第274話 再び外縁へ
外縁防衛線は、以前と同じ姿ではなかった。
ルクス・ヴァルキュリアが一度後退し、エデンでの調整を終えて戻ってくるまでの間に、帝国側は防衛線を再編していた。
正面防衛艦隊の配置は厚くなっている。
艦隊間の間隔も、以前より詰められていた。
突破口を作られた箇所には補助艦隊が置かれ、以前ルクス側が利用した進路はことごとく塞がれている。
さらに、通常GDだけではない。
カスタム化されたGDが、複数の防衛軸に配置されていた。
GD-05C グラディウス・ブレイク。
GD-08S ヴェス・シュトルム。
GD-10C ノクターン・ジャマー。
それぞれが、前回の戦闘で得たデータを元に、ルクス側の機体へ対応するよう調整されている。
防衛線の外側には、ヘルメス隊の反応もあった。
高速巡航母艦『メルクリウス』を中心に、撹乱機が広く散っている。
正面から押し返すのではなく、接近する敵の進路を乱し、支援網を切り裂く配置だった。
そして、その奥。
外縁方面軍旗艦『グラトン』の近くに、GD-NM-03 エリシオンの反応が確認されていた。
レオン・グレイスナーの機体。
防衛線そのものを盾に変える重装指揮機が、再び待っている。
ルクス・ヴァルキュリアの艦橋で、その情報を確認したジンは、低く言った。
「……前より厚いな」
黒瀬もモニターを見つめる。
「防衛線の再編は完了済みと見るべきですね。こちらが同じ手で突破することは想定されている」
グリッドが整備班から送られてきた敵機体反応を確認する。
「通常GDも厄介だが、問題はカスタム機と監察局系の反応だ。まだ全容は見えないが、通常の外縁方面軍とは違う信号が混じっている」
リクトが頷いた。
「監察局直轄部隊のものだと思います。反応形式が、前線部隊のGDとは違います。命令層干渉、通信遮断、反応停止系の可能性があります」
「タナトスか」
ジンが呟く。
まだ姿は見えない。
だが、いると考えた方がいい。
外縁防衛線は、単なる壁ではなくなっている。
レオンの防衛。
ヘルメス隊の撹乱。
監察局の拘束と観測。
複数の意図が重なった、危険な戦場へ変わっていた。
作戦会議室には、出撃予定者が集まっていた。
カイト、ユイ、ミオ、セラ、レータ。
アシュも壁際に立ち、黙って作戦図を見ている。
アミィは参加していない。
艦内保護区画で待機している。
ジンは外縁防衛線の立体図を示した。
「今回は正面突破を狙わない」
カイトが頷く。
「薄い場所を探るんですね」
「そうだ。レオンは正面の防衛を厚くしている。エリシオンも待機している以上、こちらが真正面から突っ込めば、また戦場を固定される」
モニター上で、防衛線の厚い領域が赤く表示される。
その外側には、ヘルメス隊の撹乱可能範囲。
さらに奥には、監察局直轄部隊の反応予測領域が重ねられていた。
「突破するなら、防衛線の薄い箇所を探る必要がある。ただし、薄く見える場所ほど罠の可能性も高い」
黒瀬が続ける。
「監察局が関与している以上、こちらのPT関連機体を誘導する配置も考えられます。ユイ、レータ、ミオの動きには特に注意が必要です」
ユイは頷いた。
「ノクスは待機ですね」
「原則待機だ」
ジンは即答した。
「ノクス・レクイエムは突破用戦力として数えない。命令層干渉が必要な状況で、使用条件を満たした場合のみ検討する」
「分かっています」
ユイの声に迷いはなかった。
ノクスは切り札ではない。
敵を倒すための力でもない。
それは、すでに正式記録にも残っている。
ジンは次にミオを見る。
「今回の鍵は支援網の使い方だ。ミオ、広域支援はどこまで広げられる?」
ミオは作戦図を見ながら答える。
「通常なら、防衛線の広い範囲を覆えます。でも、今回は危険です。ヘルメス隊の撹乱と監察局系の干渉があるので、広げすぎると支援網そのものを掴まれる可能性があります」
「なら、縮小運用か」
「はい。ルナ・スケイル・リフレクトは、味方全体を緩く繋ぐ程度に抑えます。細かい防御は、ヴァルクレイド・セレスに任せる方が安定します」
