表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
271/412

第269話 ヴァルクレイド・セレス仮組み込み

 ノクス・レクイエムの使用条件が正式記録に入ったことで、ルクス・ヴァルキュリア内の技術班は、再び別の作業へ移っていた。

 危険な力をどう制限するか。

 その問題に一定の線を引いた後で、次に進められたのは、ヴァルクレイド・セレスの仮組み込みだった。

 アミィを救出した際に分解・再定義されたセレスティアの支援核。

 命令層や拘束機能は徹底的に削除され、残されたのは、通信保護、支援波制御、防衛補助として使える部分だけだった。

 それを、レータ機であるヴァルクレイドへ組み込む。

 完全な完成ではない。

 あくまで仮組み込みだ。

 だが、それでもこの作業は大きな意味を持っていた。

 セレスティアを、命令の檻ではなく、守るための機能として再利用する。

 アミィを縛っていたものを、今度はアミィやレータを支えるものに変える。

 その第一歩だった。


 整備区画では、ヴァルクレイド本体が固定架台に据えられていた。

 暗赤色と黒鉄色を基調とした重装機。

 帝国製の威圧感を残しながらも、ルクス側の改修によって各部には補助フレームが追加されている。

 その胸部後方、指揮通信系と防衛支援系の中間に、新たな支援核フレームが仮固定されていた。

 白い外装を持つ、小型の中核部品。

 セレスティアの面影を残しながらも、以前のような拘束的な反応はない。

 白い装甲の隙間から淡く光る回路は、支配ではなく、保護のために再構成されていた。

「支援核フレーム、固定確認」

 グリッドが整備端末を見ながら言った。

「物理接続は問題なし。命令系統への逆流反応もなし。レータ、そっちはどうだ?」

 操縦席に座っているレータが、通信越しに答える。

『操縦系は重い。でも、嫌な感じはしない』

 その声には、わずかな緊張があった。

 無理もない。

 ヴァルクレイドはレータ自身の機体だ。

 そこへ、アミィを縛っていたセレスティア由来の核を組み込む。

 理屈では分かっていても、感情がすぐに追いつくとは限らない。

 リクトが端末を操作する。

「命令層干渉遮断、待機状態。局地通信保護、低出力で展開可能。防衛支援系はまだ仮接続ですが、反応は安定しています」

 リゼルも術式反応を確認していた。

「セレスティア由来の支援波は、拘束ではなく遮断壁として再定義されています。今のところ、搭乗者を上書きする反応はありません」

「そこが最重要だ」

 黒瀬が言った。

 彼は監査記録用の端末を持ち、整備区画の安全ラインの外に立っている。

 三島も隣で各項目を確認していた。

「今回の試験は、レータ単独搭乗で行う。アミィは搭乗させない。それで間違いないな?」

「はい」

 カナデが答える。

「アミィさんの反応はまだ安定途中です。見学は本人の希望ですが、搭乗試験は行いません」

 整備区画の端。

 保護用の透明シールド越しに、アミィが立っていた。

 その隣にはユイとミオがいる。

 アミィは無表情に近い顔で、ヴァルクレイドを見上げていた。

 怖がっているようにも見える。

 興味を持っているようにも見える。

 まだ、その感情を自分で言葉にしきれていないのだろう。

