確認できません」

 レオンはモニターを見つめる。

 暗赤の重装機。

 その周囲に広がる白い防壁。

 セレスティアの反応。

 アミィを縛っていたはずのもの。

 だが、今それは、前線の味方機を守るために使われていた。

「アミィは搭乗しているか」

「反応なし。ヴァルクレイド・セレスの搭乗者は、レータ単独と見られます」

「……そうか」

 レオンは短く答えた。

 ルクス側が、アミィをすぐ兵器化したわけではない。

 奪取したPT-A01を、そのまま戦場へ出していない。

 セレスティア反応を再利用しながらも、搭乗させているのはレータだけ。

 甘い判断かもしれない。

 戦力としては非効率かもしれない。

 だが、少なくとも監察局のやり方とは違う。

 クラウスが慎重に言う。

「司令。監察局は、この反応を確認しているはずです」

「だろうな」

「セレスティア再利用と判断すれば、強く介入してくる可能性があります」

「分かっている」

 レオンは指揮画面に視線を戻す。

「エリシオンは待機。こちらから無理に押し込むな。ルクス側を防衛線深部へ入れるな。ただし、監察局の干渉波で味方側に影響が出た場合、即座に報告しろ」

「了解しました」

 クラウスは頷いた。

 レオンは白い防壁を見た。

 盾。

 それは、敵の力だ。

 帝国に向けられるなら、止めなければならない。

 だが、そこにアミィを使い潰す意図は見えない。

 だからこそ、レオンの表情はさらに硬くなった。

 監察局は、それを許さないだろう。


 監察局観測艦『ヴァル・ゼリア』。

 オルフェン・グラードは、戦場に広がる白い防壁反応を見ていた。

 画面には、ヴァルクレイド・セレスの解析波形が拡大表示されている。

 セレスティア由来の支援波。

 命令層拘束反応の欠落。

 通信保護への再定義。

 レータ型との適合。

 オルフェンは、口元に薄い笑みを浮かべた。

「なるほど。壊さず、分解し、再定義したか」

 隣の監察局士官が報告する。

「PT-A01アミィの搭乗反応はありません。ヴァルクレイド側は、レータ単独搭乗と推定されます」

「アミィを温存している。あるいは、まだ搭乗できないと判断している」

 オルフェンは画面を切り替える。

 アミィ救出時のデータと、現在のセレス支援波を重ねる。

 以前のセレスティアは、支援と拘束が重なっていた。

 今のヴァルクレイド・セレスは、拘束層が削られている。

 完全ではない。

 だが、明らかに作り替えられていた。

「興味深い」

 オルフェンは呟く。

「セレスティアを盾にしたか。命令の檻を、局地防壁へ変えた。レータ型を中核に据え、アミィ本人を乗せない。実に慎重だ」

「介入しますか」

「当然だ」

 オルフェンは即答した。

「慎重に整えたものほど、崩した時の反応に価値がある」

 監察局士官は表情を変えなかった。

「タナトス、二次起動完了。出撃可能です」

「投入しろ」

 オルフェンの声は静かだった。

「対象は破壊ではない。ヴァルクレイド・セレスの防壁反応、ルナ・スケイルの広域支援、アルタイルの前衛機動。その三つを止める。特に、セレス再定義反応に反応停止波を当てた場合の挙動を観測する」

「了解」

 オルフェンは、戦場の白い光を見つめ続けた。

「さあ、レータ。アミィを乗せずに作った盾が、どこまで耐えるか見せてもらおう」


 外縁防衛線右翼。

 カイトたちは、ヴァルクレイド・セレスの局地防壁によって立て直しつつあった。

 命令干渉波はまだ残っている。

 だが、先ほどのように判断を奪われるほどではない。

 アルタイルが前へ出て、敵カスタムGDの進路を塞ぐ。

 フェンリオンの射撃が、その動きを抑える。

 ルナ・スケイルが最低限の支援網を維持し、ヴァルクレイド・セレスが危険な干渉を局所的に弾く。

 新しい体制は、確かに機能していた。

 だが、長く続く安定ではなかった。

 リクトの声が通信に割り込む。

『新規反応! 監察局直轄機です。右翼外縁奥から接近中』

 ミオの支援網が、ぞわりと震えた。

『……嫌な反応です。通信妨害ではありません。もっと深いところに触れてきます』

 レータも、その気配を感じていた。

 ヴァルクレイド・セレスの白い防壁に、冷たい影が差す。

 敵意というより、停止。

 攻撃というより、応答を鈍らせる圧力。

 黒い機体が、防衛線の奥から姿を現した。

 GD-NM-02 タナトス。

 砲撃のために腕を上げるわけではない。

 剣を構えるわけでもない。

 ただ、戦場の反応そのものを静かに沈めるように、前へ出てくる。

 カイトが息を呑む。

「あれが、タナトス……!」

 タナトスの中核が、低く脈打つ。

 次の瞬間、戦場全体に黒い波が広がり始めた。

 ヴァルクレイド・セレスの白い盾が、その波を受け止める。

 初めての実戦で示された盾の力は、すぐに本当の試練へ晒されようとしていた。

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