全員の視線がレータへ向いた。
レータは、短く頷いた。
「私が局地を守る」
グリッドが補足する。
「ヴァルクレイド・セレスの局地通信保護は、範囲は狭いが厚い。ミオの広域支援が全体を見て、レータが危ない場所を固める。そういう使い分けだ」
リクトが図を切り替える。
「イメージとしては、ミオさんが味方全体の薄い支援網を張る。そこに敵の強い干渉が来た場合、レータさんがヴァルクレイド・セレスで局地防壁を展開し、通信と命令系干渉を遮断する形です」
セラが確認する。
「つまり、私たちはミオさんの支援範囲から外れすぎず、危険な干渉が来た時はレータさんの防壁内へ戻る、ということですね」
「そうだ」
ジンは頷いた。
「カイトは前衛だが、単独で突出するな。セラは中距離から牽制。ミオは広域支援を絞る。レータはヴァルクレイド・セレスで初前線だが、攻めるより守ることを優先する」
「了解」
カイトが答える。
セラも頷く。
「了解です」
ミオは静かに言った。
「広げすぎない。守れる範囲を守ります」
レータは短く続けた。
「抜かせない。止める」
アシュが壁際から言う。
「監察局系の反応が出たら、無理に追うな」
カイトが振り向く。
「アシュも出るんですか?」
「出る。だが、前には出すぎない」
その言い方に、カイトは少しだけ苦笑した。
「俺にも同じこと言われそうですね」
「言う前に守れ」
「はい」
会議室に、ごく短い笑いが漏れる。
だが、その軽さはすぐに消えた。
外縁防衛線は目前だった。
出撃準備区画。
レータは、ヴァルクレイド・セレスの前に立っていた。
暗赤と黒鉄の重装機。
その胸部奥には、白い支援核フレームが収まっている。
セレスティアの名残。
アミィを縛っていたもの。
今は、命令系干渉を遮る盾として再定義されたもの。
レータは機体を見上げ、静かに息を吐いた。
初めて、この機体で前線に出る。
単独搭乗。
アミィは乗らない。
それでいい。
今はまだ、アミィを戦場に出す時ではない。
『レータ』
通信が入った。
保護区画からの短時間通信だった。
モニターに、アミィの顔が映る。
少し緊張している。
けれど、自分で通信に出ている。
レータは表情を柔らかくした。
「アミィ」
『行く?』
「行く」
『乗る?』
「私だけ乗る。アミィは待つ」
アミィは小さく頷いた。
『待つ』
「うん。待っていて」
アミィは少しだけ口を開き、言葉を探した。
短い沈黙。
それから、ゆっくりと言った。
『レータ、気をつけて』
レータの目が、わずかに揺れた。
その一言は、命令ではなかった。
反射的な応答でもなかった。
アミィ自身が、レータへ向けて選んだ言葉だった。
「……うん」
レータは頷いた。
「気をつける」
『帰る?』
「帰る」
アミィは安心したように、ほんの少し目を伏せた。
『待つ』
通信が切れる。
レータはしばらく、暗くなったモニターを見つめていた。
そして、ヴァルクレイド・セレスへ向き直る。
「行く」
短く言って、彼女は機体へ乗り込んだ。
ルクス・ヴァルキュリアの格納区画が開く。
まず、アルタイル・ノヴァ・ブレイスが発進準備位置へ移動した。
その後方に、フェンリオン・リサイト。
さらにルナ・スケイル・リフレクトが支援配置へ入る。
そして、重装機ヴァルクレイド・セレスが、ゆっくりとリフト上に現れた。
以前のヴァルクレイドよりも、機体の反応は複雑になっている。
暗赤色の重装甲の内側から、白い防衛支援の光が薄く重なっていた。
攻撃的な光ではない。
前へ突き進むための光でもない。
守るための光だった。
『レータ、機体反応は?』
グリッドが通信で尋ねる。
「重い。でも、動く」
『支援核は?』
「静か。命令してこない」
『よし。異常があればすぐ戻れ』
「分かった」
ミオの声が続く。
『レータさん、私の支援網と接続します。広域は薄くします。強い干渉が来たら、そちらの局地防壁へ受け渡します』
