第25話 帰る場所 ~side Yui~
空港周辺には、まだ煙が漂っていた。
崩壊したターミナルの一部では、今も火災が続いている。
救助隊の声。サイレン。瓦礫を運ぶ音。
その全てが混ざり合い、空港全体を重苦しい空気で包んでいた。
ユイは少し離れた場所から、その光景を黙って見つめていた。
玲奈と悠真が倒れていた場所には、白い布が掛けられている。
近づく事が出来なかった。もし近づけば、本当に二人がいなくなったのだと理解してしまいそうだった。
「……ユイ」
静かな声だった。振り返ると、篠宮カナデが立っている。
白衣姿のまま、こちらを見つめていた。
五年前と変わらない顔だった。ユイは小さく視線を落とす。
何を話せばいいのか分からなかった。カナデもすぐには口を開かない。
しばらくしてから、ゆっくり隣へ並んだ。
「ミオ達から話は聞いてたの」
「あなたが、生きてるかもしれないって」
ユイは何も答えなかった。あの日、自分だけ別の場所へ飛ばされた。
通信も繋がらず、ミオ達が生きているかどうかすら分からなかった。
だから今も、再会した実感が薄かった。
カナデは小さく息を吐く。
「でも、本当に会えるとは思わなかった」
その声は少し震えていた。ユイはようやく顔を上げる。
カナデの目は少し赤くなっていた。泣きそうなのを我慢しているのだと、すぐに分かった。
「……ごめん」
自然に言葉が零れる。カナデは小さく首を横へ振った。
「謝らなくていい」
「生きててくれただけで十分よ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
玲奈も、同じような事を言う人だった。
「無理しなくていい」
「とりあえず食べな」
「帰ってきな」
そんな言葉ばかりだった。なのに、もういない。
ユイはゆっくり拳を握る。感情が上手く整理できなかった。
悲しいのか。苦しいのか。怒っているのか。
自分でも分からない。ただ、胸の奥が空っぽになったような感覚だけが残っていた。
その時だった。遠くで再び警報が鳴り響く。
周囲の兵士達が慌ただしく動き始めた。
「反応消失!」
「未確認生物、空域離脱します!」
通信兵の声が飛ぶ。ユイは顔を上げた。
空には、まだ黒煙が残っている。だがNBの姿は既に無かった。
レイがLFから降りながら舌打ちする。
「逃げやがった……」
ミオも険しい顔で空を見上げていた。
「まるで様子見みたいだった」
その言葉に、ユイの表情がわずかに変わる。
「……そう」
カナデが振り返る。
「ユイ?」
ユイはゆっくり空を見つめた。帝国側のNB運用を、ユイは知っている。
無意味に単独投入される事は少ない。特に長距離転移直後ならなおさらだった。
「このNB……」
「最初から空港そのものを壊す事が目的じゃない」
周囲の空気が変わる。カナデが真剣な表情になる。
「どういう事?」
ユイは少しだけ迷った。しかし、もう隠している場合ではない。
「帝国は、侵攻前にNBを使って周辺反応を確認する事がある」
「転移座標や空間反応を安定させるために」
ミオとレイの表情も変わった。レイが眉をひそめる。
「つまり、こいつは偵察か?」
ユイは静かに頷く。
「多分」
「まだ本隊は来れない」
「でも……辿り着いた」
その言葉に、周囲が静まり返る。地球軍兵士達はまだ理解しきれていない。
これは災害ではない。遠い宇宙のどこかから、明確な意思を持って送り込まれた侵略兵器だった。
カナデはしばらく黙っていた。やがて小さく息を吐く。
「……詳しく聞かせて」
ユイは答えなかった。代わりに、白い布が掛けられた場所を見る。
玲奈と悠真。自分へ名前をくれた人達。
帰る場所をくれた人達だった。その日常は、帝国によって壊された。
だからもう逃げるつもりはない。ユイはゆっくり視線を戻す。
その瞳には、静かな決意が宿っていた。
この日から、ユイはもう一度、帝国と向き合うことになった。
空港襲撃事件から数日後。ユイは地球軍の研究施設へ来ていた。
白い通路を歩きながら、小さく周囲を見回す。
帝国の研究施設とは違う。空気が違った。
人の声が聞こえる。慌ただしく走る研究員もいる。
書類を抱えて怒鳴られている整備員もいた。
