表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
274/412

第272話 レオンの孤立

 外縁方面軍旗艦『グラトン』。

 その艦橋には、いつもより張り詰めた空気が漂っていた。

 外縁防衛線は崩れていない。

 ルクス・ヴァルキュリアは一度、後退した。

 戦術的に見れば、防衛線の維持には成功している。

 だが、状況は良くなっていなかった。

 PT-A01アミィは奪取された。

 セレスティアは制御下を離れた。

 ルクス・ヴァルキュリアは、エデン方面で再調整を行った後、帝国本国方面へ再接近する可能性が高い。

 そして何より、監察局が前面に出始めている。

 レオン・グレイスナーは、艦橋中央の指揮席で外縁防衛線の再編図を見ていた。

 正面防衛艦隊。

 遊撃部隊。

 ヘルメス隊の撹乱領域。

 補給線。

 後退時の防衛軸。

 どこに戦力を置くか。

 どこを削り、どこを厚くするか。

 外縁防衛線は壁ではない。

 動かせる戦場だ。

 だが、監察局の介入によって、その自由度は明らかに下がり始めていた。

「クラウス」

「はい」

 副官のクラウス・ベルガーが、端末を手に一歩前へ出る。

「本国からの追加命令は」

「監察局経由の命令が三件。帝国本国中枢からの正式通達が一件。いずれも、ルクス・ヴァルキュリアの再接近を前提にしたものです」

 レオンは視線を動かさなかった。

「読め」

 クラウスは、わずかに表情を硬くしてから報告を始めた。

「一件目。PT関連対象の保護、奪還、再同期を最優先事項とする。対象は、ユイ、レータ、アミィ、その他PT系列個体」

「保護ではなく拘束だな」

「文面上は保護です」

「監察局の文面は、いつもそうだ」

 レオンの声は冷えていた。

 クラウスは続ける。

「二件目。ノクス・レクイエムの完全起動を阻止。可能であれば鹵獲。困難な場合は、機能停止を優先」

「破壊ではなく鹵獲か」

「はい」

「それもまた、監察局らしい」

 艦橋の何人かが、声には出さずに視線を伏せた。

 ノクス・レクイエム。

 命令層に干渉する可能性を持つ危険な機体。

 帝国にとっては脅威だ。

 だが、監察局にとっては観測対象でもある。

 それを鹵獲したがる理由は明白だった。

「三件目。監察局直轄部隊の外縁防衛線投入。PT関連対象、ノクス・レクイエム、ヴァルクレイド・セレスに関する判断権は、監察局権限を上位とする」

 クラウスの声が、わずかに低くなった。

 艦橋の空気も変わる。

 レオンは、ようやく画面から視線を外した。

「つまり、この戦場に監察局が指揮権を差し込むということか」

「そのように解釈できます」

「本国中枢からの通達は」

「外縁防衛線を越えさせるな、との命令です」

 レオンは短く息を吐いた。

「単純で分かりやすい」

 それは皮肉ではあったが、同時に本音でもあった。

 外縁防衛線を越えさせるな。

 その命令自体には、レオンも異論はない。

 彼は帝国軍人だ。

 外縁方面軍の指揮官だ。

 ルクス・ヴァルキュリアが帝国本国へ接近するなら、敵として止める。

 そこに迷いはない。

 問題は、監察局がこの戦場を何に使おうとしているかだった。


 通信回線が開き、別区画からヘルメス隊のリュカ・ヴァレンが投影された。

 いつもの軽さは影を潜めている。

 彼もまた、今回の命令に不快感を隠していなかった。

『レオン司令、ヘルメス隊にも監察局から直接命令が来ています』

「内容は」

『ルクス側支援網の撹乱。ノクス・レクイエム起動時の観測補助。PT対象の逃走経路封鎖。ついでに、タナトスの反応停止波を通すための誘導路確保』

「ついでに、ではないな」

『ええ。うちを露払いに使う気です』

 リュカは吐き捨てるように言った。

『ヘルメス隊は撹乱部隊です。敵を乱すのは仕事ですし、防衛線維持のためならやります。ですが、監察局の実験機を通すために味方の戦域をかき回すのは、話が違います』

 クラウスが補足する。

「ヘルメス隊の特性上、監察局直轄部隊との連携は可能です。ただし、通信撹乱と反応停止波が重なると、味方側の識別にも影響が出る恐れがあります」

「味方を止める可能性がある、ということか」

「はい」

 レオンは目を細めた。

 監察局の兵器は、敵だけを都合よく止めるものではない。

 命令層、反応波、通信、機体制御。

 それらに干渉する兵器は、味方の動きまで鈍らせる危険がある。

 それでも監察局は使う。

 彼らにとって、多少の味方損耗は観測誤差に過ぎない。

『正直に言えば、うちは監察局系の作戦とは相性が悪いです』

 リュカが言った。

『相性が悪いというより、気分が悪い。敵を騙すのと、味方を実験場に置くのは違います』

「同感だ」

 レオンは短く答えた。

 リュカは少しだけ目を見開いた。

 レオンが監察局を好んでいないことは知っていた。

 だが、それをここまで明確に口にすることは少ない。

「ヘルメス隊には、外縁防衛線の撹乱と敵進路誘導を命じる。監察局直轄部隊への直接支援は、私の許可なしに行うな」

『本国命令と衝突しますよ』