「受ける」
『お願いします』
ルナ・スケイル・リフレクトから薄い支援網が広がる。
以前よりも控えめだった。
全体を包み込むのではなく、味方機同士の位置と反応を確認できる最低限の網。
そこへ、ヴァルクレイド・セレスの局地通信保護が重なる。
広く繋ぐミオ。
狭く守るレータ。
二つの支援が、互いを邪魔しない位置で噛み合った。
リクトが艦橋で報告する。
「ルナ・スケイル支援網、縮小展開。ヴァルクレイド・セレス局地防壁、接続確認。干渉なし」
ジンが頷く。
「出撃を許可する」
カイトが操縦桿を握る。
「カイト、アルタイル・ノヴァ・ブレイス、出ます!」
アルタイルが発進する。
続いてセラ。
「セラ、フェンリオン・リサイト、出撃します」
フェンリオンが中距離支援位置へ向かう。
ミオが静かに告げる。
「ミオ、ルナ・スケイル・リフレクト、支援展開します」
そして、レータ。
「レータ。ヴァルクレイド・セレス、出る」
重装機が、ルクス・ヴァルキュリアから前線へ出た。
初めて、ヴァルクレイド・セレスが戦場へ立つ。
外縁防衛線の前方では、帝国側も動き始めていた。
通常GDカスタム部隊が前へ出る。
グラディウス・ブレイクが防衛線の正面に展開し、ヴェス・シュトルムが側面機動を開始。
ノクターン・ジャマーは、通信妨害のために後方へ散っていた。
さらに、ヘルメス隊の反応が広がる。
細かいノイズが、ルクス側の索敵に混ざり始める。
攻撃ではない。
進路を読ませず、支援網の端を揺らすための撹乱だった。
ミオが即座に反応する。
『支援網、揺れています。まだ切られてはいません。でも、広げると掴まれます』
ジンが指示を出す。
「広げるな。薄い箇所の探索を優先しろ」
黒瀬が敵配置を確認する。
「正面は厚い。左翼側は一見薄いですが、ヘルメス隊の反応が濃い。右翼外縁に小さな隙間があります」
リクトがすぐに補足する。
「ただし、その隙間の奥に監察局系の不明反応があります。誘導路の可能性があります」
「罠かもしれない、ということか」
「はい」
ジンは短く考える。
正面突破は避ける。
だが、薄い場所が罠なら、そこへ無防備に入るわけにはいかない。
「カイト、右翼外縁へ向かえ。ただし奥へ入るな。セラ、援護。ミオ、支援網は最小。レータ、カイトが干渉を受けたら局地防壁を展開しろ」
『了解!』
『了解です』
『はい』
『分かった』
アルタイルが右翼側へ向かう。
フェンリオンがその後方から射線を作る。
ルナ・スケイルの支援網が最低限の範囲で二機を繋ぎ、ヴァルクレイド・セレスがそのさらに後ろで防壁展開の準備に入った。
ルクス側は、正面から押し潰すのではなく、防衛線の反応を探る。
敵がどう動くか。
どこに穴があり、どこが誘導路なのか。
そして、監察局がどこで牙を剥くのか。
外縁防衛線の奥。
監察局直轄部隊の艦内で、暗い格納区画に光が灯った。
回収処分艦『モルグ』。
その中央固定架台に、GD-NM-02 タナトスが立っている。
黒い機体の各部に、低い反応光が走った。
武装の起動音はない。
砲撃機ではないからだ。
代わりに、反応停止波の中核がゆっくりと回転を始める。
監察局技官が、淡々と報告した。
「タナトス、一次起動完了」
別の通信が入る。
『ルクス側前衛、右翼外縁へ誘導中。アルタイル、フェンリオン、ルナ・スケイル、ヴァルクレイド・セレスの反応を確認』
タナトスの操縦席で、マルク・ゼルファーが目を開いた。
表情は薄い。
敵意も興奮も見えない。
ただ、与えられた対象を止めるためにそこにいる。
『出撃命令待機』
監察局士官が告げる。
『対象は破壊ではなく停止。特にヴァルクレイド・セレスの局地防壁、ルナ・スケイルの広域支援、アルタイルの前衛機動を観測する』
マルクは短く答えた。
「了解」
タナトスの拘束アームが外れる。
黒い機体が、静かに前へ動き出した。
ルクス側が防衛線の薄い箇所を探る中、監察局直轄部隊もまた、戦場へ介入を始めていた。




