第269話 ヴァルクレイド・セレス仮組み込み
ノクス・レクイエムの使用条件が正式記録に入ったことで、ルクス・ヴァルキュリア内の技術班は、再び別の作業へ移っていた。
危険な力をどう制限するか。
その問題に一定の線を引いた後で、次に進められたのは、ヴァルクレイド・セレスの仮組み込みだった。
アミィを救出した際に分解・再定義されたセレスティアの支援核。
命令層や拘束機能は徹底的に削除され、残されたのは、通信保護、支援波制御、防衛補助として使える部分だけだった。
それを、レータ機であるヴァルクレイドへ組み込む。
完全な完成ではない。
あくまで仮組み込みだ。
だが、それでもこの作業は大きな意味を持っていた。
セレスティアを、命令の檻ではなく、守るための機能として再利用する。
アミィを縛っていたものを、今度はアミィやレータを支えるものに変える。
その第一歩だった。
整備区画では、ヴァルクレイド本体が固定架台に据えられていた。
暗赤色と黒鉄色を基調とした重装機。
帝国製の威圧感を残しながらも、ルクス側の改修によって各部には補助フレームが追加されている。
その胸部後方、指揮通信系と防衛支援系の中間に、新たな支援核フレームが仮固定されていた。
白い外装を持つ、小型の中核部品。
セレスティアの面影を残しながらも、以前のような拘束的な反応はない。
白い装甲の隙間から淡く光る回路は、支配ではなく、保護のために再構成されていた。
「支援核フレーム、固定確認」
グリッドが整備端末を見ながら言った。
「物理接続は問題なし。命令系統への逆流反応もなし。レータ、そっちはどうだ?」
操縦席に座っているレータが、通信越しに答える。
『操縦系は重い。でも、嫌な感じはしない』
その声には、わずかな緊張があった。
無理もない。
ヴァルクレイドはレータ自身の機体だ。
そこへ、アミィを縛っていたセレスティア由来の核を組み込む。
理屈では分かっていても、感情がすぐに追いつくとは限らない。
リクトが端末を操作する。
「命令層干渉遮断、待機状態。局地通信保護、低出力で展開可能。防衛支援系はまだ仮接続ですが、反応は安定しています」
リゼルも術式反応を確認していた。
「セレスティア由来の支援波は、拘束ではなく遮断壁として再定義されています。今のところ、搭乗者を上書きする反応はありません」
「そこが最重要だ」
黒瀬が言った。
彼は監査記録用の端末を持ち、整備区画の安全ラインの外に立っている。
三島も隣で各項目を確認していた。
「今回の試験は、レータ単独搭乗で行う。アミィは搭乗させない。それで間違いないな?」
「はい」
カナデが答える。
「アミィさんの反応はまだ安定途中です。見学は本人の希望ですが、搭乗試験は行いません」
整備区画の端。
保護用の透明シールド越しに、アミィが立っていた。
その隣にはユイとミオがいる。
アミィは無表情に近い顔で、ヴァルクレイドを見上げていた。
怖がっているようにも見える。
興味を持っているようにも見える。
まだ、その感情を自分で言葉にしきれていないのだろう。
レータは通信越しに、静かに言った。
『アミィ、聞こえる?』
アミィが少しだけ反応する。
「……聞こえる」
『今日は、見るだけでいい。乗らなくていい』
アミィは小さく頷いた。
「見る」
その短い返事に、レータは少しだけ息を吐いた。
焦らない。
それが、今回の試験の前提だった。
『ヴァルクレイド・セレス、第一起動試験を開始します』
艦内アナウンスが流れた。
ヴァルクレイドのメインカメラが淡く灯る。
重装機の各部に、暗赤色のラインが走った。
そこへ、支援核フレームから白い光が重なる。
だが、それは機体を上書きするような光ではなかった。
ヴァルクレイドの中心に割り込むのではなく、外側から支えるように広がっていく。
盾の内側に、もう一枚の透明な防壁が張られるような反応だった。
「起動確認」
リクトが報告する。
「レータ本人反応、主制御位置を維持。支援核フレームは補助層に留まっています」
リゼルも頷く。
「セレスティア残留反応、暴走なし。命令層への接続要求なし。支援波、局地展開に成功」
黒瀬が端末に入力する。
「レータ単独搭乗での起動、成功と記録」
ヴァルクレイドが、ゆっくりと右腕を動かした。
大きな盾を構える。
その瞬間、機体前方に淡い白の防衛フィールドが展開された。
従来のヴァルクレイドの重装防御とは違う。
単純な装甲や出力で受け止めるものではなく、通信、命令、干渉波を遮るための層だった。
「局地通信保護、展開」
グリッドが声を上げる。
「範囲は小さいが、安定している。外部妨害信号、七割以上を遮断」
リクトが続ける。
「命令系干渉遮断も機能しています。帝国式の模擬命令波を投入します」
「低出力で」
黒瀬が釘を刺す。
「分かっています」
リクトが模擬信号を流す。
整備区画内の試験用端末から、微弱な命令系干渉波が放たれた。
それはヴァルクレイドの周囲に接近するが、白い防衛層に触れた瞬間、細かく分解される。
レータの声が通信に乗った。
『……弾いた』
「はい。命令系干渉遮断、成功です」
リクトの声にも、少しだけ安堵があった。
ミオが支援網の端末を見つめる。
「広域支援との干渉も確認します。ルナ・スケイル側の支援網を、最低出力で接続します」
ミオの機体から送られる広域支援信号が、試験用回線を通じてヴァルクレイド・セレスへ届く。
白い防衛層が、一瞬だけ揺れた。
だが、拒絶反応は出ない。
「……通りました」
ミオが言った。