妙に騒がしい。しかし、その騒がしさが少しだけ懐かしかった。
「相変わらず落ち着かない場所ね」
前を歩くカナデが苦笑する。ユイは小さく頷いた。
「でも、前より人が多い」
「そりゃそうよ」
カナデは肩を竦める。
「NBが出た時点で、軍も政府も大騒ぎだから」
空港襲撃事件は世界規模の問題になっていた。
正体不明の巨大生物。既存兵器の多くが通用しない敵。
そして、最後に現れた人型兵器。各国は混乱している。
地球軍側も、まだ対応を模索している段階だった。
その時、通路の奥から慌ただしい声が聞こえてきた。
「だからその配線だと出力が――」
「分かってますって!」
次の瞬間、小さな爆発音が響く。煙が上がった。
ユイが思わず足を止める。カナデは慣れた様子でため息を吐いた。
「……またやってる」
扉が開く。そこから飛び出してきたのは、煤だらけになった若い整備員だった。
「ゲホッ……!」
その後ろから、工具を持った女性が怒鳴る。
「レイ!だから勝手に弄るなって言っただろ!」
「俺じゃねぇ! こいつが――」
「人のせいにすんな!」
言い合いを続ける二人を見て、ユイは少しだけ目を丸くする。
カナデが呆れたように紹介した。
「こっちは整備班」
「LF開発の中心メンバーよ」
工具を持っていた女性がこちらへ気づく。
そして一瞬、動きを止めた。
「……え?」
その視線がユイへ向く。数秒遅れて、隣のレイも固まった。
「ユイ?」
驚いた顔だった。空港で再会してからまだ数日しか経っていない。
しかし、こうして落ち着いて顔を合わせるのは初めてだった。
整備班の女性が慌てて周囲を見回す。
「ちょ、待て、あのユイか!?」
「だからそう言ってんだろ」
レイが頭を掻く。その様子を見て、ユイは少しだけ困った顔をした。
帝国では、こういう反応をされる事は少なかった。
番号で呼ばれる事の方が多かったからだ。
「とりあえず入って」
カナデが研究室の扉を開ける。内部には、開発途中のLF用パーツが大量に並んでいた。
まだ試作段階らしく、配線が剥き出しの部分も多い。
壁際には、帝国製GDの残骸も置かれていた。
ユイの視線が自然とそちらへ向く。
「……これ」
カナデが頷く。
「ミオ達が持ち込んだGDの残骸」
「解析しながらLFへ応用してる」
ユイはゆっくり残骸へ近づく。見覚えのある装甲だった。
五年前。脱走時に見た帝国製GDと同じ系列だ。
その時、背後から別の声がした。
「久しぶりだな」
低い男の声だった。振り返る。そこに立っていたのは、鷹宮リクトだった。
以前より少し痩せていたが、雰囲気は変わっていない。
ユイは少しだけ目を見開く。
「……リクト」
リクトは小さく笑った。
「その顔を見る限り、ちゃんと生き延びてたみたいだな」
ユイは何を言えばいいのか分からなかった。
しかし、リクトは無理に続きを求めない。
代わりに、研究室中央へ視線を向けた。
そこには一枚の大型モニターがある。映し出されていたのは、新型艦の設計図だった。
巨大な空中母艦。そして、その横には大きく文字が表示されている。《ARC-NOAH》。
ユイの目が僅かに細くなる。
「……アーク・ノア」
カナデが静かに頷いた。
「NBや帝国に対抗するための、新しい拠点艦計画よ」
「LF運用を前提にした移動要塞」
ユイはしばらく設計図を見つめていた。
巨大だった。まだ未完成。
しかし、それでも地球側が本気で戦争準備を始めている事は分かる。
リクトが低い声で言う。
「空港襲撃以降、各国も動き始めてる」
「もう“災害”じゃ済まない」
ユイはゆっくり視線を落とす。帝国は確実に近づいている。
そして地球側も、少しずつ戦う準備を始めていた。
その時、研究室の奥で再び小さな爆発音が響いた。
「だから勝手に出力上げるなって!」
「あと少しで成功しそうだったんだよ!」
レイと整備班の怒鳴り声が響く。その騒がしい空気を聞きながら、ユイは小さく息を吐いた。
不思議だった。こんな場所なのに、少しだけ安心している自分がいた。
この日から、ユイはもう一度、帝国と向き合うことになる。
ただ逃げ延びるためではない。
今度は、守りたい場所を失わないために。