 レータは通信越しに、静かに言った。

『アミィ、聞こえる?』

 アミィが少しだけ反応する。

「……聞こえる」

『今日は、見るだけでいい。乗らなくていい』

 アミィは小さく頷いた。

「見る」

 その短い返事に、レータは少しだけ息を吐いた。

 焦らない。

 それが、今回の試験の前提だった。


『ヴァルクレイド・セレス、第一起動試験を開始します』

 艦内アナウンスが流れた。

 ヴァルクレイドのメインカメラが淡く灯る。

 重装機の各部に、暗赤色のラインが走った。

 そこへ、支援核フレームから白い光が重なる。

 だが、それは機体を上書きするような光ではなかった。

 ヴァルクレイドの中心に割り込むのではなく、外側から支えるように広がっていく。

 盾の内側に、もう一枚の透明な防壁が張られるような反応だった。

「起動確認」

 リクトが報告する。

「レータ本人反応、主制御位置を維持。支援核フレームは補助層に留まっています」

 リゼルも頷く。

「セレスティア残留反応、暴走なし。命令層への接続要求なし。支援波、局地展開に成功」

 黒瀬が端末に入力する。

「レータ単独搭乗での起動、成功と記録」

 ヴァルクレイドが、ゆっくりと右腕を動かした。

 大きな盾を構える。

 その瞬間、機体前方に淡い白の防衛フィールドが展開された。

 従来のヴァルクレイドの重装防御とは違う。

 単純な装甲や出力で受け止めるものではなく、通信、命令、干渉波を遮るための層だった。

「局地通信保護、展開」

 グリッドが声を上げる。

「範囲は小さいが、安定している。外部妨害信号、七割以上を遮断」

 リクトが続ける。

「命令系干渉遮断も機能しています。帝国式の模擬命令波を投入します」

「低出力で」

 黒瀬が釘を刺す。

「分かっています」

 リクトが模擬信号を流す。

 整備区画内の試験用端末から、微弱な命令系干渉波が放たれた。

 それはヴァルクレイドの周囲に接近するが、白い防衛層に触れた瞬間、細かく分解される。

 レータの声が通信に乗った。

『……弾いた』

「はい。命令系干渉遮断、成功です」

 リクトの声にも、少しだけ安堵があった。

 ミオが支援網の端末を見つめる。

「広域支援との干渉も確認します。ルナ・スケイル側の支援網を、最低出力で接続します」

 ミオの機体から送られる広域支援信号が、試験用回線を通じてヴァルクレイド・セレスへ届く。

 白い防衛層が、一瞬だけ揺れた。

 だが、拒絶反応は出ない。

「……通りました」

 ミオが言った。

「私の広域支援網と、ヴァルクレイド・セレスの局地通信保護は併用できます。ただ、重ねすぎると支援波が濁ります。ミオ側が広く支えて、レータ側が局地防衛と遮断を担当する形が良さそうです」

 リゼルが頷く。

「役割分担が明確ですね。広域の支援網と、局地の防壁。干渉を拡散させるのではなく、守る場所を絞って遮断する」

「前線防衛司令塔としては妥当だな」

 黒瀬が言った。

 ヴァルクレイド・セレスは、派手な機体ではない。

 ノクス・レクイエムのように命令層を切るわけではない。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスのように前線を突破する機体でもない。