「私の広域支援網と、ヴァルクレイド・セレスの局地通信保護は併用できます。ただ、重ねすぎると支援波が濁ります。ミオ側が広く支えて、レータ側が局地防衛と遮断を担当する形が良さそうです」
リゼルが頷く。
「役割分担が明確ですね。広域の支援網と、局地の防壁。干渉を拡散させるのではなく、守る場所を絞って遮断する」
「前線防衛司令塔としては妥当だな」
黒瀬が言った。
ヴァルクレイド・セレスは、派手な機体ではない。
ノクス・レクイエムのように命令層を切るわけではない。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスのように前線を突破する機体でもない。
ミオのルナ・スケイルのように広域を包み込む機体でもない。
だが、そこに立つことで、守る場所を作る。
通信を守り、命令系干渉を遮り、防衛線を崩さない。
それが、ヴァルクレイド・セレスの役割だった。
試験終了後、ヴァルクレイドは固定架台へ戻された。
機体の反応は安定している。
支援核フレームも暴走せず、レータの主制御を妨げることはなかった。
アミィは、透明シールド越しに機体を見上げていた。
白い支援核フレームが、暗赤色のヴァルクレイドの中に収まっている。
完全に馴染んでいるわけではない。
けれど、拒まれてもいない。
「白い」
アミィが呟いた。
ユイが隣で首を傾げる。
「白い?」
「うん」
アミィはヴァルクレイドを見たまま言った。
「白い、でも盾」
その言葉に、ミオが静かに目を細めた。
白い。
それは、アミィにとってセレスティアの色だったのかもしれない。
命令の色。
檻の色。
自分を縛っていたものの色。
けれど、今の白は違う。
攻撃でも、拘束でもない。
盾としてそこにある。
レータがコックピットから降りてきた。
少し疲れた顔をしていたが、足取りはしっかりしている。
彼女はアミィの前まで歩き、少しだけしゃがんで視線を合わせた。
「アミィ」
「……レータ」
「まだ、アミィの席は空けておく」
アミィは瞬きをした。
レータは続ける。
「でも、急がなくていい。乗りたいと思った時に考えればいい。乗らなくてもいい。今は、見るだけでいい」
アミィは、ヴァルクレイドを見た。
それから、レータを見る。
「今は見る」
「うん」
「乗らない」
「うん。それでいい」
レータは静かに頷いた。
アミィは、少しだけ目を伏せた。
「席、ある?」
「ある」
レータは迷わず答えた。
「でも、座るかどうかはアミィが決める」
その言葉に、アミィは長い時間をかけて頷いた。
「……見る」
「うん。見てて」
レータは立ち上がり、もう一度ヴァルクレイドを見た。
その機体は、もう単なるレータの機体ではない。
だが、アミィを縛るための機体でもない。
二人で乗れる。
一人でも動ける。
そして、今はレータ一人で守る。
それが、この機体の現在地だった。
試験後の記録会議は、整備区画横の小会議室で行われた。
出席者は、黒瀬、三島、グリッド、リクト、リゼル、カナデ、ミオ、レータ。
アミィは参加していない。
見学だけで十分だと判断されたからだ。
黒瀬は試験結果を確認し、端末に正式名称を入力した。
「機体名、正式登録」
画面に文字が表示される。
RVN-PT-LA01 ヴァルクレイド・セレス。
レータは、その名前を黙って見ていた。
ヴァルクレイド。
自分の機体。
セレス。
アミィを縛っていたセレスティアの名残。
二つの名前が繋がっている。
それは、少し重い。
けれど、悪い重さではなかった。
「運用区分はどうしますか?」
三島が確認する。
黒瀬は即答した。
「アミィ非搭乗運用を基本とする」
レータが顔を上げる。
黒瀬は続けた。
「現段階でアミィを搭乗前提にするべきではない。ヴァルクレイド・セレスは、レータ単独搭乗での防衛支援機として登録する。二人乗り機能は保持。ただし、アミィ搭乗は本人希望、心理評価、技術班判断、艦橋承認の全てが揃った場合に限る」
カナデが頷く。
「妥当です。今のアミィさんに“席がある”ことは大事ですが、“乗らなければならない”にしてはいけません」
「同感だ」
黒瀬は記録を確定する。
「ヴァルクレイド・セレス、仮完成。支援核フレームの恒久固定は次段階で判断。現時点では、レータ単独運用を基本。アミィは非搭乗」
リクトが補足する。
「局地通信保護、命令系干渉遮断、防衛支援は全て最低限の機能を確認済みです。ただし、高出力運用時の安定性は未確認です」
リゼルも続ける。
「セレスティア残留反応は、今のところ保護層として機能しています。ただ、アミィ本人が近くにいる時の反応変化は、今後も慎重に見る必要があります」
ミオが言った。
「広域支援との連携も可能です。ただ、私の支援網と重ねる時は、役割分担を明確にする必要があります。ミオ側が広域、レータ側が局地防衛。それが一番安定します」
黒瀬は全てを記録した。
「分かった。仮完成扱いで登録する」
会議室の空気が、少しだけ緩む。
大きな成功ではある。
だが、誰も派手に喜びはしなかった。
ノクスと同じく、こちらもまた、簡単に扱っていい機体ではない。
ただ、少なくとも一つだけははっきりしていた。
セレスティアは、檻のまま終わらなかった。
ヴァルクレイドの中で、盾として生まれ直した。
レータは、画面に表示された機体名をもう一度見た。
RVN-PT-LA01 ヴァルクレイド・セレス。
「……空けておく」
誰に聞かせるでもなく、レータは呟いた。
アミィの席を。
アミィが選べる未来を。
今はまだ、空けたままにしておく。
それが、この機体に与えられた最初の役割だった。