「私が責任を持つ」

『……了解しました』

 リュカの声には、わずかな安堵が混じっていた。

 通信が切れる。

 艦橋に、再び重い沈黙が落ちた。


 クラウスは慎重に口を開いた。

「司令。本国からの命令は、以前より強くなっています」

「分かっている」

「監察局の介入に制限をかければ、司令の立場はさらに悪化します。すでに、アミィ救出後の追撃を行わなかった判断について、問題視する声が出ています」

「好きに言わせておけ」

「ですが」

 クラウスは、そこで一度言葉を切った。

 副官として、言うべきことを選んでいる顔だった。

「このままでは、司令は本国と監察局の双方から疑われます」

 レオンは静かにクラウスを見た。

 その視線に怒りはない。

 むしろ、よく言ったという冷静さがあった。

「クラウス。私はルクス・ヴァルキュリアを見逃すつもりはない」

「承知しています」

「外縁防衛線を越えさせるつもりもない」

「それも承知しています」

「だが、オルフェンの実験に協力するつもりもない」

 クラウスは黙った。

 レオンは指揮画面に視線を戻す。

「ルクスは敵だ。防衛線へ来るなら止める。必要なら撃つ。こちらの兵が傷つけられるなら、相応の反撃も行う。それが外縁方面軍の任務だ」

 そこで、彼の声が一段低くなる。

「だが、兵を実験材料にはしない」

 艦橋の空気が、静かに震えた。

 レオンは続ける。

「監察局が何を観測したいのかは知らん。PTの反応か。ノクスの力か。ルクス側の支援網か。好きに分類すればいい。だが、そのために外縁方面軍の兵を囮にし、味方の通信を乱し、反応停止波の中へ放り込むというなら、認めない」

 クラウスは、深く頭を下げた。

「了解しました」

「全艦に通達しろ」

「内容は」

 レオンは立ち上がった。

 艦橋全体へ向けて、はっきりと告げる。

「防衛線は守る。ルクス・ヴァルキュリアは敵として止める。だが、兵を実験材料にはしない。監察局直轄部隊との連携は、外縁方面軍の安全を損なわない範囲に限定する」

 誰もすぐには返事をしなかった。

 その命令は、危うい。

 本国の意向に完全に逆らうものではない。

 だが、監察局の自由な介入を制限する内容だった。

 レオンの立場は悪くなる。

 それでも、艦橋の士官たちは一斉に姿勢を正した。

「了解!」

 その返答は、短く揃っていた。


 通達後、クラウスはレオンの隣へ戻った。

「司令。これで監察局は、こちらをさらに警戒します」

「元から警戒している」

「オルフェンは、こちらの反応も観測対象にするでしょう」

「だろうな」

 レオンは外縁防衛線の配置図を見つめる。

 そこには、これから到着する監察局直轄部隊の予定航路も重ねられていた。

 防衛線の外側から、まるで別の刃が差し込まれるように接近している。

「オルフェンは、ルクスだけを見ているわけではない」

 レオンが言った。

「こちらも見ている。私が命令に従うか。ヘルメス隊がどう動くか。外縁方面軍が監察局の兵器にどう反応するか。すべて観測対象だ」

「では、どうしますか」

「いつも通りだ」

 レオンは静かに答えた。

「防衛線を守る。兵を無駄に死なせない。敵を敵として扱う。監察局の遊戯に乗らない」

「……簡単ではありません」

「簡単なら、私の仕事ではない」

 クラウスは、わずかに苦笑した。

 レオンの言葉はいつも通りだった。

 冷静で、硬く、感情をほとんど見せない。

 だが、その立場は確実に悪くなっている。

 帝国本国は、結果を求めている。

 監察局は、観測と回収を求めている。

 ルクス・ヴァルキュリアは、再び防衛線へ向かってくる。

 その間に立つレオンは、孤立しつつあった。

 それでも、彼は指揮席から離れない。

 外縁方面軍の指揮官として、そこに立ち続けるしかない。


 外縁宙域の端に、新たな艦影が現れた。

 通常の外縁方面軍艦艇とは異なる、黒灰色の艦体。

 艦側面には、監察局の標章が刻まれている。

 回収処分艦『モルグ』。

 その後方には、複数の直轄部隊艦艇が続いていた。

 艦内格納区画では、特殊機の起動準備が進んでいる。

 GD-NM-02 タナトス。

 黒い固定架台に拘束された機体の周囲で、監察局技官たちが無言で調整を進めていた。

 機体の外装は、戦場で目立つためのものではない。

 むしろ、光を吸い込むような暗い色をしている。

 その内部で、反応停止波の中核が低く脈打っていた。

 タナトスは、敵を破壊するための機体ではない。

 止めるための機体。

 応答を鈍らせ、制御を遅らせ、対象を再び命令の枠へ押し戻すための機体。

 その起動ログが、ゆっくりと立ち上がる。

『GD-NM-02 タナトス、起動準備段階へ移行』

『搭乗者、マルク・ゼルファー。同期確認待機』

 監察局直轄部隊は、外縁防衛線へ到着した。

 レオンが守ろうとする戦場に、オルフェンの観測装置が差し込まれる。

 ルクス・ヴァルキュリアが戻る前に、外縁防衛線はすでに、別の圧力に晒され始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