 ミオのルナ・スケイルのように広域を包み込む機体でもない。

 だが、そこに立つことで、守る場所を作る。

 通信を守り、命令系干渉を遮り、防衛線を崩さない。

 それが、ヴァルクレイド・セレスの役割だった。


 試験終了後、ヴァルクレイドは固定架台へ戻された。

 機体の反応は安定している。

 支援核フレームも暴走せず、レータの主制御を妨げることはなかった。

 アミィは、透明シールド越しに機体を見上げていた。

 白い支援核フレームが、暗赤色のヴァルクレイドの中に収まっている。

 完全に馴染んでいるわけではない。

 けれど、拒まれてもいない。

「白い」

 アミィが呟いた。

 ユイが隣で首を傾げる。

「白い?」

「うん」

 アミィはヴァルクレイドを見たまま言った。

「白い、でも盾」

 その言葉に、ミオが静かに目を細めた。

 白い。

 それは、アミィにとってセレスティアの色だったのかもしれない。

 命令の色。

 檻の色。

 自分を縛っていたものの色。

 けれど、今の白は違う。

 攻撃でも、拘束でもない。

 盾としてそこにある。

 レータがコックピットから降りてきた。

 少し疲れた顔をしていたが、足取りはしっかりしている。

 彼女はアミィの前まで歩き、少しだけしゃがんで視線を合わせた。

「アミィ」

「……レータ」

「まだ、アミィの席は空けておく」

 アミィは瞬きをした。

 レータは続ける。

「でも、急がなくていい。乗りたいと思った時に考えればいい。乗らなくてもいい。今は、見るだけでいい」

 アミィは、ヴァルクレイドを見た。

 それから、レータを見る。

「今は見る」

「うん」

「乗らない」

「うん。それでいい」

 レータは静かに頷いた。

 アミィは、少しだけ目を伏せた。

「席、ある?」

「ある」

 レータは迷わず答えた。

「でも、座るかどうかはアミィが決める」

 その言葉に、アミィは長い時間をかけて頷いた。

「……見る」

「うん。見てて」

 レータは立ち上がり、もう一度ヴァルクレイドを見た。

 その機体は、もう単なるレータの機体ではない。

 だが、アミィを縛るための機体でもない。

 二人で乗れる。

 一人でも動ける。

 そして、今はレータ一人で守る。

 それが、この機体の現在地だった。


 試験後の記録会議は、整備区画横の小会議室で行われた。

 出席者は、黒瀬、三島、グリッド、リクト、リゼル、カナデ、ミオ、レータ。

 アミィは参加していない。

 見学だけで十分だと判断されたからだ。

 黒瀬は試験結果を確認し、端末に正式名称を入力した。

「機体名、正式登録」

 画面に文字が表示される。

 RVN-PT-LA01 ヴァルクレイド・セレス。

 レータは、その名前を黙って見ていた。

 ヴァルクレイド。

 自分の機体。

 セレス。

 アミィを縛っていたセレスティアの名残。

 二つの名前が繋がっている。

 それは、少し重い。

 けれど、悪い重さではなかった。

「運用区分はどうしますか?」

 三島が確認する。

 黒瀬は即答した。

「アミィ非搭乗運用を基本とする」

 レータが顔を上げる。

 黒瀬は続けた。

「現段階でアミィを搭乗前提にするべきではない。ヴァルクレイド・セレスは、レータ単独搭乗での防衛支援機として登録する。二人乗り機能は保持。ただし、アミィ搭乗は本人希望、心理評価、技術班判断、艦橋承認の全てが揃った場合に限る」

 カナデが頷く。

「妥当です。今のアミィさんに“席がある”ことは大事ですが、“乗らなければならない”にしてはいけません」

「同感だ」

 黒瀬は記録を確定する。

「ヴァルクレイド・セレス、仮完成。支援核フレームの恒久固定は次段階で判断。現時点では、レータ単独運用を基本。アミィは非搭乗」

 リクトが補足する。

「局地通信保護、命令系干渉遮断、防衛支援は全て最低限の機能を確認済みです。ただし、高出力運用時の安定性は未確認です」

 リゼルも続ける。

「セレスティア残留反応は、今のところ保護層として機能しています。ただ、アミィ本人が近くにいる時の反応変化は、今後も慎重に見る必要があります」

 ミオが言った。

「広域支援との連携も可能です。ただ、私の支援網と重ねる時は、役割分担を明確にする必要があります。ミオ側が広域、レータ側が局地防衛。それが一番安定します」

 黒瀬は全てを記録した。

「分かった。仮完成扱いで登録する」

 会議室の空気が、少しだけ緩む。

 大きな成功ではある。

 だが、誰も派手に喜びはしなかった。

 ノクスと同じく、こちらもまた、簡単に扱っていい機体ではない。

 ただ、少なくとも一つだけははっきりしていた。

 セレスティアは、檻のまま終わらなかった。

 ヴァルクレイドの中で、盾として生まれ直した。

 レータは、画面に表示された機体名をもう一度見た。

 RVN-PT-LA01 ヴァルクレイド・セレス。

「……空けておく」

 誰に聞かせるでもなく、レータは呟いた。

 アミィの席を。

 アミィが選べる未来を。

 今はまだ、空けたままにしておく。

 それが、この機体に与えられた最初の役割だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